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2024年2月6日、小澤征爾さん死去、ご苦労様でした!

小澤征爾さんとの出会いは、「世界の支配者マーゴ」がスイスの「ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団」で指揮をしている時に会わせてくれましたが、実は、「マーゴの父親のモルガン・スタンレー銀行のオーナーの商品」で、「ホモ」だったので驚きました。

マーゴに紹介された時は、コンサートの練習中だったのを途中で辞めてくれて休憩中に1時間くらい話しましたが、私のことを根掘り葉掘り質問するので、「もしかして」と思うと、自分で「ホモ」だと教えてくれました。

小澤征爾さんが世界へ指揮をしに行く理由は、「いい男」がいる場所しか行かないので、「吉岡さんが札幌にいるなら札幌交響楽団にでも行こうかしら?」と言われましたが、札幌交響楽団の知り合いもいたので経営がうまく行かず、演奏者全員が個人でアルバイトしている実情を聞いたので、「あなたのような高額な給料は払えないので無理だと思いますよ」と教えておきました。

「今日は、どこのホテルに泊まるの?」としつこく聞いてきましたが、「このまま今日は他の国に移動するのでスイスには泊まりません」と言うと、マーゴが、「あら?泊まりたいならホテルを取るわよ!」とスイスの高級ホテルのパンフレットを見せられて「どこにする?」と言われましたが断り、「ドイツ」に降ろしてもらってメルセデス・ベンツで新しく「GLC350ハイブリッド 防弾ベンツ」の製作を手伝いました。

「GLC350ハイブリッド 防弾ベンツ」は、「私の特許」だらけの特別なベンツでお買い得です。

スイスの高級ホテルは、全てマーゴがオーナーです。

それでもしつこく、「日本の住所を教えろ!」と小澤征爾さんが言うので教えると、「スイスまでの往復航空券」を送ってきたり、「日本でコンサートの指揮をするから来て下さい」と手紙とチケットを送ってきましたし、サインした自分の楽譜を何冊も送ってきましたが、売れば多分1枚100万円前後するそうですが、全部、田舎に持って行き粗塩で「ホモ念」を消して燃やしました。

私は、小澤征爾さんの弟子の「佐渡裕さん」の音のほうが力強くて好きなので、札幌で指揮をする時に聞きに行ったこともありますし、東北の人たちに「第九の指導」していた時にも聴きに行ったこともあります。

小澤征爾はさんは「モーツァルト」が好きなのでソフトで優しい音を奏でますが、私は「バッハ」が好きなので、バッハを指揮する「佐渡裕さん」の音の表現力は素晴らしいので大好きです。

まあ、音楽は嗜好物なので好みはいろいろありますが、国際音楽祭で賞を取った「札幌の女性ピアニスト」にもアドバイスしたし、札幌交響楽団のバイオリニストにもアドバイスしたことはありますので、「クラシック音楽」は心を落ち着かせるために時々、かける時もあります。

ヒーリング系には、「モーツァルト」が最高です。

私は「音楽」というより「音と匂いに敏感」な理由は、子供の頃から山の動物たちと対話していた人間だからです。

大学時代に1年間、留年した時に「岡山一のプロのオーディオショップ」で働いていたほど「オーディオ」が好きなので、視聴室に3000万円以上する高級なアンプやスピーカーやレコードプレイヤーを客がいない時に「最高の音」を聴き入っていたので「高級な視聴室担当」になり社員よりも給料を稼いだ1年間でした。

昔から「耳はとてもいい」ので、フルオーケストラの弦をつまびく楽器の反響音が再現できるオーディオが大好きです。

「レコードプレーヤー」のカーリッジも「ひとつ30万円」のシェアブランドはクリアだし、視聴室に置いてあった1本300万円以上のスピーカーでクラシックを聴くと、コンサート会場よりもクリアに全ての音が聞ける時間が大好きでした。

でも1990年代に全てのオーディオ機器が「デジタル」になったので音が軽いし、「アナログの音の再現性」にはほど遠いので、アルバイト代を貯めて買った大好きな高級スピーカーも「アルニコ」から「フェライト」に変わった時に音がガラリと変わったので、もう「音」を追及することはやめて自分のアルバイト代で買った80万円のオーディオ機器は全て知り合いに差し上げました。

小澤 征爾(おざわ せいじ、1935年〈昭和10年〉9月1日 – 2024年〈令和6年〉2月6日)は、日本の男性指揮者。1973年からボストン交響楽団の音楽監督を29年間[1]務め、2002年 – 2003年のシーズンから2009年 – 2010年のシーズンまでウィーン国立歌劇場音楽監督を務めた。

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団名誉団員、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団名誉団員、ボストン交響楽団桂冠音楽監督、セイジ・オザワ 松本フェスティバル総監督、小澤征爾音楽塾塾長・音楽監督、新日本フィルハーモニー交響楽団桂冠名誉指揮者など。

新日本フィルハーモニー交響楽団の創立者のひとりで、桂冠名誉指揮者だった小澤征爾氏が、2024年2月6日逝去されました。 享年88歳でした。 中国東北部の瀋陽市(かつての奉天市)に生まれた小澤氏は、桐朋学園の創設者である齋藤秀雄のもとで指揮を学び、1959年にブサンソン国際指揮者コンクールで優勝。

指揮者 佐渡裕さん「ずっと背中追いかけてきた ので感謝しかない」

小澤征爾さんに師事し、現在は小澤さんたちが設立した新日本フィルハーモニー交響楽団で、音楽監督を務めている指揮者の佐渡裕さんはNHKの電話取材に応じ、「小澤先生は子どものころから憧れていた1番の指揮者でした。いつかこんな日が来るとは思っていましたが、突然のことで大きなショックを受けています」と話しました。

ヨーロッパの指揮者が席けんしていたオーケストラの世界で、日本人の小澤さんが活躍できたことについて佐渡さんは「小澤先生の指揮はすごく正確で誰から見てもはっきりと見えます。精密機械のようなテクニックに加え、ものすごいパッションを持っていることが大きかったと思います」と小澤さんの技術と情熱を高く評価しました。

また、「日本人としてのバックグラウンドを持ちながら、音楽を共通語として世界で通用することを示したことが、僕ら日本人の後輩にとってものすごく励みになりました。日本だけでなく韓国や中国からも優秀な人が出てきている、そういう時代につながったと思います」と小澤さんの功績の大きさをたたえました。

そのうえで、「小澤先生の背中をずっと追いかけてきましたが、追いつかない存在でした。26歳のときにタングルウッド音楽祭のオーディションで選んでくれなかったら、僕は海外に出ていなかったかもしれません。ヨーロッパではうまくいく時もいかない時もありましたが、よく食事に誘ってもらいました。そんなとき音楽の話はほとんどしませんでしたが、『頑張れよ』と言われているように感じました。本当に感謝しかありません。ありがとうございました」と話していました。

 

ちなみに、「三大テノール」と呼ばれる音楽とサッカーを愛する「オペラ歌手、ルチアーノ・パヴァロッティ、プラシド・ドミンゴ、そして、ホセ・カレーラスの声が大好きだと「マーゴ」に言うと、すぐにイタリアに連れて行ってくれて一番前の席で聞きましたが、やはり、最高でした。

私が大好きなルチアーノ・パヴァロッティといろんな話をしていると、「吉岡のためにもう一度、野外でやるのでおいでね!」と言われてチケットが送られてきたのでイタリアへ行くと、世界の私の知り合いの要人たちもいるし、VIPたちもいたので、やはり、「音楽は国境越える!」と思い感動しました。

しかし、「3大テノールの三人」も全員、「マーゴの商品」だったので、ルチアーノ・パヴァロッティが「マーゴの許可」なく勝手にコンサートを開いたので、「マーゴ」に2007年9月6日に殺されてしまいました。

オペラが好きならとマーゴが「英国ロイヤル・オペラ」の最高の席で、イギリス女王陛下と一緒に見ましたが、女王陛下のほうが焦って色々気を遣ってくれましたが、オペラの場面展開が遅いので飽きてしまいました。

マーゴに、ストーリー展開が長くて飽きたので、メインだけ見せて」と言うと、世界一のソプラノ歌手の「サラ・ブライトマン」を呼びつけて二人の前で歌ってくれましたが、最高でした。

マーゴが、2022年11月~12月に東京、名古屋、大阪の3都市で「クリスマス・シンフォニー」のコンサートを開催して一番前に聞かせてくれましたが、「サラ・ブライトマン」も「マーゴの商品」なので、私が仲良くなった歌手や役者はたくさん殺されたので軽い挨拶だけして帰りました。

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