2017年12月1日 速開都比売 メッセージ

【神言葉】ハヤアキツヒメ神言葉

(午前の祈り)

山津、山立て、海の底から、湧き出ずる神の元、光立ちましまして、この世を照らし給いて輝かせ給えと申す。

海千、山千の世なればこそ、山超え、天高く、仰ぎつつある鳥の目となり、また足元より見守る大地の神の御心となり、我の心を見よと申す。

神よ、神よと申しながらも、自らの願いばかりを問うなれば、それは我神、我神と聞こえるものなり。

世を慈しみ、我(われ)を慈しみ、この世に生きとし生ける時間の意味を讃えますれば、今ここに生かされている時を喜びにすることこそが、この世に生まれた役目と命じおく。

合わせ鏡のこの世なればこそ、自らの心を映すが如くの出来事に苛まれ、世の煩いの思いに振り回されるならば、それは愚かなこと同じなり。

幾ばくもなく生まれる命を絶つものや、予定なく命を召されるものや、ご先祖の誓い期待を裏切る行い全てさえも、この世に生まれる証とする思いは、全て自らの喜びにすることなりとて、合わせ鏡に映る自らの周りの風景、人の心を、磨き給いて光給いて輝かせ給えと我申す。

山かけ、土かけ、海かけの恵まれた大地に生まれた民、百姓のおかげによりて、五穀豊穣の喜びあっての今ならばこそ、食への誓いと願いを立てよと申します。

命を守るものが金よりも食べ物が全てとなるならば、良きもの口にすることなればこそ、口より吐く言葉も変わりまする。

美しの世を創るとは、美しき言葉を使い、思いを使い、自らに嘘なく生きることと合わせて、自らの存在を喜ぶ他人に出会うことなりと、気づき給えて頼みまする。

(メッセージ)

静かに静かに、時をお過ごし下さいませ。

今日という日により、2018年の本番が始まりまする。

これより流るるエネルギーは、今年、2017年の終わりと2018年の始まりのエネルギーが重なり、蠢き(うごめき)、新たな心となるよう、身を削ぎ給いて、忙しさに心を失われず、自らの大切なものに気づくための時であり、また新たな希望を見つけるための最高の気づきの時間でございまする。

今より始まりまするこの時をおいて、「新たな誓いを立てること」により過去の愚かな自分さえも、過ち、間違えの自分さえも、許し給えて、受け給えて、光り輝かせ、多くの人に喜ばれるよう、心と言葉の遣い方を学んで頂きたく思います。
 

人は言葉でしか、思いを伝えられません。

まだ、その段階でございます。

本来ならば、テレパシーだけで全ての人が同じメッセージを受け取るはずなのですが、心の違いや思い違い、勘違いも含めまして、同じ言葉には聞こえず、囚われの言葉に聞こえてしまいまする。

「そうした方が良いよ」と言ったつもりが、「そうしなさい」と命令に聞こえる人もおれば、「そうしなければいけない」と命令よりも苦しき思いに受け取る人もおりまする。

なぜでございまするか?

私はただ「そうした方が良いですよ」とお伝えしているだけなのですが、全てはあなたの受け取り方次第と、そして、あなたが使う言葉次第でこれからの道が開けますよ、とお伝えしているだけなのです。

笑顔をもって、本当の気持ちをお伝え下さいませ。
 

年の瀬は忙しく、心あらわになりやすい時だからこそ、感情的にならず、時に、心穏やかな時間をとり、誰が本当に大切な人なのかを気づくときでもあると思いますよ。

共に忙しき年の瀬を乗り越えた祝いの儀として新年を迎え、年の初めのご挨拶を周りの方々にすることは、新しき繋がりを広げていくためにも必要なご挨拶でございまする。

文字だけでは伝わらぬ笑顔と言葉をもって、どうぞ、大切な方へあなたの本心をお伝え下さいませ。ありがとうございます。

 

(午後の祈り)

月光り、はえまするが今日の昼、許しがたき思いや悲しき思い切なき思いを全て洗い流しましょう。

時の流れのごとく流るる水も、川のごとく思いを掴めば一緒に転げ落ちてしまいますよ。

こだわりをもつことは大切でございまするが、人に理解されぬ思いを持ち続ければ、貴方はその思いをつかんだまま流れ流れて、孤独となってしまいまするよ。

色々な思いを抱えながらも、ひとりで一生懸命に生きてきたからこそ、この世に喜ばれ、人に喜ばれ、感謝される人にもなったことでございましょう。

そのあなたが何故、まだ過去の思いを掴んでいらっしゃるのでございますか?

あの時は苦しかった、あの時はせつなかった、あの時は悲しかったという思いがあったからこそ、歯を食いしばって、意地を張ってこらえてこらえて生きてきたはずでございましょう。

そして、その貴方が得たものは誰よりも強き、踏まえる思いと覚悟でございましょうか・・・

さて、貴方の子供はその姿をみて喜びとなるでございましょうか?
 

母の思いとは別に、子供は子供の視点で母を見、父を見、自らの思いをどうするかを学ぶものでございまする。

ならば、その苦しき悲しきこだわった時の思いをもう離してあげても良いのではないのでしょうか?

きっと、彼女も息子さんも、貴方が言葉にせぬ思いをたくさん感じているからこそ、同じように我慢し、同じように自分をうまく表現できず、勘違いされ、思いとは違う扱いをされ、苦しむ自分をどうしてよいか分からず、悩んでいるはずでございまする。

貴方がまだ元気なうちはいくらでも手を貸し差しのべてあげられることでございましょうが、いつか貴方は先にこの世を離れ、子は子を残すため必死に生きなければいけないものでございまする。

傷ついた人ほど、信じた人やものが壊れた人ほど、理想を追い求めたがりますが、この世に理想を叶えてくれる人など、誰一人おりませぬよ。

それは何故かといえば、学ぶために出会い、経験し、乗り越えることが「愛の道」だからなのです。

あなたが今、上手くいってるとしても、上手くいかずに苦しんでいる途中であったとしても、周りの子供たちは分かりません。

でも、心に悩みを抱えて生きている大人を見ている時の背中の寂しさだけはわかります。
 

何を求めて、お母さんは生きているのでしょうか?

お父さんは、何故、あんなに寡黙で言葉を上手に伝えてくれないのか?

どの子供も、同じように悩み苦しみもがいた経験をしております。
 

だからこそ、貴方はその紐で固くしばった苦しき思いを紐といて、子供や若者たちやこれから世の中に出る人たちに教えてあげる役目なのですよ。

先に生まれ、先に怪我をし、乗り越えることを覚えた人こそが、転ばぬ杖を与えるのではなく、「立ち上がる術」を教える事こそが、子育ての基本でございまする。

お金があるからといって世の中を上手にいけるわけではありませぬし、知恵を持ったから、たくさん生きたからといって良い人生を生きているわけでもございません。

まもなく死を迎える人も、今まさに人生で苦しんでる人も、同じく、自分を掴んで苦しんでおりまする。

何故、こんな思いをするのだろうかと・・・

この思いをどう喜びにしたらよいのか、たくさん苦しまれ、悩まれ、道を探したり、死を探したり、多くの人にも出会えれば、その答えをみつかることがあるでしょう。

しかしながら、人はそれ程、他人に本気で構ってはくれません。

「無償の愛」を与えてくれる人など、まず、出会えないでしょう。

それは何故かといえば、あなたが今から欲しい人から与える人になる為の気づきの時期だからです。

いただく喜びよりも、与える喜びを知っている人は、その与える喜びを多くの人達に伝える役目がございます。

まだ、与えることよりも欲しいものが多い人は、手にいれるための知恵を学ぶ時期でございまする。
 

多くのお金やお友達や財産をたくさんお持ちの方は、それをどう使うかを学ぶテーマに囲まれているはずでございます。

国も、人も、親ですらも、手を貸すことはできません。
 

貴方が自分で手足を伸ばし、心を広げ、大きな視点で先を見、今、何をするべきかを気付くことができれば、もう、その瞬間から生きる意味も、今ある物や人の意味も、自分の存在価値さえもわかります。

それができる人の役目であり、できない人は、その前の学びをしているだけなのです。
 

この世は、「失うこと」が決められている世でございます。

それが分かっているはずなのに、何故あるものや過去に執着するのでございまするか?
 

どうぞ、今日の日をもって自らの過去の思いを全て手放して下さいませ。

本気で手放せば、必ず、必要な物だけは入ってまいりまするし、本当に必要な人と出会えるものなのですよ。
 

行く末の人生を自分の価値観だけでみるならば、あまりにも愚かではございませんか・・・

といって 他人の価値観に合わせるのも嫌でございましょう。

ならば、誰かと仲間と本気に思う人達とどうしたいのかを話し合って下さいませ。

1人では出来ぬことでも、3人よれば文殊の知恵、100人よれば100名の知恵がございます。

この世に出来ぬことなど、ひとつもありませぬ。
 

唯一できない理由は、自分がこだわる所を変えないだけでございます。

いつか、ある瞬間に記憶喪失になったかのように、過去の苦しい思いが一気に流れ落ちる経験をした人こそ、掴まぬ方が掴める事が分かるのです。
 

今ある命やお金や人や家族さえも、掴んでいると苦しみになりますよ。

掴まなければ、全てがあるもの、ただただ感謝でございまする。
 

健康でやりたいことが出来るなど、短い時間でございまするよ。

いつ、なんどき、手が足が脳が動かなくなる時こそ、本当に「今あるものの意味」がわかることでございましょう。

健康を失う時の意味は、ただ、その学びをしなさいというだけなのです。
 

どうか、あるのも以上に、無いものを生み出す「創造する新しき心」を持って、この日の元日本から世界へ希望を発して下さいませ。

貴方がた、お一人お一人の心の中にある本当の「神宿る心」にらこの言葉が聞こえますることを願い奉ります。
 



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