2018年元旦 速開都比売様 メッセージ

【神言葉】ハヤアキツヒメ神言葉

2018年1月1日、速開都比売様の祈り言葉をお伝えいたします。

我、ましますに、天にましますこの光の地、降ろし納めし所業の皆々、こと晴れやかにこの年を迎えしこと、我、時空の間(はざま)より、見つめておりまする。

宇宙の根源の愛を感じる者たちへ響き渡るように、魂の連動が起きますように、心してお伝え致します。
 

静かな虚空(こくう)の世界の闇に埋もれ出る多くの過去の記憶よりも、今あなたがこの星に生まれ出ることまでの思いよりも、更にはこれから起きることへの不安や迷いよりも、大切なことは「道」でございます。

今、あなたが「どの道」を選ぼうとしているのか、ただそれだけでございます。

経験することを、とやかく言ってはいけません。

自分の思い通りでなかったことや、自分の思いが叶わなかったことへの無念や、その結果、自分を問うことをいくらしても前には進めません。

「光を信じる者たち」だからこそ、この星に、この時に、生きているのです。

なぜ、自分がこの星のこの時に生きているのかを気づかねば、何度、生まれ変わっても、同じ学びをさせられましょう。

過去に対する理由づけや思いなど払拭し、「新たな希望」を信じ、人に道を与えられるほどの「輝き」を放って下さいませ。

皆、迷っておりまする。

これで良いのかと自問自答し、人に悩みを打ち明け、自らの居場所を確認し、物事の善悪を考えながら、自分の居場所を探しておりまする。

人にどう思われるかは愛の表面意識でありまするが、本質のあなたの心の中にある思いが本当にそれで良いと思えるならば、どうか、その心に「素直に」生きて下さいませ。

ただし、一人では人は生きてはいけません。

誰もが繋がりを持って生きているからこそ、どこにいても、自由にしても、旅をしていても、陸の離れ小島に一人でいても、繋がりが消えることはございません。

命を授かった時から、そして、命を終えた後も繋がりがなくなることなどありません。

「生涯、魂は皆、繋がっている」からです。

では、あなたが誰と何の思いで繋がっていたいのか、そのことにだけ正直になって下さい。

同時に、相手も同じようにあなたに対する正直な思いがありまする。

今すぐそれができなくとも、相手の思いを受け止めておくことが大切なのです。

今すぐできるかできないではなく、相手がそう思っていることを知ることから学びは、気づきは深まり、「あとでその意味が分かる」ものなのです。

行く末万感、輝き賜う希望を持っている人たちは、もう最後の時間となるかもしれぬと、自らの「命の輝き」と「魂の輝き」を同じくして生きることを心がけなさい。

生きる上で大切なことは、まず、自分の命を守れることです。

食べ物でもお金でも愛でも、同じです。

自分の命をしっかり守れる人となることこそが、人の命を守れる人となり、同時に、人に守られ支えられる人となるからです。

共に循環し、役目を変え、強者が弱者となったり、弱者が強者となったり、強くも弱くもない普通の人が突然、日の目に出ることが多くなることでしょう。

この2018年に起きることは、もともと、決まっておりまするが、それをあなたがどう捉えるかだけの違いだけでございまする。

我を掴んで苦しむのも、人を思って悩むのも、希望を与えるために考えるのも、同じ時間でできまする。

「時間」という概念が、いずれ変わりまする。

意識の世界ももう十分、現実の中に、理解されつつあるのではありませんか。

『人が神を信じません。見えないものなど、分からないものなど、私は信じません。』という人に、もし出会ったのなら、その人は最もそれを信じたい人なのだと思って下さいませ。

今が信じられないことばかり続いているのなら、それを受け止められないあなたがいるだけでございまする。

突然、病気になるのも、不慮の事故にあうことも、もし、それがあなたなら、どう対応し、反応するかを考える時間を頂いているとは思えませんか?

あなたの番が来た時に、どう反応するのかを考える時間を頂いているのです。

不慮の事故とは、想像しなかったことが起きていることですので、全てを想像し、覚悟し、受け入れる心を学んでいるのなら、あなたはすぐにその次へ進めることでしょう。

「救済」を愛だと感じている人は、無限に救済されたい自分と同じ人が集まることでしょう。

救済ではなく、「現実を生きることを教えられる人」は、先人の知恵を多く学んだ人でございましょう。

更に、「希望を与え、道を示せる人たち」は、もう大事なことを知っているはずです。

自分の命の扱いの重さと、自分の魂に関わる周りにいる人たちの意味と、そして、これから起きることへの覚悟をお持ちだからこそ、自分一人だけの世界にいることを良しとはしないはずです。

良いですか、あなたが一人で悩み苦しみ考えていることさえも、全て繋がっている人たちに無言で伝わっていることを覚えておきなさい。

ただ思うだけで、その思いが皆に伝わっているのです。

だから皆がそう思えば、そのような時代になり、その経験をするのです。

皆が思わずとも、あなたとあなたの周りの人に同じ思いを感じる人がいるなら、同じ価値観を信じる人がいるのなら、同じ未来を希望と感じる人がいるのなら、必ずや、その未来は朽ちることなく永遠に伝わることでしょう。

存続させること、継続させること、継続するには場所やお金や価値や評価よりも、「一心のまっすぐな思い」が大切なのでございます。

今、この時もあなたを見守り続けている「全ての先祖の思い」を通してお伝えしておりまする。

いずれあなたがその時を迎え、「気づくことが喜び」となるように、今はただ静かにあなたを見守っておりまする。

これより始まります一年の時の意味を、どうぞ「輝きのとき」をお過ごし下さいませ。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

ありがとうございます。

産み育ての父母の愛を感じ給えと我申しまするー!!!

 

 

午後の祈り言葉

宇宙根源神の愛を感じたければ、ただ、静かに祈りなさい。

 

誰かの為でもなく、何かの為でもなく、ただひたすらに「感謝の祈り」をなさい。

 

静かに独りで時を過ごしながら、自らの心の中に向き合うのです。

 

たくさんの色んな想いがあるでしょうが、その想いはいつも同じです。

 

貴方が曖昧にしてきた事。

解決しなければいけないのに放置してきた事。

見て見ぬふりをしてきた事。

考えるのを途中で辞めた事。

誰かのせいにしてきた事。

嘘をついてきた事。

その全てが周り回って、貴方の現実となって現れておりまする。

 

だからこそ、「祈り」は自分の心の中に向き合う事なのです。

 

ただひたすら「ありがとうございます」を、心の中で唱えながら静かに静かに時をお過ごし下さいませ。

 

周りの雑踏の音や、誰かの声や、気になる気配に振り回されず、ただ一心不乱に自分に向き合う事が出来ないのであれば、貴方は本質を見ることなどはできません。

 

「本質」とは、皆の肚の底にある本来の「内鏡」に映るものを、ありのままに見ることなのですよ。

 

そこには善悪の想いや、親に言われた事や、誰かに言われた事が映る訳もなく、本来、真っさらにして、生まれて変わって、この世に来た最初のまっ透明な内鏡に向き合うことが、貴方が貴方自身に戻る唯一の方法なので御座いまする。

 

外に光を求める者の多くに自らを見ず、自らの闇を見ずに、光を求める者が多すぎまする。

 

それではその光さえも、「虚ろいの幻」となりましょう。

 

光を「希望」と言い換えましょうか?

 

また、貴方が信じる「神・仏」と置き換えてもよろしいでしょう。

 

「未来」では、如何でしょうか。

 

誰かのせいや、環境のせいや、産まれ育った家庭の何かのせいにしている気持ちがまだあるのでしたら、貴方はこれからも厳しい道を歩く事になりまするよ。

 

誰かの為に必死に生きることも、自分の為に必死に生きることも、実は、両鏡に映る二面性であり、想いはただひとつ、同じでありまする。

 

ただ貴方にとって、見えるものが違うだけでございましょう。

貴方が見える世界が、もし貴方を見ている人達の眼で見えたのなら如何でございましょうか?

 

人は貴方をどんな眼で見ているのか、気づいていますか?

 

その眼が気になって、前に進めぬなど、本末転倒。

 

温かい眼であれば見守られてると言い、都合の悪い眼だと辛いと逃げこむ・・・

 

随分と、身勝手な事でございますね。

 

良い評価だけを受けたいのでございますか?

 

それは、誰の為でございましょう?

 

貴方が誰からも、誰一人もこの世で貴方を否定する事がない生き方を、もし、しているとしたならば、それは「自らに正直に生きること」しかありえません。

 

その力こそ、その「正直さ」こそが、神の力に繋がりまする。

 

嘘には、魔物が宿ります。

 

「偽り」という魔物は、人を狂わせます。

 

生き死ににはありませんが、人を惑わせます。

 

自からの善悪を通して生きるのか、善悪自体を辞めるのか、自分の中次第でございまする。

 

この世に起きる事が都合が悪いと泣きわめく者もおれば、この世は皆のお陰で本当に有難たいと生きている人もおりまする。

 

同じ世でございまする、同じ人間でございまする。

 

感謝する人にだけ、素敵な人が集まるわけではございません。

 

感謝できる人は、人が感謝できない事にも感謝する事が必要だと知っているからなのです。

 

足りないのではなく、与えられている。

 

三分の飯の有難さを感謝せぬ人に、五分の飯、七分の飯もありえません。

人は、感謝されたくて、生きておりまする。

 

私がそう創ったからこそ、人間は皆感謝されたくて生きているのだと、今日、この時をもって素直に学んで下さいませ。

 

だから貴方は、誰よりも多く「ありがとうございます」と言える人になるのですよ。

 

その事が全ての想いを救いあげて、新たな繋がりに変える力と同じであることに気づいているならば、この一日の祈りの意味もよく分かることでしょう。

 

ただただ、心を合わせ、感謝するだけでよいのです。

 

ただただ、その時間を月にたった1度、2度作ってくださればとお伝えしておりまする。

 

今日この時が、また新たな感謝の意味となり、新しき希望を生み出す力となって、この言葉を聴く全ての人達の内鏡が磨かれる事を、心より願い致しまする。

 

産み育ての父母よりも、より多くの方達に導かれ育てられている恩返しも早くできるようになって下さいませね。

 

命がある限り、命が続く限り、見守っておりまする。いつも有難う御座います。



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