「前世の命日」を知らされた!
2021年11月15日(月)は、長野県諏訪へ神事に行く日でしたので大阪に宿を取り、寝ていた夜中に強烈な神ガカリで体が動けなくなり、自分で神と対話し、読み取りした内容をここに公開します。
🔴島の世(ゆう)は、ナハドゥ御嶽
ユークイ(豊年祭)は伊良部島のもともとひとつだった時代に、太古の神が島にやっ来て行った行事である。
字伊良部の御嶽は、7つの御嶽全てが集まってひとつの神思いに感謝する祈りだからこそ、必ず、やらなければならないものなのだ。
わたし(吉岡学)は.大昔、伊良部島のオサであった。
それは、お前の魂の記憶である。
だからこそ、今日、このことを伝えに来た。
「伊良部ユークイ」ができないという意味が、どういう意味かを伝える。
もともと伊良部には、ルーツがバラバラな人間たちが住んでいた。
そこで、民をまとめたのが、お前なのだ。
武力、知力だけでなく、共に助け合うという思いと、食べ物を祭る神として、行なっていた行事がユークイの始まりだ。
だから、何があってもユークイを行わなければならないのだ。
ユークイをやらないという意味は、先祖たちの食べ物を奪うこのになるので、今後の子孫たちも食べ物が与えられなくなるぞ。
今日、この日、この時に、お前は自害したのだ。
民に食べ物を分けてあげられず、家族にも与える食べ物がないからと、大飯食いの自分が死ぬことで、少しでも民に食べ物が与えられることを選んだのだ。
だから、ユークイの始まりは、お前の魂の鎮魂が、最初だった。
お前は、平家の落武者なのだ、
それを祀ったのが、「ヤマト御嶽」なのだ。よろしく、頼む。
時代がどうなっているのかを調べると、1185年 源平の戦い、836年前のことです。
伊良部ユークイは「700年祭」を行ないましたが、それ以前にも人が住んでいた証拠が残っていたことを祭司のトップから聞いていました。
11月15日が、お前の命日なのだ!
大阪にもお前の仲間たち(平家)がたくさん亡くなったからこそ、今日、この日に伝えることを決めたのだ。
お前がそのことを自分で思い出す日が来るのをいつも待っていたが、あまりに気づかないので、強いカカリとなり、すまん。どうか、魂の鎮魂もよろしく頼む。
8名、13名、15名、16名、21名、そして、鉄砲隊なり。
2009年、源氏と平家の争いは、最終的に勝った源氏の長と話し合い、平家一族の皆殺しの指令を取り消させましたが、伊良部島まで逃げた自分が民を救い、神として祀られているのが伊良部島の「ヤマト御嶽」だと知り、驚きました。
吉岡家のルーツは、天皇家を二分した南朝の後醍醐天皇についていた武士であり、武士たちに戦い方を教えた武道のトップが吉岡家であり、その結果、富山県砺波市の後醍醐天皇の御領地を頂き、「吉岡庄」として二十の村をまとめていた武士だったことは先祖ルーツを調べてわかりました。
しかし、今回のメッセージは、20年近く伊良部島に通い続けているのに、全く思い出せない過去世の記憶を強制的に思い出さされて、大阪で亡くなった「平家や源氏の御霊鎮魂をせよ!」と厳しい神ガカリで気づかせてもらいました。
動けない布団の上でずっと御霊鎮魂の祈りをしていると、少しづつ、少しづつ、体が動けるようになり助かりました。