2018年5月1日 速開都比売 メッセージ

【神言葉】ハヤアキツヒメ神言葉

(午前の祈り)

どうするべきかは、全て自分次第です。

何があろうとも、何が起きようとも、これからのことを不安で考えるのではなく、起きる全てのことを受け入れ、それが全て善であると捉えることでしか、前に進むことはできません。

もし、起きることに対して不安があるのならば、それはまだ何も知らなかった頃の自分の心から見れば、幼き心の惑わしのようなもので、迷いに迷いて答えを出せず、曖昧にし、放置する無駄な時間を過ごしてしまいまする。

皆様が生きている一秒、一瞬、その全てにおいて、我々との繋がりが切れることはありませんし、また肉体を離れたとしても、その御霊が我々の手元から離れることなどございません。

つまり、あなたたちは、自分が、誰と、どこに、何かに、どう繋がってることを認識することができなくても、永遠に魂との繋がりがあるのだということを、まず受け入れることから始めて下さいませ。

どこに住んでいようとも、そうです。

世界中のどこに住んでいようとも、我が子のことを思う親の気持ちと同じように、私たちは全ての御霊を、肉体を、そしてその守護たちの繋がりを守り続けている存在たちでございます。

私はただのその一人と申しますか、一つの存在でしかありませぬが、私の後ろにもたくさんの存在たちが繋がっており、皆一つの思いで、皆様を見守っておりまする。

いつ何時、どのような苦しいことが起きたとしても、突然、災としか思えぬようなことが起きたとしても、想像を絶する苦しい体験をしたとしても、それは生きているが上に起きるただ一つの経験としか言いようがありません。

どのような時が、どのようなことが起きれば、善とするのか、悪とするのかは、全てはあなた次第でございまする。

良き人との、ご縁がなくなることもございましょう。

突然、誰かに災いのようなことをされることもございましょう。

思いもよらぬ家族が、トラブルに巻き込まれることもございましょう。

実はその全てが、あなたが存在するために必要であった全ての先祖たちの過去の災いの因果応報ということが、まず、前提にございまする。

だからこそ、皆様には、生まれさせる前に全ての記憶を消し去り、そして新たな魂としてスタートが出来るよう設定して生まれさせておりまするが、どうしても誰かの子として生まれるからには、父と母の、またその父と母の全ての関わった人たちの思いやルールや価値観やまた戒めの言葉や善悪の価値観を刷り込まれるものでございまするが、それが全て正しいかどうかといえば、時、場所によって大きく変わるものでございます。

昔、間違っていたおかしいと思った価値観でさえも、あなたが大人になるにつれ、その意味が分かり「そうか、こういうことか」と分かることもよくあることでございまするし、逆に、親が「これはいいんだよ」と言ってくれた言葉でさえも、世に出てみれば、それほど甘いことはなく、全てがその通りにならず、夢砕け、苦しみ抜いている人たちもいるでしょうが、この世の中に起きることは全てが、管理、価値観の世界の中で動いているのでございまする。

そのことを、まずご理解下さいませ。

あなたが全て、王や代表者として、物事を決定し、その結末全ての責任が取れる立場ならば、どのようなことが起きても、あなたの思い一つで、その結果を変えることができまするが、誰かと関わりながら何かをしている人は、必ずや自分一人の結論、結果では、物事が決められぬことを、最初に踏まえなければいけません。

生きることにおいて、一番必要な食事でさえも、遠い昔の時代から、誰かがその種を植え、作物を育て、誰かがそれを運び、誰かがそれを渡してくれる場所がなければ、あなたは自分でその行為を一人でやらなければ、食べ物一つさえ、口にすることができません。

「水」も、そうです。

あなたが今、蛇口をひねってでる水は山の奥深くから湧き出た泉のごとく、溢れたその水量に、多くの支流が重なりあって大河となり、その大河の水を汲み取ることによって、あなた方の口に入るわけですが、その循環における繋がりを忘れ、もし、水や命や繋がり を大切にしない生き方を、自分勝手な生き方をするならば、必ずやその繋がりを問われることが、起きることでしょう。

「命のつながり」を切ることは、簡単なことでございまする。

人間全ての繋がりを簡単に、一瞬に、消滅させることなど、誰にでも出来るほど、そう、それは核爆発やそのレベルではなく、本当に単純に、命を失わせることなどできまするが、しかしながら、それを望むものなど誰一人いないからこそ、それをしようとするものがいないわけでございまする。

よく分かっていると思いまするが、実は、この人間の世界において起きることは、全ての生々流転、生命の循環におけるその一部の役割として、人間として生まれ育ったその過程におけるたったひとつのサイクルでしかございませぬが、その人間に託された大きな可能性は、これからの地球をどう導き、どう発展させていくのか、何を目的として生きるのか、またどこに向かっていこうとしているのか、そのことに気づかねば、いくらお金があってもなくても、いくらお友達がいてもいなくても、いくら健康が良くても悪くても、いくら家族がたくさんいてもいなくても、関係はありません。

あなたが一人で生きられないことを知っているのならば、それはあなたの責任でございまする。

全てはあなたの責任で物事を決め、そして誰かに「お力をお貸しください。

 

どうぞ、私を使って下さいませ。

 

その代わり私を生かして下さいませ。

 

私もあなたの足りないところを、手を貸します。

 

だからこそ、どうぞ助け合うことで、私たちは一緒に生き延びていきましょう。

 

という姿が本来でありますので、一期一会のように、どのような人との関わりあいにおいても、この繋がりがないものなどは、一生ありません。

これから皆さんが不安に思うことがあるならば、それは人類進化の最後の時間、つまり、人間がどこまで進化するかのために設定された時間に対し、自分をどこまで高みに持っていけるか、つまり、自分という概念をいかに外して皆に愛され、美しく支えられ、また感謝される存在となるかを、問われているだけでございまする。

「命の繋がり」を疎む人もいるかもしれませんが、もし、あなたに子どもがいなくても、誰かの子どもは全て、人の子、つまり、人間の子どもでございまするので、あなたが産みたくても産めない場合、誰かの子どもを同じように愛し、育てる心があれば、この世は多くのお父さん、お母さんやお兄さん、お姉さんに、囲まれますので、子どもたちはすくすくと育つことになるでしょう。

決して、「自分の子ども」と思っていてはいけません。

神が与えた、先祖が与えてくれた「命の繋がり」を、ただ繋ぎ、守り、支えることでしか、できぬのが親でございまするし、社会へ出れば誰かの力を借りねば、一人で生きていくことなどできません。

そのために、多くの知恵を学びながら「生かしていただけてありがとうございます。また生かしていただいた恩返しに、私はあなたを生かし支えることができまする。」という人間になるための修行の時間が長く続きます。

自分の喜びだけを、もし考えるならば、それはあなたは最も不幸な人間でございまする。

人の喜びだけを考えるならば、それはあなたが今、自分の視点を変える時期に来ているということでございまする。

自分だけではなく、多くの人たちに共有する言葉や思いや考え方を身につけねば、命を守りあう仲間とはなり得ません。

動物の世界には、どこにおいても、命を存続させるためにたくさんの葛藤、戦い、弱肉強食でございまするが、それは人間も本能的に動物でございますので、全く同じでございます。

生き残りをかけた戦いという言葉は厳しいでしょうが、ここは生き残るためではなく、人間が生き続けるための修行の場であり、その生き続ける目的に気づいた人たちが、また、新たな時代へと導くのでございまする。

科学や文明の進化発展は、これからも急速に進むことでございましょうが、それはまだ、時空を超える段階にきていないならば、それはただの置き換えでしかありません。

便利になることは、とても良いことでございましょう。

簡単になり、楽になり、怠惰になり、肥満が増え、不健康になるかもしれませぬが、よく働き、よく学び、そして、心正しく、清くあれば、どんなことにおいても、挫けずに前へ進む力がつきますので、どうぞ、正しき道を教えてくれる人たちの中へ進んで生きましょう。

一つの概念だけが正しいわけはなく、たくさんの概念やたくさんの人の思いによって育まれているこの人間世界において、あの人が正しいやこの人が間違えではなく「ああそうか、こういう考え方もあるのか。ならば私は今度はこうしてみよう。」と、自分の考え方を素直に変えることができる心さえあれば、無限、無限に善き人のご縁ができまするし、そして、その人のご縁によって、必ずや自分が想像できないほど、素敵なことがこれから起きるのでございます。

私たちはその準備を常にしておりまするが、なかなかここに手が届く人はいないからこそ、その知恵を授けることができませぬが、心が解脱しなければ、まずは人間としての「動物修行」さえ意味が分からず、その先にある「魂の修行」など、毛頭届かぬ愚かな自分となってしまいまする。

心がなぜあるか、そう、魂がなぜあるか、そう、そして命がなぜあるか?

 

このことの意味を正しく理解しなければ、あなたたちは永遠に生きることさえも、死ぬことさえも、喜びになどできるわけがありません。

 

正しきこときことを、正しき道に進むために学んで下さいませ。

どうぞ、これから長き時間におけるその一瞬、一瞬において、過去の囚われの自分を掴むのではなく、新しき希望の自分に進むためにどう人に喜んでもらえるのか、どう明るい子どもたちのためにできるのかを考えながら、今、自分にできることを、一つ一つ確実に進めていくことが、大切な時期でございます。

もう間もなく、あなたたちには、輝きのある「魂の光」が届きますので、気づく人たちの心によって、新たな理想ではなく、新たな現実を動かすことができるような出来事が始まることでございましょう。

希望は、まだまだ無限にございまする。

無限、無限に進化するために、あなたたちは、ここ日本に生まれ、そして、我々に向き合う心を気づいたのでございます。

ですから、その気づきを大切にしながら、日々の自分の家族や職場や周りにいる人たち全てに感謝しあい、感謝しあえる仲間たちとして、一緒に道を進んで下さいませ。

我々はこれから家族という単位を命の繋がりだけではなく、本来の魂の繋がりを支え合う仲間として、気づく人たちが現実を変えていくことができるようサポートしていきまするので、命の繋がりに感謝していくのは当然でございますが、その先にある魂の繋がりにおいて、最も正しき、清き道へ進めるようサポートして差し上げますので、どうぞ、心を開いて、無限、無限の喜びが待っていることを信じて、笑顔で、美しくお進みくださいませ。

心美しく笑顔でいる人のところには、たくさんの花が咲き乱れるように、素敵な人たちが集まります。

意地を張り、頑固で自分の概念を変えられない頑固者は、愚か者となり、苦しみの日々を送るかもしれませんが、また、そのあなたにも必要な気づきを与えてくれる人に出会うはずでございまする。

その仕組みが永遠、無限に続くように、私たちは常にサポートしておりますので、信じて心を合わせて下さいませ。

優しきかな天の心、優しきかな人の心、優しきかな海の底の母の心、戒めるよりも、気づきを与え合う大切な仲間たちを大切にする生き方をして下さいませ。

命にかかわることよりも大切なことはもっとたくさんありますので、どうぞ、一緒に学んで下さいませ。

いつも祈りの心を持つあなたたちのことを、私たちも嬉しく思っております。

いつも!いつも!!いつも!!!
 

ありがとうございまする。ありがとうございまする。ありがとうございまする。

 

(午後の祈り)

夕暮れより、誘う風が吹いてまいります。 

毎日訪れる夕暮れもそうですが、人生における夕暮れもございましょう。

その時に静かに、暖かき風が吹いてくる事がございまする。

その風は、あなたの一日の疲れを癒すほど、あなたを包み込む事でございましょう。

疲れきった身体を愛う(いとう)ように、あなたを見守る守護の暖かさのように、あなたは雑踏に消え行く前に、その風をまず感じる生き方をして下さいませ。

朝になればまた、新たな清き風が吹く事でしょう。

今日の悔しき想いや、悲しき想いを抱えたまま夜を過ごすのではなく、ほんのひと時、ほんの一瞬でよいですから、心を止めて立ち止まって、もし木があるならば、その木に触れながら、暖かき風を感じて下さいませ。

私達は最もたくさん想いを伝える方法に、「風」を良く使いまする。

清き正しき心を持つ人が、神の社に入る時、同じようや暖かき風ぎ吹く事がございましょう。

白き布で隠された神の姿を少しだけ見せるように、暖かき風が吹く時もございましょう。

祈りを始めると雨が止んだり、風が吹いたり、暖かき陽(ひ)が差す事もございましょう。

 

それが、わたくしたちの最も伝えやすい方法でございます。

私達は常にあなたの身の周りにおりますので、どうか少しだけ、心の動きを止めて立ち止まる時を作って下さいませ。

早足で進んでいる時には、前しか見えず、たたずむ静かな人の心まで感じる事は出来ません。

目を瞑れば、さらに何かを感じる事でございましょう。

その人が何を考えているかも、感じるかもしれません。

子供の頃、父や母の背中を見て、何かを感じる事もあるでしょう。

それと同じように色々な人を見ているだけで、その人の想いを感じる事は出来るのです。

だから、あなたは寝ている時にそっと・・・その人に向けた想いを伝えて下さいませ。

あなた達人間、動物、全ての生類に「眠り」という安らかな時を与えている意味は、わたくしたちとの繋がりを感じる時間だからでございます。

この世に生まれて、まだ、現世の波動に慣れぬ赤子達はよく眠ります。

それはその時にこそ、わたくしたちの元へ還っているからでございます。

しかし、魂が還っても、その肉体を守る先祖や守護が居るからこそ、皆様は安らかな眠りにいざなわれるのでございます。

夢見が悪く眠れない人は、心のどこかに現世の想いを掴みすぎて葛藤しているからこそ、薬を使うのではなく、安らかな時を森や海や漆黒の闇の中で、少しだけ過ごす時間を作って下さいませ。

わたくし達の世界は、あなた達から見れば「見えぬ世界」と言われまするが、私達から見れば、皆様の心の中や思った事、全てが丸見えでございます。

肉体を離れた先祖達同様に、自分の子孫達の想いを感じるからこそ、「後からこうしておけば良かった」とか、「何故こうしてあげられなかったの?」とか、たくさん気づく事がございまするが、手や言葉は出せません。

ただ想いだけで、命の繋がりを守る事しか出来ません。

だからわたくし達は、その肉体を守る為に先祖の繋がりを繋いでおりまするし、同時にあなた達の魂が本来の目的に進めるよう、常に出会う人のチャンスを与え、大事な情報を誰かの言葉で聞かせたり、本の中の一文や、社内の文字を通して意識へ訴え続けているわけでございます。

世界のある場所へ、急に行きたくなる事もあるでしょう。

それは、あなたの魂にとって、「大きな傷が有る場所」だからこそ、また中には「大きな愛を感じた時間を過ごした場所」だからこそ、その国の名を聞けば、魂が呼ばれるように行きたくなるのでございましょう。

日本の中にもたくさんの場所が在りまするが、魂の記憶の中には、その土地に立つだけで、思い出す記憶がたくさん在りまする。

写真を見ているだけでも、どうしてもその場所へ行きたくなる事もあるでしょう。

それも同じように、「過去世のあなた」が、その場所で、長き時を過ごしたり、思い出多き時を過ごした場所だからなのです。

性(さが)、その土地に降りて、自らが行きたい場所に行けば、必ずや、過去世の思いがフラッシュバックしてくる事でございましょう。

それは過去を思い出す事が目的なのではなく、現世現実のあなたが過去超えられなかった事を超える為に、その傷や痛みや思いやりの無さを超える為、思い出すチャンスの場所なのでございます。

中にはある人に会っただけで、過去の記憶をフラッシュバックする人も居る事でしょう。

肉体は違い、男女も違い、ただ会って目を見ただけで、その人の魂を感じる事が出来るのも、あなた達人間が持っている特性でございまする。

目を瞑っても、ただ思うだけで、その繋がりを募るのを強く感じるほど、あなた達の想いの中にはわたくし達と同じ繋がる力を与えとおりまする。

「思う」のでは有りません。「思わされる」のでございます。

「いる」のではありません。ただ、「ある」のでございます。

あなたが、あなたという想いを手放さぬ限り、「本当のあなた」には目覚めません。

どうか、「自分がこう思った。こう思った。」と言いつづけるよりも、ただ「思わされているのだなぁ」と感じて下さいませ。

それが嫌な想いでも、苦しき想いでも、辛い想いでも、ただ、その想いを受け止め、「あぁ、思わされているのだなぁ。私は何を気づけばよいのでしょうか?」問いを一つだけ投げかけて下さいませ。

さすれば、今のあなたに必要な答えを授けまする。

ただ一つ、「一問一答のみ」でございます。

神に向き合う時も、先祖に向き合う時も、人に向き合う時も、同じく「一問一答」で向き合えば、必ず、あなたが望む答えを教えてくれるものでございまする。

多くの事を望むよりも、今分かった一つの事をすぐに行動に移し、その結果となる周りの人達の言葉が皆、守護神達の言葉と気づきまする。

どうか、もう「自分という囚われ」の想いを手放して下さいませ。

ただ一つのお盆に乗ったたくさんの細胞の魂のDNAの一つがあなたなのでございますから、今の想いにこだわりすぎず、力を抜いて、ふっと、全てを手放して感じて下さいませ。

 

静かに心の中に、言葉が聞こえてまいりまする。

それが本来の、わたくし達との通信手段でございまする。

「思わせる事」しか出来ぬゆえ、言葉足らずではございまするが、どうか、あなたが望む答え全てをお応え出来る上に、導く事も出来る事を分かって下さいませ。

その為に、必要な学びだけはして下さいね。

 

自らを超える事、このただ一点こそが、皆々様に共通する魂の学びでございまする。

今日より始まりまする新しきエネルギーにおいて、波に乗るように、大河に乗るように、天河流星の波の一つとなりませ。

ならば、大乗流れのごとく、泉湧く愛の喜びを多き、高き、学びと気づきましょうこと、これ、我らの願いであり、共に生かされている全ての繋がりを魂の証でありまするとお伝えしておきます。

ありがとうございまする。





コメント

タイトルとURLをコピーしました