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早坂茂三さんと巨人軍正力亨オーナーとマーゴの関係

田中角栄首相を支えた秘書はSPも兼ねていたので「12人」もいましたが、もっと難しい「裏番頭が早坂茂三さん」だったのですが、田中角栄さんが捕まる前に早坂茂三さんに「秘書を今すぐやめろ!お前は首だ!」と言ったほど、田中角栄首相がもっとも信頼していた人が、早坂茂三さんでした。

 

 

突然、議員秘書を辞めさせられたあと、私に電話がかかってきて、「急に秘書を辞めたので暇でやることがない」とぼやいたので対策を考えました。

 

「早坂茂三さんほど政治の裏表を理解している素晴らしい人はいない」と政治家の誰もが口にしていた人なので、私もできることを真剣に探しました。

あれだけ「裏」で活躍した人なら、ボツボツ「表で活躍してもいい時期」だと思ったので、「札幌の社長会」に来ていた「TBSの社長」に電話をすると、

「番組を1本作るだけでも正力オーナーの許可がいるので自分で許可を取って下さい」

と、携帯の電話番号を教えてくれました。

 

テレビ局の管理は「総務省」なので、「総務省の特別上級国家公務員」という名刺を作り、正力亨オーナーに会いに行きました。

 

▶️正力亨オーナー(1918年-2011年)・読売巨人軍球団オーナー

 

吉岡)私はこういう者ですので、少しだけお話をさせて下さい。(名刺を渡す)

 

 

正力オーナー)あー、吉岡さん、やっときたか・・・、「マーゴ」から君のことは聞いているよ。

いつ来るかと、首を長くして待っていたんだ。

今日はどんな面白い話のネタを持ってきたんだい?

 

いろんな奴に、札幌で行っている「吉岡学の社長会」に出た方がいいですよ、と言われていたんだが、もうこの年だから札幌まで行くのも大変なので、君が来るのを待っていたんだ。

だから、今日はゆっくりしていってくれたまえ。

 

 

・・・・・高そうなバーボンの口を開ける・・・・

 

 

吉岡)正力オーナーは、私より41歳も年上なのに、どうしてそんなに長く巨人軍の監督をしているんですか?

 

 

正力オーナー)まず、その質問か?じゃあ、正直に答えよう。

話の前に、この美味しいバーボンで「乾杯」させてくれ!

俺の父親は富山県出身の農家の息子なので、吉岡学さんが「南朝の頭領」になったと聞いた時は驚いたんだぞ!

「12歳で吉岡一門の頭領」なんて、さすがにすごい訓練をしてきたんだろうなあ。

これは感謝の印で買っておいた最高級のバーボンなので、1杯飲んだらこのボトルを持って帰りなさい。

 

俺は15歳も年下の「マーゴ」に騙されて「WarGam(戦争ゲーム)」に乗ってしまったのさ。

 

だってな、あの女、俺が銀座のクラブで飲んでいる時に、テーブルの下から顔だけ出して会ったばかりの俺の「チンポをすぐに咥える女」なので、頭がおかしいと思ったが、フェラが美味かったのでつい精子を出してしまって、話を聞くしかなかったのさ。

 

マーゴはな、今回の「WarGam(戦争ゲーム)」はとても大きな戦争になるし、「昭和天皇も乗ったのよ!」と言うので、それを聞いたら乗るしかないだろう!

 

でもあとでわかったんだが、「昭和天皇(北朝)は日本が負ける方に乗った」ので大儲けしたが、バランスが悪いということで、「南朝の俺は、日本が勝つ方に乗ったのは俺だけだったみたい」で、あとから莫大な請求書が送られてきたので、早々、「巨人軍のオーナー」を降りるわけにはいかなかったのさ。

 

1945年に「大東亜戦争」には負けたが、最後まで一緒に戦ってくれた台湾出身の王貞治を見つけて巨人軍に入れたのは、「台湾の人たちに俺の申し訳ない」という気持ちの表れさ。

 

俺も、俺の父親も富山県の「南朝の武士」の意地があるので、一度負けた戦いは勝つまでやるしかないので、「日本が勝つほうに賭けた分の借金」が大きすぎたので大変だったのさ。

 

だから、「WarGam(戦争ゲーム)」に負けた分を取り返すために、今度は、「マーゴの野球賭博」に手を出したんだが、これもなかなか難しくてなあ・・・。

 

 

長嶋と王がいた時は良かったんだが、同じ南朝の熊本県出身の「川上哲治」を監督にしてやったのに、最初はなかなか勝てんので苦労したんだぞ!

 

「野球賭博」は難しくてなあ、勝ったり負けたりするスポーツなので、「WarGam(戦争ゲーム)」みたいに一気に結果が出ないのでやっと最近、借金を返したばかりなんだ。

 

そんな俺に何を頼みたいんだ?

みんな言っていたが、「吉岡さんが動く時は大きな策略を持って裏から日本を動かしているので、絶対に乗らないと損なので乗った方がいい」とみんなが言っていたが、俺は何をすればいいんだ?

 

 

ここで日本ために、アメリカと戦ってくれた田中角栄首相を支えた「早坂茂三さん」の話を出して「番組の枠」をもらい、日本のために「裏」で働いた時のことを話すと、盛り上がりすぎて用意した最高級バーボンのボトルを二人で開けてしまうほど、お酒が強い人でした。

 

TBSの番組編成はコマーシャルがびっしり入っていたほど人気なので、「朝6:45からニュースが流れる前の6時からならやっている「時事放談」の枠なら取れます」と現場のプロデューサーに確認できたので、そこで番組の枠を「早坂茂三さん」を出演させる特別な時間を作ってもらい、田中角栄首相は、アメリカのロッキード社に嵌められてビデオを撮られた話をしてもらい、初めて真実を世の中に公開してくれました。

 

田中角栄首相がロッキード社からもらった「ピーナッツ」と呼ばれた現金は、そのまま日本の政治家に渡した記録も残していたので、「賄賂には当たらない」とマルサの課長に確認しましたが、結局、外務省指示でマスコミ報道を操作されて逮捕される事件になりました。

 

こんなバカなことを考えるのは、「財務省の小指チンチン鈴木友康親子」ですし、そこに加担した国会議員と裏切った秘書たちもいたので、田中角栄首相は一切の真実を語らなかったからこそ、私は早坂茂三さんの本当のことを話してもらいたかったのです。

 

国家公務員にお金を渡して陥れる「贈賄罪」の罪に問われるべき「鈴木友康親子」をどうして国は、追求しないのでしょうかね?

どこの部署にも真面目な人はいますが、同時に、お金で白を黒にする人間もたくさんいるのが、「国家公務員」という仕事ですので、「収入が安定しているだけ」で国家公務員にする親が多いのでお気をつけ下さい。

 

私が正力亨オーナーに会ったのは1991年で、「時事放談」が30年目を迎える1987年3月29日に同タイトルでの放送を終了し、以後は『日曜放談』に改題して、同年4月5日から1992年3月29日まで放送した最後の特番として「時事放談 特別番組」の枠を取ってもらい、「早坂茂三さん」が1回だけと言ったのに視聴率が高かったので3回も連続放送してもらいました。

 

 

1991年当時、私は32歳、正力亨オーナーは73歳、早坂茂三さんは61歳のチームでしたが、3回の特番を取り終えると、「俺は、実家の函館に戻って畑を耕す」と言ったあと、73歳で亡くなりました。

 

▶️真面目に政治の話をやりとりしている日本で唯一の番組「時事放談(TBS)」

 

「早坂茂三さん」という人は、ヤクザごとにも強いし、国家警察の裏表にも顔が効くし、世界の政治家たちにも顔が効く男でしたが、彼に初めて会った時も私のことを誰かに聞いていたようで、こう言われました。

 

早坂さん)俺は自分が一番賢いと思っていたが、吉岡学さんのことを色々調べてみると、もうその言葉は言えなくなったんだぞ!

どうして君は、そんなに頭の回転が速いのかコツを教えてくれ!

 

 

吉岡)私は早寝早起きして健康的な生活を送っているように見える真面目なサラリーマンですが、実際は、全くその逆に生きた結果なのでしょうかねえ?

 

早坂さん)俺だけじゃなく、誰もが言っていたが、吉岡さんはいつ寝てるんだろう?と、どの政治家たちも言っていたぞ!

だから、君が健康的な生活をしていると思っている人間は一人もいないはずだぞ!

だって、いつ電話してもすぐに出るし、電話の横で女の喘ぎ声がしているから寝てるんじゃなくて、いつもいろんな女と一緒にいる男だと有名だぞ!

だから、俺くらいには嘘はつくな!

俺と吉岡さんは、一緒に国と田中角栄を支えた戦友なんだからな!

 

と言って下さいました。

 

 

最後に、早坂さんにお会いした時に言われた言葉

 

いいか、吉岡さん、国会議員という奴は、「1期・2期はションベンたれ小僧」、「3期4期はあまちゃん」、「5期6期で目が出て花が咲き」、「7期を超えたら邪魔者扱い」されて、10期を迎える頃にはバケモノよ!!

それでも居続ける国会議員は「たぬき議員」と呼ぶんだよ!と教えてもらい、大笑いしました。

 

実際のところ、今の日本の政治家で「まともな国会議員は1割」くらいしらいませんが、それでも「定数」まではバカでも受かる法律があるので、国会議員も県議会銀も、市議会議員も、「国民の数に比例して人数を減らしたほうが良い」と私は思います。

 

日本全国の田舎は過疎化しているので、市町村議員や町会議員の数を市民や町民の人口比率で計算すれば、ほとんど、一人か二人でいいはずなので、無駄な税金を払いたくない人は、まず、「議員定数削減の緊急動議」を出して可決させれば、すぐに国会議員の数は減らせます。

 

この方法は「違法」ではありませんし、自分で書いた紙を持って「緊急動議!」と叫んで、市議会議員の会議室へ入ると、議員たちは、緊急動議の内容を声を出して読まなければいけないという法律があるので違法ではないのです。

 

どこの市町村でも、市民が町議会や市議会の会議に「緊急動議」を出せる法律になっていますので、ぜひ、自分で手紙を書いて、「人口比率にあった人数に議員を減らす緊急動議」を出して下さい。

できれば過半数の賛成を得られるように、上手に退職予定の市議会議員と結託を組んで、知り合いの議員たちに根回しをしてからやって下さい。

 

「自分の町の利権者」に文句を言うのは気が引けると思いますが、もう、いいだけ年をくって物覚えが悪い爺さんたちに、市長や町長や議員をさせてお金を渡す意味はないので、若い世代でやる気のある人は、仲間を集めて自分の町を支えるために一緒に死んでくれる仲間を何名持てるかだと思いますので、どうぞ、頑張って下さい。

 

世の中を変えるのは、「若い世代の新しい価値観」次第ですので、「温故知新」を実践しながら、自分が住む町を自分たちの手で改善して住みやすくして下さい。

 

 

「人の繋がりよりもお金が大事」と思った人たちが住む「都会」は、悪魔とゾンビと嘘つきが集まる場所ですので、どうぞ、「住みづらい都会」なんて目指さずに、田舎の心優しい若い女性を見つけて子供を作り、命を守る食べ物を一緒に作って自分の町を再生して下さい。

 

「北海道」はそれができる「唯一の土地」ですので、札幌市以外の田舎に住んで、土地の人たちと交流して本音で話せる仲間を作って下さい。

 

私が「表向きの国の官僚の仕事」を終えた1994年から「自分を育ててくれた北海道に恩返しをしたい」と思ったので、北海道の横道孝弘知事に「特別上級国家公務員の名刺」と「安倍首相の名刺」を見せて、未来の北海道のために何ができるか「特別対策室」を作り、若手の北海道庁の役人たちを集めて細い指示を出して何度も話し合いをして、「日本は小さい、北海道は大きい」と「北海道はでっかい道」の二つのスローガンを作り、北海道の14の支庁(振興局)から北海道観光のスローガンにしてもらいました。

 

横路孝弘知事

 

 

北海道は、本州の人たちと違って「江戸時代の武士の戦いの因縁の話」を繰り返し話す老人もいないし、若い世代のやる気を失わせるような老人もいないのが北海道という土地ですし、その理由はまだ「100年ちょっと」しか経っていないので「土地のカルマが全く無い綺麗な街」なのです。

 

最後に、これから未来を作る若者たちへ「吉岡一門に伝わっている温故知新」言葉の意味をお伝えしますので、先人から学ぶ意味で自己研鑽して下さい。

 

 

「温故知新」の正しい意味

「温故知新」という言葉を最初に口にしたのは「吉岡一門の頭領」だったので、日本の学者に「四文字熟語」に加えさせましたが、それができた理由は、「四文字熟語」を最初に作ったのも、吉岡一門の頭領だからです。

「温故知新」の意味は、「古きを尋ね、新しきを知る」という意味が一般的ですが、もっと深い意味は、自分を暖かく育ててくれた先祖たちの想いを大切に学びながら、新しい発想と知恵を出して、新しい時代を導け!」というのが意味があります。

 

国立図書館に行けば、「温故知新書」という本があり、「前田家蔵本の複製」と出ていますが、前田家は「加賀藩」であり、加賀藩は、「富山藩(吉岡藩)の一部」でしたので、「吉岡一門の書物」を学んだ前田家が残したものとして国立図書館に保管されていますので、ぜひ、吉岡一門の頭領たちが日本国をどう動かしてきたのかの知恵を自分で勉強して下さい。

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