2017年7月1日 速開都比売 メッセージ

(午前11:11)

宇宙、無限なる光の元の繋ぎ、いたします。

海の果てから空の果てまで繋がりまするこの愛の光、本来ならば皆々様がお持ちの光でございまする。

「命の繋がりを繋ぐ者」は、誰ぞ・・・

その多くの者は、我が身のことだけではなく、人のこの命、世の中の命、地球上全ての命、宇宙に存在する全ての御霊(みたま)たちの思いさえも繋ごうとする心がございまする。

愛するがゆえに、尊ぶ心もございましょう。

行く末を案じるが如く、心を病む方もおりましょう。

しかしながら、この世が平安か、もしくは、争いの時なのかを見極める心は、あなたの心次第でございまする。

海の空より遠き星の彼方へ、繋がりまするその心の大きな愛を持ちて、この星に生まれたときのことを思い出しなさい。

あなたが自らを選び、また、選ばれたかのようにお母さんの子宮の中へ入った瞬間こそ、命が宿るという奇跡が起きるのでございまする。

あなたたち人間がいくら子を望もうとも、その「承諾」が許されなければ、命の循環は起りませぬ。

なぜ、多くの子どもたちが、貧しい国や、命を続けられない場所に生まれ、幼児の状態でたくさんの子どもが亡くなるのか、その意味をかわいそうだという視点だけで捉えるのは愚かでございまするよ。

なぜに、食べ物もなく、お金もなく、着る物もないその国へ、多くの子どもたちが生まれるのか?

 

それはその国の、そこに住む人たちの、尊き愛の喜びを感じさせたいからでございまする。

生まれた子どもの命が長く続くか、短く終わるか、それは大した問題ではございません。

命を育む心、欲する者に与えられず、欲しない者に与えられる理由も同じでございます。

「命の学び」をさせているのでございまする。

愛は・・・

愛とは、命を繋ぐ行為そのもであり、その結果であり、それを失うことさえも愛なのだと思えるならば、その人はもう子を残す必要はないでしょう。

愛の結晶としてゆわれる子どもたちの存在は、いずれ大人になり、またあなたたちと同じように、過去のカルマに苛まれる経験をするならば、早くに命を全うする方が、幸せだとは思いませぬか?

私たちは、「地球の進化」を望んでおりまする。

それは知恵を持つはずの「人類の進化」に期待をかけているからでございまする。

今がどうか、ではありませぬ。

命を失うことの意味を、また、誰かの子どもに生まれるその魂の意味を、もっと大きな視点で考えなさい。

命を育むことは、母性の喜びを感じ、愛する人との結晶という言い方もございまするが、それさえもまだ、あなたたちの「我の視点」でございまするよ。

命を育むことは、母の胎内において、全ての全選択を母に委ねている状態のみでございまする。

母の胎内から出たときには、もうその子は、一人の人間として存在し、命を繋ぐ意志があるかどうかを、本人の意志でさえも決めれるようにインプットしてありまする。

どんなに手を尽くしても亡くなる命と、放っておいても進む命のその違いは、その魂が持つ命の強さであり、母や他の者たちが持つ思いではありませぬ。

ときすでに、新たな時代へと入りましたが、皆様方の価値観や思いやその陰日向にある存在たちの思いにさえ、苛まれる心がもしまだあるのなら、今すぐ命の覚悟をしなさいと言っておきまする。

「死ぬることを覚悟する」ということは、「生きる覚悟」をするのと同じでございまする。

「死ぬる覚悟」をせぬものに、この苦しみの世を生きる喜びなど、感じるわけはありませぬ。

どうせこの世はと、投げ捨てる思いで生きているならば、それはあなたの選んだ体験として、全ての結果があなたの思ったように逆になりまする。

この命が与えられた理由と生まれつき育った家庭環境や親の性格、また、そこに経験する全ての葛藤でさえも、愛の一部だと気づくことができるならば、なぜその思いを我が子に伝えませぬか。

私は子どもの頃、こうして苦しんだ思いを父と母に葛藤し、心を病み、苦しんだのだからこそ、信じるものを求め探して、妻夫を選び、そしてあなたが生まれたのだと、それがどれほど嬉しかったか、しかしながら同時に、自分は良き父、良き母であると言えるのかを、葛藤し続けているのだよと伝える時期があるはずですよ。

心が幼くとも、体が大人になるときにこそ、大人になりたくない心との葛藤が始まりますので、そのときには正直に、親との葛藤をお話し下さいませ。

愛する者には伝えたくない思いという方もおりまするが、それは違いまする。

愛するからこそ全てを伝え、その判断を委ねることができる人こそが、本当にその人を愛している人なのですよ。

「自分の善し悪し」だけで物事を決めず、誰かにその価値観を委ねる大きな心になりなさい。

あなたが今、幸せでも不幸でも、苦しみの最中でも喜びの最中でも、関係ありません。

命を繋いでくれた父母ご先祖全ての思いの結集したあなたの肉体と、その思い全てがあなたが存在することの意味であり、あなたに関わる全ての人たちへのメッセンジャーなのですよ。

生きている人間同士でしか話せないならば、生きている間にその思いを伝え残しなさい。

苦しんだこと、辛かったこと、悩んだこと、そのときどうしたのか、どう暴れ、どう逃げ、どう道を見つけたのかを詳しく話してあげなさい。

そして、今があることに、ただただ感謝をしなさい。

それだけで良いのですよ。

生きることは、死ぬことと同じでございます。

眠ることは死ぬことと同じ、だからでございまする。

死の時間を大切にしたいという方もおりまするが、それよりも生きる時間、つまり、起きている時間を喜びにする工夫の方が大切ではありませぬか。

より多き人たちと関わりながら、より大きな心になるためにも、あなたの今の、今までの、苦しみの全てを笑顔で伝えられる人となれるよう、日々、ご精進下さいませ。

これから道を示す者たちへのメッセージがたくさん届けられまするので、自分のことばかり思っている人には届かぬ情報となりまするので、自分の心の内を早く全て伝えきり、ああ、これは過去のことだったと同時にその思いを手放して下さいませ。

その瞬間にこそ、あなたが生まれ変わるのでございまする。

たった一人、たった一人で良いですから、この世にあなたの苦しみと喜びの全てを知ってくれる人に話しなさい。

命を授けた恩返しの「事始め」でございまする。

始まりは「恩返し」からでございます。

苦しみを話すことを笑顔で話せるならば、あなたはもう乗り越えた人のはずです。

思い出すだけで涙が溢れて言葉が詰まる人は、もう少し自分の思いを外へ向けて、同じ体験をしている人たちが過去にもたくさんおり、これからもたくさんいるのだということを考えて下さい。

この世にあなた一人しか体験せぬことは、決してありませぬ。

全て過去の繰り返しであり、そして、未来を希望と喜びにするための体験の礎なのだと思い、その気づきの心を、心の内を解き放ちなさい。

どうぞ、よろしくお願い致しまする。

新たに生まれ変わりまする。ありがとうございます。

解き放ち給え❗解き放ち給え❗

 

 

 (午後11:11)

闇に光を…

闇に一雫の「命の雫」が垂れる時、おのずと細胞が変化をいたします。

受け取るべきか 受け流すべきか 子宮も考えまする。
 

地球も、同じでございまする。

あなた達が思う心、一人一人が闇の雫で思うこと、全て地球の中に雫となって流れておりまする。

特に女性達は、多くの「命の繋がり」を持って生まれているからこそ、

子を産む産まない、その「命の選択の責任」を生まれながらに持っておりまする。
 

母親の思いとは別に、父親の思いとも別に、夫との思いとも別に、
タネの思いとも別にでございまする。
 

女性達は皆、心の奥底に「闇」を抱えておりまする。

その「闇」の奥底には、無限宇宙につながる深き魂の繋がりの「扉」がございまする。
 

心を開かずとも、「命」を授かることがございまする。

望まぬ時でも、「命」を受け取ることがございます。
 

時には、母親の意思で、その子を生まぬ選択もいたしますが、子供は子供なりに、「母の思い」を全て感じておりまする。
 

まだ、肉体の何もない時でさえ、卵子と精子が結ばれた瞬間こそ、神と繋がる瞬間ですので、

肉体で考えるのではなく、魂の力で「母の思い」全てを感じておりまする。
 

父親となるべき男との争い心や、自分一人の苦しみの声も、全て聞いておりまする。
 

子供は、自分の意思で選んだはずなのにと、魂が、涙いたしまする。

それでも、必死に生きようとしても、母が決めれば、命は流れまする。
 

子供は、自分でも「死ぬ」ことができまする。

ヘソの尾を首に巻き、自らが「命を絶つ子」もおりまする。

臨月の時、どうしても生まれたくないと、自らの「命を絶つ子」もおりまする。
 

誰も、責めてはおりません。

ただ、生まれたくなかったのでございます。

「命」を尊ぶ心があるのなら、流れた「命」の分、この世の体験を全て喜びにする役目が、母にはありまする。
 

「子を持たぬ女性」も、同じでございまする。
 

「命」を育むことは 大変でございまする。

しかしながら、あなたの意思だけで、「子」は生まれてきません。

生むことも、堕ろすことも、同じ重き思いを背負いまする。
 

どちらも、いづれ 旅立ちまする。

母は、無限、命の循環を司る役目なのに、生まれた子供ばかりに目をやれば、

過去に生まれられなかった命や、自ら命を絶った子供達の思いに報いることなどできませぬ。
 

自ら生まぬとも、世の中の子供全てを「我が子」と思い、母親以上に子を愛する人間もおりまする。

「生み育ての母」が、違う人もたくさんおりまする。
 

「命の重き」を知るならば、あなたが囚われている思いを「愛」に変えなければいけません。

まだ、これから母になろうとしている娘達や女性達に、

夢と希望を与えることも、先に生まれた女の、「母の役目」でございまする。
 

「子」を持つ母が、愚かな場合がありますし、子を持たぬ母が、賢き人もおりまする。
 

なぜ、「知恵」をお借りになりませんか?

男に頼るのは、「環境」だけでございましょう。

それ以上望んで報いる男は、なかなかございません。

狩りに出ることが好きな男達を、家に縛り付けることなどできません。

縛れば、縛られまするよ。

「自分の心」を縛っているのは、あなたなのですよ。
 

どうか、この日の、この祈りの力を持ちて、もう二度と自らを問わず、

男を問わず、母を問わず、父を問わずとお決め下さいませ。

それができなければ、永遠のこの苦しみは、子々孫々、子供達へ続く「カルマ」となりまする。
 

ご先祖を百代遡れば、誰もかれも同じような愚かな行いの繰り返しでございまするがゆえに、

あなたがこのいただいた人生の中で、今、気付くこととこそが大切なのでございまする。

苦しみを、ここで終わりにいたしませぬか?

あなたは、誰かの「母の子」でございましょう。

母の人間性を問う前に、

命を授かったことへの感謝と、今を支えて下さる全ての方々への「恩返し」をしなければ、

永遠に、この世が喜びになることなどありません、

と、お伝えしておきます。
 

喜びは、 「恩返しの連鎖」でございまする。
 

恩を恩とも思わぬ、愚かな心ならば、獣としての本能で苦しみ苛まれましょう。

それほど、悲しきことはございません。

人が生まれ、「繰り返し起きていることの意味」にも気付いて下さいませ。
 

心が深く沈み込み、闇に落ち、狂ったように泣き叫ぶ家族が三代続く家もありますし、

親族縁者のを辿れば、「三代続く自殺者の家系」もございます。
 

反対に、百代遡っても「恩返し」だけを考える家系もございまする。
 

命からがら生き延びても、尚更に、人に恩を返そうとするその人は、必ず、人に救われまする。

与えることこそが、「恩返しの始まり」でございます。

いただいたものは全て「借り物」と思い、感謝して多くの人達に、富、喜びを分け与え、

その「恩」が続くよう教え導くのが「人の道」ではございませぬか?
 

「命」を尊ぶ人達こそ、「命より重きこの思い」を正しく理解し、伝える役目となるよう、心より心より願いいたしまする。
 

今、おわしき存在達、見守られしこと気付くならば、

きっと、いつかはそちら側でお守りするほうになりたいと思っても良いのですよ。
 

頂くことよりも、「授ける喜び」を覚え、授かる喜びの百倍、恩を返す人となりなさい。
 

優しき心を持つあなたの奥底にある本当の優しさは、神と繋がっているからこそ、宇宙の繋がりを持つ「命の循環」があるのですよ。
 

「本能」こそ、もっとも大切な知恵の宝庫だと気付くまでわかりませぬかね…

なぜ人間にだけ、無限なる「本能欲」を与えたか…
 

それは、全てを喜びにしてもまだ足らぬほど、喜びを大きくする力が、人間にはあるからです。

どうか、この想いが伝わるべき人に伝わり、世を照らす人が増え、世界の民を導く「標(しるべ)」となることを願い祈りまする。

慈しみなさい、自らを…

 

慈しみなさい…
 

悲しみを喜びに…

悲しみを感謝に…

溢るる命の泉とあれ…



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