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【社長会】1990年の「札幌の社長会」にJRグループの全ての社長がやって来ました!

「1990年代のバブル崩壊」は、大企業だけでなく、民間の私鉄も日本中の「J Rグループ」も赤字になったので、いろんな特許をタダであげたり、「毎年入る広告宣伝料」もタダで差し上げてましたので、全ての交通産業は「V字回復」したのです。

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J Rグループとは、JR北海道(北海道旅客鉄道)、JR東日本(東日本旅客鉄道)、JR東海(東海旅客鉄道)、JR西日本(西日本旅客鉄道)、JR四国(四国旅客鉄道)、JR九州(九州旅客鉄道)、JR貨物(日本貨物鉄道)の7

それ以外の全国の私鉄やバス会社にも多額のお礼のお金と特許をプレゼントしましたので、その一例をご紹介します。

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1、「社長会」に来ていたほとんどの社長が、「東海道新幹線」の両側に「工場」を持っていたので、私へのお礼は、「新幹線の電子広告にお金を出すこと」に決めて、その文面は全て私が書くことで決まりました。

「東海道新幹線以外の路線」の周りにも工場がある会社があったので、「私への恩返しを国民に返して下さい」とお願いして全国の一部上場企業全てが「電子広告」を出してくれました。全ての企業は「経費で計上できる」ので、とてもありがいと言ってました。

 

2,多額の広告収入を得たJ Rグループのトップである「総裁」からも電話があり、「私もお礼がしたい」と言ったので、新幹線の路線をチェックしたり「ドクターイエロー」の製造予定があったので、製造に関わる部品を全て社長会の皆さんに注文してもらいました。

J Rグループのトップである「総裁」とは、「国鉄からJ R」にするときにロゴを書いてあげたので知り合いだったので、また吉岡さん、お願いします」と言われました。

 

 

頼まれた企業は売上と利益が出るし、新規事業なので「国の予算」もつけられるので、お金を出した社長たちにも感謝され、J Rグループの全ての社長たちやにも感謝してもらいました。

でも新しい全てのレールの検査を瞬時にするためには「新しい技術」も必要だったので、全ての企業の現場に行って「新しい特許」を取りプレゼントして、日本の新幹線と同じものは作れないようにしました。

 

日本の新幹線技術を盗んだ中国人は、中国で似たものを作りましたが、すぐに脱線したので殺されたそうです。

▶️ドクターイエロー(命名は私です)

 

 

3、日本の印刷技術のトップのDNT(大日本印刷)と凸版印刷の違いは、「印刷機械のメーカーの違い」だったので、統合出来なかった対策は世界の国王たちに電話して新しい海外注文を入れてもらったので一気に、業績は回復して社員の首は無くなりました。

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岡山理科大学の1年生の時から日本中を動き回る仕事を引き受けていた私にとって「新幹線は必須」でしたが、一番「暗殺未遂」が多かったのも「新幹線の中」なので、何が起きたか紹介しておきます。

ほとんどは、「財務省の小指チンチン鈴木友康の指示」だと暗殺に来た奴らに死ぬ前に吐かせたので懲りない奴です。

 

<新幹線での暗殺未遂事件>

 

1、針金を2重にして、うしろの席から首に巻かれたので、腕を掴んで自分の前に上半身を引きずり落としてから首の骨を折ってやりました。

 

2、新幹線の男子トイレで小便をしている最中に「早く出ろ!」とヤクザが二人が立っていたので、「小便が終わってから出るから待ってろ!」と叫び、少しだけドアを開けて一人を蹴り倒して、そのまま上に乗っかって片足で首を踏みつけながら、相手が持っていたナイフで二人目の腹にナイフで滅多刺しにして、次の停車駅で降りました。

 

3、新幹線の席から降りる準備をして立っていると、ヤクザの親分らしき男がチャカ(拳銃)を突きつけたので、「緊急停止ボタン」を押して相手を倒し、拳銃を奪って、ブレーキの音に合わせて腹に相手の数発のチャカ(拳銃)を打ちまくり、背広をひっくり返して椅子に座らせてから無理矢理ドアをこじ開けてホームに降りました。

 

4、グリーン車で寝ていると、「吉岡さんですよね?」と声をかけてきた大男がナイフを私に向けたので、その手を掴み、下に引きずり落として、体を捻って、相手のナイフで腹をめった刺しにしてから、喉に刺したまま、相手のジャケットを頭からかけて「おやすみと」言い、普通に次の駅で降りました。

 

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こんなことが30代の頃から数えると、命を狙われたのは26回くらいありましたので、防衛省にいた時は「別班(VIVAN)」に高速ヘリコプターで運んでもらいましたが、解脱後に「過去の記憶」を自分で消したので一切、自分から電話できなくしたので、2023年5月9日に「財務省の鈴木友康」に電話したあと、2023年の6月14日にまた「ヒットマン」を送ってきましたが、無事に終わりました。

 

(2023年の6月14日の状況)

グリーン車の喫煙室でタバコを吸っていると、チャカ(拳銃)が入るサイズの小さなブランドバックを肩から下げた小柄な貧乏男が喫煙室に入ってきたので、早めにタバコを消して、ゆっくり出て、席の荷物を持って一気に走り出すと、見張りのヤクザの男が「逃げたぞ!」と叫んだので、トイレに隠れていると駅に着いたので、そのまま普通に降りました。

どうぞ、皆さんも、新幹線にはお気をつけ下さい。

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