俺が立てた家で、潰れた家はない!大工が教えてくれた(かすがい)
家の柱と柱をつなぐ道具に、「かすがい」というものがあります。
今は、柱と柱を固定するのに金属の金具を打ち込みますが、昔の職人大工は、絶対に、金属を使いませんでした。
その理由は、木に金属を打ち込むと、必ず、そこから腐って、家が弱るからです。
だから、未熟な大工ほど、金属の「かすがい」をたくさん打ち込みます。
今はさらに、柱のつなぎ目に、ボルト穴を開けて、両側から鉄のプレートを当てて、ボルトで締める工法も増えましたが、この工法でも木は腐ります。
だから、「本物の大工」は、絶対に、木製の家には金属を打ち込みませんでした。
金属の金具で止めるよりも、丈夫で、耐震対応もできる技術が「ほぞ切り・ほぞ接義」という技術で、材木の端をノミで削り、重ね合わせると、絶対に抜けないノミの特殊技術がベテラン大工にはありました。
一段絞めは、縦一段と横一段に削った両端を重ねるだけで抜けません。
二段絞めは、一度、重ねて、九十度に捻らないと入らない削り方です。
三段締めは、柱を45度に2回違う方向に捻ることで入る削り方で、どんな地震が来ても、絶対に抜けません。
ただし、この「ほぞ接ぎ」を切った大工以外の人は、他の人が切った「ほぞ」は抜けません。
「ほぞ」を切った大工だけ、中の構造を知っているので、その大工に頼めば簡単に外れます。
どうして、自分の手で切った「ほぞ接ぎ」だとわかるのかを棟梁に尋ねると、
お前たちにはわからない場所に、何段絞めで作ったかを木を削って入れてあるからさ、と教えてくれました。
棟梁が教えてくれた柱を繋いだ場所のすぐ下に手を当ててみると、わずかなノミの筋が数本あるので、「棟梁、ここは二本接ぎですね、あ!ここは三本接ぎだ!」と言うと、棟梁はウンウンとうなづいて笑っていました。
実はこのことは、50代の大工にも、20代の見習い大工にも教えてないことだそうです。
小学生の頃、納屋を大きく建て替える時に、70代の年配「棟梁」と話した内容なのですが、話しの流れで、50代の「大工」と、20代の「見習い」の腕の違いも見せてくれることになりました。
カンナひとつで、どれくらい薄く木を削れるかの勝負をしました。
まず二人の大工が、自分の手入れが行き届いたカンナで木を削り、削った木の皮の薄さを競いました。
二人の力量はハッキリ出ましたが、私が「棟梁が削った木も見てみたい!」というと、棟梁は自分の工具箱の中のいくつものカンナからをひとつを選び、木を削ってくれました。
50代の「大工」と、20代の「見習い」は、棟梁の薄さに驚き、削った木の皮を懐に入れて、お守りのようにしていました。
「二人とも、棟梁から教わっているんじゃないのですか?」と尋ねると、教わってはいるが、自分で削ったものは絶対に見せないし、触らせるな!と最初から厳しく言われているので、滅多に棟梁のカンナ屑を手にすることはできないんです、と教えてくれました。
なぜ、棟梁は、削った木のゴミまで持って帰るの?
いいか、坊主、この大工の世界はいつも技術の盗み合いなので、俺の削った木の皮一つで、どんな道具で、どういう削り方をしたか盗んで真似をされるのさ。
俺は、自分が努力して身につけた技術を他人なんかに知られてたまるかという思いがあるので、弟子たちにも滅多に見せることはないんだ。
大工の世界って、厳しいんですね。全然、知らなかった・・・。
棟梁は、「俺が建てた家でも納屋でも、今まで倒れたことは一度もない。
どんなに強い地震が来ても、俺の建て方は、つなぎ目が自分で緩んで地震の力を逃すので、木の柱を折ることには絶対にならない。」と言いました。
30年以上、棟梁について習った50代の大工さんが、
「この人の技術は、恐ろしいほど種類があって、30年修行してきた俺でもまだ、全てを覚えきれない」
と言っていました。
そんなもの、お前、俺を超えるなんて一生、無理よ!
なぜなら、俺は毎日、寝る前に新しい「ほぞ接ぎ」の繋ぎ方を考えて眠るから、夢の中でハッと閃くので、夜中でも起きて、木を削るぞ!
他人より上手くなりたいなら、人が寝ている時に、仕事しろ!
人が寝ている時に仕事して、人が起きたら、ちょっとだけ寝て、あんた寝坊だね!と言われてから起きるもんさ。
人間はな、もともと「怠惰」に生まれているのさ。
だから、少しでもサボりたいし、少しでも手を抜きたくなるものさ。
でもよ、自分が建てた家に、自分の子供や孫が住むと思ったら、手を抜けるわけないだろう。
俺は、若い修行の時から、それを考えて修行していたけど、あまりに早く寝て、あまりに早く起きてしまうので、お母ちゃんに子供を作る暇がなかったのさ。
だから、自分の子供の家を建ててあげられない分、他人様の子供の家や納屋を建てさせてもらっているんだ。
これは俺のカミさん(奥さん)へのお詫びだなあと思って、100棟、自分で建てると誓ったのさ。
この納屋で98棟目だから、あと2棟建てたら、現役を引退するさ。
こんな話をお茶を出した私にしてくれた棟梁は、弟子たちには一度も言ったことがないらしく、二階で作業していた50代の大工が自分の金槌(かなづち)を落とすほど、ショックで二階から飛び降りてきました。
大工が金槌を落とすなんて、最低だ!
お前、もう一度、ペーペーからやり直せ!
と棟梁は怒っていました。
棟梁は、一度、口にしたことは絶対に曲げない人なのをよく知っている50代の大工は、ただ、棟梁の膝に手を当てて、泣いていました。
50代の大工の鳴き声が納屋の中に響いたので、20代の見習い大工はすぐに何が起きたかわかりませんでしたが、涙声で、50代の大工が、
棟梁が・・・棟梁があと2棟で大工をやめるとさ・・・。
20代の大工も、大声で泣き崩れてしまいました。
日本中、いろんな大工について習っても、本州の宮大工に習っても、自分一人で木の家を全て完璧に一人で建てられる職人はいなかったからこそ、弟子になったのに・・・と、泣いています。
僕は、ただお茶を持ってきただけなのに・・・、
棟梁がどんどん僕に、誰にも言わない思いを教えてくれただけなのに・・・と一人で呟きました。
でも、男二人が本気で泣くほど、この棟梁はすごい人なんだとやっとわかりました。
すると、「坊主よ、お前いくつだ?」
はい、来年、小学校にあがりますので、今は、5歳です。
「そうか、俺にも、もし子供がいたら、お前くらいの孫がいたかもな。
俺よ、孫を抱いたことがないんだ。ちょっとだけ、俺の膝に乗ってくれないか?」
いいですよ、僕でよければ、と言うと、棟梁は私の体をヒョイと持ち上げて、自分の膝の上に乗せてくれました。
あったかくて、膝と胸のすごい筋肉で支えている太ももの感じがすごく気持ちよかったです。
僕は喜んでいるのに、後ろで頭を丸めてヒクヒク、棟梁が泣いているので、僕は精一杯、棟梁の泣き顔を周りに見せないように胸を張りました。
父からいつも、男は何があっても、人前で泣くもんじゃない!と教わっているので、僕は泣きません。
でも僕の背中でおじいちゃん棟梁が泣いているんだから、僕にできることは隠すことしかできないんです。
そこへ、僕の父が、現れました。
泣いてる棟梁を始めて見て、僕を叱ろうとしましたが、棟梁が止めてくれました。
訳を聞いた父は、
「お前、ずっと、そうしていろ!
もし、棟梁がお前をもらってくれるなら、俺はお前を棟梁にくれてやる!」と言いました。
この言葉は、さすがに驚いたので、言い返そうとすると、父は、
お前がいなけりゃ、食べ口一人分、減るからな。
こっちも、お金が余るから万々歳だ!
と父は笑顔で言いました。
そんなことを言われて、子供としては何て言い返そうか考えていると、さっきまで泣いていた棟梁が、笑い出しました。
おい、父さんよ、あんたも人が悪いなあ。
俺に、この男の子をくれるってかい?
それは嬉しいけど、この子はちょっと高くつくと思うなあ。
俺もいろんな人間を見てきたけど、この子を見ていると、何でもかんでも言いたくなってしまうんだわ。
きっと、この子は、お釈迦様の生まれ変わりなんじゃないか?
だってよ、俺、言うつもりもないことをさっきから、ベラベラ、口にしてしまったので、自分でも驚いているのさ。
なんか、この子の前にいると、自分にも周りの人間にも嘘はつけなくなるみたいだなあ。
お前、お釈迦さんの生まれ変わりか?
と棟梁に聞かれました。
お釈迦さんがどんな人かは知りませんが、僕は、自分にも神様にも、ご先祖様にも、嘘はつかないと決めて生まれてきたのは覚えています。
この世の人間は正直じゃないから、お前が正直になって、周りの大人たちの心を変えなさいと言われたのも覚えています。
ただ、結構、辛いです。
幼稚園同士でも、大人の人に質問した時も、みんな本当のことを隠して言うので、僕は嫌なんです。
人間て、本当は、正直なはずですよね?棟梁?
あなたみたいに長生きしていれば、わかると思うのですが、僕が言うことは間違ってますか?
棟梁)なあ、父さん・・・、この子は俺には無理だわ。
この子を育てていれば、今まで自分がついてきた嘘を自分で白状しそうで怖いわ。
だから、はい、この子は返すよ!あんたに!(^^)
父:いやあ、返されてもなあ。そのまま連れて帰って下さいよ。
俺もどんどん正直になってしまうし、コイツだけには嘘は通用しないとわかってから、何も言わない、一切、教えないことにしたんです。
だって、コイツは、勝手に、自分で誰かと話して、俺が知らないことを覚えてくるし、間違っていることをそのまま間違いって言うので、みんなから敬遠されるのは当然なんです。
でも、コイツの唯一、良いところは、人を騙さないことかな。
俺は教えてないし、母ちゃんも教えてないのに、こいつ、最初から「嘘はつけません」と言い張る子供だったんです。
まあ、おれたちの子供に生まれたってことは、俺たち親が足りないことを気づけってことだと思って、コイツは自由にさせることにしたんです。
棟梁、お子さんがいなくてよかったですね。
俺も突然、親になったけど、何を教えていいかなんて誰も教えてくれないので、母ちゃん任せですよ。
たまに、コイツがとんでもないことを聞く時以外は、会話すらしません。
何か、窓を見ては、星を見ては、夜空を見ては、太陽や雲を見ては、こいつ、一人で話しているみたいなんです。
俺たち親は、ただ飯を食わせて、学校へ行かせる金を稼いでいるだけなんです。
こんな話が、納屋を新しく建て替えている時に、父が話してくれました。
親って、大変だなあって、思った最初の体験です。
育ててくれて、ありがとうございます、お父さん。