『すべてはひとつ』

確か2000年か、20001年だったと思いますが、過去、生きた人生経験の魂の汚れを落す三年修行を終えて、宇宙のおおもとまで意識上昇して、マスターとたくさんの対話をしたあとに教えていただいたことは、 「ひとつ」 という言葉だけでした。
この「ひとつ」という言葉はたくさんの意味を含んでいます。
みんなで、ひとつ。
ひとつで、ひとつ。
すべてが、ひとつ。
命は、ひとつ。
すべての命は、ひとつ。
もともと、ひとつ。
植物も、木々も、海も、空も、風も、動物も、人間も、同じひとつの命を与えられている。
本当に「すべてはひとつ」なんだよ と教えてもらいました。
このとても至福の気付きを感じたあと、自分の魂がわかったことを、どう皆さんに伝えていこうかと悩んでいると、この三次元世界は相対の世界なので、皆さんにわかりやすくするために、いつも相対の意味を考えていたので、ついつい、私自身に垢が染み付いてしまったようです。
これからもまだそんなときもあるでしょうが、今後は、なるべく、魂の気付きどうりに、皆さんにお伝えしていこうと思っています。
話は変わりますが・・・昨日、今年二人目のセッションの男性のお客さんが東京からわざわざ尋ねてくれました。
自分のいろいろな思いを確認したがっていましたので、求める答えのメッセージを全てお渡し終えて帰られたあと、自分の身体が動けなくなってしまいました。
2時間ほど、ストーブの前で毛布に包まって、横になっていました。
私のように自分の身体を使って、人の意識エネルギーを受けたり出したりする方たちは、皆さん経験していることですが、久しぶりに、エネルギー疲労が極限になったようです。
でも、その方の魂が喜びや、希望に満ち溢れているエネルギーを感じると、これがまた、やめられない喜びでもあるんです。
過去、何度も強い霊体に入られて苦労した経験から、自分の身体を守るために色々工夫をしてきましたが、大きな愛を与えることは、実は、自分を守ることができない反面もあります。
それはまだ、幼い魂の方たちが、自分の大切なものを守りながら、何かを手にいれようと望みむと、その方が自分を守る分、心を開いている相手が苦しくなってしまうのです。
親の深い愛の中から自立しようとするとき、心の奥底で愛を感じながらも、親に反抗する姿が、似ていると思います。
親は、常に、その子供の経験する苦しみを自分のこととして一緒に苦しみながら、それでも一人で生きていけるように自立を望み、影から見守ってくれています。
その親の気持ちを深く理解できるようになるまでに、どれくらいの時間、周りの人と傷つけあいながら、自分を認めるための学びをしてきたことでしょう。
私もそういう時代があって今がありますので、人間としてこうしたいという欲がある以上、自分の過去の想いを許しなが生きることを心がけています。
でも時には、交通事故のように、偶然、出逢った人に、ドッ!とエネルギーを奪われるときがありますが、それを守らなくてはいけない自分を、実は、好きではありません。
皆んなが、自分を一切守らずに、全てを与えつくしても、生きられる世の中になればいいなあと想っています。
自分が欲しいものを奪い合う世の中から、与え合う世の中、それは、あなたが望んでいる「本質の愛」も同じだと思います。
どうぞ、今日、あなたがして欲しいと思っている愛を、誰かに、先にあげてみてください。
あなたの愛は、笑顔でも、ありがとうでも、美味しい手作りのケーキでもいいんです。
何も見返りを望まず、ただ、差し出してみる。
それを繰り返しても、喜びが残っている自分に感謝することです。
だって、あなたの愛は、誰かがもらってくれないと感じられないんですもの。
相手とあなたは、ひとつ。
写し鏡のように、出会い、生きる私達は、その喜びを感じたくて、誰かにやさしくしたい気持ちになるんです。
そう、 欲しいからあげるんですよ、愛は。
でも、見返りは、求めないんです。
愛の確信は、その見返りを求めない自分の満足感ですから。
だから、私もこのメッセージを皆さんに読んでいただけるだけで、喜びが溢れてくるんです。
あなたとの愛の循環を感じているんです。
それがどんな反応であっても、すべてが愛の一部だと感じられる自分がいますから・・・。
受け取ってくれて、ありがとうございます。

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