【ダイエー】サラリーマン時代に、喧嘩相手の危篤の母が見えた!
サラリーマン時代に勤めた会社は、血気盛んな男達が多かったので、いろんなトラブルが会社の中で毎日、ありました。
私が勤めた会社はスーパーなので、どこの売り場も自分が経営者の意識で働いているため、マニュアルもなく、自分で考えて商売をする男達の戦いでした。
毎日の 全体朝礼の時には、前日の売上達成の数字が報告され、売上達成した課のマネージャー(課長相当)たちは、勝った負けたの戦いでした。
他の課と競うのは良いことですが、熱い男達が集まっている生鮮三品(肉・野菜・鮮魚)の売り場のマネージャーたちは、朝から喧嘩腰で言い合っていました。
時代も今と違って「競争社会」でしたし、全員が自分の「生き残り」をかけて仕事をしていたので、タイムカードを押して働いている人たちは、ザラにいました。
私は農業の家に育ったからこそ、決められた時間だけ過ごして、給料がもらえるサラリーマンに憧れましたが、どこの上司も表向きは「サービス残業はせずに、定時に社員は上がっています」と嘘をつくのが、当然の時代でした。
当時、「スーパーで売上一番」になった我が社は、百貨店の一番の売上を抜くことが会社の至上命令だったので、どこのお店もお店同士で戦いあううえに、居酒屋で他のスーパーの社員バッチが目に入ると、喧嘩が始まるくらい、誰もが「生き残り」を意識して働いていました。
そんな空気の中、テレビでは「毎年、残業が減りましたね」と綺麗事を伝えていますが、実態は何も変わらず、ただ、タイムカードを押して働いている人たちが増えただけでした。
会社の上司も、労働組合も、上部団体も、経団連も、どこの部署も、綺麗事を言っていた理由は、「世界の標準労働時間」に合わせるよう国から指示が出たためでした。
つまり、アメリカ包囲網の戦後の日本のしわ寄せは、全て労働者の下位組織に仕事が振られますので、奥様達が知らない厳しいイジメや強制労働の実態など、誰も知るよしもありませんでした。
今では「ブラック企業」という呼び名もありますが、どこの会社も強制的な労働環境で働いているので、ほとんどの企業はブラック企業なのに、テレビに映るのは、綺麗なスーツを着て、定時に上がって飲んでいる公務員の映像を流して見せているだけでした。
そんな中、毎日のように、上司と部下の言い争いが絶えない私のお店は、腹いせに隣の課の人間と殴り合いの喧嘩もよくありましたが、男同士の喧嘩が始まると、誰も見向きもせず、仕事に没頭して、喧嘩が終わるのを静かに待つのが日常でした。
ある日、生鮮三品のマネージャー達の会議が終わると、つかみ合いの喧嘩が始まり、いつものことだと思っていると、魚屋のマネージャーが包丁を手にしたので、肉屋と魚屋のマネージャーも包丁を取りに行き、とても危険な空気が流れました。
八百屋のマネージャーとは仲が良かったので、私が後ろから「歯がいじめ」にして刃物を取り上げ、首を絞めて失神させてから、部下に面倒を見させて納めました。
問題は、肉屋と魚屋です。
この二人は毎日、朝から言い合いをするうえに、言うことを聞かない部下をボコボコに殴る蹴るので、パートの奥さん達もアルバイトも、いつもヒヤヒヤしながら仕事をしていました。
私はどこの課の人間でも気軽に挨拶しますし、何か問題がある時は、自然に「仲裁」に入るのが、普通でした。
でも、この日だけはとても気まずくて、遠くからパートの奥様の悲鳴が上がり、バックルームの反対側で魚屋と肉屋のマネージャーが包丁を振りかざして、相手の手を切っているのを見つけました。
これはまずい!と思った私は、まず、大柄な肉屋のマネージャーの足に思いっきり蹴りを入れて体を倒し、荷物を包んでいたヒモで手と体をグルグル巻きにして、部下に渡しました。
問題は、魚屋のマネージャーです。
いつもは笑顔で挨拶する良い人なのですが、一旦、熱くなると見境いがつかなくなり、部下の体をボコボコにして、あとから冷静になって謝ることを繰り返すバカな男なので、「要注意人物」でした。
最後に残った一人が、魚屋の男なら覚悟するしかないので、刃物を持った男に対抗して、段ボールを3枚重ねて腹に紐で縛り付けて、相手の前に立ちはだかりました。
※これはヤクザのヒットマン(殺し屋)が、濡らした新聞紙を腹に巻くのと同じで、刃物が深く刺さらない方法です。
相手の目はもう異常なくらい熱くなり、気持ちが自分でも抑えきれない状態ですので、言葉では無理だと思ったからこその「覚悟」でした。
私のポケットには、太いカッターナイフがあるので、最後の最後には使うしかないと思いましたが、武士の「肉を切らせて相手を切る覚悟」で向かっていきました。
お互いに取っ組み合いになった時、ふと、相手の目の奥に、女性の顔が見えたので、力を抜かないまま、聞いてみました。
なあ、マネージャーよ、あんたの家族の女性が今、あんたの目の中に見えたんだけど、何か問題が起きているのか?
問題があるなら、こんな喧嘩している場合じゃないと思うけど、話してみろよ。
相手は、私より年上なうえに、職位も私より上なので、本当は尊敬しなければいけない立場ですが、今は男同士の喧嘩の最中なので、対等な立場の発言でした。
一瞬、彼の腕の力が抜けたので、「これは何かあるな?」と思いましたが、彼は「そんなこと、お前に関係ないだろ!」と、また腕に力を入れてきました。
でも、その目の奥の女性が、「お母さん」だとわかったので、
「あんたのお母さん、今、危ないんじゃないのか?
もしかしたら、危篤かもしれないから、今すぐ電話で確認しなさい。
喧嘩はいつでもできるから、さあ、すぐに電話して!!」
当時は、携帯電話などありませんので、自分の事務所に走っていき、奥様と話してみると、本当に今さっき、「母が危篤の電報が届いた」と話してくれました。
当時は、田舎で電話が無い家も多かったので、緊急時は、電報を打つのが、最後の通信手段でした。
大慌てで、服を着替えて店を出る前に、
「ありがとうな、お前のおかげで、もしかしたら母の死に目に会えるかもしれない。お前には一生、感謝だな!」
と言い残して、店を飛び出していきました。
「先輩!あんたが車を運転すると危ないから、奥さんに運転してもらいなさいよ!」
と大声で怒鳴ると、
「おー!わかった、俺も熱くなるとヤバいから、そうするわ!」
と振り返りざまに返事をしてくれました。
数日後、魚屋のマネージャーの休みが終わって店にやってきて、いつも通りに仕事を始めたので、私から聞くのも失礼なので、相手が声をかけるのを待っていました。
朝礼が終わり、作業指示を出したあと、魚屋のマネージャーは、私のところにやってきた時、目が真っ赤になっていたので、「また、喧嘩のやり直しをするのか?」と身を構えましたが、彼はこう言いました。
なあ、本当にありがとうな。
お前が言ってくれたおかげで、母危篤の電報もすぐにわかったし、俺は会社には絶対に電話をするなと妻に言っていたので、本人も電報をもらって困っていたんだ。
そこへ俺が大慌てで戻ったので、母の実家にお前が言ったとおり、妻の運転で向かったが、「最後の息を今、引き取ったばかりです」と、医者が言いやがったのさ。
もう、医者を殺してやろうかとも思ったけど、そんなことしても、母は喜ばないとわかったので、我慢したよ。
ところでお前、なんで、俺の母が危篤だとわかったんだ?
あのう、言っていいですか?
これから話す話をもし、誰かに言ったら、私はあなたを呪い殺すからよく聞いて下さいね。
俺は、子供の頃からいろんな人の心の中に思ったことが、瞬時でわかる体質なので、この会社に入った時にその力を封印していたのに、今回、初めて勝手に見えた!と言ってもいいかもしれません。
というより、見えていても、わかっても、一切、相手に言わないと決めていたので、あの喧嘩の最中に、突然、見えた時は自分でも驚いたんです。
まあ、あなたは普段は良い人だけど、なぜか急に熱くなると、自分がわからなくなり、喧嘩をしてしまうのも、実は、あなたのお父さんとの子供の頃からの関係だとわかっていましたよ。
そんな話を普段しても、あなたは認めないタイプだからこそ、絶対に教えないと決めていたのに、あの喧嘩の最中に、誰か上の存在達が俺を通して、あなたに伝えて欲しかったみたいだったので、初めて自分が決めたルールを曲げて話したんです。
でも、二度とこの会社にいる間は、この力を使いたくないので、あなたは絶対にこのことを他の人に口にしてはダメですからね。
もし、誰かに私のことを話したら、24時間、眠れなくして、最後はあなたの大事な人の命を奪うかもしれませんよ(^^) ※単なる脅しです。
そうか、そういう力が本当にあるんだな。
今回、初めて実感してわかったさ。
ところで、お母さんはどうだったんですか?間に合ったんですか?
いやあ、もう少しというところだったけど、玄関を開けた時に、母は息を引き取って静かに眠るように亡くなったのさ。
でも、俺がもし、死ぬ前に間に合っていたら、大声で叫ぶだろうし、周りの人に暴力を振るうかもしれないので、これで良かったんだと思えたさ。
母も、きっと、自分で選んで死の瞬間を決めたと思うんだ。
だから、本当にありがとうな。
結果的に、俺が家族親族で、一番最初に間に合ったので、家の片付けをして、他の人たちがやってくる準備ができたのが、一番、嬉しかったなあ。
母は、若い頃に離婚して、俺が小さい時に、親父がいつも酒を飲んで母を殴り、俺もボコボコにされたので、アイツ(父)だけは一生、許せないので、いつか殺してやろうと思って、いろんな武術を学んだのさ。
でもよ、俺はあの時、本気で怒っていたのに、なんで、お前は俺の体をピタッと止められたんだ?
今まで、あんな戦い方をしたことはないし、相当、力入れてお前を倒そうとしたけど、お前はビクともしないので、不思議だったんだ。
何か、武術を学んだのか?
いやあ、ただの「気」さ。
人間も、植物も、動物も、「気」で生きているので、俺は子供の頃から「気」をどう動かして、相手と通信するかを身につけているから、獣でも、大きな「気」を飛ばしていると寄ってこないものなんです。
でも、良かったですね、自分を育ててくれた大事な母親の最後をみれたのは、素晴らしいことだと思いますよ。
病院じゃなくて、家だろう?それも、ボロボロの古い家ですよね?お母さんの最後の場所は?
お前、殴るぞ!
確かに母の家はボロボロだけど、お前、そこまで見えていたのか?
そりゃあ、そうですよ!
あんたが店を飛び出して、ちゃんと家に帰って、嫁さんと喧嘩せずに、お母さんの家に着くまで、ずっと、ここから霊視して、あんたの心を冷静にさせていたんですよ。
その時に、家の様子も、お母さんの様子も見えたけど、俺が口にすることじゃないので、あんたが口にするまでは言わないつもりだったんです。
それが、先輩に対する「礼儀」であり、「信頼」だと思っています。
どんなことがわかっても、相手が乗り越えられないことは言ってはいけないことを自然とわかっているので、絶対に、こんな嘘つきのサラリーマンの時には、霊力は使わないと決めたのに・・・使ちまったじゃないですか・・・。
俺は、いつか、この会社も辞めるつもりだし、次の仕事もきっと、辞める気がするんだあ。
その先は、何をして食べていくのか全くわからないけれど、なぜか、「やらなければいけない仕事」がある気がするんだけど、今は、全くわからないのさ。
でも、良かったですね。今度、お酒でも一緒に飲みに行きましょうね!
こんなやりとりがあったことさえ、私は解脱前の記憶を一度、捨ててしまったので忘れていましが、ここ最近は、どんどん毎日、過去の記憶を思い出す日々が自分でも不思議でたまりません。
きっと、20年以上前に私が経験したことをそのまま皆さんに伝えることが、誰かの、何かの役に立つ可能性があると信じて公開していますので、どうぞ、ご理解のほど、よろしくお願いいたします。