2015年10月1日 速開都比売 メッセージ

本日より始まりますること、全てにおいて神々が承認致しまする。
 
そして、これから行うべきことについて関わる全ての人たちの守護存在に対しても、この命(めい)を伝達いたしまする。
 

思い多きかな、これまでの永き時間にわたり、たくさんの御苦労を重ねてきた皆々様方に心より感謝申し上げまする。
 
及ばずながら、一人一人の心根が少しでも変わりますようご尽力いただいた方々、そして、力を合わせてくれた方々、また思いを運んでくれた方々、その全ての方々に感謝申し上げまする。
 
時の流れは果てしなく、宇宙の流れと同じように、この時を共に過ごす方達は皆、同じ大きな目的を持ってこの地球に存在しております。

 
時の流れが無限だという方もいるでしょうが、それは大きな意味ではそうですが、あなたたち人間には「時間」という概念の限りがあるからこそ、今、この時に心根を合わせる人たちがどれ程多くの役目を持っているのかを気付かなければいけない時代になったということをまずお伝えしておきまする。
 
時の流れを幾ばくもなく思い掴まれず、どうにもならないものだと考える人が、もし、いるならば、それは愚かなことでございます。
 
「時」は、特に、地球における「時」については、あなたたち人間の意識が一秒一秒、その何万分の一の世界の感覚さえも、瞬間瞬間に伝達され、それが宇宙全体にまで放出されていることを認識しなければなりません。

その放出されたエネルギーが回り回って過去の自分の魂の輪廻の中に脈々と流れてくるからこそ、あなたの中の過去にある思いや知らない思いさえも、思い出されてくるのです。

それは過去を思い出せという意味ではなく、これからあなたが歩むべき道において過去と同じ失敗をして欲しくないからこそ、気づかせている事象・出来事であり、そして、その過去を乗り越える為に、今、あなたが存在しているということ、そして、その為に必要な場所・人・時・経験をしているのだと言うことを十分わかってほしいからこそ、その過去の苦しい思いや辛い思いや悲しい思いを思い出させる時があるのです。

それこそが、最も大きな「愛の時間」であるということをまず御理解下さいませ。

そして、この現実における出来事、出会い、経験においても同じようにあなた達は生まれる前からその設定を計画し、自分が大切なことを思い出す為の道筋を計画立していました。
 
その事をただ忘れているだけなのですが、本当はあなたが自分の決めたことを成す為に必要な時、場所、出会いを決めてきたのですし、それは「お互いに関わるタイミング」によって意味が変わるからこそ、あの時に会った人と、今、会うならば、もしくは、未来に会うべき人が、今、会うならばと考える事は愚かなことなのです。
 

今、貴方がここに存在している時にあなたが「今」の事をしっかり見据えなければいけないからこそお伝えしているのですが、今、目の前に居る人達や起きている事が感謝にあふれてたまらなく、未来に喜びを感じるほど希望を持っている人ならば、もう貴方はその道を真っ直ぐ進むことです。

そして、それをより大きく手を広げ、たくさんの人に感受させる事をしなければならない役目の時間にきているのです。

逆に、自分がまだ過去の思いに囚われ、過去の失敗に苛まれている時間が多いのであれば、貴方はそのテーマを乗り越える為に、今、その経験をしているのだと気付き、その過去の全ての思い、そして関わった全ての人達に感謝をし、その結果として今、貴方が存在しているという事に気付かなければいけません。

今、あなたは、この2015年10月1日という日の意味をどう理解するかによって、この3年後、5年後、10年後、20年後、100年後、また次に生まれ変わる時までの大きな意味合いまで変わっている事に気付かなければいけないのです。

「時」は、同時に多次元に無限に感じられますが、実は、「今」という瞬間に多層化に時間は流れておりまする。

「今」という瞬間を固定する事が出来ないように「時」は全て流れておりまするが、「今」という時間に思った事がどれ程のパワーを持って世の中や人に影響を与えているかがわからないからこそ、人の言った事が気になったり、世の中に流れている情報やメディアの一部の意見に対し感情を揺らしたり、また誰かの言葉で苦しんだりしているだけなのです。

それはただ自らの思いを、学びを、「過去を乗り越えなさい」という為に伝えられていることなのですから、肯定も否定もすることなく、ただ貴方が進むべき道を自らが見つけ出して進む事が必要なのです

もしあなたが、自分の進むべき道をまだ見つけられない人ならば、こう願って下さい。

「私はまだ自分が生きる道、喜びを見つけられません。ですが、私は必ずその道へ進むと決めて生まれてきましたので、どうぞ、私に必要な出会い、導き、気付きがおきますようお力添えをお願いします」と天に向けて、また、神に向けて、また、人に向けて、また自分に向けてその言葉を言い続けてみて下さい。

必ず、あなたが思っている以上の出来事がすぐに起きるはずなのですが、貴方はその瞬間に、その気付きや出来事や出会いが貴方が望んだものだという事を気付かなければいけないのです。

誰かが誰かの意図で物事を成している中で、たまたま自分が存在しているなどという愚かな視点で物事をみるならば、永遠に貴方は自らの視点を大きく変える事など出来ません。

あなたは、あなたなのです。

そのあなたが、無限なほど大きな繋がりの中の一部であるという事を認識しなければ、これからあなたが進む道は過去の時間よりもより苦しい時間となる事でしょう。

それは、元々、決められていたことだからこそ、今、この時間、この時に感じるままあなたが見つめるべき、見据えるべき、知るべき事柄、そして、誰と何を同調し合い、また、どこへ向かうのかをを今、見える範囲で良いので道を見つけなければならないのです。

喜びは、一人では生まれません。

また、誰かに与えられるものだけでも感受できないものです。

喜びは頂く事が始まりですが、与える事も大きな喜びになりましょう。

与えたものが、回り回って自分に返ってきた時には、あなたはその喜びの意味が何百倍千倍に感じる事でしょう。

しかしながら、貴方の心がその回り回ってきた「時」の意味を理解出来ない心のままでいるならば、貴方は永遠に足りない、まだ足りないと言い続けて、自分の満足を得る為の道と時間を経験する事になるでしょう。

時は、もう既にきています、あなたが決めたように、そして、私達が決めたように・・・。

あなた方は本来、個人の「個」という概念はないのですが、何故、「個」という学びをさせたのか、その意味がわかるならば、大元を望むのではなく、統一を望むのではなく、標準化でもなく、個別意識でもなく、その全てを網羅するほどの、共鳴する意識の調和度を上げることをしなければいけないのだということを気づいて下さいませ。

あなたの心にあるものが、あなただけのものなど、一切ありません。

その瞬間に、地球の裏側に同じことで苦しむ人たちがたくさんいる事に気付かなければなりません。

ただあなたは、今、与えられている環境の中で、誰かが出来ない事をするために得られているものはある筈なのです。

何故、人間は進化しなければいけないのか?

それが、役目だからです。

人間が進化しないのであれば、人間に知性と英智と創造力を与えた意味がありません。

ただの、動物のままで良かったのです。

私たちが人間を選んだ理由は、過去の失敗を超えるためですが、しかし、それはあなた方のいう過去世や記憶の段階では無く、全く貴方が想像もしない、宇宙全ての記憶に関わる要因があるからこそ、その一旦を担った者たちが、大切なことに気付き合うことで過去すべてを、全宇宙の歴史すべてを変える程の創造力と繋がることで、大きな愛を産みだすことができるのです。

そのために必要なことは、これからたくさん提供していきますのであなたは、ただ受け取る準備をして下さいとお伝えしておきます。

あなたには、いつでも完全な準備が整っている筈です。

もし今、まだ準備ができていないと思うならば、それは100年後でも無理でございましょう。

あなたは、今、この瞬間に、このメッセージを聞いたことで、その準備が整ったことを知るのです。

そしてこれからが全ての本番であり、これまでは準備だと言うしかありません。

何の為の時間なのか、何の為の人生なのか、その意味を人間の土俵で考えている限りでは永遠に人間の意識で終わるでしょう。

だからこそ、人間にカルマが生まれるのです。

人間は、人間の為には存在しておりませぬ。


地球も、地球の為には存在しておりませぬ。

宇宙でさえも、宇宙の為には存在しておりませぬ。

その意味をを正しく理解し、自らの存在意義を見出だし、存在していることへの感謝と愛が溢れることこそが、大いなる目的なのです。

どうぞ、そのことをたくさんの人と理解し合いながら、生きる全ての時間が喜びとなるような生き方をお選び下さいませ

どうぞ、よろしくお願いいたします。

 

(午後の祈り)

もう時すでに遅しとするならば、この時間において何を問うがごとく、自らを問うがごとく、何も希望が見えない光の心のように、渦の中に巻き込まれていく自らを見るだけの人生になります。
 

それがあなたの視点ならば、それこそが自らが描いたものだという事に気づきなさい。

 

己の中にある心の渦の、その底にまで到達することが出来るならば、それこそが最も苦しみを突き抜けた時に見出す「妙光の光」であり、それが御仏の力であるとするならば、それ先祖の思いと同じであるからこそ、自らがこの世に生を受け、命がある限り生きることを糧とし、日々精進の業(ごう)を営むことの意味を問うなかれ。

 

我、無限なる神の中におるおのずの中の一向の光となりと共に、それ自らの光と共に見出すことが出来るのであればこそ、その光を導き給いて繋がりし、その者、者達の思い一つの光となりてこそ、この世、無限成就の循環が起きるものなり。

 

今だ、自らの事を悟りきれず、まだ自らの愚かさを認めきれず、まだ、人とのことを計る自らの幼い天秤を持つなればこそ、その心を乗り越えましてのこと、大き、深き、高き心の中にある営みの恵み、それこそが希望を信じるからこそ、苦しみを持つ者であればこそ、苦しみが善か悪かと問うのであれば、それは善でも悪でもなく、光による影の一向の闇に落ちているだけの事。

 

自らの心の中の闇を愛し続けることこそが、また、その存在の有無を問うがごとく自らを消し去ることが出来さえすれば、それこそが悟りの境地と同じく天空無限に繋がりし存在の思いを感じるものでございます。

あなたが今一歩、前へ進もうとする思いがあるのならば、今よりも一歩下がることの難しさを考え給えと申し上げまする。

 

ここまで積み上げてきたもの、努力してきたもの、生きてきたこと、その全ての思いにおいて、その思いを捨て去ることが出来るならば、それはもう、甘受成就の世界でございまするが、この世に生きとし生ける人間全てにおいて、思うこと全てが蓄積されているからこそ、その思いの結果、どこへ向かうかは、全てがあなた次第であるからこそ、目に映るもの、聞くこと、人から言われること、知ること、その愚かな範囲で物事を考えるのではなく、自らの可能性を最も高く評価し、その可能性に対し手を貸し、力を貸す者がいるのであれば、どうぞ、真っ直ぐ自らの内なる光の鏡を見るように、その人の鏡に映る自らの姿を見てみなさい。

あなたがどれだけ作り笑顔をしていても、相手の心には本性が伝わるもので御座います。

いくら表面(おもてずら)を綺麗にしたとしても、心根(こころね)の愚かな者はすぐばれてしまいますからこそ、どうぞ、心に余計な思いを乗せず、純粋なるその心を磨き輝かせまして、あなたの良き点を見つめ続け、可能性を信じ続ける人達と共に、一歩前へ進む勇気を出して下さいませ。

 

これからが、本番でございまする。

世の中には沢山不穏なことが起きるでしょうし、不安の種を撒き散らす者も沢山増えるでしょうが、だからこそ、あなたがその一向の光を持ちて、自らが自らを信じられなくとも、あなたを信じてくれる人が一人でもいるならば、その思いを信じ、その思いの道へ向けて自らの心を進める事を希望と成しなさい。

 

あなたがこれから進む道全てにおいて、苦しみ、悲しみ、戯れ、惑い、愚かな感情が溢れようとも、その一切のことは、過去の戯れの結果でございまするが故に、あなたが見るべきは一向の光、その希望に対して、今、自分の心が一歩進めようとしているかどうかだけでございまするが故に、己が己の心を見る時間を大切にするならばこそ、それよりもあなたを大切に思って下さる人がいることに感謝し、その人を乗り越えるほどの目標を立てながら、大きく、さらに大きく、成長する自分の夢を描き、そして生きることに愚痴を言わず、不満も言わず、己の足らなさを認めるように、他人を認め、同じ道を歩く仲間達と手を組み、共に、今よりも一歩前へ進めることの、その意思の強さこそが、最も生きる上で大切なことであることを、世の常々の生きる道の上で、悟りよりも大切な自らの意思であるということを、どうか気づいて下さいませ。

 

あなたが今、どうしようとしているか、その悩みよりも、あなたが「こうする」と決めるその意思ひとつ、「こうしたい」と本当に思うその思いひとつ、その思いひとつに向けて我々が力を貸すからこそ、どうか、何が起きても己の光を見失うことなく、あなたを導く人を間違うことなく、光の道を歩めるよう、自らのこの営みの人生を、喜びと感謝の道に出来るよう、どうか、どうか、人一人の命と思わず、多くの無限の知恵と英知の結晶で生まれた自らであることを、悟りし心と成してこそ、今日、この日の、この言葉を、受け取る者の輝きの道と成るもので御座いまする。

 

夢多かりし 重き 高き 志(こころざし)において

自らの幸せよりも 多くの人の喜びを想像し続ける者達が増えることを

そして それに向けて 自らの足を止めず 共に歩く仲間を信じ

手を貸し 力を貸し 家族を超えるほどの信頼関係を作り上げながら

この世 一千幾ばくの出来事起きようとも 

自らの一向の光でこの世の未来を照らし給えと 我 申します

この世の未来を照らし給えと 我 申します



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