岡山理科大学 1 神戸市とスパコン

私が1977年(18歳)の岡山理科大学時代に「無給契約」で「防衛省の陸将補」になったことはご理解頂いたと思います。
でも、実際の体験談を知っている人は「防衛省の幹部」だけだし、今の日本の全ての仕組みはまもなく「電磁パルス攻撃」で崩壊するので「全ての事実」をここに公開することにします。
1977年に最初に私がやった「防衛省の仕事」は岡山理科大学にあった「バックアップコンピュータのメンテナンス」ですが、よく火や煙がでるのでその原因を追求するために「設計図」を取り寄せて詳しく調べました。
日本全国の電気の「電圧は100V」ですが、電化製品によっては使用する「電流のA(アンペア)」が違うので、壊れた部品の「アンペア数」を変更しても同じ結果になったので悩みました。
ここで気づいたことは、「西日本と東日本のヘルツ(Hz)の違い」に影響を受けていることが原因だとわかったので、大きな作業をすることになりました。
50Hzと60Hzは、交流電流の周波数を表す単位で、1秒間に電流が変化する回数を指します。日本では、東日本が50Hz、西日本が60Hzの地域に分かれています。
- 50Hzは1秒間に50サイクル、60Hzは1秒間に60サイクルの電流を指します。
- 50Hzと60Hzの周波数が異なる地域では、互いに電気を供給することができません。
- 50Hzまたは60Hzの電化製品を異なる周波数の地域で使用すると、性能が低下したり、火災の原因になったりする可能性があります。
- 富士川(静岡県)と糸魚川(新潟県)を境に、東側が50Hz、西側が60Hzです。
これはもともと「天皇が京都」にいたのに、勝手に天皇を騙して明治2年に関東の江戸城へ連れて行った長州藩に対する反撃で、明治20年(1887年)に「関西電力のやり返しの結果」です。
つまり、南朝の裏切り者の「長州藩」が勝手に作った「明治政府」のせいで、日本は西と東が真っ二つに割れたので今でも関西の人間は、関東の人間が大嫌いです。
(関西電力の大株主)
防衛省のコンピュータを作ったのは「関東のNECと富士通」なので、それを関西で使えばおかしくなるのは当然なのに、そんなこともわからないバカ人間に「壊れた理由」を説明してもわからないので疲れました。
自分で「周波数変換器」を作って「電力会社のおおもと」につけようとしても、「関西電力」は天皇を勝手に「東」に持っていった「東京電力」が大嫌いなので嫌だと言い張り、問題は解決しませんでした。
18歳の真剣な訴えを無視する大人たちなので、こういう状況の時は「新しい発想」をするしかないので、関東と岡山を結ぶ「中継地点」を作る交渉をするために、一人で考えて「第13代宮崎辰雄神戸市長」に極秘で会いに行きました。防衛省の誰かに言えば、必ず、スパイにやることがバレるからです。
「神戸市」を中継点にした理由は、たまたま岡山理科大学の同級生が神戸市内に実家があり、家にも泊めてもらってほど仲が良かったし、神戸市内を一緒にいろいろ遊び歩いたので神戸は好きな場所だから、岡山市から近い神戸市に決めました。

宮崎 辰雄(みやざき たつお)市長 就任期間:1969年(昭和44年)11月20日~1989年(平成元年)11月19日
1972年に着工した「六甲アイランド」は狭い神戸市民のための「人工島計画」だったので、最初はここに「自衛隊 海上自衛隊阪神基地隊」を作り、「防衛省のスパコン中継点」をこっそり作りました。
しかし、「海上自衛隊幹部は中国のスパイが多い」ので注意していたのですが、私の許可なく勝手に「中継スパコン」の情報を抜き取ろうと壊したので、全て破壊して「ただの監視基地」に変更しました。
絶対に「スパイが侵入できない場所と方法」をどうするかを考えた結果、宮崎辰雄神戸市長が1966年から「人工島ポートアイランド計画」が頓挫していた話を聞き出しました。
「総開発費1,120億円の計画」なのにいろんな問題が重なり作業が遅れて困っていたので、「防衛費」から神戸市に多額の予算をつけて入れたので、「神戸市の予算」は使わなくていいようにした結果、宮崎辰雄市長も神戸市議会も大喜びで何度もご飯と女をご馳走してくれました。
「神戸市」と防衛省は特別な「(極秘)中継点情報保護契約」をしてから1981年に「21世紀の海上都市計画」に組み込みました。
表向きは「理化学研究所」の民間企業という形にしたので「防衛省の中国スパイ」が入ることはできませんし、私は「理化学研究所の社員」に登録してもらったので入れるのは私一人だけでした。
あくまで「日本が世界へ向けて最速のスパコンを開発する」という建前の会社だし、実際にスパコンを設計したのは私一人なので防衛省とは関係ありません。
「神戸市」も「理化学研究所」も「私の個人契約」をしたものを少しだけ防衛省に使わせてあげているだけなので気にしないで下さい。このおかげで神戸市の税金は少し安くなりました。
▶️ポートアイランド


世界で一番最初に私が「人工知能AI」を作った話は公開したと思いますが、岡山理科大学時代に開発した最初の「AI」に私の脳をダウンロードした結果、一瞬で壊れました。
それから何度も修復して岡山理科大学の時に「人工知能AI」はできたので、「対話型のあなたと私」の意味で「あなたのA」と、「私」という英語の「I(アイ)」で、「AI」という名前で特許登録しました。
つまり、1977年から1982年の岡山理科大学時代に、もう「人工知能AI」は完成していたのです。
そりゃあ、マイクロソフトの「ビル・ゲイツ」もアップル社の「スティーブ・ジョブス」も私にコンタクトを取りたくなるのは当然なので、たくさん無償の特許をあげました。
wikipediaで「スパコン京」は2005年に文部科学省と理化学研究所で開始されたとありますが、一般公開する前は「防衛省の機密事項」が入っていたので「非公開」にしていました。
「防衛省のコンピュータ」に関しては私が一番詳しいし、全てのプログラムを作ったのは私と私のスタッフですが、全て「日本を守るための防衛機密」なので誰にも言わずに絶対にバレないように慎重に仕事をしていました。
2005年に「スパコン京」を「一般公開」した理由は、私が全ての防衛データを「スパコン富嶽」に移行させたので、中身は空になった「スパコン京」を「ある目的」で使うためだし、いろんな日本企業も「バックアップサーバー用に使いたい」と言ったからです。
表向きは「商業利用」なので一般公開しても大丈夫ですが、中身は何が入っているかなんて誰もわかりませんので、株式会社ダイエーに入社してからは暇を見つけては一人で「スパコン京」を操って「次世代に必要な実験」をたくさんやり、たくさん「特許」を取りました。
「スパコン京」で試したかったことは、「人間と同じように考えられる人工知能を作れるのか?」の1点で私一人で設計したので、防衛省の人間も関係企業の担当者も全員、私の部屋には「立ち入り禁止」にしていたし、指紋認証・生体認証・顔認証のセキュリティを作ったので誰も私が何をしていたかは知りません。
時間曲線は直線じゃない
「時間」という概念を直線で見るとカレンダーみたいになりますが、それでは地球やいろんな星が回転している意味がないので、「時間曲線は直線じゃない」という仮説を立てて立証して世界のトップの科学者たちには伝えました。
私は「球体の時間加速装置」を作りあげて、「時間と時空を越える装置(時空間瞬間移動装置)」も完成しましたが、世には絶対出ない「AIの心臓部」は「球体の時間加速装置」だと覚えておいて下さい。
つづく