神気に満ち溢れている千歳神社のお祭り

●啓示・神事・祈り

9月2日、千歳神社のお祭りに行ってきました。今年6月に初めて足を運んだ神社ですが、守っている神様と人のバランスがとてもいい神社だと記憶にあったので、お祭りの様子を一度、見たかったからです。

神社のお祭りは、神職と氏子(うじこ)たちが色々な準備をして、その土地に住む皆様が家族と一緒に集まることで完成しますが、地方の神社として千歳神社は、異例なほど人が集まっていたのに驚きました。

まず出店の数が100件近くは、出ていたと思います。さらに、札幌祭りが行われる中島公園の大イベントも全て出店していたほど盛大だったので、近隣の人たちや年長者がどれほどこの神社の精神性を守る為にご尽力されてきたかがわかりました。

人ごみをかき分けかき分け、やっと本殿に挨拶をしたあと、一番、挨拶をしたかった「山神社」を暗闇の中で探しました。お祭りのライトがあたりを昼間のように明るく照らしている中、山神社の場所だけは、光が当たらない暗闇の中にあります。昼間の写真は、こんな感じの小さな御宮が三つある神社です。

夜ですし、お祭りですから写真を写すと色々な物が映りますので、今回は写真は撮しませんでしたが、相変わらず、とてもりりしく神様が鎮座されていました。自然の神を祀ることは、人間が自然と共存することを子供たちへ伝える意味で、とても大切なことだと思います。

九州の霧島神社へ行った時に、本殿の後ろの林の中にある「山神社」を見つけた時には、人間がどれほど素晴らしい御宮を建ててもかなわないくらい素晴らしい自然の神々が集うエネルギーに満ち溢れていました。

神社や仏閣、また沖縄のウタキで行われるお祭りの意味は、その土地を守ってきた方たちに御礼を伝える最も大切な行事ですので、お近くの神社やお寺でお祭りがありましたら、ぜひ家族やお知り合いと足を運んでみて下さい。

沖縄の方は、今でもウタキ(ご先祖の聖地)や地元のお祭りをとても大切にしています。沖縄から全国各地へ出て行った子供たちも、わざわざ休みをとってお祭りの時期に戻ってくるほど、その行事の意味を年長者から教えられているおかげだと思います。

お祭りが無くなることを一番、悲しむのは、実は、神様です。お祭りを支える人たちは、老人や土地の実力者が多いものですが、その人たちを支える皆様の気持ちが無くなると、お祭りも無くなります。

子供の頃、年に一度の神社の出店が楽しみでしたが、年々、減り続けて最後は無くなりました。若い世代たちが居なくなった事に加えて、祭りを支える年長者たちが高齢化したためです。

数年前に、その事に気づいて田舎のお宮の神様にお詫びに行った記憶があります。神様は、おこごとを言うのではなく、「お前のそういう気持ちがうれしい」とお礼を言ってくれました。田舎を離れた人間だからこそ、自分にできるのは年に一度くらい、ご先祖様たちを守ってくれたお宮の神様に御礼を伝えに行く事だと思います。

これまで祈りで足を運んだ全国の聖地のある大きな神様が、「昔は、盛大にお祭りをしてくれて歌や踊りを舞ってくれたのに、最近は、それがないので私たち神々はとても寂しい」と悲しげに話されたことを思い出しました。

世界の民族の歴史や精神性を学ぶとき、このお祭りで歌われる歌や行事の意味がとても大切だとわかってから、時代の流れで形は変わっても、次の世代へ伝えべき精神性や意味を正しく知っている年長者の必要性を感じました。

9月3日・4日は、私の家の土地を守って下さる琴似神社のお祭りですので、今年もご挨拶に伺いました。自分の住む土地を守ると宣言した皆様は、どうぞ、お祭りを支えて下さる皆様にも御礼を伝えて下さい。

土地を愛する大人とは、次の世代へ引き継げる知恵や言葉を持っていて、その精神性を姿勢で見せられる人のことだと伊良部島で学びました。

お祭りは、神様や仏様に一緒に手を合わせることで、神仏やご先祖、また、年長者に対する心の教育もできる一番の方法だと思いますので、まず、言葉ではなく行動で示せる大人が増えてほしいと願っています。

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました