母の教え:不退転の覚悟
小学生の頃から母は、ことあるごとに「教え」の時間を作るのが、我が家の習慣でした。
「まなぶ、ちょっと来なさい。ここに正座しなさい。」
また、怒られるのかと思ってドキドキして母の前に正座すると・・・。
お前、「不退転の覚悟」って聞いたことあるかい?
これは男なら必ず、必要なことなので覚えておきなさい。
私は女だからいいけど、男には絶対に必要だとおじいちゃんから言われたので、教えておくね。
「不退転の覚悟」っていうのは、何があっても引き下がらない覚悟のことで、
「男に二言はない」という武士道の精神からきている言葉なのさ。
男はね、一度、何かをやると決めたら、どんなにつらい状況になっても、どんなに苦しいことがあっても弱音を吐いたら負けなんだよ。
戦争から帰ってきた時におじいちゃんが教えてくれたけど、
「しなばもろとも」って覚悟で一緒にたくさんの兵隊さんたちと敵地にいったんだと。
でもね、やっぱりイクジがないヤツもいて、帰りたいだの、腹が減っただのブツブツ、女みたいに文句を言うヤツもいたんだとさ。
兵隊さんが出兵する時はね、お国のため、自分を産み育ててくれた両親、兄弟、近所の人の為に死にに行くんだから、「赤紙」が来た家には、どんなに食べ物がなくても、かき集めて兵隊さんの家に持っていって、出兵、おめでとうございます!
どうぞ、少しばかりですが食べて下さい」とお米や野菜を渡すものなのさ。
お金がある家はお祝い金も出すけど、食料も、お金も、もらうのは家族なのさ。
中学を出たばかりの男の子は、社会に出ればたくさんお金も稼げるけど、戦争で亡くなってしまうと家族が露頭に迷うでしょ。
だから、近所の人たちが「お祝い」という名前で、家族に何とか生き残って下さいねと、気持ちの食べ物やお金を渡す習慣があったんだ。
じいちゃんは、少しだけ食べ物を親から頂いていたけど、泣き虫の兵隊さんんに「食べろ!」って分けてあげたんだって。
一緒に死にに行く覚悟をしている人間には、優しくしなさいね。
「今の時代はそんな、死にに行くことってないでしょ!?」
だからみんな男だちがボケボケ、チャラチャラしてるアホな男ばかり増えて、社会がおかしくなっているんじゃないか!
よく聞きなさい!
男は世の中に出れば「7人の敵がいる」って、昔から言うんだよ!
それは、昨日、教わりました。
だからこそ、命をかけてお互いを守りあえる信頼のおける人間を見極めて、一緒に生きなさいって意味なのさ。
そして、男が一度、本気で決めたら「不退転の覚悟」で臨むものだと覚えておきなさいね。
なに?「ふたいてんのかくご」って???
辞典で調べて文字を見ればわかると思うけど、どんなことがあっても、後ろを振り返らず、前だけ見て生きる覚悟という意味さ。
兵隊さんが隊列を組んで歩いている時に、見送る親や家族を振り返ってキョロキョロしてたら、ぶん殴られる時代だからこそ、「不退転の覚悟」で、あんたも生きなさいね。
私も嫁に来た時に、おじいちゃんから言われたのさ。
これから嫁に行くという時に、私はお世話になりましたと両親に言うと、
お前もこれからたくさんつらい思いをすると思うが、「不退転の覚悟」で望みなさい。
夫婦は、戦争へ行く兵隊と同じなんだ。
お互いに信用しあって、何があっても相手を守らないといけないんだぞ!
頭に来ることもあるだろうし、腹が立って喧嘩することもあるだろう。
ただ、何があっても別れてはいけないぞ。
男も女も、人間は一度、本気で決めたことは振り返ってはいけないのだ。
どんなにつらいことがあっても、これからワシはお前に何もできん。
吉岡家に嫁に行くということは、そういうことなんだ。
お前が嫁に行く覚悟をした気持ちはよくわかっている。
だからこそ、ワシはお前を喜んで送り出すぞ!
二度と、この家の敷居をまたぐなよ!
勝手に、帰ってきたらぶん殴るからな!って、父さんに言われたんだよ。
結婚は出兵と同じだって聞いてビックリしたけど、あの時、父さんに言われた意味が、結婚してよくわかったよ。
お互いに違う家庭環境で育った人間が、一緒に住んでうまくいくわけないでしょ。
兄弟姉妹でも、毎日のように喧嘩するでしょう!?
それと同じさ。
だから、あんたも結婚する時は、そういう覚悟でしなさい。
そして、社会へ出たらたくさん敵もいると思うけど、一人でいいから本気で信頼できる人間を見つけなさい。
お前は私と同じで正直すぎるから、きっと、つまはじきになることもあるかもしれないけど、「不退転の覚悟」で生きなさい。
母さんの願いは、それだけだからよろしく頼むね!
怒られるのかと思っていると、母が泣きながら人生で一番、大事なことを教えてくれた日になりました。
その理由を別な日に聞いてみると・・・。
この前、じいちゃんが兵隊に一緒にいった時に、一緒に生き残って帰ってきたヤツが、あまりにつらくて、自殺したことを兵隊時代の仲間から電話で知らされたんだと。
その時のじいちゃんの声があまりにつらそうで、初めてじいちゃんが涙を呑んで電話してきた思いを感じたので、お前にその覚悟を伝えたかったのさ。
「オレは、生きててもいいのか?」
って、じいちゃんが私に聞くんだよ!
じいちゃんは、絶対に弱音を吐く人じゃないからこそ、よっぽどだと思ったけど、心配して、もし実家に勝手に戻ったら、殴られるから私は帰ることもできないのさ。
だからお前も、親を泣かすようなことだけはするんじゃないよ!
あんたが社会に迷惑をもし、かけるようなことをしたら、私があんたを殺して死んでやるからね!
覚悟しておきなさい!!!
小学4年生の時の、母の教えでした。