中学1年でで最低の担任を怒らせた事件
長ラン・リーゼントの学級委員長になる前は、皆さんと同じ中学生でした。(^^)
私たちの時代は、先輩たちが毎年、何度もお願いしたのに聞いてもらえず、「中学生男子は丸坊主」と決まっていたので、全員、入学式の前にバリカンで頭を丸めます。
さらに、初めて新品の学生服を買ってくれた母は、「もう二度と、新品は買ってあげられないと思うから、これが最後の新品の学生服だと思って大切に着なさいね」と渡されました。
「最後の新品の学生服」の理由は、従兄弟たちからたくさんの着古した学生服が家に届いていたので、将来、お金があっても買えないことは明白でした。
中学生になるとすぐに6つ上の従兄弟が近寄ってきて私の学生服を触って、洗っても取れない汚れを見つけて喜んでいました。
あー!これは俺の学生服だ!
学ちゃん、大事に着ろよ!
俺も、これは一生に一回の新品の学生服だから、自分がつけた汚れが落ちなくて、泣いたもんさ。
1枚1枚の学生服に、従兄弟の思い出があることを知っていたので、着れなくなるまで大切に着ることを従兄弟に約束しました。(高校入学祝いでドスを渡してくれた従兄弟です)
中学生になっても、29名の同級生は幼稚園時代から知っている仲間なので、全く緊張はしません。
でも、唯一、気掛かりなのは、どんな先生が担任になるかだけでした。
事前に母はPTAで聞かされたようで、「中学の担任でワースト3の名前」を聞いていたので、ただただ、祈るばかりでした。(神様にお願いはしません、ただ、こうなったらいいなとしか思いません)
入学式も終わり、教室でおとなしく担任を待っていると、ガラッと扉が開いて、一人の長身の男性がやってきました。
何かよくわからない話をダラダラ話したあと、やっと、黒板に自分のフルネームを書いた時、えーーーー!!!!と数名が声をあげました。
母が言っていた、ワースト1の先生の名前だったからです。
でももう、あとの祭りです。
私たち生徒には、どうにもできません。
家に帰って母に相談して、すぐにPTA会長さんから校長へ電話してもらいましたが、結局のところ、一度でいいから自分が担任として卒業生を送り出したかったみたいで、校長も止められなかったとお詫びしたと教えてくれました。
お詫びなんかいいから、担任を変えて!とお願いしましたが、結局、ダメでした。
世の中に出ても、どうせ、こんなもんだと思ってあきらめて、なるべく、目立たないようにおとなしくしていようと思って毎日、学校へ通っていました。
社会の授業前の休憩時間になると、誰かが大きな地図を黒板の前に吊るさないといけないので、高い場所にある釘に届くのが数名しかいなかったので、仕方なく私がその役目をすることになりました。
大きな地図を黒板の下に置いて、紐の真ん中にソーっと棒の先端を引っ掛けて、そのまま高い場所にある釘に引っ掛けるのが、私の仕事です。
何人かチャレンジしましたが、私は手足が長いので、身長では負けても、高さでは勝つのです。
だから、一発で大きな地図を高い釘に引っ掛けられた時は、全員が拍手してくれました。
自慢げに地図を引き上げる木の棒を振り回していると、教壇に当たって簡単に折れてしまいました。
よく見ると、古い棒なので、家に戻ればいくらでも新しい棒があるけど、勝手に交換しても怒られると思い、その足で担任がいる職員室へ行き、素直にお詫びすることにしました。
「先生、今、地図を引っ掛ける棒が教壇に当たってしまい、棒が折れてしまいました。
用務員さんのところに行って、自分で釘で直しますが、よろしいでしょうか?」
もう、最高に丁寧に頭を深々と下げて、お詫びとお願いを言いましたが・・・。
「おい、お前、名前は何だ!吉岡か・・・。
お前の従兄弟の吉岡も、昔、学校の器物を壊したことがあったけど、従兄弟か?」
はい、そうです。でも、関係ないと思いますが、従兄弟は・・・。
「お前なあ、家系って、変わらんもんなんだ!
泥棒の子供は泥棒になるし、ヤクザの子供はヤクザになるのさ。
お前の家は、何の仕事をしているんだ?」
農家です、ただの水飲み百姓の貧乏農家の次男坊です。
「あー、だからかあ、貧乏でいじけた心を持っているから、物を大事にできないで、それで大事な棒を折ったんだろう。謝りなさい!」
先ほど、きちんとお詫びしたつもりですが、足りなかったですか?
「あー、足らんわ!
お前の親や兄弟、全てが学校に迷惑をかけた今までの分を、今、ここで詫びろって言っているのが、わからんか!!!」
もう、危なかったです・・・、あと一言でも言ったら、私は確実に、ゲンコで顔を殴っていました。
母にも何度も言われましたが、お前は短気だから、あの担任ならきっと腹が立つ時もあるだろうけど、私の手前・・・いや、吉岡一族に迷惑をかけてはいけないと心に刻んて、腹が立った時に私を思い出しなさいと言われていました。
入学早々、もうその時期が来たのかと思い、目一杯、両手のグーを硬く握りしめて、汗が全身から噴き出しているのを堪えて、もう一度、頭を下げてお詫びしましたが、担任はまだタラタラ文句を言ってました。
その場が収まったのは、他の先生たちが助言をしてくれたからですが、あのバカ担任だけは、絶対に、人間として許さん!と腹に決めました。
本当に頭にきた時は、殴ると親や親族に迷惑がかかるので、階段を降りている時に突然、思いっきり突き倒すか、それとも、階段の上から固い重たいものを思い切り頭にぶつけてやるかを頭の中でグルグルイメージして堪えていました。
もし、担任が死んだときは、「不可抗力です」と言いはればいいさ、どうせ、行っても少年院だからすぐに戻ってこれると覚悟してました。
昔、6つ上の従兄弟から少年院帰りの同級生に聞いた話を思い出し、少年院でもイジメがあるので、対処方も教わっているし。どこへ行っても私は大丈夫です。
ヤクザならヤクザなりに、少年院なら少年院なりに、刑務所なら刑務所なりに、生き抜き方はあると思うからです。
そんなことを思いながらも、折れた棒を用務員さんのところに持っていくと、小学生の頃から冬のストーブに火をつける作業を毎日、手伝っていたので、用務員さんはすぐに直してくれました。
吉岡くんよお、お前のクラスの担任は、あの悪評高い◯◯だと聞いたが、ホントか?
はい、本当です。
私も、私の母も驚きましたが、3年間、辛抱だよって言われています。
そうか、アイツは俺も大嫌いなんだけど、先生だから何も言えないのさ。
でも困った時は、相談しに来いよ!
俺ができることは力になるからな!
大先輩の信頼がおける男性にそう言ってもらうと、頭にきて我慢していた分、涙が溢れました。
隣にいた奥さんが、あんた、あんまり子供を泣かすんじゃないよ!と言いましたが、「これは男と男の約束の話だから、女は口を出すな!」といつもは優しい用務員さんも、本気で奥さんを怒ってくれました。
第一回目の担任との事件は、ここまです。
この続きはさらにエスカレートしていくので、どうぞ、次回をお楽しみに!