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<特別討幕>特攻隊からのメッセージ

2019年5月25日、札幌市内在住91歳の元特攻隊である山崎健作さんのお話を聞きに行きました。

場所は、東区にある「北海道神宮 頓宮」。北海道神宮の東守りのお宮です。

戦争を良い悪い、好き嫌いで判断している人たちは、まず、この体験談を読んでから判断して下さい。

私の親族も3名が大東亜戦争に出兵し、1名(叔父)は沖縄戦で命を落とし、祖父は右足を失いました。

北海道は沖縄の次に、戦争で亡くなった人の数が多い土地なのですが、「北海道 沖縄戦没者の会」も後継者不足で2018年で解散し、札幌護国神社に全てを託しました。

 

中学生の頃、「今しか生の体験談は聞けない!」と気づいた時、生き残った祖父と叔父に会いに行き、当時の様子を語ってもらいました。

子供ですから何でも疑問に思ったことを質問しましたが、言いたくなくて口を紡ぐ時ほど私は、その時の映像がリアルに見えていました。

あー、こんな辛い体験をしたのか・・・こんな思いをしてまで普通に生きていられるのかと思いました。

その後も戦争体験者から体験談を聞く機会はたくさんありましたが、山崎さんの言葉からは今までにない感動を頂きました。

 

当時の日本は、戦争が良い悪いではなく、人を大切にすることと、国家を大切に思うことは同じだったのです。

つまり、人と国家は同じだったのです。今は違うようですが・・・」

 

「敗戦後、GHQが私たち軍人に命令したことは、集会を行うこともよし、過去を惜しむのもよし、しかし、戦争に対する意見を述べることは禁止」されたそうです。

 

さらに、GHQが日本政府に命令したことは、「この戦争は日本の侵略戦争であり、愚かな戦いをしたのは日本人なのだ」と20年間、本当のことを国民に知らせることを禁じました。

その結果、国民全員が一致団結して戦ったはずなのに、自分たちの行いを反省したり、子供達にも戦いの意味を間違って教える大人が増えました。

当時、10代の人たちは今、80代になっていますが、その人たちでさえ、自分たちが間違っていたと語ります。

 

山崎さんは、さらに、こうお話されました。

「第二次世界大戦と呼ばれている戦争は、当時の日本国内では「大東亜戦争」と呼び、朝鮮半島や台湾などアジア諸国が、欧米諸国に植民地化されていたからこそ、アジア諸国の解放のための戦争だったのです。」

 

しかし、どんな大義があっても戦いに負ければ、買ったほうが戦いの意味を書き換えるのが、歴史の常識です。

 

山崎さんは、20代、30代、40代、50代の若者たち、そして、台湾からの留学生と、現役自衛隊員と退役した自衛隊員を前に話すことが喜びだと伝えた後、最後に、こう思いを伝えてくれました。

 

「今、憲法第の改正論争がありますが、今の自衛隊は、日本を攻めてくる国に対して、防御すらできない法律だからこそ、個人で判断して戦わなければいけない状況なのです。

自分の国を自分で守るための自衛隊を法制化しなければ、今のままでは大切な命さえ守ることはできません。

日本のように自国だけでは守れない国がアジアに多いからこそ、アジア諸国は連携して、アメリカと良い関係を保っていくべきなのです。」

 

アメリカは、東京大空襲や二度の原爆投下を行い、兵隊のいない一般人の大虐殺をしました。しかし、これからの未来を考えるとき、そのアメリカと手を結んでいかなければ生き残れないと語って下さいました。

 

戦時中、特攻隊の仲間たちを笑顔で見送りながら、自分が死ぬことさえ当然と思っていた当時、20歳前後の男子の発言を聞いた20代、30代、40代の人たちは、初めての特攻隊の真実の言葉を受け取り、自分がどう生きていくべきかを考え始めていました。

 

命を尊く思うのは、世界のどの国の人も同じでだからこそ、自国を国民が守れるように整えるための法律や軍隊を整備することこそ、戦後70年、令和を迎えた今、私たちが真剣に考えるべき時ではないでしょうか?

 

これからの日本を守る若者たちや子供達に、誰が国を守る教育をするべきでしょうか?

私は、母親だと思います。

命をもっとも尊ぶ女性たちだからこそ、命の教育、国を守るための思想教育、神仏を中心とした教育が、今、必要なのです。

 

山崎さんの言葉は、最後まで、愛に溢れていました。

私が聞いた多くの戦争体験者より、切実に、死を感じながら命の尊さと守り方を気づかせて下さいました。

今回、山崎さんの話を聞いた人たちが、どう行動するのか?、何を誰に伝えるのか?が大切だと思います。

 

私たちは、行動を変えなければいけません。

戦後70年間の封印を解いて、令和の時代から新しい希望ある日本の精神性を伝える人たちが必要です。

どうか、自分の祖父母、両親に戦争の話しを聞いて下さい。

 

そして、もっとも多くの人の命を失った土地 沖縄の人たちにとっても終戦記念日である「6月23日、沖縄慰霊の日」に心を合わせて祈って下さる事からお願いします。

 

公益財団法人 特攻隊戦没者慰霊顕彰会 会報

 

世界の誰一人、戦争をしたい人はいませんが、家族の命の危機を感じれば男たちは戦う覚悟の教育も必要です。そうしなければ、女性たちが戦うか、国は滅びます。これまでの大きな戦争で日本が仕掛けた戦争はありません。
中国が日本を攻めてきたので戦った日清戦争(日本の死亡者数1万3000人)、ロシアが日本を攻めてきたので戦った日露戦争(日本の死亡者数11万5600人)、ヨーロッパ情勢の影響を受け、自國の意思を示す意味で戦った第一次大戦(日本の死亡者300人=動員兵力 80 万人のうち人的損害の比率 0.2%)。
第二次大戦も、天皇は参戦に反対でしたが、油と鉄の輸入を全てアメリカに封じられた為、国民の命を守るためにやむおえず戦った日本兵の死亡者数300万人のうち、沖縄戦の死亡者数 第一位 沖縄県122,228人、第二位 北海道 10,850人、第3位 東京6,500人。

 

毎年6月23日は、沖縄戦が終わった日、沖縄慰霊の日に心を合わせましょう!

平和を手に入れるために散った多くの命の意味を正しく理解することが、まず、私たちには必要です。マスコミ情報ではなく、多くの当事者の先輩たちと語らい、後世に伝える心を育みましょう。

 

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