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戦争仕込みの往復ビンタ 2 腹切り

祖父は、小学校5年生の私に、まず、こう聞きました。

おい、マナブ、生きるのは辛いか?

はい、辛いです。

毎日、辛すぎて、いつも、「死に場所」を探しています。

うか、それは俺も同じだな。

でも、お前には人生の先も、過去見える力だあるのだから、この先の日本がどんどん良くなっていって、日本人が喜びになるような時代になるとは思えないのか?

じいちゃん、すいません。本当に、すいません。

これだけは、誰にも話さないでおこうと思ったのですが、僕はこの日本だけじゃなくて、30年後、50年後、100年後、200年後、300年後の日本の未来と世界の未来を見てきました。

どんな世界になるんじゃ?

・・・・・・・・・・・・・

絶望的です・・・。

世の中の人はお金を稼いで豊かになったと喜んでいますが、実は、戦争に負けた時、GHQが100年計画の「日本人奴隷化計画」を始めたので、もう、今からでは間に合いません。

だから、この日本はもう一度、戦争で勝てるような強い国にはならないので、僕は今も、ここまで生きた人生も、これから体験する人生にも、全く希望は湧いてきません。

申し訳ありませんが、僕はじいちゃんの期待に応えられるような言葉を話せないので、どうか、このことは忘れて下さい。

じいちゃんは、戦争で「生き残った人間の代表」として、みんなのことを考えて、多くの大人たちにも知恵を授けてくれていますが、その知恵をいかせないまま、日本は沈没します。

日本というより、「日本人の精神性」が、地に落ちるんです。

そんな日本にいて生き残るなら、俺、今、ここで腹を切って死にたいです。

どうか、私の足りなさと、母の足りなさを許して下さい。

そう言って、土下座しました。

この土下座は、「首を切ってくれ」という意味の土下座なので、じいちゃんは、相当、怒ったと思います。

・・・・・・・・・・・・・

じいちゃんは、一言だけ、こう言いました。

「婆さん、隠してあった刀をここに持ってきなさい。今、すぐに!」

え!本当に・・・お父さん、それだけは・・・。

つべこべ言わずに、男が自分で腹を切ると口にしたんだから、切らせてやれ!さあ、刀をもってこい!

・・・・・・・・・・・・・

私は心の中で、きっと、オモチャの刀で腹切りの真似事をして、この場を収めようとしていると思いましたが、実際は、違いました。

・・・・・・・・・「お父さん、どうぞ。」

白い鞘に入った短刀が目の前にあり、祖父はその刃先をしっかり見て、「大丈夫、これなら腹を切れる。さあ、ご先祖が見ている仏壇の前で腹を切れ!さっさと死んでこい!」

・・・・・・・・・・

ここまで言われたら、いくら信頼してる祖父の言葉でも、あとには引けません。

覚悟して、仏間に行き、父と兄には、部屋をひとつ、下がってもらい、

「僕はここで死ぬので、最後まで見てて下さい」

と言って、白い座布団に座ってから、

「濡らしたタオルを一枚下さい」

と祖母にお願いして持ってきてもらいました。

祖母も目から涙を流していますし、ひとつ、下がった部屋には母も座り、父と兄と一緒に泣きながら声を殺しています。

上半身を脱いで、あぐらをかき、苦しくても暴れないように両手を刀の歯にしっかり歯で結びつけて、最後のご挨拶を仏壇にしました。

今から、私はここで腹を切らせてもらいます。

吉岡家の次男として生まれたこれまでの時間に感謝すると共に、ここまで育ててくれた岩渕家の皆さんにも、感謝いたします。

そして、私を産んでくれた母の実家で死ねることは、私も本望でございます。

もし、私の魂がそちらへ行った時には、邪険にせず、どうか、ご一族の端の端にでも置いてやって下さい。

こんな愚かな吉岡家の恥の人間が、岩渕家のご先祖の仲間に入ることが許されるかどうかわかりませんが、私は今、ここで死にます。

これまで関わってくれた父母、兄、吉岡家の全ての血のつながりのご縁ある人たち全てに心から御礼申し上げ奉ります!!!

こう言ったあと、息を整えて、両手で刃先を腹に当て、まっすぐ横に引いたあと、最後は上に切り上げる正式な武士の腹切りをイメージして、自分の腹に刃先を当てて、刺す場所を確認しました。

やっと、死ねる・・・。

やっと、思い残すことなく、死ねる・・・。

こんな最高の死に場所を与えてくれた祖父に心から感謝して、一気に力を入れようとした瞬間、うしろで大きな声がしました。

「ちょっと、待て!!!

おい!まだ死ぬな!!!」

と、椅子から転げ落ちた祖父が、こちらを向いて叫んでいます。

みんなが祖父の体を支えようとすると、

「女が俺の体に触れるな!

俺の体に触れていいのは、婆さんだけだ!

さあ、婆さん、俺を起こせ!!」

身長175cmもある大きな体の祖父を、150cmもない祖母が肩に乗せて、僕のすぐ横に一緒に座りました。

初めて、祖父が仏壇のご先祖に、「首を切って下さい」のお詫びの土下座をしたので、もう、私の体の力は抜けてしまいました。

祖父が土下座したということは、さっきの「死なせてやれ!」を撤回する意味になるので、なぜ、祖父が私を止めたのか、理由を教えて欲しくて待ちました。

マナブ以外は、この仏間から下がれ!

そして、ふすま戸を閉めて、二人だけにしてくれ!

・・・・・・・・・・・・・・・・・

もう、仏壇の前には、祖父と私しかいません。

岩渕家のご先祖が、ずらっと並んでいますが、私は祖父の言葉を聞いてから、もう一度、一人で死のうと思っていました。

祖父は、静かに、私にこう言いました。

・・・・・・・・・・・・

すまん、俺が悪かった・・・・。

お前は、吉岡家の次男だったことを忘れていたわ・・・。

あまりにお前が可愛くて、俺の息子だと思って、いつも本気で話していたが、お前は吉岡家に生まれた男子として、死なねばならん。

もし、本当に死にたければ、吉岡家の本家の婆さんに言って、仏壇の前で腹を切らせてもらいなさい。

お前がここで腹を切ったとなれば、俺は、吉岡家の全ての親族から笑いものになるし、岩渕家のご先祖たちにも親族にも言い訳ができん!

だから、それだけはやめてくれ!!

そしてな、お前の母さんが泣いて俺に頼む気持ちも、わかってやってくれ!

俺はお前の祖父だが、お前と話していると「戦友」と話しているようだし、だからこそ、お前の母は辛いと思うぞ。

今の時代に、自分の息子に「死にいけ!」と言える母親もいないだろうし、吉岡家も戦争で兄さんを亡くしているだろ。

だから、お前の母親も辛いはずさ。

お前の気持ちは、よくわかる。

俺も、一緒に死にたいくらいだ。

でもな、俺も戦争で負けたのに、生き残ってしまったのさ。

お前も今、本気で腹を切ろうとしてたろ!

後ろから見てても、その本気さはすぐにわかる!

人間はな、本気になると、力が抜けるもんさ。

バカな奴がいくらイキがっても、本気の人間が一人いれば、10人は殺せるぞ!

お前がもし、戦争に行ったら、そうするだろ!

はい、絶対に、「無駄死」にはしません。

行くと覚悟した瞬間に、どうやって10人殺すかだけを考えます。

そうだろう、その気迫が俺の部屋まで飛んできたのさ。

昔、戦争の時にな、「戦地でやってはいけないこと」をした戦友がいたのさ。

それはさすがに日本人として、やってはいけないことなので、俺たちの部隊全員で話し合って、一人の男に腹を切らせたのさ。

でも、そいつ、最後まで「死にたくない」と泣き言を言ったので、二人で両手を押さえて、もう一人が短刀を腹に刺して、綺麗に横に切ってから上に押し上げて、「完全な武士の腹切り」をさせてやったのさ。

それでもそいつが、「痛い痛い、助けてくれ!」と叫び続けたので、仕方なく、俺の腰にあった大きな刀でそいつの首をブった切ってやったのさ。

俺の身長にあう銃剣が無かったので、俺だけ本物の「武士の刀」を渡されて、「これで戦地で戦え!」と言われたので、俺は本物の刀をいつも持っていたのさ。

でも、まさか、自分の刀で、日本人の首を切るとは思わんかったぞ。

武士の時代には、「介錯(かいしゃく)人」と言って、腹を切る奴が、「一番信頼している奴」に最後の首を切らせるのさ。

それが戦友に対する礼儀だし、「武士の魂の誓い」でもあるんだ。

だから、俺も腹を切らせた奴に一番、信頼されていたからこそ、俺が介錯をしなければいかんだろ。

それが、「戦友」ってもんさ。

でもな、このことは一切、記録にないし、自分で腹を切った戦友として、こいつの家族には「恩給」が出るようにしたので、誰も文句は言わなかったぞ。

でももし、このことを上官に知られたら、俺も、腹切りを見てた全員が「軍法会議」ものだから、お前と俺だけの秘密にする。

だから、俺が死ぬまでは、このことは誰にも話すなよ!

婆さんがもらっている傷痍軍人の手当が無くなると、この家の家族も困るのさ。

俺たちがしたことは、日本人としてやってはいけないことなので、同期で「プライドだけは守ってやろう」と決めてやったことなのさ。

だから、今日の腹切りは、俺の「預かり」にしておいてくれ。

今度、機会があったら、俺はお前の首を切る「介錯人」をやってやる!!

どうだ!それでも、まだ、ここで腹を切るのか!!!

・・・・・・・・・・・・・・・・

ならいい、じゃあ、俺も一緒に腹を切る!

こんな爺さんの腹わたなんぞ、誰も喜ばんが、お前一人を死なせてたまるか!!!

おい、婆さん!、先が尖った大きな包丁を持ってこい!

なければ、ナタでも何でもいいから腹を切れるものを持ってこい!すぐにな!!!

・・・・・・・・・・・・

じいちゃんも、本気になっているのはわかりました。

体の力を抜いて、呼吸を整えて、一気に腹を切る覚悟は、もうできていました。

包丁二本と、ナタ一丁を持ってきた祖母は、

「あんた、これしかないけど、綺麗に腹を切れるかい?

私があんたの腹を切るお手伝いをしましょうか?」と言いました。

初めて、祖母が本気の目で言っているのを見たので、さすが「武士の妻」になった女だと思いました。

祖母が出歯包丁を1本持ち、両手で残った刃物で自分の腹を切る準備をしている祖父が、こう言いました。

おい、婆さん、お前、俺が一人で死んだあと、自分で首を切って死のうと思っているだろ?

一人で大丈夫か?誰か、手伝いを呼ぶか?

あんたの妻になってもう、50年、もう十分、私も生きました。

だから、連れ添いが死んだら、妻も自分で死ぬのは、当然ですよね。

大丈夫です、私もそっと、隠してあった切れ味のいい短刀があるので、それで私もそっと、死にます。

あなたと一緒に暮らした時間は、お釈迦様が与えてくれた夢の時間だと思いましたよ。

こんな神様みたいな孫も生まれたし、わたしたちはもう用済みの人間なので、さっさと死にましょ!

あとは、このマナブに任せておけば、少しくらいこの日本が良くなるかも知れません。

私はそれだけを信じて、死んでいきます。

どうか、一緒に、お供させて下さい。

よし、わかった、一緒に死のう!

これまで何発、お前を殴ったかわからけど、今は、お前を抱きしめてやりたい気持ちでいっぱいだ。

でも、両手に刃物を持っているので、しっかり抱けないが許してくれな!

そう言うと、初めて祖父が祖母の小さい体を抱きしめました。

二人とも、大粒の涙を流しながら、本気で死ぬ覚悟をしています。

 

この続きは明日です。

 

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