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勝ち組負け組

1990年代に流行ったビジネス世界の言葉で「勝ち組負け組」という言葉がありますが、常にこの言葉は20世紀を代表する日本人の精神性の原動力になってきた言葉です。

「戦争に勝つ」、「自分に勝つ」、「誰かに勝つ」・・・・。

「勝つ」事を強いられ続けてきた日本人の精神性には、「忍耐」という言葉も同時に学ばされています。

「勝つ為には耐え忍ぶ心があってこそ、勝てるチャンスに生かされる」のだと。

「忍耐」を強制的に強いられた明治・大正・昭和一桁生まれの方たちは、自分という価値観よりも強制的な思想教育に耐えるしかない毎日を過ごしてきました。目的は、「戦争に勝つ」為だったからです。

戦争に勝ち続けた日本はさらに「勝つ」事に執着し始めて、個人の価値観や人の命も簡単に奪うようになりました。

 

「勝つ」ことこそ、全てにおいて正義であると勘違いしたからです。

しかし1945年8月15日、正午の昭和天皇による玉音放送をもってポツダム宣言受諾を表明、全ての戦闘行為は停止されました(日本の降伏)。

「勝つ」事だけを目的に生きた日本国民は、「負ける」事から多くを学び、今の日本をここまで急成長させる事に成功しました。

しかし戦争の負けを体験した親を持つ団塊の世代は、同じように「戦いに勝つ」というテーマで日々、仕事に取り組んでいた事も事実です。

軍力で戦争に負けた分、今度は経済力で世界に「勝つ」事を意識した日本国民は、さまざまな技術開発に合わせて「加工貿易」の技術を高め、アメリカに次ぐ世界第二位のGDP(国民総生産)国家に短期間で成長させました。

しかし、日本のこの成長ぶりを見ていたアジア諸国の中でも特に中国は、日本を超える猛スピードで経済大国に成長しています。あと数年後には、確実に日本はその地位を抜かれる事でしょう。

「勝つ」ことだけを意識した人間は、常に「負ける恐怖」と戦わなければいけない事になります。

競争原理には、「負ける人が居るからこそ勝つ人がいる」からです。

自分の人生の成功や幸せや歓びさえも、この「勝つ」という基準だけで考えている為に苦しんでいる人たちをたくさん見ました。

「誰かに勝ちたい、誰かに負けたくない」

人と比べて自分のやる気を引き出す事はひとつの手法ではありますが、子育てでも失敗している人が多いように、「勝つ」事だけを教えると負けた時の対応ができずに卑屈になったり、ごまかすようになる人がたくさんいます。そのまま大人になった人は、卑屈な性格が自分の性格だと勘違いしている人さえいます。

21世紀の大切なキーワードは、勝つことだけにこだわる生き方をしないと決める事です。

誰かや何かに勝ちたいと思った時は、まず負けた時の自分がどうなるかをちゃんと予想しなければいけません。

負けた後でも、言い訳やごまかしをしないで、まっすぐ前を見て歩ける人間でいられるかどうかを自分で見定めなければいけません。

「自分らしく生きる」という言葉がありますが、その為には自分のどこが長所でどこが欠点かを知っている事が大切になります。

その事を気づかせてくれる人が周りに居ない事こそ、人生の最大の不幸と呼べるのかもしれません。

本当の「自分らしさ」は、誰かにとってや何かにとっての結果評価ではないのです。

常に自分に甘えず、しかし、自分を喜ばせる工夫を知っていて努力している事が重要です。

当然ながら、知恵と工夫も無ければ「自分らしさ」を守る事はできません。

地位や名誉・名目、収入や持ち物で自分を誇示したい自分がいるとしたら、ある瞬間に全てが奪われるような経験をして、心がドン底に落とされて自分の本質を知らされる経験をする事でしょう。

自分という存在がどう見られているかはその人の価値感によって違いますので、どんな事を言われてもひとつの意見と感謝してひとつの学びにするくらいでいいのです。

一番大切な事は、「自分が自分にとって自分らしく生きているかどうか」を常に問う心が必要です。自分に甘い点数を付ける人や辛い点数を付けるのも自分の学びのコースですから、答えはすぐに出るはずです。

その点数の付け方が良い悪いではなく、世の中に一人でいいのであなたの存在を喜んでくれる人がいれば、あなたは生きている価値があります。

親は常に、「私より先に死ぬのは、親不孝だよ。」と言うほど、あなたの存在を認めて許し続けてくれている存在です。

その事にまだ気付かず、周りの評価や社会的評価を気にしている人たちは、常に、自分の価値や信頼を失う事を恐れて生きていると思います。

仏教の教えにも「自分に勝つ」という修行がありますが、内在神との葛藤をどう抑え込むかを鍛錬する修行です。しかし、ここにも「勝つ」という概念に囚われている思想があります。

人間は、勝とうと思えば負ける事と戦い、負けたくないと思えば勝つ事を意識する単純な動物ですから、勝ち負けが無い心の世界へ早く移行して欲しいと思います。

スポーツなどの競技や学校で行うリレーで争う意味は、また違います。

どうやっても勝てない人がいるように、勝つ人は負ける人に感謝する心を学ぶチャンスを与えてもらっていますし、負けた人は勝つ為に「努力と忍耐」を学ぶ時間を与えられています。その両者がいるからこそ、お互いの役割を尊重しながら、自分の役割を果たす心を学ぶ時間なのです。

プロの競技をしている人たちは、その結果を問われること以上に、その精神を問われるのがプロスポーツの世界だと言えます。

だからこそ、子供たちに「負けたくない」という心の扱い方を正しく教える事が大切なのです。

ただ勝つ為なら、ズルをしても勝つ方法はありますし、嘘をついて勝つ方法があるかもしれません。

でも子供の頃に、「お天道様は、いつも見ているからね。」と教えられた人は、自分の内在神には嘘は付けないものです。

人生は、勝つ為に生きている訳ではありません。

人生は、歓びを経験する為に必要な全ての欲を与えられています。

その歓びを誰かと共有する事でさらに大きな歓びとなり、地球全体を歓びの渦に巻き込む為に生まれてきたのが人間なのです。

だから何度失敗してもまだ生きているのなら、あなたがしたい事を何度でもチャレンジして下さい。

何度落ち込んでも、どれほど周りの人に迷惑をかけたとしても、今まだ生きているのなら、また「自分の歓び」の為に立ちあがって歩きだして下さい。

同じ失敗を何度もするようなら、上手にしている人にコツを聞いて下さい。成功者は、たくさんの失敗から学んだコツの数が多いだけなのです。だから成功している人で、一度も失敗しなかった人はいません。

周りの人に迷惑をかけないで生きてきた人も、誰一人いません。

今日生きているという事は、まだあなたは生きる事を許されているのですから、「自分の歓び」の為に勇気を出して進んで下さい。

「自らの弱さを認める事は、やさしさの母に出会う秘訣である」 

 

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