「魂の封印」を完全に解き放つ!!

一兵卒が何をやっているのか!!!!

◯戦争仕込往復ビンタ

母の父親(祖父)が、戦争へ行った時に体験した実話をご紹介します。

家族とお国のためと言われ、行きたくなかった戦争へ初めて行った祖父は、何があっても家に逃げ帰ることはできないからこそ、どんな辛い体験をしても歯を食いしばって耐える覚悟でした。

帽子と制服を渡されて、兵舎に連れてこられた数名に、班をを守る「伍長」がこう言いました。

 

今日からお前たちは、お互いの命を守る「家族」だと思え!

どんなに辛いことや理不尽なことがあっても、自分の「実の家族」を守ると思って仲間を守りなさい。

そして、1時間後に小隊長が見回りに来るので、それまでに身だしなみを整えて、自分たちで「班長」を決めなさい。

※班長とは、一等兵が4〜6名集まった名称

 

祖父は誰もいなければ自分がやるつもりでしたが、一人の男が着替えながら「自分がやりたい」と言い出したので、班長に、誰もが従う覚悟をしました。

突然、「小隊長、入室!」を声が上がり、伍長と小隊長が一人一人の身だしなみと、持ち物検査を始めました。

その姿を見た祖父の隣の大男はあせり、自分の持ち物をどこかに隠す動きをしましたが、前しか見てはいけないので、見て見ぬふりをしていました。

 

自分たちの班の前にやってきて、一人一人の持ち物を見せて、2段ベットの隅々まで確認した時、

「おい!これは誰もものだ!」と班長が怒鳴りました。

全員に見せられたものは、一枚の写真でした。

よく見ると、祖父の隣の男と母親が楽しそうに写っている写真だったそうです。

 

先ほどまで優しかった伍長も、責任があるので本気で怒り出し、「この班の班長は誰か!」と大声で怒鳴り、平手打ちを一発、食らわしました。

班長は「自分ではありません」と言い張ると、伍長は「連帯責任だ!」ともう一発、頬を殴りました。

 

誰も、口を開かないので、班長を何発も殴り続けていたので、祖父は「私です!私の持ち物です!」と嘘をつき、「班長の代わりに自分を殴って下さい!」と言うと、即座に伍長がゲンコツを握り締め、「一兵卒が何をやっているのか!日本国民として恥を知れ!!!」と顔をゲンコツで殴りました。

 

殴っては倒れ、起き上がるとまた殴るので、いつまで続くのかと覚悟したと言います。

殴り続けた伍長を見て小隊長は、「まあ、今日はそれくらいで。」と言って許してくれました。

 

写真は没収され、「その場に夕食まで直立不動!」言われ、全員、身支度もトイレにもいけないまま数時間、立たされたそうです。

 

途中で伍長がやってきて、「お前たち、もういいぞ!」と許してくれた時に、祖父に向かってこう言いました。

「さっきは、すまんかったな。

お前の持ち物でないことはすぐにわかったが、誰かがケジメをつけないとあのままだと小隊長は刀を抜きそうだったので、必要以上に何発もお前を殴ったんだ。大丈夫か?」

 

「はい、大丈夫です。私は子供の頃から兄たちに殴られていますし、父も戦争で亡くなるまではいつも思いっきり殴られていますので、殴られ方は知っていますので、ご安心下さい。」

「それは良いが、本当の犯人はこの中にいるので、それをお前たちがどうするのか、話し合いなさい。

家族が罪を犯した時に、家族はどうするか決めないと、誰も守ってはくれないからな。

戦場へ行くと、最後の最後に自分を守ってくれるのは、この班の人間しかいないから、納得いくまでトコトン話しあいなさい。」

 

班長が帰ったあと、すぐに祖父は隣の大男に聞きました。

「なぜ、あの写真を俺の布団の枕の下に隠したのか!お前は卑怯もんか!!」

「すまん、俺は見つからないと思っていたけど、殴られるのが怖かったので、お前の布団に押し込んだんだ。

すまん、すまん。俺が悪いんだから、気の済むまで俺を殴ってくれ!さあ、早く!」

 

祖父は、育ちの良い大男の目を見て、こいつは悪い奴じゃないけど、覚悟がないとすぐにわかったので、こう言ったそうです。

 

「お前は母親にも家族にも大事に育てられてきたようで、殴られて育ってないな!

そんな奴を殴ったら俺が弱いものイジメをしていることと同じだから、俺は殴らん!

いつか、この借りは返せよ!」

と言って許したそうです。

 

体は大きいのに動きが悪く、いつも伍長に怒られていましたが、班全員で大男を支えていつもギリギリで訓練をパスしていました。

ある日突然、伍長が兵舎にやってきて、

「明日、出陣が決まった!

お前たちは思い残すことがないように、父母、兄弟姉妹に手紙を書き、布団の上に置いておけ!

俺も自分の家族に向けて、最後の手紙を書くので夕飯の時までに終わらせろ!以上!」

 

突然の「出陣命令」は覚悟していたつもりでも、兵舎のあちこちで泣いてる男たちいたそうです。

 

翌日から戦地へ赴き、自分たちで掘った塹壕(ざんごう)に入り、身を隠していると、伍長が叫びました。

「打て!!!打て!!!敵を全員、撃ち殺せ!!」

しかし、すぐ鉄砲を打ったのは他の班の人間を含めて数名だったと言います。

 

班長は真剣な顔つきで、

「お前たちが怖いのはよくわかる!

俺も最初そうだった!

でも今、生き残らなければ俺たちに明日という日はないんだぞ!

生きて帰らなければ、父にも母にも兄妹にも会えないまま死ぬんだぞ!

だから、覚悟を決めて早く打て!」

 

全員が家族の顔を思い出し、敵の塹壕(ざんごう)にいるヘルメット目掛けて打とうとすると、相手も覚悟したようで鉄砲の弾が銃声と共に降り注ぎました。

 

誰もが死にたくないのは同じですが、顔を出せば撃たれるので、顔を下げて、敵がいる方向へ銃口を向けて引き金を引くのが精一杯だったといいます。

相手の塹壕(ざんごう)は50〜60メートルしか離れていないので、一進一退の戦いでした。

伍長が相手を狙って一発づつ打っていましたが、数が多いせいか、伍長も相手の弾に当たって倒れました。

 

その姿を見た時、父は死ぬ覚悟をしたそうで、伍長の代わりにしっかり自分の目で敵を見極めて鉄砲を打とうとすると、いつも動きが遅い隣の大男が祖父の体の上にのしかかり、こう言ったそうです。

 

「俺がお前にできる恩返しはこれしかないんだ!

俺は死んでもいいが、お前は何があっても生き残れ!

俺は、兄弟姉妹がたくさんいるので、俺が死んでも大丈夫さ。

でも、お前みたいにいい人間は、生き残って、この日本のために戦わなくてもいい国にしてくれ!頼む!

これが唯一、俺ができる恩返しだから、何も言わず、そのまま寝ていろ!」

 

そういうと、大男は銃口を敵に向けて打ち始めました。

しばらく銃撃戦が続いたあと、敵が塹壕(ざんごう)から離れて行ったようで、銃撃戦の音が消えました。

 

「おい、終わったぞ!重たいから、早く俺の体から離れろ!」と祖父が叫んでも返事がありません。

仲間数名で大男をやっと起こすと、頭と肩を撃ち抜かれ、死んでいました。

 

祖父は、そのあと、兵舎で新しい銃の訓練をしている時に仲間が誤って打った弾が右足に当たり、メスも麻酔も無い状態の中、飲めないお酒を飲まされて、体を板に数名で縛り付け押さえられながら、大きなノコギリで右足を太腿から切断された話を教えてくれました。

今まで何度、頼んでも見せてくれないノコギリで切った右足の太ももの切り口は、ボロボロでした。

何年目かの終戦記念日に母と祖父に会いに行った日に、私にだけ、そっと、教えてくれた体験でした。

 

「いいか、男は、何があっても生き残らなければ家族を守れないから、外で何をしていてもいいが、家族だけは守れよ!

今日は終戦記念日だし、俺もこんな話を言うつもりはなかったけど、さっき、同じ班で俺を一緒に生き残ったたった一人の仲間の家族から電話があり、ヤツが死んだと聞かされたのさ。

だから、お前だけには、教えておきたかったんだ。

母親には、絶対に言うなよ。

アイツは、すぐに感情的になるし、男勝りだから、男を叱るほど強気だが、根は優しいし弱いんだ。

だから、お前は母親を守りなさい。

 

兄に何かあった時に、家族を守るのが、2番目や3番目に生まれた人間の役目なんだ。

このことをお前に言えたことが、俺の冥土の土産になるんだ。

 

一緒に戦って死んだ奴らが、どんな思いを背負って死んでいったかなんて、誰も知らされていないからな。

だから、バカな奴らが「戦争反対!」とか言っているけど、今日は戦争が終わったお祝いの日なのに、泣き言を言う家族や、戦争反対のニュースしか流さない、バカなマスコミを信じてはいけないぞ!

奴らは、戦争がどういうものかなんて全く知らないから言っているのさ。

 

俺たち日本兵も、相手の国の兵隊も、誰も死にたい奴なんていないのさ。

でも俺の班長や小隊長のような人に殴られて、蹴られて、イヤイヤながら鉄砲を打っているんだぞ!

こういうことは新聞にもニュースにも出ないから、お前は覚えておきなさい。

 

この世は綺麗事で作られているけど、本当は、真っ暗闇な世界なんだ。

だから、誰かがその闇を支える人間がいないと、みんなが信じている平和なんて、すぐに吹き飛ぶさ。

戦うのも、守るのも、命懸けさ。

お前もそういう生き方をして、かっこよく死になさい。」(^^)

 

中学3年生の8月15日の終戦記念日に、祖父に教わった大事な体験談でした。

 

コメント

  1. 影山和子 より:

    男は漢の守り方。女は女の守り方。
    双方が本当の意味で理解するのは難しいからこそ、互いに気遣えば必ず素敵な護り・伝えいくのかと感じました。ステキなお話をありがとうございます。

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