2016年6月1日 速秋津姫様 メッセージ

<午前11:11の祈り言葉>

夢多き人達に、告げます。
夢多きこころざし高き人達に、告げまする。

海を渡りし民達が、この東の果ての島を目指しやって来た意味を正しく理解する事が出来るならば、もし、その事を本当にわかるのであれば、あなたがこの日本という国に生まれた意味が分かったと言う事になるのですよ。

あなたがこれまで生まれて来たあらゆる場所や、あらゆる星や、あらゆる空間におけるエネルギー体の時においても、同じような気持ちでたくさんの思いを持ちながらも、過去の思いを乗り越える為のその思いに突き動かされるように、次のチャンスが与えられる事を待ち望んでいた魂だからこそ、こうしてここに生まれることが出来たのですよ。

あなたが生まれる為に必要な全ての条件は、私達神々が整えましたが、人間にも当然なすべき役目が有りますので、あなたの命が生まれるまでに関わった全ての魂やご先祖達の思いと共に、あなたがこの世に生を受け、肉体を持ち、まだ今、生きているとするならば、その意味を正しく理解する事が出来なければ、この星はいずれ滅びます。

何故かというと、この星はあなた達が大昔に望んだ星であり、その希望と創造と願いの結果によって生まれた星なのですから、あなたの子供の様に、分身の様に、あなたの細胞の1つであるかの様に感じる事がもし出来るならば、あなたはこの地球と言う星から大切なメッセージを受け取る事が出来るはずです。

その事にまだ気付けていない人達の為に、お話しを致しましょう。

あなたが生まれ育った環境において、木々や鳥達や動物達、そして、あなたの足元にある大地の中にいる生命体、その全てがあなたを守る為にいるという事を理解して下さいませ。

命や肉体は、人間の営みによって生まれるものだからこそ、人間には永遠にその命を繋ぐ役目が、まず「全員に使命」として与えられておりまする。

しかしながら、子を宿せない場合や、その相手がいない場合において、あなたは最も大切な命を繋ぐ役目が出来なかったことに対して悲しむのではなく、その分の思いや愛を多くの人達に降り注がねばならぬからこそ、まだ生かされているのですよ。

本来ならば、群れのルールや種族の存続において、命を繋がぬ者の価値は認められませぬが、知恵や勇気を育む事に対して、また、人を導く事に対してや、命を繋ぐ食べ物に関して多くの人の為に働く人達は、その存続が認められております。

つまり、あなたがしている仕事ややりたい事が全ての人達の為になる様に、また全ての人達の喜びとなる様に意識してその行いをしているのか、もしくは、ただ自分の欲望を満たす為だけに、生きる為にその自分の願いの為だけにしているのならば、いくら勝ち負けの世界で勝ったとしても、いずれ全てを失う事になるでしょう。

この地球という星に設計された「循環摂理」において、逆らえる者など誰もおりません。

この地球を抜け出して生きられる生命体がいるならば、それは次のステージの学びとなりますが、その時にはもう肉体という物を持つ必要さえなくなるのです。

つまり、あなた達はその肉体と言う大切な道具を与えられた事で、互いを生かしあい助けあい、育みあい、そして、見つめ合う事で愛しあい、育む心を育てる事で多くの人達を救えるのですよ。

見つめる・見守る、と言う視点があなたの中にあるでしょうか?

私達は、時間の概念が計り知れないほど古く遠き時代からあなた達の事を見守っておりまする。

その時間の膨大な計画のなか、一歩一歩まっすぐ歩める者と、途中で脱落する者がいるからこそ、常に、次の準備のお手伝いまで考えながら、魂の再生の為の仕組みを作り上げておりまする。

肉体があるうちにするべき事と、肉体が無くなってからするべきことは、同等にあると思って下さいませ。

肉体が終われば終わりではございませんので、永遠に、その肉体がある時に経験した思いをかかえながら生き続ける、また、存在し続ける魂というエネルギー体において、どれほどクリアな純粋な魂になるかは、今のあなたの心掛けと行動次第ではないでしょうか。

人をとやかく言う前に、人の事を思う前に、自らの前に鏡を立てて、自らの過去の思いや、今、自分が見つめ見直さなければいけない視点に気付く事こそが、今日のこの祈りの日において、最も大切であるとお伝えしておきます。

2016年6月1日のこの日をもって、我らは少し遠き位置に離れまするが、それは見捨てるのでは無く、あなた達がより高き位置に来る事を待っているからこそ、あなた方のひとりひとりが自らの進むべき道を知っているならば、その為にまっすぐ愛の成就を成す為の時間を与えられている間に、魂の目的を果たして下さる事を願います。

魂の仲間は、無限におりまする。

どこかの輪を外れたとしても、それが終わりでは無く、また、違う誰かとの魂の輪のつながりが繋がるからこそ、全ての事は、あなたが選び、あなたが望み、あなたが体験したいからこそ選んだ結果であると感じながら、もし違うと思うのであれば自らの足の向きを変えたり、心の向きを変える事に対して素直になって下さいませ。

相手が、どうこうではありません。

相手は、あなたとの関係性の学び相手ですので、それが親であっても、兄弟であっても、恋人や夫婦、我が子であっても同じでございます。

社会全体において、あなた達のルールが国別や地域別において、これほど様々に違う理由は、あなた達の魂が望んだ結果であり、そして、誰の支配下で生きるのか、また、自分がどういう世界を望むのかによって叶えられるものだからこそ、生き延びる事、そして命を育む事、そして、生きる意味を伝え残す事、この事以外にあなた達人間に与えられた共通のテーマなどございません。

喜びがあるのは、苦しみのおかげであり、苦しみから学びきった者が、より大きな愛を愛でるようになっているのも、人間の進化と共に、あなた自身の心の成長の階段であるとくらいに思って下さいませ。

命の時間には限りがございますが、肉体がいくら朽ちても、精神的にまた心の扱いにおいても、また、思いや決意に対してのエネルギーは肉体の老化に関係なく、無限に輝き無限に光りを放つものだからこそ、今、今日この時間であなたが無限に光り輝く事を選択するならば、目の前で何が起きようとも、過去にどのような苦しい体験をしようとも、それを乗り越えるだけの力があなたには与えられるのです。

その事がわかれば、今の自分を最も大切にし、あらゆるマイナスと思える事から、その全ての思いを受け入れる事であなたの生き方や価値や考え方を変えるキッカケをもらっているのだと気付いて下さいませ。

まだ、あなたの周りにひとりでも誰かがいるのであれば、その人はあなたの守護神であり、また、あなたの心の鏡でもあるのですから永遠に一人ではなく、互いに生かし合う為に生きている、そして出会っている、そして、あらゆる体験をしてその思いを大きく愛に変える為だということを、どうぞ、深くご理解下さいませ。

心輝きまする皆々様の、その心の奥にある思いを、今日、ここで全て光に変えましょう。

あらゆる思いを超える大きな愛と喜びの感受をする為に生まれてきたあなた達の創造こそ、喜びの享受こそが、これこらの日本を、そして世界を、人類を、地球を、宇宙を、
愛で包み込むのですから・・・どうぞ、よろしくお願い致しまする。

<午後11:11の祈り言葉>

静かに時を待つ時こそが、とても大切な時間なのですよ。

「静かに時を待つ」ということは、すべの人の思いの整えの時間でございますので、自分がどうあがいても、どうにもならぬものにおいては、すべの采配、成り行き、その行く末を見守る大きな心で、時を過ごすことが大切なのでございます。

いくらもがいたいとしても、あなたの思いや力によって、誰かや何かが、あなたの思い通りになることなどございません。

人は自らの、思いの道へ進むために、道を外れる時もありまするし、立ち止まる時もございましょう。

しかしながら、その休息の時間を得たならば、必ずや自分の進みたい道へ、自分のペースで、歩みだす時が来るのでございます。

その時が来るまでは、自らの思いを整理するのための時間として過ごすことも大切ですし、相手や周りの人達や、全ての物事の整いが整うまでの時間として時を待つことが
大切なのでございます。

それはあなたの意思を決して、裏切ることではなく、大きな意味で、必ず後からそのあなたが望む道へ到達するために必要な時間が与えられているのだということを心に入れておいて下さいませ。

時は皆同じくして与えられておりまするが、誰かの強い意志によって引き動かされる時があり、また、自らの強い意志によって突き動かされる時もあるでしょう。

しかしならが、その全てが、自分の意志なのかといえば、それは本当は、だれも分かってはおりません。

なぜかそうしなければいけないと、思わされた。

また、そうしてはいけないと、思わされるのも、あなたの過去の囚わればかりではなく、あなたを導く守護存在の力としてあなたにその思いを気づかせるために、思いの引き上げだと深く感じることができるならば、そこに自分の葛藤などという愚かなものは、横に置いて下さいませ。

あなたがもし、葛藤という時間を長く過ごしているのであれば、より前へ進む時に躊躇するべきでしょうが、時は既に整っておりますので、あなたが自分のしたい事をもし、本当にクリアにしているのであれば、どんな障害があっても、どんなトラブルがおきても、必ずやその道へ、進めるのだということを分かっておいて下さいませ。

それを人は信じるという言葉を使いまするが、信じるという言葉が、自分から湧き上がるものではなく、何か目に見えない、大きな存在に突き動かされながらその渦中で不安に思う自分に対して言う言葉なのでございます。

本当に信じ切った人には、信じるという言葉さえありません。

ただ、人としての情や、又、 個人の思いに対しての葛藤があるからこそ、本当はこうしたい、本当はこの思いを分かってほしいという部分があるでしょうが、それは永遠にあなたの中にある思いであり、それが全ての人たちの同調を妨げるものであるならば、静かにその思いは自分の中でさやに納めて下さいませ。

人を信じるということは、その人の自由度をすべて、認めることでございます。

その上で、自らの意思を伝えておくことは自由ですが、相手がそれを選択するか否かは、全て相手の采配ですので、その結果においては、全てお任せするというぐらいの気持ちで過ごしていれば、必ずや、あなたの今の思いとは別に、あなたが 本当に望む結果を体験できる日が近づくということも覚えておいて下さいませ。

つまり、あなたが、その道筋の一歩一歩をすべて、見極めて進むのではなく、あなたは、その進むべき道の向きと、そしてゴールを決めてさえおけば、そこに必ず、まっすぐ、意識が向き合う、無意識が働き、我々の力が働き始めるということが「摂理」なのでございます。

自分という思いを問い続けるならば、それは、無にするか、完全になるかしかございません。

無にできなければ、つまり、あなたは永遠に思いに囚われることになりまする。

また、完全になる。ことができなければ、それは個、分離意識の個でありますので、また、学びの時間が長くなることでございます。

この世はあなたがたが決めた道を、どう経験しようが、何を誰と、どこで、経験しようと、実はそれほど多くの差はないように出来ております。

結果として、あなたの魂が選んだ道を、経験し目的達成に向けて、最も必要な経験をさせるべく我々が、設定しているからこそ、全てのことにおいて、囚われの心で物事をみるのではなく、また、神や人に依存した思いで、自らを扱うのではなく、そのどちらでもない自らの意思を明確にしながらもただじっと時間を過ごし、日々、日常のことを、さりげなく、まじめに、行い続けることが出来る人こそ、必ずや、だれよりも早く、その目的に到達するのだと、お伝えしておきます。

この世は、意思が強いものが全てを動かしている訳ではございません。

また、静かに、静かに一人でいる者たちの思いで、なすわけでもございません。

この絶対宇宙の空間の中において、あなたたち人間の意志をすべて聞き届けている私たちの思いを、もし理解できるならば、それは、あなた達から見る視点と、我々からあなた達を見ている視点との間にこそ、心理があるのだと気づくはずです。

「これが、絶対はない」という言葉にもなるでしょうし、「真理は絶対である」という
言葉にもなるのです。   

「無限真理」は、変化いたしまする。

あなたの心と、同じでございます。

しかしながら、「摂理」は変えられません。

物事すべての摂理を、まず理解して下さいませ。

人の思いなる到底届かぬほどの大きな仕組みがあるからこそ、この宇宙もこの星も、そしてあなたも今ここに存続しているのですから…。

ただ、その摂理を知り、循環摂理に逆らわぬよう静かに静かに生きることを楽しめば良いのですよ。

永遠なる宇宙を望むならば、永遠に湧き上がる自らのエネルギーとともに、その真反対にある、鎮静の時間という静かなる時を、大切にお過ごし下さいませ。

人がいない時、たった1人の心でいる時にこそ、神が宿るとも言われているように多くの者たちの心の裏とは反対にあなた自信にある神の心と共に、皆がその思いを合わせられるべく、共に育みべき、大きなテーマを大切にして下さいませ。

命を守ること、命を繋ぐこと、命が存続することは、全ての摂理の中で願いとしてある根幹の思いだからこそ、今この瞬間だけに囚われることなく、深き、高き神々の思いとともに、自らの聖なる静かなる心の中で、よりどころある優しさと、深き愛をお持ち下さいませ。

時同じくして、心合わせられる、全ての皆々様方。

これからの幸せと、その繁栄において、心から心から願いをさせて頂きます。

ありがとうございます。



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です