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最も売上が悪い「おもちゃ売り場」を日本一にした方法

< 苫小牧クリスマスツリー事件 >

28歳(1987年)のサラリーマンの頃、初めて売り場の責任者であるマネージャーとして「苫小牧店(1977年開店)」に転勤になりました。

転勤2店舗目の「麻生店」は、北海道一のオモチャ売り場でしたが、転勤3店舗目の苫小牧店のオモチャ売り場は、売り場面積から考えても、最も売上・利益ともに最悪のお店で北海道ダ○エーのランクは下から2番目の店でした。

なぜ、こんな数字が悪い店に転勤させたのかを人事課長に聞くと、「お前しかできる奴はいない」と、商品部の人たちが口を揃えて言ったので、仕方なく「苫小牧店」に決めたと言いました。

「また、売上が悪い店かあ!」・・・と思って、過去の売上、利益、人件費比率を計算してみると、1978年から一気に売上が下がった理由は、駅裏に、ヨーカドーと長崎屋が出来たせいで、売上の奪い合いが起きていることが判明しました。

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苫小牧市役所で人口の増減を調べてみても、転入転出人口が毎年変わらず、約半分の人口が入れ替わるため、「固定人口」が高齢化していて、「若い世代がいない街」だと判明しました。

ということは、おもちゃを買う世代がどんどん減り続けているし、高校を卒業した後に就職する先が、王子製紙系の関連会社か、自動車関連の会社しかないので、若い女性や子供たちが希望を持てる企業がないことが判明しました。

そうなると、苫小牧市の半分の「固定人口」の「年間消費支出」と、「流動人口」の消費も決まってくるので、それを3つのスーパーで取り合っても、定番商品価格にはそれほど差もないし、「特売」をしても無理して赤字を出すだけなので、安売り合戦もできない店だとわかりました。

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スーパー3社の売り場面積の違いや、商品群ごとの売場面積を比較したくて、自分の足の歩数で売り場面積を図ってみたり、商店街の会長に情報を聞いても、「スーパー3社の売上はわからない」と言うので、店長と掛け合って、「スーパー3社の店長会」を毎月、開催してもらって愚痴を言い合う場を作らせました。

お互いに会社から言われて転勤してきた店長ばかりだし、同じ厳しい環境で対策を話し合う場を作らせたので、本社指示の定期的な「安売り時期」を公開しあって、無駄な安売り戦争で利益が無くなることがないように、「店長会」で話すポイントの指示を出しました。

どこのスーパーの店長も、「苫小牧は辛い」と嘆いていたので、お酒を飲んでウサを晴らしてもらい、お互いの利益を確保できるような「新しい戦略」を話し合う機会を作りました。

最初は遠慮していたようですが、全員が本州からの「単身赴任転勤族」だし、家に帰っても寂しく一人で酒を飲むだけなので、お互いの愚痴を言いながら問題点を話し合い、共にバカな上司に文句をいう同志として、仲良くなっていきました。

毎月の話題と話した内容を店長から聞いていると、発展的な内容ではないので、「改善命令」を店長に出しました。

なぜ、店長に私が「改善命令」を出せるのかというと、従業員の「ある女とのトラブル」を解決してあげたからこそ、私には「絶対服従」だったのです。

店長会の飲み会が、ただの飲み会ではなく、どんどんシビアな「業務改善」の話し合いになってきたので、営業次長や課長たちも呼ばれる時もありましたが、最終最後に、「私に出て欲しい」とオファーがきました。

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「店長会」の3人から、「私に会いたい」とオファーが来たので、3つのお店の労働組合の役員をそれぞれ呼んでもらい、無駄な競争をして従業員に負担をかけないように、本社に内密に「新しい販売形態」を作る話し合いをしました。

それと同時に、店長たちの「人事評価」が決まる時期を聞き出して、人事評価の3ヶ月前には徹底的に、売上か、利益を上げるお店を決めて、他のお店は、絶対にその邪魔をしないように「取り決め」をして、その時期だけは、「安売り禁止」を共通テーマに守り、お互いの店長を支え合う工夫をしました。

お店の売り場の従業員たちの士気が下がらないように、自社のプライベートブラントを「売り込む時期」にしておけば、安売りはできないし、利益も確保できるし、売り場の陳列面積も多くなるので、「1社が安売り」をしている時期は、2社がプライベートブランドを売り込むことに決めたので、売った半年間の利益の推移を前年と比べると、3社とも利益の額が増えて、上司たちから褒められたと教えてくれました。

従業員の士気もありますが、まずは、「店長のやる気」を出させることが大事だと考えた私は、店長3人だけを二次会に連れて行き、徹底的に、「お互いを尊重し合う信頼関係」を作り上げました。

新しい店長が来た時は、「就任祝い」として、1週間、「全館安売り」をさせて売上を作り、会社の評価が上がるようにしたし、同時に、他の2社は絶対にその時期に安売りはしない「裏契約」をさせて、広告費をプールさせる方法も教えました。

転勤が決まった店長の場合も徹底的に安売りをさせて、華々しく送ってあげる「就任祝いの安売り」をして、「飛ぶ鳥あとを汚さず」の実績を持って転勤祝いとなるよう、私を含めた4人で前祝いしました。

つまり、3店舗の売上は、全く変わっていないのに、お互いに利益を大きく改善したので、どの店長の評価も上がって、良いお店に転勤になる店長たちからお礼の電話や手紙が来たほどです。

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私が担当したお店の売り場は、「オモチャ売り場」だったので、安売りもできず、品揃えも悪いので、バイヤーと専門店の店長に聞くと、

「おもちゃ業界は、売れてる店にしか欲しい商品は入らない」

と言われ、日用品とは全く違う契約の業種だとわかったので、戦略を立て直しました。

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オモチャ売り場の最大の売上は、12月に「平月の5倍〜7倍以上」売りますが、もし、その時に、その年の大人気の商品がわかれば、先に契約して商品を確保できるはずですが、その契約が「10月末」にあるので、どこのメーカーも、どこの問屋さんも、12月に入るまで、「今年、どの商品が売れるかはわからない」という状況でした。

ならばと、お盆商戦が終わった9月からお店の天井まで届く大きな15mのクリスマスツリーがあるのを見つけたので、オモチャ売り場のど真ん中に立てて、ゴージャスな飾りをいっぱい付けてから、有名メーカーが今年売り込みたい「商品ベスト5」を吊るして、「人気コンテスト」を行いました。

「オモチャメーカー5社」が5個づつセレクトした「25個の商品」を大きなツリーにぶらさげて、番号を付けて、お客様に、

「今年欲しい商品はどれですか?孫に聞いてみて下さい!」

とPOPを付けて、「12月23日正午」に、男女ベスト10までの商品に当たった人20名を抽選して、「現物をタダで差し上げます!」と告知しました。

※結果的に当日は、1フロア全てが抽選会で埋まるほど人が集まり、2500名以上がフロアにやってきたし、それ以外のフロアにも入りきれない状況になったので、警備と警察にお願いした程です。

番号を呼ぶ声が聞こえないほどフロアが騒がしいので、店長指示で「全館放送」の電話ケーブルを売り場の電話に繋いでもらって、お店中に聞こえるように私が、

「男の子の第一位は、〇〇市〇〇町〇〇番地の〇〇〇〇さんでーす!」

「わー!!!残念!!」

というお客様の嘆き声が全てのフロアで響き渡り、1時間ほどの大抽選会は大成功でした。

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毎日、お客がまばらな売り場だったのに、そのアンケート用紙に記入したくて、1日1000枚以上のアンケート用紙が集まるので、社員とダブりを見つける作業に毎晩、追われました。

最初は、おもちゃ問屋の担当者もバイヤーもバカにしていましたが、唯一、東京のメーカーの人たちだけは、

「今、どこの商品が人気があるかをわかれば、CMの打ち方に工夫ができるので教えて下さい」

と東京から電話が来るほど有名になり、毎週のアンケート集計の数字は、メーカーたちにとって大きな財産だったと教えてくれました。

毎年、男の子と女の子の人気商品はいつも変わりますが、たまに、「ノンセクシャルの商品」が伸びる時があると聞いていたので、その理由が「初孫のお祝い」だと分かったので、売り方を変えてこういうPOPを作りました。

 

おじいちゃん、おばあちゃんの皆様へ

最近、会っていないお孫さんに、久しぶりにプレゼントをしようと思っても、気に入らないオモチャを買うと嫌がられるので、今年はこんなプレゼントはいかがですか?

「初孫」を楽しみにしている人たちのためにも、ぜひご利用頂きたい「新しいサービス」をご紹介します。

1、苫小牧店で購入したおもちゃは、いつでもどれでも在庫があれば、好きなものに「交換」します。

2、もし、お孫さんの好みがわからず、予算だけ決まっている人は、「我が社の商品券」を買っていただき、苫小牧のお店にある商品なら、どれでも購入できますのでサービスカウンターにお申しつけて下さい。

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サービスカウンターも「金券」を売るのが仕事なので、この機会に一緒にお客様に「金券」があることを知ってもらうチャンスだと説明し、この販売方式を理解してもらい、「おもちゃ交換券」の特別なスタンプを押して協力してもらいました。

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9月1日から大きなクリスマスツリーを出しているお店は日本全国のどこにも無いので、オモチャ業界の専門誌が写真を撮って全国誌に乗せてくれたり、苫小牧民放や北海道新聞や、日本経済新聞や、日本流通新聞からの取材がドンドン来たので、店長の顔と売り場の写真を新聞とテレビにどんどん流しました。

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苫小牧以外のお客様もどんどん毎日やってきましたが、身内の我が社の評判は最悪で、「また、吉岡がおかしなことをやっている」と言われましたが、10月末の商品ごとの契約書類の数字を出す時に、「統計学」を駆使して、アンケート数字の傾向を分析し、見事に、「男の子と女の子のベスト10商品」を見つけ出したので、「仲良しの大手取引先1社」にだけにコピーして渡し、

アマミカムイ
アマミカムイ

もし、他の店が同じ数字の契約数の場合、前年一位のお店でも、我が店に優先的に商品を出すことを条件としてこのリストを渡すので頼むね!

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私が統計学で出した「男の子と女の子のベスト10商品」の「約8割」が、数量予測もほぼピッタリ当たったので、取引先もメーカーへの追加オーダーの時に、大幅に数量を変更したため品切れもしないし、我が店には、150%以上の数量を納品してくれました。

12月の2週になると、もう、「本気のピーク」なので、ほとんどのお店は売れ筋商品は無くなっていますが、担当バイヤーから、

バイヤー

今、お前の店の売り上げは日本一になっているので、俺はお前が嫌いだが、この勝負は本社のバイヤーとの戦いなので、協力するから、どんなことがあっても、日本一になってくれよ!

と、涙ながらの本気の電話がきました。

北海道のバイヤーになった彼は、元は苫小牧店のマネージャーだったので、引き継ぎの時に殴り合いの喧嘩になる程、お互いが嫌いな人間同士でしたが、本社のバイヤーにいじめられて悔しい本気の彼へのお礼として、私が予測した「男女ベスト10リスト」を渡しました。

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だからこそ、彼は、東京にある全てのおもちゃメーカーの在庫を自分で見に行って、どこに送る商品なのかを聞き出して、

北海道の苫小牧店に、全て送れ!

 

全ての責任は、俺が持つ!

と言ったそうで、あとから本社のバイヤーからものすごく怒られたと言っていました。

毎週毎週、売上が異常な数字になって伸びていくので、北海道の有名なデパートのバイヤーたちや、本州の有名なデパート売り場責任者たちが、全員、見に来て名刺を渡してくれましたし、「もしよろしければ、我が社にきませんか?」と何社からもお誘いも受けましたが、「私は、中◯功社長に惚れているので、無理です!」とお答えてしておきました。

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12月最後の週まで、売れ筋商品が一番多く入荷した結果、11月、12月、ともに北海道一と同時に、「日本一の売上」を苫小牧店は作ることができました。

ファミコン関係を除くと、デパートを含めて「全国一の売上だ」と聞いた時には、売り場のパートさんと社員を集めて、食品売り場からシャンパンを買ってきて、真昼間からバックルームで乾杯した記憶があります。

店長も次長も課長たちも、全員が売り場に張り付いて手伝ってくれていたので、私がバックルームに呼んでシャンパンを振る舞うと、

「おい!何でお前が酒を飲んで、俺が働いているんだ?」

と聞くので・・・

アマミカムイ
アマミカムイ

それは、当然です!

 

社員とパートさんとアルバイトあってこその、スーパーじゃないですか!

 

日本一になったのに、そんなちっぽけなプライドで言葉を汚さないで下さいよ!

 

さ!店長!ぐっと、ぐっと飲み干して、また、品出しに行って下さい!!!

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オモチャ業界は、昨年の売上実績に応じて、「翌年の売れ筋商品の納入数が決まるルール」があるので、その実績を持って2年目も、また、「北海道一の売上」を作りました。

つまり、「売れないお店には、売れ筋商品は入らない業界」なので、いくら努力しても売れないので、他の商品とは「販売方法」を変える必要があったのです。

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翌年1月、「業界の常識」を変えたことは大きな話題を生んだようで、予測して実証し、その成果を業界に認めさせるためにやったことですが、北海道のバイヤーにお願いされて、日本全国のおもちゃメーカーと取引先の会議の席で、私に体験談を話して欲しいと言われました。

最も喧嘩した仲の悪いバイヤーですが、彼が持論を曲げてまで「お願いする心意気」を感じたので、社長たちにこう言いました。

アマミカムイ
アマミカムイ

今までのおもちゃ業界の体質は、古いです!

 

江戸時代じゃないんですよ!

 

丁稚奉公じゃあるまいし、いつまで上の言いなりになっているんですか!!

 

私はもともと日用品売り場出身ですが、おもちゃ業界は、他の業界から100年遅れていることに気づいて下さい!

 

これからは、北海道ダ○エーのバイヤーと共に、「新しいおもちゃの販売形態」に変えて行きますので、「新しい契約」をする会社は、今、ここで名乗り出て欲しいです!

 

さあ、どこの会社が本気で、業界を変えようとしているのか、その姿勢をここで示して下さい!

と言い張りました。しばらく沈黙していたので、さらに言葉を加えて・・・

アマミカムイ
アマミカムイ

あなたたちメーカーは、いつまで「昔の体質」を守って商売しているんですか!

 

それでも、経営者ですか!!!

 

経営者は、常に、新しい時代に合わせて戦略を変えていくものですが、あなたたちは、昔のままの戦い方をし続けているので、このままだと、アメリカに飲み込まれますよ!

 

アメリカの「トイザらス」をご存知ですか?

 

「トイザらス」は、おもちゃのディスカウントストアですよ!

 

あなたたちのような古ぼけた頭の人は、もう時代遅れです!

 

なぜ、日本が戦争に負けたかと言うと、あなたたちみたいに「過去の戦術」だけで戦おうとした結果なのです!

 

今、日本は「ロディスティクス」に向かっています!

 

この言葉の意味がわからない人は、この場から帰って下さい!

 

社長か会長かは知りませんが、あなたたちに、これからの日本に、おもちゃを売る資格はありません!

 

さっさと引退して、次の若い世代に会社を譲って隠居して下さい!

 

私はこれで帰りますので、あとは北海道の「優秀なバイヤー」と、本気の契約をして下さい!以上

私の言葉を聞いたメーカーや取引先の社長たちは、「北海道ダ○エーと専属契約をします!」と言い切ったので、誰もがバイヤーの元に集まり、「その契約をさせて下さい」と言っていました。

※この意味は、東京本社のバイヤーの「年間契約」を無視して、「新しい契約」をするという意味です

事前に打ち合わせがないことを話すのは得意なので、北海道の地区バイヤーも驚いていましたが、日本全体で北海道の売上が小さいことを知っていたからこそ、日本全国をまとめる本社バイヤーを敵に回してでも、本気で戦う覚悟させた結局、その成果が出たので、彼は、このあと「本社バイヤー」に昇格していきました。

この会議が終わって、苫小牧の売り場に戻ると、ある老人が訪ねてきて、こう言いました。

吉岡さんか?この前は、ありがとうな。

 

俺は、「日本おもちゃ協会の会長」をしながら、〇〇〇〇という会社の会長をしておるんだが、この前のあんたのスピーチを録音して、日本おもちゃ協会の社長たちに送ったら、「ぜひ、あなたを欲しい」と言うんだが、どうかな、先にうちの会社と契約してくれんかね・・・。

手に、書類を持っていて、そこに書かれた契約金は、「1億円」!

そして、年収も「5000万円」と書かれていたので、驚きました。

老人

なあ、やっぱり、安いかのう?

 

ワシは、もっともらっているんだが、やっぱり、ワシより安いのは嫌か・・・。

 

じゃあ、「年間1億円の給料」じゃあ、ダメか?

 

なあ、サインしてくれよ!頼むから!!

 

他の会社はもっと出すかもしれんので、俺が先に自家用ジェットで飛んで来たので一番のはずじゃ!

 

まだ、他の奴らは来とらんよな?

アマミカムイ
アマミカムイ

あのう、ご老人。

 

大変申し訳ありませんが、どこかの病院を抜け出してきたんですか?

 

こんな私に、1億円も払っても元は取れませんよ!

 

きっと、途中でやめさせたくなりますよ!

老人

だからよ、そういう時のために、最後に書いてあるじゃろ!

 

あんたが自分で辞めたいと言うまで、「一生、このお金は払い続ける」と書いてあるのが、見えんのか?

 

会社はあまり貯めておらんが、ワシは株で儲けたので、いくらでもあんたに払えるんじゃ!

 

もう、社長も取締役にもOKをもらったので、一緒に、プライベートジェットで東京へ行かんか?

 

なあ、一緒に東京へ行こうぜ!

ボケ老人98%、もし、マジに本気ならすごい金額ですが、きっと、そんなお金を手にするとバカになりそうなので、警備を呼んで、「ボケ老人だから処理して帰して!」と連れて行ってもらいました。

あとから北海道のバイヤーから電話がきて、トコトン怒られましたが、マジで本当の「日本おもちゃ協会の会長さん」だったそうです(^^)

だって、ラクダのモモヒキに、着物を羽織っている姿は、どう見ても「亀仙人」みたいな老人だったので・・・(^^)

その「亀仙人」が言ったとおり、数時間後には、二人、三人とおもちゃメーカーの社長たちに契約書を見せられましたが、2億円、3億円の契約書を見ていると、「それほど中○功会長に義理は無い」と一瞬、思ってしまいましたが、「入社は男の義理の世界」だと思い出し、残念ながら断りました。(^^)

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それとは別に、全国からいろんな人が苫小牧店を訪れて私に会いに来ましたが、いつも、私の持論をぶちかましました。

アマミカムイ
アマミカムイ

過去の常識に囚われて、ごちゃごちゃ言うのは、公務員だけで良いでしょ!」

 

民間企業が、「公務員体質」になったらいかんでしょ!

と怒っていた時、ある北海道のおもちゃメーカーの社長さんが来ていて、

なあ、吉岡さん、あんた、うちの会社に来んかね?

 

給料は今の3倍でも5倍でも出すけんのう。

と言われて驚きました。北海道の小さな会社にとっては考えられない数字です。

有名玩具メーカーの社長が来ているとは知らずに言いたいことを言ってしまったドラマもありましたが、丁重にお断りして、

アマミカムイ
アマミカムイ

いつでも困った時は、アドバイスしますのでお電話下さい。

とだけ伝えておきました。

実際に、二度、三度、その会社の社長と副社長が札幌に来ている時に呼ばれたので、朝礼の時に、全ての社員に対して、「上司に対する仕事の考え方や不満の言い方」を教えてあげました。

アマミカムイ
アマミカムイ

今、お仕事を頑張っている営業の方たち、いつもご苦労様です!

 

でも、今日は社長と会長に頼まれたので言わせてもらいます。

 

あなたたちはいつも「上司の不満」を言いながら仕事をしていると思いますが、いつか、あなたも「誰かの上司」になるんですよ!

 

そういうことを考えて仕事をしているんですか!!!

 

はっきり言って、「完全な人間」などいるわけがありません。

 

毎日、波があるし、やる気がない時もあるでしょ!

 

それでも朝から「数字の文句」を言われるのは頭にくるでしょ!

 

「だったら、自分でおもちゃを持って売ってみろよ!」と思ったこともあるでしょ!

 

そう、それでいいんですよ!

 

あなたが上司になったら、部下に、そう思われるんですから・・・。

 

 

いいですか、みなさん!!!

 

仕事って、自分がやりたくないことをするからお金をもらえるんでしょ!

 

バカな上司の指示であっても、その仕事をするから給料がもらえるのに、そんな素敵な上司の文句を言ってはいけません!

 

もし、本当に文句を言いたい時は、社長か、会長に直接、文句を言って下さい。

 

 

社長や会長たちが、最初に会社を起こした時の気持ちをみなさんは知っていますか?

 

悔しいことなんて、あなたたちの100倍、1000倍あったはずです!

 

昭和の戦後に、「おもちゃ」を買える人はどれくらいいたと思いますか?

 

まずは、「食い物」でしょ!

 

そして、着るものや住む家が欲しかったから、みんな汚い仕事をして頑張ってくれたんでしょ!

 

それなのに、なんであなたたちは、そんなにかっこいいスーツを着て、会社の車であちこち回っているんですか!

 

自分の自家用車におもちゃを積んで売りに行けば、もっと、会社に利益は残るし、それがみなさんの給料になるでしょ!

 

休みの日に、子供たちがあなたの車に積んでいる荷物を見て、「お父さんて、子供を喜ばせる仕事をしてるんだね?」って、言われてごらんなさい!

 

何のために仕事をしているかを思い出すはずです!

 

甘い考えで、安定しているからと、この会社に入った人は、出ていきなさい!

 

これから日本は「おもちゃも戦いの時代」に入るので、本気の人間以外は必要ありません。

 

私がもし社長なら、営業マンを半分にして、綺麗な美人の女性たちを営業に雇いますわ。

 

そのほうがずっと、売り場で働く人たちもやる気になるし、可愛い顔でニコリと営業されたら、「買うよ!」って言ってしまうでしょ!

 

男は誰でも可愛い女に弱いものだから、自分がなぜ、今もその仕事ができているかを考えなさい!

 

そのことがわからない人間は、会社を辞めて、他の会社に行きなさい!

 

さあ、こんなところで、私みたいなアホな男の話を聞いているより、荷物を持って、さっさと、おもちゃを売りに行きなさい!

 

さあ、スタートです!!

※あとで教えてもらいましたが、私の話のあとにすぐに「会社を辞めます」と言った男を説得した会長は、すぐに「支店長」に任命して、こう言ったそうです。

お前が辞めるなら、俺も会社を辞めてやる!

 

だから、お前が支店長になって、この会社を潰してくれ!

さ!やれ!

と言ったそうです。

「実の孫」に言った言葉は、会社全体の空気を変えたと教えてくれました。

講演会が終わった後、ススキノで豪華な食事をご馳走になり、会社と人の動かし方のアドバイスをして、社長交代時期と、資産の運用方法もアドバイスをさせてもらいました。

株式会社ダ◯エーは、取引先からの「歳暮も賄賂も受け取らないルール」があるので、無理して割り勘にさせてもらい帰りましたが、あとから北海道の支店担当者が、社長からとビール券とオモチャをもらいましたが、全てパートとアルバイトに配ってあげました。

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28歳で、人事課長からのお願いで転勤した苫小牧店の売上も利益も1年半で改善できたし、自分の売り場の業績もV字回復させたので、組合と人事課に頼んで札幌へ戻る許可をもらい、30歳で、四店舗目になる札幌店の日用品売り場のマネージャーとして転勤しました。

同時に、「労働組合中央執行委員」にもなったので、誰にも教えず、そっと静かに引越しを終えて、札幌に転勤することになりました。

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