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命のローソク  6 禅問答 十番勝負

「命のローソクの話  4」でご紹介した実家の道向かいのお寺の住職は、私の寺子屋の幼稚園の園長さんですが、この人がすごい人だと教えてくれたのは、北海道の他の坊主たちでした。

当時、私はまだ幼稚園生ですが、怒ったら怖い園長先生は、なぜか、私にだけは優しく、いろんなことを教えてくれました。

娘さんや息子さんに可愛がられたのもありますが、いつも母が作る野菜を持って行くのが「私の当番」だったので、ご家族はいつも私に、「今の時期は何ができるの?私、トマト大好きなの!」とそっと耳元で言うので、母の指示が出る前に私がトマトを収穫して持って行くほどお子さんたちには可愛がってもらいました。

 

いつも、私にだけ優しい理由がわからないまま、「お寺の◯◯年祭」という日に、日本全国から有名が高僧たちと修行僧が集まり、総勢、20名以上の綺麗な袈裟を着た坊主が集まってお経を唱えていました。

北海道でもお金がある人が自分の見栄を張りたくて、お金で坊主の数を揃えることはありますが、母は、「今回はこのお寺の住職さんにお礼がしたい人たちが勝手に集まってきた」と教えてくれました。

なぜ、全国からわざわざいろんな宗派の坊さんたちが集まるのか不思議に思って、本堂でお坊さんの行列を見ていると、一人の若い坊さんに声をかけられました。

その若いお坊さんは、京都か奈良のお坊さんらしく、修行僧として全国のあちこちのお寺を回って修行しているそうですが、全国の有名なお坊さんたちが口を揃えて、「北海道芦別市常磐町の◯◯住職にだけは、一生に一回くらいは会っておけ!」と言うので、今回は自分のお金でこのお祝いの席に来たと教えてくれました。

なぜ、そこまで有名な住職が、こんな田舎のお寺にいるのか不思議でしたが、その理由を若い30代のお坊さんが教えてくれました。

 

僕はもともと、仏教の大学を出て、実家のお寺を継げばお金は儲かると分かっていたので、実家に戻る前に3年間だけ好きなことをさせて欲しいと親に無理を言って、全国の有名なお寺を回りながら、宗派を超えた良い点、悪い点を自分のために学ぼうと思ったことを教えてくれました。

「へえ〜、すごいですね。あなたのように若い僧侶が、そんなことを考えるのは、珍しいでしょ。

みんな他のお坊さんは、実家の寺さえ継げばお金に困ることもないし、酒も女も遊び放題だと、私の母は言ってましたよ!」と言うと・・・。

お前の方が幼稚園生のくせに、偉そうなことを言うな!という目で私を睨みましたが、その横をいつも仲良しの住職が通り、思いっきり、大きな扇子で若坊主の頭を殴り、

「この子を馬鹿にすることは、俺を馬鹿にすることと同じだぞ!

もし、この子がお前を認めないのなら、今すぐ、荷物をまとめてこの寺を出ていけ!

二度と、帰ってくるな!

三日間の修行のお金も全て返してやるから、お前みたいに心が足りない奴は、全国のどこの寺で修行しても同じだと思うから、早く実家に帰って金儲けしろ!」

と住職が言い放ち、行列の高僧たちも口を丸めて笑っていました。

京都、奈良、関東、四国、九州、四国、中には、沖縄にいるお坊さんさえも、我が家の迎えのお寺の住職のために集まるのが不思議で、三日間の全ての行事が終わったあと、住職から直接、理由を教えてもらいました。

 

あの坊主たちはな、「全員、俺と禅問答勝負をして負けた奴らさ!』

マナブは、「禅問答」って知ってるか?

 

テレビマンガの「一休さん」で、見ているからわかります。

その人の「見識」を勝負する一対一の男の勝負ですよね?

そうじゃ、この三日間、自費で全国から来た坊主たちは、全員、俺と禅問答の勝負をして負けた奴らさ!(^^)

昔は、俺の家も武士の家系だったので、「いつでも死ぬ覚悟をして生きろ!」と親には言われたが、早々、死ぬ覚悟をする場所も無いので、いろんな大人たちに向き合って、「お互いに禅問答をしましょう」と勝負を挑んだのさ。

周りの大人たちを全員、打ち負かして上機嫌になっているところに、一人の通りすがりの修行僧が歩いていたので、自分から「禅問答勝負」を挑んだのさ。

そうしたら、その若坊主は、「一問一答の禅問答では物足りん!お互いに、十番勝負をしようではないか!」と、喧嘩をふっかけてきたのさ。

俺も武士の端くれなので、負けてたまるかい!と、「禅問答 十番勝負」を受けてたったさ。

お互いに年も近く、学びを真剣にしているのは同じだったが、コイツ、何か隠していることがあると分かったので、それを禅問答の中の質問で聞いてみたのさ。

 

その質問は、何だったの?

「親とは、なんぞ!子とは、なんぞ!人生において、親子が一生、続く意味を解いてみろ!」

と言うと、その若坊主は、まともなことを言おうとしていたのに、涙が溢れて止まらず、3秒間、間が空いたので、負けになったのさ。

そうさ、3秒も時間があってすぐに答えられない人間は、その言葉の意味を腹の底からわかっていないので、俺たち「禅問答勝負の世界では、バカ」と呼ばれるのさ。

「勝ったほうは、負けた奴を、一生、バカ」と呼び、本人が再チャレンジして勝つまでは、幾つになっても公の前でも「バカ」と呼ばれ続けるし、3回連続で負けると、最も坊主をバカにした言葉の「小僧」と呼んで良いのさ。

昔、俺が対決した京都の有名な高僧は、100名の弟子の前で俺に負けたので、いつでもどこでも俺は「バカ」と呼ぶし、あいつ、3回連続で負けたので、俺はアイツを「小僧」と呼んで良いんだが、さすがに100名の小僧を抱えているお寺だったので、公の前では「バカ」で止めておいたのさ。

 

その「バカ坊主」は、偉い人なの?

そうさ、偉いらしいぞ!

だってな、その坊主にお経を唱えて欲しければ、最低100万円を包まないといけないし、それ以上の家族や小僧たちにも食べ物を振る舞うのが礼儀だから、奴にお経を上げさせると、300万円くらいはかかるだろうな。

 

そんなに、そのバカ坊主のお経は素晴らしいの?

全然さ・・・。あまりにひどくて、俺が吹き出したくらいだぞ!

 

どういうふうに、噴き出すほど酷かったの?

唱える文言は途中で間違うし、言わなきゃいけない言葉を忘れるし、言ってはいけない言葉も口にするし、まあ、修行僧でも最低だから、本当は「小僧」と呼びたいんだが、あいつ、京都では最高ランクらしくて、とんでもないお金も儲けているし、ヤツが口を聞けば、あらゆる場所の問題が解決すると言われているのさ。

本当は、奴はお金を払って、プロの専門家を後ろに座らせて、問題解決をしていたことを本人から聞いたんだけどな(^^)

昨日までここにいた中に、その「大バカ坊主」も、いたんだぞ!

京都から「そちらに伺ってもよろしいでしょうか?」と電話があったので、俺はこう言ってやったのさ。

「お前一人だけ来るなら、それなら受けてやる。

でも、もし、10名も、20名も連れてきたら、こちらも邪魔なので、お前の配下のバカ坊主たちは連れてくるな!と言ってやったのさ。

そしたらアイツは、「すいません。私はもう何十年も、自分一人でいたことがないので、一人で袈裟も着れないし、お経もほとんど忘れているので、いつも声を出さない「空お経」でやっているので、すいませんが、3名だけは許して下さい!お願いします!」と言ったのさ。

もう、本当にバカだろ?

俺に禅問答で負けたのに、そのあと修行をやり直すこともせず、またいつものように酒と女にうつつを抜かしているし、海外に行けば博打をやりまくる、本当にバカな奴なのさ。

そんな奴のお経は、聞きたくないだろう?

はい、私はいつも、どのお坊さんのお経を聞いていても、お経を読んでいる人の心の中の想いがわかるので、腹が立ったり、気分が悪くなったりするので、お経の途中で席を立って外に出ることもよくあります。

でも、住職のお経は歌を聞いているように清々しい気持ちになるし、いつも天の神様が祝福してくれているような気持ちになるので、何時間でも聞きたいお経です。

 

そんなに褒められたことはないな(^^; 褒めてくれて、ありがとうな。

ただな、これだけは覚えておけよ!

「禅問答」で勝った場合、どこの宗派であっても、そのお寺の最高の場所でお経を上げることができるのが「勝者の習わし」なので、俺は京都の最高のお寺の一番奥の部屋でお経を上げたんだぞ!

 

そうなんですか?そのお部屋で住職の「お経をもらう」と、いくらぐらいするんですか?

まあ、最低500万円だと言っていたな。

だからよ、最もお経で難しいのがあってな、全部読むと1時間半かかるお経を唱えてやったのさ。

勝負に勝った俺がお経を上げる場合は、どんなことがあってもその場を立ってはいけないので、トレイにも行けず、足がしびれても、立つことは許されないのさ。

だからこそ、最高に長い時間のお経をしてやって、毎日、朝晩、拝んでいないことを、体をいじめてわからせてやったのさ。

 

それは、イジメですよね?住職!

そうさ、思いっきりイジメさ(^^)

そのバカ坊主が連れてきたNO.2の若坊主に、俺が、「マナブに質問してみろ!」と言っておいたのさ。

 

だから、あの若坊主は、急に私に質問したんですね。

私の顔を見た瞬間に、どの質問にするか考えていたけど、最後に思った質問をしたので、バカな大人だと思いました。

「君は、マナブ君かい?ひとつだけ聞いて良いかな?君のお年は幾つかな?」

カチンときたので、こう言ってやりました。

 

あなたが聞きたいのは、私の「肉体年齢」ですか?

それとも、私の「魂年齢」ですか?

私はものすごく生まれ変わっている回数が多い魂なので、あなたの質問に答えるには、次元を超えて回数を聞かなければいけないし、今回、自分の親を決めて、この田舎町に生まれることも、自分で決めて生まれています。

あなたは年齢じゃなくても、もっと気の利いた良い質問をさっきまで思っていたのに、どうしてその質問を私にしないのですか?

私は、その質問に答えるほうが面白そうなので、今のは前座として、このあと、本当に聞きたいことを聞いて下さい。」と言いました。

そのバカな若坊主は、一瞬、ためらったあと、私にこう聞きました。

 

「この世に生を受けたもの、全ての意味と価値を答えよ!」でした。

「なあんだ、大したことない質問だから、あと三つ、質問して良いですよ」と言うと、「今の答えを聞いてから、判断するからすぐに答えよ!」と威張るんです。だから、こう答えました。

 

まず、「生の意味」を知りたければ、「死の意味」を解かねばなりません。

あなたたちは坊主なので、当然、死に向き合っている時間が長いからこそ、まず、私に「生の意味」を聞く前に、自分の知識をさらけ出す意味で、ひとつの気づきを口にしてから、質問をするのがルールのはずですよね?

知ってますか?「禅問答の正しいルール」を・・・。

もう、この返答で顔が真っ赤になったので、会話が止まりましたが、その時、ナイスタイミングで、住職が彼の頭を扇子で殴ったんです。

もう、さすが住職!と思いました。神様の罰みたいでしたよ!

 

そうか、そういうタイミングだったか・・・。

あの時、お経が終わったばかりだから、長い行列で歩いている途中で、どうしても、あのバカ坊主を叩かないといけない気がしたんだ。

じゃあ、よかったんだな、あの罰は!

最高です!さすが、高僧を打ち負かした住職です!!!

 

 

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