2016年元旦 速開都比売 メッセージ

神立ちまして 始まりまする この世の始まり
 

こと新たかに 輝きまする 神の御前にて 

身を委ね給えて 神光 

己の光と成り給えと 我申す

美しの世 誰ぞ造るか この世の出来事

己の輝き 光と成ればこそ 

全てのもの 生きること 

喜びにする心 育み給えと申します

八百万の神々 御給えましてのこと

こと 新たに始まりますること 

生類全ての 感謝の祈りを 捧げ給えと 我申す

宇天(うてぃん) 天(てぃん)がなすの神々よ
 

この世 新たかに輝きまする 年の始まり

この地球の光の ひとつと 成りますよう

我が身 御給えて この光輝きますれば

この世の 時の流れの光の雫が 響き渡るは

この世の 星の者だけではなく

全宇宙の神々に 轟き渡るものと成りましょう

御わします神々の御座

ここに有りまする事 感謝致しまする

御前(おんまえ) 御給えまして 輝きまするは神光

己の中にある内様の幅は 亡き者とせしもんとすれば

その大きかな 萬の神々との境界無くなり

より多くの愛を 感じることでしょう

大きかな 大きかな 喜びの証 

ここに有りて給うものを 神の光の喜び 佇み(たたずみ)まして 

全ての苦しみ 悲しみ 災い 飲み込みまして

その想い 私が昇華させてあげましょう

己の命の紐を 辿るがごとく

子宮 天 繋がります役目持つ 男女の全ての方々が
 

生きること 交わること 関わることを喜びにしながらも

一光  一人で居る時の心を安定させなければ

心 己ずの山のごとく 時既に遅しと 声が聞こえるほど

愚かな自分を掴みましょうぞ

これ 天 地 底 全ての皆々が見守る この世の生類全ての命の光

輝きましてのこと また 新たな始まりと成りますることを

心 穏やかに 時過ごせよと申します

産み育てし 父母の想いを噛み締めながら

命あることに 感謝せしめんとも

神の想いを感じるもの 全てのもの達の心の中に

光輝きまする 我が身の おん御魂(みたま)

輝きまして 輝きまして 包み 救い上げましょうぞ

<語り言葉>

しばらくすれば、この世に光が訪れます。

光は、皆様方の、心の中にある気付きとなりましょうぞ。

その光が、クリスマスのトナカイが運ぶように、ソリに乗せて運ばれるものだとイメージするならば、それも宜しいでしょうし、天の星が降るかのように感じる人もおるでしょう。

しかしながら気付きは、皆さんの目に映る「全ての世界」の中にありまするし、「夢」を見ている間にも御座いまするし、「命が繋がる全ての時間」の中にも御座いまする。

 

時にこれが、「闇」か、「苦しみ」か、「悲しみ」か、「いじめ」か、「私だけが悪い」のか、「私の何が悪い」のかと、問うならば、その心をまずお捨て下さいませ。
 

「学び」は「気付き」と同じですが、あなたを苦しめるものではありません。

 

今のあなたが少しだけ、前を歩く勇気に必要な考え方や、必要な物事を見つけて欲しいからこそ与えている我々の愛の光、眼差しなのです。

その事を気付ければ、あなたが日常の中で、どのような生き方をなされていても、どのような時間を過ごしていても、どのような事を思っていても、それは全て私たちの手の平の上で御座います。
 

あなたがもし、私たちと同じ、神の意識と同じになるならば、そして、その意識を持ちながら普通に人生を楽しむ事が出来たならば、この世に起きていることも、自分の周りに起きる事も、あなたが体験する全ての事は、これ、全てが与えられているものであり、自らが選んだものであり、その中にある面白い事や、面白くない事があるだけなのだと解ると想います。

何故、そのようなドラマのような事を体験・経験させているのかといえば、あなたがこれまで思ってきた想いを変えて欲しいからで御座います。
 

あなたがもし、今までの自分を自分だと思っているならば、それは間違いでありますよ。

間違いではないにしても、囚われで御座いますよ。
 

あなたは今日、この日の、この時間に、一緒にいるという事は、あなたはもう、選ばれた一人なのですよ。

この時の雫が垂れるように、自らの膣が潤うように、心に感動が震えるように、頭に閃きがあるように、感じるもの全てが愛であり、そのために肉体があり、そのために思いがあり、そのために私達が見守っているという事を、きっと解るでしょう。

肉体が無くなれば、その感覚は全て無くなりますので、もう一度、生きている意味、生かされている意味、その肉体が与えられている意味、あなたが何故まだ生きているのか、生かされているのか、そして目の前で赤子や幼い子供や、素晴らしい人達でさえも、一瞬でその光が消えて、肉体の無い世界に行く意味さえも、きっと気付くことが出来るのではないでしょうか。

あなたが、まだ「あなた」「自分」「我(われ)」「我(が)」というものに、囚われているのなら、こうお伝えしておきましょう。

あなたが見ている視点は、ただの、ひとつの望遠鏡か双眼鏡で覗いた世界なのだと思って下さい。

その双眼鏡を置いて、周りを見渡してみれば、沢山の世界が広がっておりまする。
 

あなたが見たと思っている世界さえも、ただ、あなたが選んで見せられている世界なのです。

だから、あなたが心の中で、今まで覗いていた双眼鏡を一旦手放して、裸眼でこの世、全て、天・地、360度を見据えさえすれば、あなたが思う以上に、この世は素晴らしい事が沢山あるのだと気付くことでしょう。
 

あなたが今、見えている世界には、何が映っているでしょうか?
 

優しい人達の顔でしょうか? 

憂いを含んだ笑顔でしょうか? 

かわいい子供達でしょうか? 

それとも、あなた自身が満面の笑顔で笑っている、周りにいる人達の様子でしょうか?

私には、そのためのお手伝いしか出来ませぬ。

優しさをあげるより、まずもらって下さい。

頂くことで、恩返しをする気持ちが出てきますよね。

その時に初めて人は、誰に、どのように返そうかと、考えまする。

 

親に返せない恩返しほど、尊いものはありませぬが、その恩を誰かと分け合う事により、足りないと思っていた自分の持っているものの大きさに気付くもので御座いまする。

あなたがもし、苦しんでいる人ならば、その苦しみでさえも、誰かに渡してあげて下さい。

 

「私はこんなに苦しんだのよ。なのに、どうしてあなたは解らないの?」

そうあなたが泣いて叫んだ時に、ただじっと見守って下さる方が、もし一人いたならば、それはあなたの神様なのです。
 

誰にも、その「神様の目」は与えて御座います。
 

だから、人がもがき苦しんでいる時には、何も出来ませぬが、その人がひとしきり泣いた後に「私はこうする」「私はこう生きる」と決めたならば、きっとその道に行けることでしょう。
 

あなたが最も、文句や不満や、わがままや言い訳を言いたい人ほど、あなたの神様なのですよ。

あなたが訴えたい気持ち、あなたが伝えたい気持ち、わかって欲しい思い、その思いさえも、あなたがそれを誰に渡すかを、考えているはずなのですから、誰かが受け取ってくれなければ、あなたは孤独で死んでしまう事でしょう。

文句を言える人、わがままを言える人、自分勝手にさせてくれる人、そして自分が何かをしようとした時に、認めて見守ってくれる人が一人いれば良いのです。
 

それが、あなたの神様なのです。

導きをする神様もいることでしょう。

力やお金や権力や、いろんなものを使わせて下さる神様もいることでしょう。

しかし、最も大切な事は、あなたが最も辛い時に、ただ、その言葉を、その様子を、そのあなたを、受け止め、見守り、ただ支えてくれる人がいるだけで良いのです。
 

あなたはその人を望んでいたはずです。

ずっと。ずっと。ずっと。

 

だから、その一人に出会ったならば、くるっと振り返って、今度は誰かの神様に、あなたがなってあげて下さい。
 

私が出来る恩返しは、そのあなたへの出会いをさせてあげることだけですが、あなたがその人を選ぶのか、あなたがその状況を受け入れるのかは、いつもあなた次第なのですよ。
 

あなたが心の中から、悲しい思いや苦しい思いがまだあるのでしたら、どうぞ私にその思いを伝えて全てを吐き出して下さいませ。

この肉体や、この思いや、自分が自分ではない、でも自分が自分として生きている。

その意味が解るまできっと葛藤は続くでしょうけれども、この世は全て、善悪は無く、信じた方向に進むように造られておりまする。

人がみな、この地球は素晴らしい、人間は素晴らしい、私が私を素晴らしいと言えるならば、すぐに地球は変わりますよ。

あなたは、全ての人達の力を借りて今ここにいらっしゃいまする。過去の出来事に、ただただ感謝をして下さいませ。

ただただ、感謝だけで良いので御座います。

そして、今これからをどう生きるかを決めて下さいませ。

その事だけ、お伝えしたくて、今日この日の、この祈りがあることを有難く思いまする。
 

共に生きる事が、存在する事が、関わる事が、交わる事が、愛する事が、頂く事が、与える事が、笑う事が、怒る事が、文句を言い合える仲間がいる事が、有難くて、有難くて、申し訳ないほど有難くて、心の中から、その湧き上がるその感謝の思いだけで、あなたは今日、そして今年、そしてこれからの人生を喜びにするきっかけをもらえるはずですので、どうぞこの時の、この言葉を忘れずに、あなたが一人ではなく、誰もがあなたと同じ苦しみや思いを経験しているからこそ、人は人に優しくしているのだと気付いてあげて下さいませ。
 

もらう事を考えるよりも、与えられる事が必要なのではなく、正しく、きちんと、有難く受け取る、頂くという心も大切なのですよ。
 

決して余計な遠慮や、傲慢な態度で、相手の思いを汚すことなく、素直に頂けるものは感謝して頂いて下さい。

それがお金でも、愛でも、思いやりの言葉でも、同じで御座います。
 

あなたが一人ではなく、私が本当に信じる、私が愛する、私達がただ見守るその一人として、どうかこの心が解る一人と成って下さいませ。
 

あなたと出会えて、私は本当に良かったと思っています。

そしてこれから、きっとあなたは、素敵な自分になることでしょう。

そのことだけでも、どれほど多くの人達を癒し、喜びや感謝を与えるのか、あなたはまだ気付いておられませんね。

あなたがこれから生きる道、選択すること全てにおいて、必ずどんなに辛くても苦しくても、必ず喜びにするとお伝えしておきます。

だから、決して諦めないで下さい。

どんなに辛い経験をしても、どんなに苦しい思いをしても、どれほど孤独を感じたとしても、決して「信じない」という言葉は使わないで下さいませ。
 

私達は、「信じる」事の中にしか、存在出来ない者達ばかりなのですから。
 

あなたの中にある自分と同じように、わたくし達も存在させておいて下さいませ。
 

どうぞよろしくお願いいたしまする。ありがとう御座います。



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