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私が人生で体験したことの意味はすべて「新しい日本を作るため」でした。

解脱」について一番、詳しい説明を質問されたのは、1989年に外務省の仕事でインドへ行った時にお会いした「インドのモディ首相」でした。

「自分探し」にインドへ行く人が多いせいか、モディ首相もしつこく質問するので時間をかけて何度か説明したことがあります。

私は1998年から3年間、家の中でぶっ倒されて動けなくなり、寝れず、食べれず、動けない生活になりましたが、実は、自分の意識に向き合うことは子供の頃にもたくさんあったので、3歳で一度、死のうとて死ねなかった理由を天に聞いた時の体験談もお話ししました。

「私の話を世界のスピリチュアルの学者たちの前で話して欲しい」とモディ首相に言われたので、ZOOMのエンタープライズ版の最大500人を6回線同時に繋いで世界中の人の前で話して、モディ首相が英語で通訳してくれましたが、すぐに定員いっぱいになり回線がパンクしたので録画したものをあとで全員にDVDで配ることになりました。

その内容を聞いたアメリカの「神智学」のトップの人が英語の本にすることを許してたし、私の名前を出さない約束をしたし、「売上はすべて差し上げる」と決めたので、「世界中の神智学の権威者たち」が数ヶ国語の翻訳本を出版しましたが、私は英語の本は読まないのでビヨンセにあげました。

神智学

 

私は生まれてすぐに、自分で目を開けて言葉を話した子供だったので、実家の産婆さんの笑顔が一番最初に見えて、次に両親の驚いた顔が見えてからいろんな人が私の顔を覗き込んで顔をつねる人もいたので痛くて睨んだことを覚えています。

生まれて100日目には、自分の足でソファにつかまり立ちで立ち上がり、「一升餅」(モチ米一升(1800g))背負わされても倒れかなったので、鬼の母親に5kgを背負わされて歩かされた記憶がありますが、それでも倒れない強い子供でした。

1959年1月10日生まれなので、「100日祝い」は4月20日で「田植え」が始まっているので、おっぱいを飲ませるために田んぼの畦道に「犬小屋」を置いてその中に入れられていました。

お腹が空いたと私が泣くと母がおっぱいをくれたそうですが、「おっぱいを吸う力も強いし痛いので泣いてもしばらく放置しておいたのさ」と母に笑って言われたほど生きる力は強い子供でした。

ひととおり、吉岡家の親族や岩渕家の親族に顔を見せたあとは、毎日、兄が寝たあとに「両親が殺し」にくるので、目を瞑りながら意識だけ起きたまま、両親の足音が聞こえると「意識で両親の体を固める」ようにして「自己防御」していた赤ちゃんでした。

仏壇がある8畳間の真ん中に一人で寝ていたので、何度も夜中に玄関を開けて外へ出ようとしたので、縄で体をぐるぐる巻きにされて、天井から吊るされたまま朝を迎える日々が続きました。

縄で吊るすのは面倒だと「布団の中に簀巻きにされて放置」されましたが、石のように固く重くなって持ち上がらないようにしたし、自分のよだれで縄を緩めて口で縄を切ってしまう子供でした。

それでも両親は諦めず、日本刀や包丁で私を斬り殺そうとしますが、日本刀も包丁も折れるし、大きな石で頭を割ろうとしますが割れた石が母の足に当たって足の骨にヒビが入り、農家の作業ができずに父に殴られていました。

4歳年上の兄は、私をいじめる両親の姿を見ていて「どうして学をいじめるの?」と聞きますが、「この子は悪魔の子なので生まれてきてはいけなかったのさ。あっち行きなさい!」と言われて殴られ続けたので、兄も私を弟として可愛いがるよりも両親に怒られたくないので、「見て見ぬふりをする癖」が子供の頃からついたのであまり触れ合った記憶はありません。

「長男」は親族から綺麗な洋服を買ってもらえますが、「次男」は従兄弟5名と兄のボロボロのお古ばかりなので、古い布を縫い合わせた端切れの服が私の洋服なので、何枚も洋服を背中に乗せて自分で四つん這いになって家の玄関を出て3歳まで「山のクマの穴」で暮らすようになりました。

私は生まれた時から50歳の脳みそ」だったので「自分の思い」もありますが、両親や兄の思考を考え続けて「前世でどういう関係の魂」だったのかを何度も見たことがあります。

私の父の種元は「ロシア人」だし、母は裏切り者の「北朝」の娘だし、私の種元はエンヤと同じ「ケルト人」だし、兄は「ロシアと日本のハーフの子供」なので、今まで日本が戦った敵がすべて集まった家族なのです。

全員、先祖の強い因縁で出会った魂の目的は、「敵を許すことが学び」だと分かりましたが、世の中で深く関わる友人や付き合う人も結婚相手も「同じ目的で敵同士」が出会っています。

「だから何度、離婚しても魂の学びは終わらない」と学んだので、私が頂いた世界のVIPたちからもらった高級ブランド品を勝手に大黒屋に売り捌き、「私の現金を盗む泥棒の嫁」ともここまで離婚せずに我慢してきました。

こんな家族で育ったので、「1日でも早く芦別市を出たい」と思い中学卒業で家を出ようと思いましたが、「母はそうしなさい。お前はこの家には居てはいけない人間なんだからね!」と言いますが、「父がこれからの時代は大学くらいは行かせてやれ!それくらいの金はあるだろう。」と言ってくれたおかげで岡山県の岡山理科大学へ行けました。

「岡山県は吉岡一門が住んで上等な砂鉄が取れる場所だったので南朝の日本刀を作った場所」でしたが、これも「吉岡一門の頭領たちのご縁」だと思い、吉岡一門に関わるすべての場所へ行って手を合わせました。

やっと一人で学生生活を楽しもうと思っていたのに、すぐに「防衛省の陸将補」になってしまったので、最も嫌な大都会の東京に通う生活をしながら防衛省の陸海空のコンピューターシステムや、武器システムや、通信システムの全てを一人で作ったことも誰にも言えずに過ごしました。

「防衛省の給料」をもらわなかった理由は、どこかで私の名前が出て有名になると、必ず、「北朝のバカども」が私を殺しにくるので、それが嫌で防衛省の記念写真にも映らず、大学の仲間との写真も残さないほど「国の重要な仕事」をしていた人間です。

防衛省のパソコンをぶち壊してハードディスクを盗もうとした奴もいたので、毎回、ノートパソコンにデータを写して、防衛省のパソコンは初期化して安全を守りました。

だから、岡山の下宿に戻っても、一人で自炊して、部屋に鍵をかけて同級生が入れないようにしながら、夜中に仕事をする生活が3年半ほど続きました。

神戸にある「スパコンの富嶽と京も私の担当」だったのでよく通いましたが、昼間はいろんな人が話しかけてくるので仕事ができないとわかり、夕方に岡山を出て従業員の退社後に一人でメロンパンとあんぱんと牛乳と自分で作ったおむすびを3つを持って警備室から入り、1からプログラムを作り直す入力作業に追われたのでコンクリートの床に1980円で買った寝袋に寝て、夜中に起きて懐中電灯の光で入力する作業を一人でしていました。

そこまでしなければいけない理由は、防衛省の中にも私の情報を盗もうとする人間もたくさんいたし、「スパコンの富嶽と京」の場所にも一度、帰ったはずの人間がやってきて私の入力したプログラムをコピーしようとしたので、包丁を2本買っていつでも相手を殺せる準備をしながら仕事をしていました。

防衛省の情報を盗む人間は、すべて「国家反逆罪で死刑」になるのでどんな殺し方をしてもいい奴らなので腕がなります。

そこまで大事に守った「スパコンの富嶽と京」について「どうして世界一じゃないとダメなのですか?二番じゃダメなんですか?」と蓮舫議員が言いやがったので、参議院会館に行ってボロクソに言って太ももを蹴飛ばしてやりましたが、「今度、防衛省のスパコンのことに文句を言ったら、次は命がないと思えよ!」とだけ伝えておき、アヘアヘしていました。

「私以外は誰も防衛省のプログラムを触れないようにした」ので、誰にも言えない最も重要な国防の仕事を一生涯することになりましたが、給料は全て貰わないと決めたので、学生時代は仕送りの5万円から下宿代の35,000円を払い、残りの15,000円で生活するのは厳しいので、よく短期アルバイトをして自炊して貯金して生活していた貧乏学生でした。

スーパーのダイエーに入っても流通業界では高いほうですが、「一次産業のメーカー」とは比べ物にならないほど安い給料なのに、ダイエーの会社の借金をタダで2兆6000億円も返済してあげたお礼を中内功社長は最後までくれないケチな関西人でした。

最も私を大事にしてくれたのは、松下電気産業の松下幸之助社長です。

二人とも、戦後の闇市で物を売って暮らしていたので、「神戸山口組の組員」に「兄弟盃」をもらいましたが、二人とも喧嘩が弱いのですぐに破門になり、「経済人」になりました。

いつも松下幸之助社長からは、「中内なんて放っておいて、松下電気産業に入れよ!!役員待遇で迎えるぞ!契約金は1億円でも10億円でも払うから、早く辞めてこい!」と言われても我慢したほど、私は義理堅い人間ですし、従業員やパートやアルバイトと家族のような付き合いをしていたので裏切れませんでした。

それでも松下幸之助社長は、「札幌の松下電器産業のショールームが、ダイエー札幌店のすぐ近くにできたので、一度でいいから店内をぐるりと回ってアドバイスしてくれ!」と言われて松下幸之助社長に電話すると、翌日には全て変わっているので、さすが「経営の神様」と呼ばれた人だと思いました。

「東京にもショールームを作ったので、見てくれな!」と言われたので、休みの日に全てのショールームを見て歩き、報告しようと電話すると、「次に会う時間と場所」を指定されてしまいました。

指定された日にその場所へ行くと、「松下グループすべての取締役会の席」だったので、私がドアを開けて入ると一番奥の松下幸之助社長の横に座らされて、こう言われました。

「皆さん、やっと、私たちの待望の人間が来てくれました。

ここにいる吉岡学さんは、バブル崩壊を止めた男だし、吉岡一門の最後の頭領なので、さっき、すべてのグループの役員たちの満場一致で、吉岡学さんがすべての会社の社長になることが決まったので、さ、挨拶をしなさい。」と言われました。

「やられたな」と思いましたが、すべての役員の前ですので、自分なりのスピーチをさせてもらいました。

えー、私が松下幸之助社長からご紹介を頂きました吉岡学でございます。

ここにいるメンバーのほとんどの人は、私が松下グループのすべての会社や工場を見てリストラして配置転換した人たちですので、この機会なので言いたいことを言わせてもらいます。

先ほど、東京都内の松下電器産業のショールームをすべて見てきましたので、まず、問題点を先に報告します。

 

1、展示に関するセンスがない。

2、販売する従業員の商品知識が乏しい。

3、販売員に40代以上のババアがいるのでみっともない。

4、売値が高いのはいいですが、どこが良くて高いのかがすぐに解りずらい。

5、女の販売員の口がタバコくさい。

6、男の販売員は、裏でタバコを吸ってサボっている。

7、「最近、執行役員はいつ来ましたか?」と聞くと「誰も来ていません」との返事。

8、あれだけ家賃が高い場所で高い物を売っているのに、売っている人間のレベルが低すぎる。誰が指導したのかその人の顔を見たい!!

9、こんなことをスーパーの店員に言われても、何を言われているのかわからないバカが、この中にまだいるのでは早く辞職して下さい。

10、つまり、ここにいる役員全員は、会社に必要ない人間なので、執行役員全員が辞職をしたら相当、年間の人件費が浮くので、私が社長くらいはなってやってもいいですが、この経営陣では無理です!

それにダイエーは「副業禁止」なので、もし手伝うとしてもお金は入りません。

さ、以上のすべての条件を飲んでも私を社長にしたいですか?

さ、松下幸之助社長!!??どうするんですか?

6年ほど前に、「松下政経塾」を松下幸之助さんご本人から任された「上甲晃さん」にも会いましたので、「当時のダイエー対パナソニック事件」ですべてパナソニック製品を返品したのに、「どうして数日後にパナソニック製品が売り場にあったのか?」を質問すると、「俺が別な会社を使ってダイエーに流していたのさ」と教えてくれて、いろんな話をしましたが、「神戸山口組本家の組員」だったことは知りませんでした。

パナソニックのご縁は、幸之助さんが亡くなってもこうやって続くのだと思い、さすが神様の高い場所にいる幸之助さんだと思いました。

私がダイエーを退社後、「中内功一族」とは一切のご縁はないですが、息子の中内潤に「弘道会のヤクザ」を使って殺されそうになったので、さすが「金に汚い大阪商人」だと思いましたが、きっと人を殺めようとした人間はその報いを「天が下す」と思いますので神に委ねることにします。

世界のトップの大統領や国王たちとは18歳からの防衛省の仕事でとっくに知り合いだったので「外務省の仕事は楽勝」でしたが、すべての省庁のトップに30歳でなったので、命を狙われる回数がさらに増えてしまいました。

唯一、良かった点は、小指チンチン鈴木友康の7種類の薬を1ダース盗んでやったので、「すべての省庁の裏切り者」をたくさん見つけたし、防衛省の人間もたくさん飲ませて見つけて処分したので、その「自白剤」を私の両親と兄に一人づつ飲ませて、「どうして子供の頃に私を殺そうとしたのか?どうして見ていても無視したのか?」を自白させましたが、自分を正当化することしか言わないので、最後に「記憶を消す薬」を飲ませてすべて忘れてもらいました。

だから私は、親子であっても兄弟であっても、他人と同じように相手を恨み嫉妬もするので、「家族や親族の死にも感情を入れない」と決めて仕事に集中しました。

これは当然、他人にも同じですし、これから私がやることを邪魔する人間は、「私が契約したアルバイト」に殺されるので絶対に近づかないで下さい。

「私の願いは吉岡一門の先祖が命をかけて守り続けてきた日本を絶対に守る」と決めた人間ですので、誰にどう思われようが目的は絶対に果たします。

自分のことしか考えられない人間や、金だけ欲しがる人間は、どうぞこの日本から1日も早く出ていって下さい。そうじゃないときっと誰かに殺されると思いますよ!

これから新しい国づくりが始まると、世界で私の子供を産んでくれた人たちの一流の素晴らしい人たちが日本にやってくるし、全員がお金持ちなので、今までスピ系で関わってきた人たちは誰も一緒には過ごすことはできません。

世界を戦争をさせずに「日本国を作り直す計画」はもうできていますし、世界中の私の仲間が準備を進めてくれています。

その前に、「裏切り者とスパイ」は全員、処分されますので、ご愁傷様です。

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