命のローソク 7 住職の土下座
道向かいのお寺の住職のところに「修行」をしていた頭を叩かれた若坊主は、毎日、朝一番にお寺の境内の掃除をしていたので、私も早起きのついでに、家の周りの掃き掃除をするようになりました。
「おはようございます!」と大きな声で挨拶しても、目を合わせるだけで返事がないので、ムッとしましたが、翌日と次の三日目までの対応を見てから住職に教えようと思っていました。
やはり、幼稚園児の私に、言い負かされたのが悔しいのか、じっと、睨むだけで返事をしないので、4日前の朝、住職にそっと報告しました。
「あのう、私が言うのも失礼なのですが、幼稚園児の私が朝の挨拶をしても笑顔もないし、挨拶の返事もしてくれないのです。
あの若坊主は、確か「修行」にきたのですよね?
「修行」っていうのは、道に習って、修(おさ)むること」
だと思いますが、間違えてますか?
お前、そんなことも知っているのか?
修行をしている坊主たちでも、そんな言葉の意味は、知らんぞ!
「僕は小さい時からわからないことは、全て”天の神様”に聞いて教えてもらっています。
だって、テレビで話している大人たちの話も嘘つきだし、コメンテーターも原稿を見ながら読んでいるので、心からの会話もできないので、見ていてもつまらないのです。
マンガだけは嘘がなく、「完全な空想の作り物」だから面白いですが、本当に高いお金をもらって働いていると自慢している大人たちが、あまりにバカなので、僕は大人になる夢を持てません。
そのうえ、朝の挨拶もできない人間が「修行」なんて、100年早い気がしますが、いかがですか?住職?」
もう住職の顔が真っ赤になったので、言いすぎたと反省し、これはガツンと殴られる覚悟をして目をつむっていると、目の前から住職が消えました。
あれ?魔法を使ったのかな?と思っていると、住職は、家の中から大きなリュックサックを持ってきて外に投げ出し、
おい、この小僧!
お前は、もうここで「修行」する価値もない人間だとわかったので、今すぐ出ていけ!
さあ、出ていけ!!!と怒鳴りました。
あれれ、僕が言ったことが、こんなことになってしまうのかと反省しましたが、住職は一度、口にすると簡単には引き下がらない人なので、いつも、娘さんと息子さんにビンタしている様子をよく見ていました。
さあ、これは解決できるのか?と思いながら、住職の様子をじっと、見ていました。
まだ、早朝6時前なので、朝ご飯も食べていないし、お腹も空いてきたので、早く解決する方法を考えていました。
バカな若坊主は、地べたに土下座して頭を地面に擦り付けていますが、
「子供に、朝の挨拶さえできない人間は、すぐ帰れ!」
と住職は怒っているし、私が今、止めるタイミングではないので、様子を伺っていると、奥様と子供たちが一人づつ、お父さんの前に座り、バカ坊主を守るように土下座しました。
高校生くらいになっていた長男は、学生服を着たまま土下座し、泥だらけになっても、お父さんが許さないので、奥様は、こう言いました。
ねえ、あなた、この修行をしているこの子も、まだよく人生の価値も意味も知らない人間だから、実家に帰す前に、朝ご飯だけでも食べさせてあげて下さい。
私はこの子を預かった母親として、食べ物を食べさせないで、ひもじいまま外に追い出すことは、私が恥をかきます。
あなたの妻として、ここまで子供を育てましたが、あなたはいつも、理由を言わず、すぐ怒るので、子供たちもいつも泣いています。
この若いお坊さんも、昨日、夜中まで本堂でお経の練習をしていたのを私は見ていました。
夜中のトイレに行った時も、まだ、お経の声がしていたので、本当に真剣なお坊さんだと思ったのに、何がここまであなたを怒らせたのかを、食事をしながら教えてあげて下さい。
そのあと、追い出すなら追い出していいので、どうか、朝ご飯だけは食べさせてあげて下さい。
私の一生のお願いです!!
こう言ったあと、いつも、気の優しい奥様も、地面に額を擦り付けて泥だらけになったまま、じっとしていました。
これ以上は、「家族では無理だ」と思ったので、私はこう言いました。
「住職先生!いつも、貴重な教えをありがとうございます!
私もいつも自分に何が足りないのか、わからず、よく住職に怒られ殴られますが、でも、殴るのはいいんです!確かに、何か自分が足りないので。
でも、どうすれば良いのかを分かりやすく教えてもらえませんか?
先ほど、私がこの修行僧の行いについて意見を言いましたが、怒る気持ちは同じですが、「先生は教える立場の人」なので、ただ怒って暴力を振るう前に、この修行僧にどうしたら住職のように尊い気持ちで生きれるのかを話してあげて下さい。
私も本当はその話を聞きたいのですが、もうすぐ我が家も朝ご飯なので、どうか、ご家族で一緒に仲良く朝ご飯を食べながら、足りないことを教えてあげて下さい!
こんなことになることまで考えられず、私もまた、自分だけの視点で住職に告げ口をした形になったので、私も一緒に、土下座します。
住職先生!!どうか、この貴重な時間を怒るだけで済まさないで、学びと教えの時間にして下さい!!!
幼稚園生の私が土下座したので、さっきまで真っ赤だった住職の顔色も平常心になり、こう言葉にしてくれました。
「おい、マナブ。お前は何も悪くないから、俺に土下座はするな!
俺はお前の指摘がなければ、コイツが朝の挨拶をしていないことさえ、気づかず、寺の中の所作ばかりを叱っていたはずだ。
「修行」という言葉の意味は、お前が言った通り、「道に習って修むること」だからこそ、日々、何をしていても、他人の目を見て、心を感じながら過ごす時間が「修行」なんだ。
自分が思ったことを口にしてはいけないし、他人が今、何を思っているかを感じながら、自分の足りない点を気づく時間が「修行」なんだ。
そのことを教える前に、マナブがワシに言ったので、ワシは今、自分も足りなかったことに気づいたので、朝ご飯だけはしっかり食わしてやる!
でもな、その朝ご飯の野菜も、このマナブのお母さんが丹精込めて作った野菜だから、好き嫌いを言わず、ありがたく頂けよ!
俺たち坊主は、こうやって誰かの世話にならないと生きてはいけない「足りない人間」だからこそ、「修行」をして、自分の足りなさいに気づくために坊主になったのさ。
俺も足りないから、一緒に土下座するかな?(^^)
住職、やめて下さい!
私が言った言葉で住職が土下座すると、私は住職のパンチより、母のパンチが怖いです!
母が真剣に怒ると「角」(つの)」が出るので、「女は怒らせたらいかんぞ!」と父もいつも言ってます!
だから住職、まずはゆっくりお食事をしてから、この若坊主を私に任せて下さい。
朝ご飯を食べたら、また、私もここに戻ってくるので、それまではこの若坊主を追い出さないでください。
最後に、せっかく会った人だから、いろんな話も聞きたいので、どうか、住職!よろしくお願いします!
住職は、この一言で決断し、「さあ、家に入れ!朝ご飯にしよう!」と言って家に入りました。
最後にもう一度、このバカ修行坊主と話したいと言ったのは、実は、この若坊主のためだったのです。
こういうタイプの人間は、いつも自分が思ったことは正しいと思いがちだし、怒られた人に頭を下げて、自分に足りないことを教わることができない「長男特有の性格」だとすぐに分かったからこそ、次男である私が兄を支えるように、気づいていないことを上手に話さないといけないと思ったからです。
実は、住職も長男だし、そのお父さんも長男で、自分が「武家制度」を無視して修行僧になり、全国を歩き回ったことを死ぬまでお父さんが許してくれなかった話を聞いていたからこその、判断です。
だから、長男お父さんが長男息子を怒ると、だいたい長男息子はイジケますので、支えるのは「次男の私の役目」だと思ったからです。
なるべくゆっくり居させてあげたいので、朝ご飯を食べて、テレビを見て、10時を回った時に、お寺に行って、若い修行僧と話しをしました。