静岡県 大地震納め 虚空蔵山神事

●啓示・神事・祈り
2012年6月21日(金)、前日のサニワで「火の神」にまつわる様々な思いが出ましたが、今日は静岡県焼津市にある海側の虚空蔵山(こくぞうさん)の岩の切れ目から地底神に対話する日ですので、通さなければいけない場所として、神明宮・石脇浅間神社(イワクラ)・焼津神社に決まりました。

この場所が出たキッカケは、焼津市に向かう途中の「大崩れ」という地名を聞くたびに、体に「神知らせ」が来たので、歴史を調べると、何度も土砂が崩れた災害があったことがわかりましたので、必ず、そういう自然災害を納めるための神場所があると感じたからです。その場所が、ここ「神明宮」でした。

お社を見ると質素な建物ですが、とても強い自然界のエネルギーを感じる社で、祈り始めると、すぐに神言葉が降りてきました。

(神メッセージ)

龍の使いの者達なれば、この行いと我見立て申しまする。ゆえに、このこと納めし賜れば、このこと守りし神々と繋がる事覚えおき下さいませ。時に同じくこのこと願いたまえて、祀りあげまするこの村人達の思いもあればこそ、この地守りし者達、また失いし者達の御霊も全て光り輝きの玉となるべくして私が守っております。その事、ひとつとしてなしたまえれば、我らの思いとなしはせいたしまするがゆえ、共にお働き力を貸しいたしましょうと我の神元繋がりし、「諏訪湖の元神様」との繋がりも明かしますゆえ、よろしくお願いいたします。

◎祈りを終えて皆さんに伝えた言葉

繋がりました。繋いで下さりました。自分の体の中に沢山エネルギーが入ったの分かりましたか?諏訪湖にまず繋いで、イワクラに通して、虚空蔵山に繋いで、という守りのエネルギーです。ここの神様の働きは、人の願いとしてここを立てて祀り、色んな自然神の神々合わせて、みんなの思いをひとつにしてここを守って下さっています。同じ思いなので力を貸してくれました。社の中に、完璧に全ての繋がりが入っています。さあ、その思いを持っていきましょう。

この日の参加者は一人が焼津生まれ、もう一人の母親が焼津生まれだったので、先祖の繋がりも強いせいもあり、移動していると突然、「かかり」を体に感じた場所は「塩釜神社」に呼ばれました。

神様は、焼津生まれの女性に、素敵な神供物を差し上げる為に呼んだことがわかりました。次に向かった場所は虚空蔵山(こくぞうさん)の海側にある切れ目ですが、前日の勉強会でプロの中のプロ潜水士から「台風の翌日は海の底が荒れているので無理をしないように」とアドバイスを受けた場所です。まずは、海岸へ出て、奥の岩の切れ目がどういう状態なのかを男二人で確かめに行きました。

干潮時間を1時間ほど過ぎていたこともありますが、潮が引いている時は普通に渡って歩けるのに、数回に一度、一気に足元の砂まで海へ引き込む強い波が足に絡み付きます。奥の切れ目をのぞいてみると、深く強いエネルギー体がこちらをにらんでいたので、これは危険だと感じました。

女性が三名いますので、危険な事は避けて、隣にある小さな切れ目から祈りました。

この虚空蔵山の神気は、山の下を守るのが「水の巫女」で、上を守るのが「火の巫女」ですので、二人に先頭になってもらって「火水の神産み」を行いました。生まれた火水エネルギーを地元の男神と女神につないで「命の神産み」をしてから、海の底を守る龍へ向けて一気に繋ぎ祈りをしました。

◎初めて「火の巫女」を体験した女性がこの時に見たビジョンをご紹介しておきます。

二人で寄り添うように祈りはじめると、体がどんどん熱くなり、やがて、二人の体が入るくらいの大きな薄ピンク色の卵の中に二人がいる感覚に陥りました。また祈りを続けていくと、今度は頭の少し上の辺りに金色がかったピンク色の終わりがない楕円形の「しめ縄」が浮かび上がりました。

普通のしめ縄ではなく、終わりがない楕円形のピンクの輪のしめ縄だったのも、ひとつになる、ひとつの輪になる事の大切さを、ここでも教えて下さっているのだと思いました。

また、二人でひとつの大きな卵の中にいる感覚は、『ひとつになる』という意味、『生まれ変わる』、『神が産まれる』という意味を示していると思いました。金色は【神様】、ピンク色は【愛】そのもの・・・、そんな感じを受けました。

祈りの終わりに、吉岡さんがパンッと大きく手を叩かれると同時に、私の左の掌に、雨粒なんかではない、まるで神の承認のような水の塊がボトンと落ちました。火照っていた掌に心地よく広がる水の心地よさ・・・。これも、火の神と水の神がひとつになった合図なのかとも思いました。

また、今度は反対側に当たる海の方へ向いて祈る事になりました。台風が過ぎたばかりで雨がまだ降り、荒れている波がすぐ足もとまで来ている中で祈り始めるとすぐに、目の前が驚くほど赤くなりました。そのあとにまた金色がかったピンク色になったかと思うと、その色の向こうに、とても大きな顔の龍が、顔だけこちらに向けて、みんなの祈りを一部始終じっと見つめています。微動だにせず、ただジッと・・・・・。そして、祈りが終わると同時にくるっと体の方へ向き直り、天高く飛び立って行きました。波が足もとにかかったり、荒れた波の音がずっとしていましたが、不思議と怖くなく、龍に見守られているような安心した感覚で祈りが出来ました。

◎一緒に、「水の巫女」を体験した女性のビジョンです。

上巫女・下巫女の私たちが、一番前で並んで祈りました。狭かったので二人は寄りかかるようにして立ち、音を合わせるように集中しました。

真後ろから迫るような波の音と、吉岡さんの祈りの声が岩に響きます。その声が後半、地の底から響き渡るような響きに代わり、更にとても長く低く唸るような声に代わり・・まるで黒龍の巣に入り込んだような、とても不思議な感覚になりました。

左手だけが熱く感じて、その手の平に岩の上からとても大きな塩水がしたたり落ちて、左手の火と水が合わさるようでした。

岩への祈りが終わると、海ギリギリ近くまで移動します。干潮の時刻は終わり、台風後の海は荒さを増して、一刻一刻波を高く増して私たちに寄せてきていました。また一列になり、後ろから吉岡さんが数珠繋がりに通す祈りをします。

渦巻く波の音が耳に残っているくらい、すごい情景でした。荒々しい海のしぶきを浴びながら私が突如感じたのは、とても幸せな感情でした。

海が喜んで「おかえり」「ありがとう」「愛しているよ」と言っているようです。「私も愛しています」と心の中で海に底に龍に向けて言っていました。ここでは確かピンクオレンジ色のようなオーラ?オーブ?を感じたと吉川さんが言って、伏見さんはピンクのしめ縄と言っていたので、写真をとってみたら本当にピンク色になりました~。

紫の光が写ることはあってもピンクに写るのは初めてでした。私もいつかピンクオーブ見たいです。

私も同じような情景を見ながら龍と話しをしていましたが、しっかり、海の底を守る黒龍に繋がったのは確認できましたので、目的は達成できました。

この場所のすぐ近くに「那閉神社」がありますが、もともとは山の上にあったものなのでご挨拶に行きました。薄い白いオーブが、ここを守る神様です。祈りをさせてもらったお礼を伝えると、「私たちも同じ気持ちでここを守っておりますので、どうぞ、宜しくお願いします」と言われました。

次は、焼津市内にある「石脇浅間神社」の磐座です。 本殿の神様を見た瞬間に、本来の自然神以外の思いを感じたので、ご挨拶をしてからすぐに裏の磐座で繋ぎ祈りをしました。このあと、私が参加者に説明した内容です。

この場所は、もともと磐座があった場所を修験者が自然神ラインとして繋いでいたのですが、そこに人間が神社を置く為に、鳥居の前の岩に「守りをせよ」と、人の思いを乗せて押さえつけていたことがわかりました。

だからこそ、浅間神社のお宮の神様に自然神ラインを動かす確認をすると、「どうぞお働き下さい」と全て受け入れてくれたので、後ろに回って祈りをしました。人間の愚かな思いも踏めて全てを神は知っているからこそ、確認をしないと失礼になるのでご挨拶をしました。

次は、以前、海の中にあった「焼津神社」へご挨拶しに行こうと車を走らせていると、車中で、神言葉が降りました。

 

(神メッセージ)

幾ばくもなく年月が過ぎ去りし事、これ我ら悲しと思いきや。時に思い馳せ参ずれば、この地に治まるべきではなかった神がおわす。

それが何ゆえこの地におわすかは、我らの思いならずとも、時の流れの所業。心を病むこと多かれ。良くしようとして行う事が、より悪しき事になる事があるがゆえ、時には自らの身をひくこともあるのじゃ。時にその役目を果たすべき者が身を引けば、時の権力者は、その代わりの者を探しまする。

さすれば、時の番持ちではない者までもが、その役目を果たす為に、心魂尽き果てるまで、始まり終わりの祈りをさせられまするがゆえ、時を同じくして生まれた者たちは、為すべき事があるのならば、時の思いを超え、家の思いを超え、場所の思いを超えて働かねばならぬ事があると思いきや。

そして、それが我らの思いと重なれば、それ、我らが守る神の子として、その力を授かりまするは、至極当然のことなりと大神申しておりまする。

故に、焼津神社における事柄、ひとつの思いではなく、それに関わる全ての者達の思いを分かって下されと、我、願い申しまする。

ゆえに、事柄の大きな事なればこそ、公にしなくてもよい事もあれ、そして、然らば物事が為すまでには、時という思いの時間の整理が必要とされますがゆえに、時同じくして働く者達は、いつまでも永遠にその働きを、心の中でも良いのですから、必ず果たして下さいませ。

我申し上げまするが故に。思いひとつとなりきやー。

 

神々が、普段、言葉にできない切ない思いを語ってくれたことに感謝しました。

神の気持ちがわかる人達には、このように神も正直に話してくれますが、「神はこういうものだ」と決めつけている人たちには、一生、神がどういう気持ちで社にいるかなどとは考えないはずです。

色々な気持ちを汲んでくれという神の気持ちを受け止めて、心静かに、焼津神社の末社に手を合わせました。正式に挨拶する時は、必ず、全ての末社に手を合わせますが、銅社を女性達が気になったようなので神主に尋ねてみると、全国の官幣大社を回った記念に作った物だそうですが、女性達は色々な神が集まりすぎていて、うまく整理ができていないと感じたようです。男二人で軍神の場所で御霊上げをしたり、強い神には、今回の神事の意味もご説明しました。

本殿の神様は、やさしい言葉でお礼を伝えてくれましたが、地元の人達の心を少し淋しく感じているように思いました。それは、神主の言葉や行動で変わりますし、総代や氏子の気持ちが出るのが神社の神気だからこそ、大切する神の心を伝えてくれるように焼津生まれの人達にお願いしました。

神事の参加者に、地元の血のつながりがあると良くも悪くも、神々に見られているからこそ、気づいたことをどう良い方向へ変えるかを行動で示すことが大切だと思っています。

これでやっと、静岡の神事を終えることができました。私は、このまま、長野県の諏訪に移動して、明日から始まる神事の準備に入ります。ご協力下さいました静岡の皆様、そして、神事を支えて下さった皆様、ありがとうございます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました