日本に祈りを伝えた鹿島神宮・香取神宮の大巫女たちのメッセージ 3

<関東総社繋ぎ 先住民と宇宙神>

2014年9月22日の神事報告

2014年9月14日、「関東総社八国繋ぎ」で残った様々な思いを昇華するために、先住民と宇宙神の祈りを関東の仲間達と行いました。

◎大甕神社(おおみかじんじゃ) 茨城県日立市大みか町6-16-1

祭神:天津甕星(あまつみかぼし)

(ウイキペディアより)
天津甕星(あまつみかぼし)は、日本神話に登場する星神である。別名、天香香背男(あめのかがせお)、星神香香背男(ほしのかがせお)、香香背男(かがせお)。『古事記』には登場せず、『日本書紀』の葦原中国平定にのみ登場する。

本文では、経津主神(フツヌシ)、武甕槌命(たけみかづち)は不順(まつろ)わぬ鬼神等をことごとく平定し、草木や石までも平らげたが、星の神の香香背男(かがせお)だけは服従しなかったので、倭文神(しとりがみ)である建葉槌命(たけはづち)を遣わし懐柔したとしている。

第二の一書では天津神となっており、経津主神・武甕槌命が、まず高天原にいる天香香背男、別名を天津甕星という悪い神を誅してから葦原中国平定を行うと言っている。

平田篤胤(ひらたあつたね)は、神名の「ミカ」を「厳(いか)」の意であるとし、天津甕星は金星のことであるとしている。

「カガ」は「輝く」の意で、星が輝く様子を表したものであると考えられる。星や月を神格化した神は世界各地に見られ、特に星神は主祭神とされていることもある。

しかし、日本神話においては星神は服従させるべき神、すなわち「まつろわぬ神」として描かれている。これについては、星神を信仰していた部族があり、それが大和王権になかなか服従しなかったことを表しているとする説がある。

全国の星神社や星宮神社の多くは天津甕星(あまつみかぼし)を祭神としている。茨城県大甕神社は、天津甕星を服従させた建葉槌命を祭神としている。

社伝では、甕星香々背男(天津甕星)は常陸国の大甕山に居を構えて東国を支配していたとしている。大甕神社(おおみかじんじゃ)の神域を成している宿魂石は、甕星香々背男が化したものと伝えられている。

葦原中国平定に最後まで抵抗した神ということで建御名方神と同一神とされることもあり、また、神仏習合の発想では北極星を神格化した妙見菩薩の化身とされることもある。

■仲間の説明

天孫ニニギがご降臨される際に、芦原中津国をまずは納めておいて下さいということで、鹿島のタケミカズチと香取のフツヌシが平定して行くのですが、星の神・天津カガセオという方が抵抗していて、フツヌシ・タケミカズチの力をもっても屈せず存在していました。

そこで、タケハズチ(シトリガミ)という方を派遣して納めたと伝わっています。カガセオは大きな岩の神様と言われているのですが、こちらの神社にはその岩の一つがあると言われております。大甕神社(おおみかじんじゃ)の御神祭は、カガセオではなくてタケハズチです。

吉岡)抑え込んだ方だな?

はい。抑え込まれたカガセオが封印された石もあるそうです。

石があって、その上にタケハズチのお社があるという位置関係のようです。

ちなみになんですが、常陸国の総社繋ぎの時に、総社・星宮で「ようこそおいで下さいました。」とおっしゃっていただきましたのが、先住民のカガセオだと言われていました。

※今回は、拝殿からではなく、直接、本殿から挨拶する流れになったので素敵な対話ができました。

■香香背男(かがせお)大神のメッセージ

いさましや、国を守りしお前たちの思いは分っておるぞ。

国を守りしこと大切なことだが、そこにおける争いごとに巻き込まれぬよう上手に神事をなせよ。

心囚われず、女心掴まず、思いに諭されず、思いクリアーにしなければ囚われの御心になるからこそ、霊魂賜りなく絡み付くからこそ、御心、五十鈴のように清らかにしておくことが大切ぞ。よろしく頼むな!

■解説

面白い!ここの社の柱に彫ってある形の意味は、日本式で言うと床柱かな。神守りの一つの証なんだよね。

こういう形を彫ることで神守りになるわけさ。布地にこの模様を描いて下げるのが普通だけど、それを木彫りにしているのは珍しくて凄いと思ったわけ。

これでバシっと神守りの力が入っているからね。「神が二神いる簾(すだれ)」みたいなもんだよ。この社を横から見ると、さらに綺麗だねー。五芒星を入れて男千木の神祀りなのでとても綺麗だね。

※香香背男(かがせお)の社の右側の道を登って行きました。

■大甕神社・山頂・本殿 建葉槌命(たけはづち)のメッセージ

言われなきー思い、ひとつ問い正せませ、と我申します。

問い正しことは神の争いではなく、人の思いの因果が残った部分についてでございます。

恐れ多きかな神の争いにはならぬように、さまざまな思いを馳せ賜いたことがあるからこそ、ここまで穏やかにこの地は納まっておりまする。

ただし、その決めごとの意味が分らず、民、人々はその由緒、所以を解くことができず、神の思いを理解することができず、その思いの一辺だけを掴んで話していることが多く伝わっておりまする。

本来は神の争いではなく、人の心の争いの部分で伝わっているのだとご理解下さいませ。

我々が伝えしもの、多きものは、その思い多き高き思いを理解するもののために時間をかけ、労をねぎらい、玉を譲り分け合うような思いをもって国のまとめを計らいておりましたが、その思いを理解する者に出会うまで時、多くかかったからこそ、それまでのことは戦もあり様々ないざこざなこともありましたが、本来は、「時納めること、時の流れし変わりしこと」、そのことを深く理解し、時の流れの行く末を見据える者が必ずいると思いしからその思い馳せたまいて探し求めしこと。

ここの納めし主とともに、この国納める采配のあり方の上においてどのような形に成すべきか、弔いの形をどうすべきか、その話し合いを長く持ったものでございます。

こと穏やかにものごと納めようとする時に、また反対に時を力をもって納めよという思いもあったからこそ、そのものまた一方では上方の争いに巻き込まれたとも言えましょうが、この土地におきましてはそのこと本来にあらず。

神の思い、人の思い以上に整いましてございますることよろしくお伝え下さいませ。どうぞ、よろしくお願いいたしまする。ありがとうございます。

 ■解説

神争いの話しではなくて、人の捉え方の問題だと言っていますね。人が取った取られたという分だけを言い争っている一部分だけを伝えていると。

本来、ここに伝えにきたタケハズチが使者として選ばれた理由は、たぶん、タケミカズチとフツヌシは「上方の力をもってこの関東を納めよ」と命を受けているから強力にやってたんだけど、この地を納めるためには力ではなく、大事な神の意志の思いを理解する者を見つけて、その思いをわかりあうまで時間をかけて、「穏やかな物事の納めをせよ」という土地の大事な思いがあったからこそ、その思いを積み上げるまでに凄く時間がかかったと言っていますね。

ただ、上方の上からの命令を受けた方々(タケミカズチとフツヌシ)はやっぱりその思いを一部分で伝えるし、庶民たちは庶民たちで取った取られた話しが残っていますが、本来はここのトップである「タケハズチ」は(※タケハズチはやっぱりこの地域の中で相当知恵のある方だったみたいなので)、時代の行く末を見て「このままでは無理だ」ということが分っていたみたいなので、友好な和平の段階の手の組み方をちゃんと話し、亡くなった後の御霊の納め方まで考えたみたいです。

どうすれば、一番争いなく納まるか、そこまで話しをして納めた場所がこの場所の本来の意味だからこそ、「この地には争いの念は残っておりませんよ」と言っています

だから、「争い心を動かしては行けませんよ」とも言っています。こういう知恵のある方の功労は、いつも表に出ないものです。

拝殿がすごく立派なのは地元の人たちの思いの現れだけど、逆に、本殿のシンプルさが凄く良いと思います。

どちらも意味があって今の形になっていますが、ちゃんと敵と味方の両方を拝めるようになっているし、本殿まで行ってご挨拶できるようにしているのもいいですね。

普通、本殿の社は正面から挨拶できないように見せないでしょ。

でもここは本殿の神様をちゃんと見せて、上と下の思いの分をきちんとわかって欲しいという意味で作っているところが知恵ですね。素晴らしいと思うなあ。

だからこそ、いろいろな争い心を一つにまとめるための拝殿なんだと思います。

上から抑えつけているという見方もあるだろうし、下から守っているという見方もありますからね。

両方の思いがあってうまくバランスがとれてる素晴らしい祀り方だと思います。

神気も、非常に静かで穏やかですので、素晴らしい神社ですね。

※争い心を丸める為に作られた場所だとわかったので「宿魂石」の因縁を浄化してから、改めて拝殿横の「鎖の道」から登ってみることにしました。

■鎖場から一周したあとの説明

これから「宿魂石」は、「この土地を守った素晴らしい人の魂が宿る石」と良い意味でとりましょうね。今、登ってみて皆さん、何か分りましたか?

拝殿横を下からまっすぐ登る理由は、過去の思いを一つにするためのまっすぐな道の意味があります。

そして、本殿で祈ったあとに、香香背男(かがせお)の社まで道を回らせる理由は、過去の思いを一つに丸めるためです。参拝する人のことを考えた造り方が、凄いと思いました。鎖場から登って一周すると、身体の中のエネルギーがまったく違ってクリアになるものね。

争い心を和合する目的で造ったからこそ、凄いエネルギーだと思いました。あえて、民の思いをまとめるため・・・後世の人たちのことまで考えて造っています。登ってみてよかったでしょ!感覚が絶対にクリアになりますよね!(^^)

※感謝と歓びを感じたまま大甕神社(おおみかじんじゃ)を後にして香取神宮へ向かう途中、北浦を横目に見ていると神唄が降りてきました。

「北浦を越えてきた巫女の神歌」で、ございました。「大切なものを守ってきたのを分ってくれよ、分ってくれよー」と。言っておりました。何かございますか?と巫女に聞くと・・・

海の向こうからやってきた人たちが伝えたものの中に、「命を繋ぐため」の野菜や果物や穀物などが沢山あります。

そのことの「命の恵みの拝み」をしている方があまり多くいないので、そのことを分って下されば嬉しく思います。

この土地にはなかなか合わぬものもありましたが、その中で残ったものが今も栽培されているものでありますのでよろしくお願い致します。

 
この北浦近辺に大事な神社ってある?

仲間)北浦湖畔だと息栖神社ですね。

あ~そう、今の息栖神社の場所は社を移したので2010年の神事の時に以前の場所を探して土地神と対話したんだよ。ところで息栖の祭神は何でしたっけ?

仲間)岐神(クナド神)とアメノトリフネノ命、住吉三神も一緒です。

あ~渡来だね、最初の神はどういう意味?

仲間)ウィキペディアでは、疫病災害等をもたらす悪神を防ぐ神様で、道祖神・塞の神と言われています。出雲の神様とも聞いています。確か、安房国の洲崎神社の鳥居にかかっている札も「久那戸神」だったと思うんですけど。

さっき北浦の横を通ると女性の声で、「わしらが大切に守ってきたものの思いを分ってくれよ~」と言ってきたんだよね。

それは大きな意味で取っていたんだけど、後から言ってきたのは、渡来から船で渡ってきた人たちがいろいろなたくさん果物や野菜や穀類の種を持ってきたんだけど、この土地になかなか合うものがなくて、その中で残ったものが今栽培されているものだと教えてくれたんだ。

2010年に茨城県の神事をした時、この北浦一体はもともと海だったことがわかりました。

今よりもっと海面の位置が高くてさ、川と海水の行き来が激しくて海水が引いた時に残ったのが、今の北浦・霞が浦なんだけど、神事で回ったある神社では船で渡来の人が入ってきた時の入口の神様の場所だったんだよね。だから、そこまで海だったということがわかりました。川の大分上流の方なんだよ、実際は。

でもそれぐらい海水と真水が交わった場所だからこそ、(湾口龍宮神の)神場だし、そうとう船でやってきた方々が多かったみたいだね、住吉一族もそうだよ。

仲間)住吉一族は、船作りとかの技術ですよね。

そうそう、住吉一族は、船を作る技術をお社を造る技術に転用することで生き残った一族なんです。

思いを伝えてきた巫女の声が男っぽい言葉遣いだったんで男か女か分らないと聞いたら、「女です!」と言ってました。(^^)

言葉使いが・・・ワシって言ってたから・・・

きっと、男気の強いで頑張ったタイプの女性なんでしょうね。今、この地域で盛んに栽培されている蓮(ハス)も、たぶんその頃に伝えられたものだと思います。

普通、あんな水の中の植物の根が食べられるなんて知らないだろうし、貴重なものだってこともたぶん分らなかっただろうしね。誰かが最初の種を持ってこないと、この地域には根付くはずはないでしょ。

この地域の特徴は、真水と海水が混在している土地なので、野菜やアワ・ヒエ・コメの栽培が安定しなかったんだよ。北浦付近も何十年かに一度は川の水が溢れたり、海水が荒波で上がってくる土地だったんだよ。

海水が逆流して水田が全部、埋まってしまうので、稲作をしている人たちにとっては凄く厳しい環境だったからこそ、いくつかの水門を作ったのさ。

そういう水門を作ると今度は、龍(自然界の神)が水門のせいで行き来できないと泣いていたのを繋いであげたのが2010年の神事だったんですよ。

考え方を変えれば、土地に海水が入るとミネラルが豊富になり豊かな土地になるので、また違うものが育つ可能性もあるんだけれど、定住している人にとってはちょっと辛い土地だと思いますね。

そんな話しをしていると、この地域に住んでいた人たちの思いが身体に乗ってきて、大変ご苦労されていたことがわかりましたので、感謝の祈りをしながら香取神宮へ到着しました。

■香取神宮・奥宮の解説

2010年の神事で紐解いたんだけど、香取神宮がこの土地にある理由は、一番最初に宇宙から神気がこの木に降りたからなんです。この大切な神気の木のエネルギーを守るために、このお宮があるんです

このお宮には、若い女性の魂が一人入って守っているんです。その女性は凄く静かに守っているだけですが、静寂な神気がここを守っています。このお社を右回り1回と左回り1回まわると、身体のエネルギーが違うのがわかるでしょ。

この両方をきちんと回ることによって、(宇宙の)木に意識のエネルギーが繋がるんですよ。社を両方回ることで見えない門が開くので、この祈りをしないと正式にここの拝みはできない場所です

■香取神宮・奥宮メッセージ

行く末保ちつつ、この世、この身、守りしこと、おこがましきかな。

この世守りしこと、この見守ることできぬほど大きな思いとエネルギーがあるからこそ、この身を消して、神と一体になることこそが、この地の神を守る思い。

その思い繋がりまして守りしこと、他の神々の思いなればこそ、ここにはただ一つ、身の蓋もなき、共にあらせらる神の大元との繋がりしこと、その御心一つだけで良きといたしましょう。

私はここにあるとても大切な神気を守っていますが、自分を守ろうなどという愚かな気持ちは一切、ございません。

「神の魂」を守るというお役目は、この世の中全てを変えてしまうほど大きな力があるからこそ、この身を消して、神と一体になることでしかこの神気を守る事はできませんでした。

その思いを理解して下さるならば、どうか、他に祀られている神々の違いを問うのではなく、全ての神々も、全ての人間も、たったひとつの「大元の神」に繋がっている事を理解する事で、心ひとつに生きてはいかがでしょうか?

とても素敵な言葉を巫女神から頂きましたので、その思いを本殿に繋ぎに行きました。本殿もきれいに改修されたようで、穏やかな神気に満ちあふれていました。

それでは最後に、地球を守る宇宙神の神意思を受け取った大巫女達が関東の地までやってきた全ての理由を納め守っている重要な神社をご紹介します。

※2010年の神事では公開することを許されなかった神社ですが、今回、皆様へ正しい思いを伝えて欲しいと言われたのでご紹介いたします。

◎関東全域の全ての宇宙神をまとめた神社は、「側高神社(そばたかじんじゃ)」所在地:千葉県香取市大倉1と申します。

2010年の神事の際にこちらの神様について宮司にお話しを伺いたいと伝えますと、ご夫婦二人だけで社を守っている質素な神社ですが、宮司は神殿の中へ私達を案内して下さり、神前で直接、神様のお話しを伺う機会を作って下さいました。

側高神社は、鹿島神宮と香取神宮の重要な神事を行う前日に、両方の神主達が夜中に集まり神事を行うほど重要な神社だということは明確な事実ですが、神様の由緒については推測の域をでることはできませんとおっしゃっていました。

亡くなられた先代の宮司が調べた書物も読ませて頂きしたが、現代の神道を守る宮司としては推測でものごとを語る立場ではないことを神前でお話し下さいました想いを汲み取りまして、私達も余計なことは言わないことにしますので、どうか、興味本位でお問い合わせをしないようお願いします。

本殿の裏に祀られているたくさんの石の祠はお社と同じ意味ですので、そちらにもどうぞ、感謝の祈りを捧げて下さい。

   

■側高神社の神メッセージ

宇天神(うてぃんがみ)、そなたたちから頂くとは思ってはおりませぬでした、ありがとうございます。

むしろ、私たちがお伝えしなければいけないことがたくさんあったはずなのに、そのことがなかなか言えず、また伝え残すこともできず残念に思っておりましたが、語り継がれることの意味の善し悪しもあるからこそ、こうやって皆様がその思いを汲み取ってくれたことを心から感謝申し上げまする。

大元の力から頂きまするこの神の元の力、誰がどこからどのように運んだかを問うのは人間だけでございましょう。

そんなことよりも大切なことは、この地にこの神が運ばれたことであり、その意味でありまする。

お分かりの通り、この社を守る後ろの全ての「石碑は西を向いておりまする」

つまり、この地が「大切な日の国の東の果て」の意味を持っているからこそ、ここから大切な守り神として納め神の場所として天繋ぎの祈りをしておりました。

だからこそ、ここは天に繋がる祈りができる場でありまする。

そのことを様々な意味でお伝えしている方がいるようですが、本来、ここは宇天(うてぃん)に繋がる祈りをする場所であり、また全ての方角を守り支え、また導く、「東の果ての守り神の意味」があるとお伝え願いまする。

ではこれより皆々様がお働きになられることがより大きな日本国の日の国、日の本の働きとなり龍球王国の働きとなるよう心より御研鑽をお祈り申し上げ奉りまおす。本日はお越し下さいましてまことにありがとうございまする。

日の本、国の元、始まりのもと、ありしこと、要の国の元、納め守りしこと、感謝申し上げ奉りまおす。ありがとうございまする。

■解説

皆さん、お分りいただけました?ここは、日本の東の果て守り」の場所です。

2010年に初めて来た時から宇宙に繋がっていることは分っていたんだけど、その意味が分からず、亡くなった先代宮司のお父さんもこの神社のルーツをずっと調べていたそうですが正式に残せないような推測が入っている話しだったので誰も信じてくれないうえに、息子さんも息子さんで自分なりの神道が守っているものを信じているのですが、ただそれだけではどうも解釈ができない話しがあったりもすると教えて下さいました。

その他にもいろいろな話しをお聞きしたんだけれども「本当のところはよく分りません」というのが2010年当時の答えだったのですが、今回の神様のお言葉が全ての答えだと思って下さい。

大切な宇宙神の思いを繋いだ感謝をしてくれましたが、私達が行った「関東の総社八国守り」をまとめ納めたことのお礼です。「関東総社八国」の守り納め場所として、ここに納まった意味は凄いと思います。

これからは「東の本来の働き」を皆さんに働いて下さいという意味もありますが、皆さんはもうそのことを理解してくれているからこそ、これからも働いてくれるでしょう。

これだけ大きな宇宙神の想いが動いた神事になったからこそ、これからが本番でしょうね。「世を照らす力」を一人一人が出す時代になったということですね!

たぶん、もうこの神社についてどれだけ探っても何も出て来ないと思いますが、私はそれで良いと思います。人や神の思いによっていろいろな思いの筋は見えるでしょうけれど、それはゴールではないですもの。

今回、初めて「全部の祠が西を向いている」ことに気付いて驚きました。いくつかは本殿守りの向きをしていますし、本殿右のお社は稲荷社です。腐ったりして手のかかる木の祠じゃなくて、「石灯籠」が一番ずっと残るので賢いと思います。

太い樹の根元に二ヶ所祀っている跡があったけど、樹に降りた神ラインを祀っている証拠です。ひとつは、「命の木の産み出し」ですし、「夫婦の命産み」もあるし、全部がご神木だけど役目が違うという感じの樹です。

鹿島神宮と香取神宮の神主たちがここに拝まなければ神事が始らない理由は、ここに最初の宇宙ラインを守っている母神(大巫女)がいらっしゃったからだと思います。

この場所は、2010年の関東神事の巫女に全く知らない神社の名前が、突然、降りたのが側高神社ですが、神々は必要な時に、必要な人へ必要な情報を伝えてくれるものですので、興味本位で探求しても愛の創造にはなりません。

いろんな人たちが行っている神事の目的は様々だと思いますが、誰もが神の心を持つ人として働いて欲しいからこそ、神の声が聞こえるのですが、関東総社八国分のお働きを皆さんがしてくれた心を私は信じていますので、これからもどうぞよろしくお願いします。

もう、過去の争い心や囚われを全て乗り越えて愛にできる段階になったことを先ほどの神様のお言葉から伝えれたはずですので、よく噛み締めて自分の人生を歓び溢れる生き方にして下さい。神も先祖も他人も、あなたに望む事はただそれだけです。

あなた自身に愛が溢れていれば、未来は全て明るくなりますので、一緒に、明るい未来を創造しましょうね!!!過去全てを愛にして生きる人たちにたくさん出会いますように!!!(^^)ありがとうございます。

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