子供の頃に、お風呂とテレビを借りた体験
小学生の高学年になるまで、私の家にはテレビも、お風呂も、冷蔵庫も、洗濯機もありませんでした。
家にある電化製品は、真空管のラジオが1台あるだけで、あとは裸電球と蛍光灯くらいでした。
物が無い時代は、「無いことを普通」と思っていますので、卑屈にもなりませんし、悲しいとも思ったことはありません。
でも、私の家の向かいの家は、農家で町内会長なうえに、親の財産があったようで、テレビが入り、家の中にお風呂も作り、冷蔵庫まで買ったと聞いた父は、とても、テレビを見たそうでした。
私の家にも新聞は届きますが、テレビ欄の意味がわからず、いつも、4コマ漫画だけを見ていましたが、父は、どうしても「りきどうざん」が出るテレビを見たかったようで、「おい、まなぶ、テレビを見たくないか?」と私に聞いてきます。
テレビという物が、どんなものかも知らない子供にとっては、大きな段ボールが運び込まれたのを見ていたので、その中身を見せてもらえるのかと思い、父と一緒に、向かいの家を訪れました。
「すいません、向かいの吉岡です。
子供がどうしても、テレビを見たいと言うので、お邪魔していいですか?」
と話す父を見て驚きましたが、父は家に上がり込み、プロレスを見ている家族と一緒に座ってしまいました。
私は、箱の中で人が動いているので、この箱の仕掛けが気になり、外へ出て誰かいるのかと調べましたが、誰もいませんでした。
家に帰ってからテレビの仕組みを教わりましたが、よくわからない仕組みだけど、みんな大人が憧れているのはわかりました。
小学生の私の家には、お風呂も無く、汗をかいた日は、お湯を沸かして、洗面器いっぱい分のお湯で、顔と頭と体を手ぬぐいで拭いて終わりでした。
本家に行くと、大きな「五右衛門風呂」がありますので、初めてたっぷりのお湯に入ったときの感動はすごかったです。
母が、「どうしても、お風呂だけは付けたい」と父に頼み、ストーブ用の石炭を入れてある納屋の隅に、「木のお風呂」を作ってくれました。
しかし、父は、お風呂を付けると向かいの家にプロレスを見にいけないと思っているようで、母としばらく喧嘩していました。
父は、いつも、一番小さい私を「ダシ」に使って、「子供がオタクの大きなお風呂に入ってみたいと言っているのですが、いいですか?」とプロレスがある日に限って私を連れて行きます。
お風呂を借りて出ると、プロレスに真剣な父は帰ろうとせず、結局、終わるまで私もプロレスを見ていたので、有名レスラーの名前は覚えました。
時々、兄も「ダシ」にされて連れて行きますが、男兄弟がプロレスを見ると、やってみたくなるのは当然ですので、毎回、喧嘩になってしまいます。
我が家は田んぼを大きくするまでガマン、ガマンと母が言うので、どんなにみんながテレビや冷蔵庫や洗濯機を買っても、町内で一番最後でいいからと、母は自分の欲求さえも我慢させていました。
冬のマイナス25度以上に下がる裏玄関で洗濯をしている母の手は、いつも真っ赤だし、ヒビ割れが痛いといつも言うので、「最初に、洗濯機だけは買ったほうがいいよ」と、アドバイスしました。
初めて母は、自分の我慢が許されたような笑顔になり、父におねだりしていました。
そのあと、本家のお下がりの中古の白黒テレビを買わされた父に文句を言いながらも、真夏でも冷蔵庫が無いために、忙しくて食べ物を腐らせる日が増えたので、我が家にも「冷蔵庫」がやって来ました。
電気って、便利だね、もっとたくさん電化製品を買うといいのにと思っていると、ある日、突然、町内が停電になりました。
私以外は停電に慣れているようで、4つ上の兄の時代は電気もなくランプ生活だったので、すぐに納屋にあるランプに油を入れて持ってくるし、母はロウソクを何本も立てて、1箇所に全員が集まります。
さっきまで喧嘩していた両親や、兄と私も、まっくらな中の優しい炎に言葉を失い、みんなじっとしています。
あ!これは、テレビや冷蔵庫が無い時と同じだ!と気づき、電化製品が無い時のことを懐かしく感じました。
テレビをつけると、知りたくもない世の中の問題がたくさんニュースで流れるし、うるさいほどコマーシャルが続くけど、こうやって電気が無くなると、静かに生きていける知恵があることに感謝しました。
50年前に、無かった物が増えた代わりに失った「人の繋がり」を誰が修復するのかを子供ながらに心配していました。
「他人に、お風呂貸してもらえますか?」と聞ける子供達が今、いるでしょうか?
人のお世話になるためには、普段からお付き合いが無いと頼めないからこそ、昔の人たちは「近所付き合い」をもっとも大事にしていた理由が、「家族の生き残り」のためだとわかりました。
どうか、賢い大人たちは子供達に「生き残りの術」を教えてあげて下さい。
自分で考えて、他人と上手に付き合うことこそが、「生き残りの術」だと私は思っています。
いつか、全停電のようなショッキングが日が、あなたの目の前に起きた時、あなたはどう行動するのでしょうか?
そんな子供達の質問に、答えてあげて下さいね。