西京都神事 小浜・常神メッセージ

西京都神事で移動中に降りた神降りメッセージをご紹介します。

このメッセージで最もご理解頂きたいことは、小浜や常神から民族がたくさん入っていたという事実です。

そして、その全ての人たちが大切な思いをこの地に伝えようとしていた気持ちを汲み取り、私たちは新しい和合へ向けて皆様が力を貸して下さるよう祈りを行いました。

日本の皇神(すめらがみ)の地として天皇制が始まった西京都は、多くの先人の気持ちを汲み取り日本を守り支える大きな土地役目があることをこのメッセージから気づいて下さいませ。
 

<<滋賀/高島~若狭/小浜を繋ぐ、若狭街道の地より 1>> 

皇神(すめらがみ) 唱えて かまえて 神のもと地へ

繋がるならば それ 我らの願いなり

賜まわれば 我らの心 それ同じく

ここに繋がりし者たちの想いと繋がる

それ、我らの太古の願いであり、想いであり

繋がりであるからこそ そのもとの繋がりを是非

そのもと地へ繋ぎたもおれ よろしく頼みます
 

※この「神の元地」がどこなのか、現在、仲間にもメッセージが降りていますので読み取り中です。日本で国内のことではなく、民族のルーツのことでもなく、世界に降りた宇宙文明のことでもなく、もっと奥深い「おおもとの魂の繋がり」のことだと考えられます。
 

<<滋賀/高島~若狭/小浜を繋ぐ、若狭街道の地より 2>> 

美島(三島)の町を追われたら この地に辿り着くまでよ

多くの物を巻き添えに 命からがら逃げ帰り

うつろいたまう 我らの想い

今宵 花見が出来るぞや

我が身 花咲きた賜えとは 終わり儚き世の常よ

ありがたきや ありがたきや

我らの想いを わかりたもうて ありがたきや

※このあたりは、竹生島を始めとして弁財天の信仰が多く 厳島神社として神を運んだ人々がいました。この人たちは宇宙から降りた女神を弁天として祀り、多くの福や喜び、命の循環を自然に感謝する心を伝えた人たちでしたが、あとでやってきた神道や仏教に追われ、この地へ戻ってきた経緯があることを知っておいて下さい。静岡の三島との関連性は、これから調査します。
 

<<滋賀/高島~若狭/小浜を繋ぐ、若狭街道の地より  3>> 

御山 栄えし 御心の 我 のたまいて 命患い

この地の恵みにより 救われる

※戦いで追われ、この地に戻って来た時に、右手にあった神山の薬草によって命が救われたことに深く感謝しているという意味のメッセージです。薬草を持つ山のおかげで、人間は生き延びてこられたことをもう一度、思い出して薬草があった山に感謝を捧げて下さいませ。
 

<<小浜にて>> 

よく人は 我々のことを 落人とか 落ちた民とか

逃げた民族とか 言うが それは本当は 違う

我々が 引いたのだ 戦いを恐れていたわけではなく

無駄な 死の上には 何も無いからこそ

民を想い その為に 身を引いたのだ

そのことが 正しく伝わらず 名残惜しい とても悲し

だが 我々は その意思 今だに 受け継いでいる
 

※小浜に移り住んだ賀茂氏の一派からのメッセージですが、加茂・鴨・賀茂と名字の付く人たち全ての先祖の因縁を解消する為には、上加茂神社と下鴨神社に別れた神々の思いを同じくすることで新しい和合の心が産まれることでしょう。 どうぞ、一族の因縁を解消しようと思う心がある方は、ご自分でお調べ下さい。
 

<<常神半島に入った民族のメッセージ>> 

この地に入った 沢山の いろんな民族の人達が いる中で 久米島から来た民族がいます。

それは、この地から出雲・九州・久米島と 降りてきた人達がいて、その人達が神を、人の命を、大切なものを繋いで教えてくれたからこそ 、私達はそのご先祖元の地に対する感謝の繋ぎで来ました。

だからその為に、その石像(三体)を収めにこの地へ来て琵琶湖へ入れたのです(三方五湖?)

それが、私達の本来の想いだったのですが、ここに居るものたちから攻めに来たのではないかと思われ、多少のいざこざはありましたが、今回の祈りで(争い心が)終われたこと感謝しております。ありがとうございます。

あなたが住む土地にどういう人たちが住み着き、どういう思いをしたかをわからずに周りの誰かを責めてはいけません。その人たちの思いを理解できないからこそ、先祖たたりや家族の問題、土地の争いが起きていると気づいたら、先人の御心を理解する大きな心を育てて下さいませ。

神とご先祖の加護が、皆様に降り注ぎます事を祈っています。

 


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