「魂の封印」を完全に解き放つ!!

戦争仕込みの往復ビンタ 10 二度、戦地に行った祖父

◯戦争仕込みの往復ビンタ

岡山県の大学へ行くと決まった時、祖父を尋ねて、これまでのお礼のご挨拶をしに行くと、私にこう尋ねてきました。

マナブ、お前はヘリコプターに乗ったことはあるか?

ないですよ!こんな田舎でヘリコプターなんて無いし、どうして、そんなことを聞くんですか?

俺はな、二度、ヘリコプターに乗ったのよ。

どういう理由で乗ったんですか?

どちらも「鉄砲の弾」に当たって、緊急搬送でヘリコプターに乗ったのさ。

普通、弾に当たった軍人の緊急搬送は、そのまま、日本へ病院送りになるし、回復が遅い場合は実家に戻されると、戦争に行った「本家のおじさん」から聞いていますが、どうして、爺ちゃんは、二度もヘリコプターに乗ることになったんですか?

普通なら、きっと、俺も日本へ送り返されたはずだ。

でもな、俺は敵軍と銃撃戦になった時、あまりに興奮していたので、自分の左肩に弾が当たったのに気づかず、そのまま打ち続けていて、結構な人数を弾に当てたんだぞ!

俺はな、敵の人間を撃つ時も、「心臓」は外して撃つのさ。

誰だって、死ぬのは嫌だろう!

少しでも、相手の戦力を弱めるために弾を打てばいいだけなのさ。

俺はいつも、敵に怪我をさせて、撤退させるために弾を打つが、もし、自分がやられる時は、いつでも死ぬ覚悟をしているので、痛みや苦しみや感覚がないまま死ぬまで戦うと思うな。

爺ちゃんは、戦争で何人の敵兵に弾を当てたの?

25、26名までは数えていたが、それ以降は「一斉射撃」になるので、誰の弾が当たったかは、わからんな。

じゃあ、「一斉射撃」の前までは、一人づつ、相手を狙って打てたの?

そうさ、最前線で誰かが撃つ時は、もう一人が後ろにいて、望遠鏡で打った弾が左にずれたか、右にずれたかを「教える役目」なのよ。

それでな、前で弾を打っている人間が撃たれた場合は、後ろの人間が、自分双眼鏡を後ろの人間に渡して、「自分が打つ番」になるのさ。

だから、ずっと、日本陸軍は「弾を打ち続けられた」から、強かったんだね。

そうさ、どんどん接近戦になっていけばいくほど、相手の塹壕(ざんごう)まで「穴を左右に掘る役目の人間」と、「敵を打つ人間」と、「後ろで弾の着弾を確認する人間」がいるわけよ。

俺は体もデカいし、力もあるし、農家なので目がいいから、俺の鉄砲はよく当たったぞ!

俺の「班(6名)」の隣にいた体がでかい奴は、怖くて震えて相手に鉄砲を打てなかったので、「俺に弾をよこせ!」と言って、ソイツの分まで相手を打ち続けたさ。

だってな、後ろの若い奴は背が低くて目が悪いし、その後ろの奴は足に怪我をしていたので、自分で塹壕(ざんごう)を掘りながら、銃を打っていると、「弾をこめる時間」がもったいないので、三人分の弾を一人で打ち続けたぞ!

両肘をついて鉄砲を打つ「伏せ撃ち」の姿勢のままで打ち続けていると、どこかに「弾」が当たっても気づかずに打ち続けられるのさ。

少し、体を横にずらそうとした時、左手がダランとなって、自由に動かないので、よく見ると、「左肩を弾が貫通」していたので、出血していることにやっと気付いたのさ。

でも、まだ、「打ち方止め!」の号令が無いので、そのまま片手で打ち続けていたのさ。

「後退!!!」と号令が聞こえたので、少しづつ這いながら後ろに下がっていくと、救急班が待っていて、俺を担架に乗せてヘリコプターに乗せたのさ。

しばらく、ヘリコプターに乗っていると、野戦病院に着いたので、緊急手術をして、血管と筋肉と皮膚を縫い合わせたのさ。

当時は、まともな医薬品もないので、皮膚を縫った針と糸は、「裁縫道具の木綿糸」さ。

動くとすぐに切れるから、「3重にしてくれ」と頼んで縫ってもらったのさ。

「日本へ行く船がまもなく出るので、日本へ送りましょうか?」と医療班の兵士が聞いてくれたが、俺は、「このままさっきの戦地へ戻してくれ!」と頼んだのさ。

どうして日本へ帰らないのかと、医者も看護師にも説得されたが、俺は一度、死ぬ覚悟をした人間なので、「死なせてくれ!」と言って、またヘリコプターに乗ったのさ。

さっきの戦地に戻ると、俺の班の仲間がいた場所より前は全部、殺されて、ずいぶん撤退していたし、班をまとめる「小隊長」も怪我をして命令を出せない状態だったので、俺は一番後ろにあった「迫撃砲」を見つけて、自分の片腕で大砲と弾を抱えて、一人で打つ準備をしていたのさ。

迫撃砲を打つための弾と大砲を一人でズルズル運んでいたら、一番後ろにいた奴が手伝ってくれて、ヤツに迫撃砲を抑えさせて、俺が紐を引っ張って、迫撃砲を撃ったのさ。

だってな、そいつは右腕が無い奴で、「自分の左手は紐を引く握力がありません!」と言うので、俺が右手を使って弾を打ち、あいつは、左手を使って弾をこめてくれたのさ。

この攻撃のおかげで、味方の陣地も守れたし、敵軍が一時、打ち方をやめたので、こちらもやっと、「攻撃停止命令」が出たのさ。

テントに戻って左腕を見ると、三重に縫ったはずの傷口がパッカリ開いていたので、金属の針金で、もう一回、大きく筋肉に針金を刺して、傷口を縫ってもらったのさ。

そうでもしないと、すぐに「破傷風」になって傷口が腐るから仕方がないのさ。

俺は体がでかいので、暴れると大変だと思ってか、6名が俺の体の乗っかって動けなくしてから、針金で腕を縫ったのさ。

だから、ほら、見てみろ!

縫った「針金の跡」が、左肩にブツブツと穴が空いているのが、わかるだろう、ハハハ(^^)

「じいちゃん、バケモノみたいに、忍耐強いんだね?」

俺を「バケモノ」と呼ぶな!!!

俺を「バケモノ」と呼んでいいのは、あの時、一緒に戦って死んでいった奴らだけだ!

俺を押さえつけていた6名に、針金で腕を縫ったあと、「全員、横に並べ!!」と言ってから、一人づつ、「往復ビンタ」を食らわしてやったのさ。

だってな、痛いし苦しいし、もがきたいけど、奴らの体重が重すぎて、針金で縫う痛さより、重さが苦しかったので、頭にきたのさ。

でもな、みんな「往復ビンタ」をもらって、笑っていたのさ。

「俺たちは戦友だ!俺たちは戦友だ!岩渕に、ビンタしてもらったぞ!」と自慢げに笑っているのさ。

あいつら、バカだろう・・・(^^)

まあ、俺とアイツらは歳の差はあるが、同期で入隊した仲間だし、俺は二度目の戦争経験者なので、「誰が死んでも、一切、泣かない約束」をしている仲間だから、辛い時、苦しい時、痛い時、泣きたい時は、お互いに「往復ビンタ」をすると決めた戦友なのさ。

それが命をかけた「男同士の信頼」ってもんなんだ。

お前、わかるか?この男の気持ち?

はい、わかります!

私は泣き言も、苦しさも、言い訳もしませんが、いつでも、爺ちゃんのビンタなら受けてみたいです!

やっぱり、お前は俺が見込んだ「孫」だな。

たくさん孫はいるし、兄弟姉妹もたくさんいるが、お前だけは戦争に連れて行ってもいいと思えるくらい、覚悟が「戦友」だ!

また、戦争が始まったら、一緒に、戦いに行こいうな!

はい、いつでもお供します!!

ところで、どうして、その右足を太ももから、バッサリ切ることになったんですか?

これか・・・これはあまり恥ずかしいので言いたくないが、さっきの戦いで、俺が「迫撃砲」を打ったろ。

その戦いのあと、テントで祝勝会をしたんだが、俺の「迫撃砲をお祝い」だと言って、みんなが自分の酒を持って来たけど、俺が乾杯の後の「バンザイ」で、右手しか上げてないのを「上官」が見つけたのさ。

「お前は、日本国陸軍の兵士として、仲間が祝ってくれているのに、両手を上げないのか!この非国民め!」と十発くらい往復ビンタをされたかな・・・。

でも、俺は、往復ビンタをされる時に、どうやれば痛くないかを体得していたので、そのあと、二十発ビンタ、三十発ビンタと殴られ続けたけど、全く倒れもせずに立っていたので、「お前は、バケモノか!」と、「上官」に言われたのさ。

それから俺のあだ名は、「バケモノ」に決まったのさ。

でも、いくらマナブでも、お前に「バケモノ」とは呼ばせないからな!覚えておけよ!

この「小隊長」は、いくつも班(6名)と分隊(12名)も抱えている親分なのに、最前線で部下たちが殺された時に、自分だけ逃げ帰ってきた卑怯な奴なのは、誰もが知っていた奴なのさ。

みんなは俺に、「小隊(60名)の命を任せた方が良い」と言ってくれたが、それは「上官命令」が出ないと決められないので、俺は黙って見ているしか無いのさ。

そこに250名の部下をまとめている「中隊長」がやってきて、「お前の部隊は全員、戦死したのに、なぜ、お前だけ生き残ったのか!」と小隊長を往復ビンタしたのさ。

10発くらい、往復ビンタをしたかな・・・。

その小隊長は、子供みたいに膝を丸めて「僕は悪くない・・・僕は悪くない・・・」と泣いているガキと同じだったのさ。

だってな、奴は大学出の「エリート官僚」で、本当は戦地に赴くはずは無い人間だったが、戦況があまりに悪くなったので、急に訓練もせずに、戦地に送られたボンボンなのさ。

バカのひとつ覚えみたいに、「私は悪くありません!」と泣き言を言いやがったので、聞いてた全員が、悔し涙を流して泣いたほど、そいつは誰の信用も得られない「バカ士官」だったのさ。

戦争ってのはな、まず、「仲間を信じること」から始まるのさ!

頭の悪い奴もいるし、臆病な奴もいるし、いつも逃げることばかり考えている奴も、たくさんいるさ。

それは、当然、だろ!

誰だって、死にたくは無いもんな!!!

でもな、俺は二度目の戦争だから「死に対する覚悟」だけは人一倍、あったので、俺の部下たちは「全員、死ぬ時は一緒だ!」と誓いあった「仲間」なのさ。

まあ、武士で言えば、「同士」だな・・・。

俺の隣の班の「班長」も、自分のことばかりしか考えない人間だったので、俺は周りの幾つもの班の部下たちをいつも面倒見ていたので、誰もが「俺の言うことならいつでも死にます!」いうくらい信頼関係はあったぞ!

本当はな、俺を「小隊長」にしたかったと「中隊長」も言ってくれたんだが、「この戦況では誰が生き残るかわからないので、もし、俺が生き残ったらお前を小隊長か中隊長に推薦する」と言ってはくれたが、結局、アイツも死にやがったのさ。

軍の命令は、何があっても「階級が優先」だから、俺がいくら信頼があっても、「士官」にはなれないのさ。

でも、翌日の戦いで、その小隊長も撃たれて死んだので、俺は「中隊長」から直接、「階級は与えられないが、お前に小隊(60名)全ての命を任せる!」と言われたので、新しい編隊を組んで、翌日は、俺が「小隊長の代わり」として戦いに出たのさ。

みんな、よく戦ってくれたぞ!

自分が撃たれて死ぬ時に、最後に俺のほうを振り返って、「ありがとうございます!」と言って死んでいった奴らがたくさんいてな・・・、俺も泣きたいが、他の奴らをどう生き残らせるかだけを考えて、毎日、戦っていたのさ。

そんな「小隊長の代わり」をしていた俺をビンタしたもんだから、みんな本気でその小隊長を殺したいほど憎んださ。

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ところで、この「足の件」はな、これはその数日後、みんなで銃の手入れをしていた時、俺の前にいた若い兵士が、まだ「銃の扱い」に慣れていなくて、銃が暴発したのさ。

本当は、弾が貫通してくれれば、縫えば済むんだが、運悪く、骨に当たったところで弾が止まったので、野戦病院の医者では手術ができないし、ヘリコプターで移動しても時間が掛かるので、破傷風になる前に足を切ることになったのさ。

でもな、補給物資も来ないので薬も無いし、メスも無いし、看護師は全員、日本に送り返したので、医者と俺たちとで、どうするかを決めたのさ。

足を温存すれば「破傷風」になって、あちこちの内臓も他の臓器もやられるが、もし、ここで足を切断すれば、「体は生き残る」と医者が判断したので、切ることになったのさ。

木のドアを5枚くらい外して重ねた上に俺を寝かせて、縄で身体中を縛りまくって、手足も一切、動かなくしてから、酒が弱い俺に、工業用アルコールをがぶ飲みさせて、男4名で木を切るための長さ2m以上のノコギリで足を切ったのさ。

あのノコギリは、太い樹を切るために使う物なんだが、俺の体の最も太い骨を切るには、あれしか無かったんだってよ!

もう、そのあとは俺は痛すぎて失神して何も覚えていないけど、目が覚めたら三日後だったし、ヘリコプターの上から焼け野原になった戦場をずっと見ながら港に着いたんだぞ。

そのまま日本に船で送り返されたが、俺は、「次に手術する時は、自分が生まれた場所でやる」と決めていたので、函館から歩いて帰って、医者に診てもらってから、やっと、骨に引っかかっていた「弾」を取り出したのさ。

ほら、これだ!

この弾が、俺の足を一本、取りやがった弾さ。

もう少し体が動けたら、もっとたくさんの敵兵を撃てたんだが、片足だと、打つ時に、うまく踏ん張れないのさ。

まあ、これで一生涯、俺は「半人前」になったので、自分みたいに愚かな人間は早く死ぬしかないと思っていたのに、「傷痍軍人」に認定されたおかげで、家族が豊かになったし、そのお金で田んぼを買って、今の「稲作農家」になれたんだ。

お前もなあ、人生で、「これで終わり!」って思うくらい辛い時があったら、俺のこの体験を思い出せな!

爺ちゃんが、戦地で足をノコギリで切られる痛みを思い出せば、人生の苦しみなんて、甘いもんだろ!(^^)

・・・・・、さすがに、何も言えません。

僕は自分がそこまで限界の状況で、そうできるかを今、自問自答しています。

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まあ、「人生で死ぬほど苦しい時は、二度しか来ないらしい」ので、三度めは「死の苦しみ」だと、お釈迦様が言っていたぞ!

爺ちゃんは、仏教も勉強したのですか?

戦地ではなあ、いろんな宗教の奴らがいるわけよ!

母親たちは、自分が信じている「宗教の本」を持たせて若い奴らを戦場に送り出すが、まともに字も読めない奴もいるので、全部を俺が本を読んでやっていたのさ。

そうしたらな、自然に、いろんな「宗教の本」を暗記してしまったのさ。

なんとか「宗教の教え」とか、なんとか「宗教の言葉」とか、夜が長いのでたくさん本だけは読めたので、俺は字が読めない奴らの本も読んでやったし、字が書けない奴らの「家族への手紙」もたくさん書いてやったのさ。

それが、「できる人間の役目」だろ!

当然のことだよな!!!

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でもな、俺にも、できないことはあるのさ!

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・・・・・・何?何でもするから言って!

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俺がこの戦争に、2回、行った話しはしたよな?

最初は26歳の頃だったが、人数もたくさんいたので、死なずに済んで戻ってきたが、終戦が近づくと、日本の状況が悪くなったので、「一度、戦争に行った人間の二度目の召集は無い」と決まっていたはずなのに、急に、「赤紙」が届いたので両親は、泣いていたさ。

それほど、日本が負ける確率は上がっていたのに、ジャブジャブ若い者たちを死なせるので、俺みたいな年寄りまで戦争に来い!と、二度目の「赤紙」が来たのさ。

確か、38歳頃だったかなあ。

一度目の戦争は、もしかして「神風が吹くかも?」と誰もが思っていたが、俺は日本の経済状況も把握していたので、「この戦争は負ける」と最初からわかっていたのさ。

二度目の召集令状が来た時、誰もが「本当に死ぬ」とわかっていたので、「希望」なんてあるわけないのさ。

それでも行かなきゃいけないのが「戦争」だから、もう、二度と戦争なんて、してはいかんのだよ。

世界のどの国の若者たちも、「自分から死にたい奴」なんているわけないだろう!

死にたい奴だけで戦わせればいいのに、覚悟が無いっていうのか、意気地がない人間をいくら集めても、戦争には勝てないもんなんだ。

そんなことは、歴史を調べば、わかることさ。

お前は、馬鹿じゃないと思うから、戦争には行くなよ!

行けば、必ず、誰かを殺さないといけない世界だからな・・・。

こんな話も一切、「話してはいけない命令が出ている」のだが、お前には俺が体験した全てを伝え残したいと思ったのさ。

だから全部、教えたが、まだ、絶対に、誰にも言うなよ!

このことを誰かに話したら、家族全員が憲兵に捕まるからな!

俺が死んで、しばらくして、世の中が平和になった時に、誰かに伝えてくれな!

日本人が日本を守らなくて、誰が日本を守るっていうんだ!

共産党みたいなバカな奴らの言葉には、惑わされるなよ!!

これが、最後にお前に伝え残す体験談だ!

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さあ、ションベンに行きたいから、「お前の左肩」を貸せ!

俺は普段は絶対に、「人の肩」を借りないんだが、今日は、この話をしたので、もう、二度と、人にはしない。

この話を聞いた「責任」をお前に背負わせるためにも、俺に「左肩」を貸せ!

これは、命令だ!!!

「右肩」は命を掛け合った戦友に貸すもんだが、「左肩」は、心がつながった人間が最後の時に貸す肩だからこそ、マナブ、お前は俺に「左肩」を貸せ!!!!

爺ちゃんの「最後の命令」だから、ちゃんとトイレまで、俺を運んで行け!!!

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これが、爺ちゃんとの、「最後の本気の対話」でした。

祖父が、二度目の大東亜戦争に駆り出されたのは、38歳の誕生日が近い時だったそうです。

マスコミでは、大東亜戦争の「若い兵士の死」を悼む番組が多いですが、実際は、多くの老兵が、何度も戦地に駆り出されて、「最後の日本の戦い」をしたそうです。

負けると分かっていても、「拒否できない時代」に生きていた人たちの気持ちに、少しでも「添える生き方と発言」をして下さい!

このあと、祖母が亡くなり、孤独になった祖父は自殺を試み、精神病院送りになりましたが、私にできるのは、この「戦争体験者の事実」をいつか、世の中に伝えることだと、心に誓いました。

祖父の死から35年たった、今、初めて戦争へ行った人間の実態を世の中に公開させて頂きました。

GHQの「日本国内言語統制」によって、戦争体験者は、戦争のことを、一切、語ってはいけない「強制的な命令」が出たため、どこの誰でも本当のことは話せないまま、日本軍人たちは死んでいきました。

私の母も、父も、兄も、従兄弟や、兄弟姉妹たちも、誰も「戦争体験者の生の言葉」は聞いていないので、これが「最後の日本の戦いの実態」です。

どうか、何も知らずに「戦争を良い悪い」で言うのはやめて下さい!

誰だって、死ぬたくないのは同じです!

お盆は過ぎましたが、いつでもいいので、この日本を大切に思う人たちは、全国にある「護国神社」や「靖国神社」で英霊たちに自分が「この国を守る!」と宣言して下さい。

国を守るためにも、「精神性」は必要だからこそ、私は日本人が大切にしてきた神と仏が一体となった精神性の「神仏心」を伝え続けているのです。

「ご先祖」は、あなたが死ぬまであなたの意志を支えてくれるはずです!

どうか、「ご先祖」に恥じない生き方をして下さい!

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