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母が父親の背中を流した日

ある日、あの気丈な母が涙をいっぱい溜めて、教えてくれたことがあります。

今日ね、私は初めて自分の父親の背中を流させてもらったのさ。

子供の頃から「俺の世話は婆さんがするから、一切、手出しをするな!」と怒られ続けていたので、父さんの体に触れた事さえなかったのさ。

 

いつも、父さんがお風呂に入る時は、一本足のカバーを外して真っ裸になって、小さな体の母さんの肩を借りて、お風呂に入っていたんだ。

母さんは、着物の裾をめくって結んでから、父さんのお風呂に入って、背中から体の全てを一人で洗ってあげるのが役目なのさ。

 

でも、先月、母さんが急に脳溢血で亡くなったでしょ。

実家だからいつでも行きたいけど行けないので、「母さんに手を合わさせてください」と言って、実家にいったんだ。

そしたらね、父さんは、母さんの葬式の時と同じ洋服を着てるし、誰も体を支えてくれないので、トイレにも行けず、同じオシメを、ずっとつけられていたのさ。

もう、父さんの目が涙でいっぱいで、兄嫁は何もしてくれないし、私も何も言えないので、自分からお願いしたんだ。

 

「父さんをお風呂に入れてあげていいですか?」

「勝手にすればいいでしょ!」と兄嫁は言ったきり、一切、手伝おうとはしないのさ。

わかっては、いたけど、やっぱり、母さんが先に亡くなると、男は惨めだわ。

 

あれだけ威張っていた父さんが、何も文句も言えないほど、しいたげられていたけど、私は家を出た娘なので、何も言えないのさ。

もし、吉岡家に言ったら、私の旦那も、吉岡の本家も怒り狂うのはわかってるからね。

 

外にある手押しポンプの水をバケツで何回も運んで水を溜めて、お風呂を炊いて、やっと沸いてから父さんの洋服を脱がせると、すごい臭いがするし、この匂いを我慢しながら椅子に座っている父さんが、惨めて泣けてきたよ。

 

それでもお父さんを抱き上げて、お風呂に入れて、全身を洗ってあげた時は、嬉しくて涙が出たのさ。

180cm近くある大きな体の父さんが、こんなに小さくなっていることさえ気づかない自分と、何もできない自分の惨めさに泣けてしょうがなかったのさ。

そしたらね、父さんがこう言うんだよ。

 

これが俺の一生なんだと俺も諦めているから、気にするな。

毎日、ご先祖さまに早く婆さんのところに連れて行ってくれと頼んでるんだ。

ご飯も食べると、オシメが汚れるので、なるべく食べないようにして我慢してるんだ。

お前は吉岡家に嫁にいった身なんだから、絶対に、このことは夫に話すんじゃないぞ!

俺の最後の希望は、お前が吉岡の家に男の子を二人、生んでくれたおかげで、俺は吉岡に恩を売った事になるんだ。

 

だって、みろよ。

十分、金を渡したお前の兄貴は何もしてくれないし、兄嫁は、男の子を産めず、女の子3人も産んでいるのに、誰も、俺の世話をしようとはしないんだ。

そんな子供に育てたのも、ワシが悪いんだから、気にするな。

 

母は、言葉を返せなかったと言っていました。

ただ時々、実家にいって、背中を流させてもらうことだけが、母の最後の喜びでした。

私が最も尊敬した母のお父さんは、今までの人生で人間として最高の人だと思っています。

威厳を持った厳しさの裏側には、一人で全てを我慢してきた覚悟を、戦争で足を1本失った時の話を聞いて驚きましたが、弱音を吐いたことがない祖父の生き方から多くを学びました。

 

20歳の頃に、そういう大人に出会えたことを感謝し、目標にして生きています。

ありがとうございます、大切なことを教えてくれたオフクロ。

 

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