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  3. ◯1982年(23歳〜)ダイエー・中内功・松下幸之助・ロジワン・ダイエー労働組合中央執行委員・UAゼンセン・連合・民社党・自民党
  4. ダイエー労働組合は「民社党支持」だったので、私は「民社党の評議委員」として全ての政治家を裏からサポートしていました。

ダイエー労働組合は「民社党支持」だったので、私は「民社党の評議委員」として全ての政治家を裏からサポートしていました。

1989年10月から北海道ダイエー労働組合の「中央執行委員」になったと同時に、「ゼンセン同盟(UAゼンセン)中央執行委員」と「民社党の中央執行委員」にもなりました。

1990年代の民社党は、全国の労働組合を中心とした政党だったので、「自民党右派と社会党右派の中立派」として大きな影響力を持つ政党だったので、北海道4区の小平忠(衆議院議員11期)や息子の「小平忠正」の「選挙オルグ」のために「選挙カー」でマイクを持って呼びかけもしたことがあります。

同じ「北海道4区」から出た「鳩山由紀夫」のお母さんから頼まれたので、タダで「裏」でいろいろ動き回り、「一期だけ首相」にしてやりましたが、「最低でも県外」と沖縄でバカなことを言ったので、「9ヶ月間でクビ」にしてやりました。

鳩山由紀夫首相 2009年9月16日~2010年6月8日

 

鳩山由紀夫の母親は、ブリヂストンタイヤの創業者の石橋正二郎の長女だし、「札幌の社長会」に来ていたので、いくつも技術的な「特許」をタダで開発してあげた結果、「ドイツのメルセデスベンツ」にタイヤを私が売り込んだし、「札幌市の地下鉄のタイヤ」にも売り込んだので、「V字回復」して息子の石橋秀一社長にバトンタッチできました。

1920年(大正9年)3月1日ー1997年(平成9年)6月30日) ブリヂストン会長

石橋秀一(1954年1月19日 – )ブリヂストン取締役代表執行役CEO

 

こういう「人の繋がり」だったので、石橋幹一郎会長の札幌の自宅に招かれた時にお母さんが、「金はいくらかかっても良いので息子を首相にして下さい!」と頼まれたので、イヤイヤ仕事を引き受けましたが、お礼のお金は1円も頂きませんでした。

 

「一人首相」にするだけで「1兆円以上」は軽くかかりますが、いくらお金があっても「首相」にはなれません。
与党代表政党の自民党内で「首相経験者の2人以上の推薦」が必要だし、それ以外にバックにつく国会議員に渡す金が1.5兆円ほどかかるので、「首相レース」は一番金がかかるレースなのです。
私に頼めば一円もお金を使わずに首相になれる理由は、日本を支えている「日本銀行の資産」は「吉岡一門の資産」だし、「18歳からの防衛省と政治家の人脈」と「裏の裏の人脈」を全て持っている人間だからです。

 

1990年代当時、最も政治家が恐れた人は「日本財産と日本船舶振興会の笹川良一会長」だったし、その笹川亮一会長に「俺の資産も財産も吉岡さんに全部やる!」と言われて断った男なのです。
アメリカ大統領・ロナルド・レーガンと1988年にホワイトハウスに会いに行く時にも、私が一緒に飛行機で行ってあげて和服を着せてあげてから、「南朝の日本刀」も1本差し上げたので大喜びしたほど濃い関係です。
現在の日本財産の笹川 陽平さんには、「俺はやりたくなかったのでもらっておけば良かったのに」と言われましたが、「私はいろんな仕事をたくさんしていて忙しいので、何かあった時は連絡させて頂きます」とだけ伝えてあります。
「政治家が持ってくるお礼のお金」は誰かに回して貸しを作り、電話1本で「日本の首相レース」にゴリ押しできる唯一の人間が私なので、「石破のバカ」までは私が決めましたし、「次の首相」もとっくに決まっています。
「政治と金の問題」を色々言う人がいますが、私も「政治家の裏金」は好きじゃないですが、誰かが金をばら撒いたら負けないくらいばら撒かないと「勝負」に勝てないので、政治家の金は「爆弾」と呼ばれています。
「時限爆弾」や「地雷」を誰にどれくらいばら撒いたかを把握して、相手より多くばら撒いたほうが勝つ「金の勝負」なので、選挙が近づくと政治家たちの「秘書」はとても忙しいし、全ての政党の秘書が私に電話で指示を仰ぐので、「首相専用裏番頭」と呼ばれていたのです。
そんな人間が、「ダイエー労働組合の中央執行委員」になって「民社党支持」になれば、いろんな政治家が近づいてきますが、私は一切、金を受け取らないので日本の将来を考えて政党と首相を順番に選んで「強い日本」にするための対策をずっとタダでやっていました。

 

ダイエーは1980年2月17日に「売上1兆円」を達成した「流通業のトップ企業」だし、全産業の中でも流通業はトップの産業」だったので、上り調子の企業だからこそ誰からも尊敬される立場に中内功社長はいましたが、「ダイエーの経営」を裏で動かしていたのも私です。

中内功社長は、「売上1兆円達成後、すぐに「グループ売上4兆円達成」を宣言したので、私が電話でボロクソに言って辞めさせました。

私)ねえ、社長!自分で「俺の会社は100円売っても1円しか儲からない会社だ」と自慢しているけど、実際は「商品部に命令」して「取引先の支払いをしない赤伝票」を切って「利益」にしていることは「あるバイヤー」から聞いているので、これ以上、取引先を潰すのは辞めて下さい。

もし、本気で「グループ売上4兆円」をやる気なら、私の手下を使って社長を殺しますが、どうしますか?

と脅して辞めさせました。

 

そんな中内功社長でも、「ゼンセン同盟 流通部会」に「ダイエー労働組合」が居なければ「ゼンセン同盟」の力も弱くなるので、日本中の全ての労働賃金の妥結率は、「ダイエーの妥結率の前年比が基本」になった程ほど全産業に力がある企業がダイエーという企業でした。

 

「中内功社長は、売上だけ作れば利益はあとで付いてくる」というバカな持論のとおり、「売上の1%しか利益が残らない経営」だったので、売上を伸ばしながら利益を出すアドバイスを商品部と取引先とダイエーの取締役に指導したのは、全て私です。

 

私が中内功社長にやらせた営業指示の一例

「毎月恒例一の市」(毎月恒例)

晴海埠頭の「北海道物産展」(毎年恒例)

豪華客船さくら丸を借り切った「洋上研究発表会」

ダイエー物流センターの設計・運営・取引先交渉

オリコン、カゴ台車、スリム台車導入(私の特許)

冷蔵ケース・氷温ケースの大幅な改善(私の特許)

ダイエー品質管理センターの新設

準社員から「定時社員」に昇格できる新制度導入

アルバイトから「準社員」になれる新制度導入

アルバイトの時給を社員のベースアップに準ずる制度導入

取締役役員の給与賞与人員カット(私の指示)

ダイエーの社員が関連会社に出向できるチャレンジオーナー制度(ローソン・ダイエーフォト)

関連会社の統廃合・合併

など他にもたくさん指導改善しましたが、全て無償でやりました。

 

ダイエーは昔から銀行から金を借りすぎていたのに、さらに銀行から無理やり「長期融資」を受けて関連会社を買い続ける中内功社長だったので、「最高時の関連会社は650社」もありましたが、私が全て整理して処分しました。

「金利も払わない中内功社長」だったので借りた銀行の頭取たちから泣きつかれたので、銀行のためにいくつものカードを作って「金利分の回収」をするために誰もが知っている1978年発売の「OMCカード」のアイデアを出して「金利分以上の収益」は出してやりました。

「OMCカード」の提携カード

OMCカード→三井住友カード(OMC)、OMC GOLDカード→三井住友カード ゴールド(OMC)、地球にやさしいカード(旧名称:OMCエコロジーカード)、セディナカードクラシック(OMC)→三井住友カード(FSクラシック)、セディナカードファースト→三井住友カード(ファースト)、セディナカードJiyu!da!(旧名称:OMC Jiyu! da!カード) 、セディナゴールドカード→三井住友カード ゴールド(FS)、セディナプラチナカード→三井住友カード プラチナ(FS)。

 

2002年3月19日に「産業活力再生特別措置法(産業再生法)」の適用を申請した時の株式会社ダイエーの「有利子負債」を最初は「250兆円の負債」と国が作った「日本長期信用銀行」が発表しましたが、

実際は「650兆円の負債」があったのでダイエーが潰れると「3万5千社」も潰れたし、60万人以上が解雇になるので私が止めました。

60万人の社員の家族は240万人くらいになるので、私がやらなければ「日本の経済」は吹き飛ぶし、二度と立ち上がれないくらい借金地獄になるので、戦後の日本の繰り返しになっていたほどヤバい状況だったのです。

 

ダイエーグループの全ての関連会社を切り売りして「借入金」もいろんな会社に付け替えて消したので、最後は「日本長期信用銀行」の清算処理もタダでやってあげました。

 

それでも日本国民は相変わらず「平和ボケ」のままだし、「団塊世代ジュニア」はさらに酷い思考なので、もう「今の日本国」を助けるつもりはありませんので、「新しい日本」に最後の勝負をかけます。

 

「ダイエーOMCの母体」「丸興(マルコー)」ですが、「中内一族の資産管理会社」だったので丸裸になるまで絞り出しましたが、経営者は全て親族名義で「持ち株」を持っているので莫大な個人資産を残したおかげで、今も存続しているのです。

 

「イオンに売却」する形にして、「自社店舗をリースバック契約」にしたので、「イオンの赤字」も隠れたし、ダイエーも存続できたのですが、イオンはもともと「衣料品問屋の会社」なので「いずれ潰れる」と思ったからこそ、1990年代の「札幌の社長会」の仲間に、SM店舗とGMS店舗の運営を教えて、「美味しいな、嬉しいな、楽しいな」の「シーナシーナ」という新しいネーミングを作ってあげて経営をお願いしました。

「シーナシーナの資本金」は、「吉岡一門資産」で作ったので、もし、経営を失敗したら、「私が役員全員打ち首処分」と伝えてあります。

関わった社長たちには、「吉岡さんが社長をやればいいのに」と言われましたが、私はいくつも無償で仕事をしているので「忙しいから無理」と断りました。

 

「消費者難民」だけは出さないようにしないと日本国民の活力がなくなるので、30年後を考えて作った会社が、「シーナシーナ」ですし、相川博史社長はジャンケンで負けて社長になった人なので早く稼いで利益を出して下さい。

 

現在の株式会社ダイエーの2024年2月期の業績は、売上高が2923億円(対前年増減率4.7%増)、純損失が27億8600万円。また経営が悪化しているので、ボツボツ潰してもいいかと思っています。

私がダイエーに入社した1982年からずっと「利益改善」と「労働環境の整備」と「作業効率の向上」を担当したので、日本の都銀の頭取たちからは、「ダイエーの裏番頭」と呼ばれていたほど有名な人間でした。

 

「労働組合の仕事」は「従業員の賃金を上げること」が第一目的ですが、そのためには「会社の収益内容」や「借入金」や「人件費に関わる全てのこと」を勉強して、ライバル企業との差をつける「営業対策」も必要なので、全て私の指示で取締役たちを動かして「売上と利益」と「従業員の賃金」を上げ続けました。

そんな仕事をしていれば、当然、「ダイエー本体」にもバレるので、「北海道ダイエー」にいる私が「全ダイエー労働組合の委員長」から呼び出しがあった結果、殴り合いの手間で1発だけ私が委員長をビンタして終わらせたので、「ダイエーグループ全ての労働賃金」と「株式会社ダイエーの経営アドバイスを自由にしていい」と言われたので、会社を辞めるまでやり続けましたが、辞めてもよく取締役から電話が来ていました。

 

「ゼンセン同盟」という労働組合の団体は、サラリーマン・OLの働く人たちの集まりなので、当然、政治的支持政党は「民社党」なので、自動的に「民社党の評議委員」になり、「民社党・自民党・公明党」の「自公民連合のアドバイス」もしていました。

時代の流れと共に「社会党」は右翼と左翼の二つに分かれてさらに二つに分かれましたが、「民社党も二つ」に分かれたので、「新政党の代表」になる「人選」は全て「私が許可」を出す形にしました。

国民民主党、社会民主党

全ての政治家には、「私の許可がないと新党を作ることができない暗黙のルール」にしたので「多額の賄賂」を持ってきますが、「一円も受け取らないでアドバイスするのが怖い」と恐れられた人間です。

自由民主党立憲民主党日本維新の会公明党日本共産党参政党日本保守党、国民民主党、社会民主党

 

もう「政治政党」も増えすぎたので、一気に整理する予定です。

 

私の父は農家なので「自民党」ですが、私のサラリーマン時代は「民社党」だったので、「父とは政治の話はしない」ことにしていましたが、父にだけ「防衛省の仕事」と「官僚の仕事」をしていると話すと、

「もう全部、知っているぞ!お前が何をしているかくらい、俺の耳には自動的に入るので変なことだけはするなよ!」

と言われたので、さすが、「吉岡一門の前頭領」です。

 

「父の人脈」もすごいですが、私は現役だったので、(日本社会党→)(社会民主党→)(旧民主党→)民主党と移動させて、アイヌの萱野 茂(かやの しげる)1926年6月15日2006年5月6日)を国会議員にしてあげたので、「アイヌ新法」を国会で作らせて「アイヌに補助金」が出るようにしたのも私です。

「日本の全ての政治家」が私を知っているので、日本テレビネットワーク協議会のそこまで言って委員会の「やしきたかじん」に頼んで、「安倍晋三さん」に何度も出てもらったり、山口県で一緒に温泉に入ってもらったので、「そこまで言って委員会」の出演者と晩餐会議をしてもらい、ニュースで流したのも私のアイデアで大成功でした。

「男風呂」なので、SPを兼ねて私が撮影したので、こんな画像が世に出ることはありませんが、「2度目の首相」にするための作戦だったので大成功でした。

「安倍さん、オチンチンが見えているよ!!早くしまって!!たいして大きくないチンチンなのに偉そうに出すと、安倍さんのファンが泣くよ!」と言える関係でした。

「やしきたかじん」は読売テレビの「正力オーナー」と揉めに揉めて大嫌いだったので、関東で「そこまで言って委員会」は放送されていません。

「正力オーナー」に私が直接、会って、いろんなヤバいことをしている事実を見せつけても「イエスを言わない頑固者」だったので、やっぱり、天皇を騙して関東に連れて行った「北朝組の関東人」には「情」がありませんね。

私を敵に回して良いことはないので、いずれ「読売テレビ」も潰すかもしれません。

 

「そこまで言って委員会」は、真面目な本音トークの言いたい放題番組なのに関東の人たちは見ていないので、「真実の政治経済の真実」を関東人は誰も知りません。

「そこまで言って委員会」には、「安倍晋三さん」も何度も出たし、田中角栄を支えた「ハマコー」も何度も出たし、有名芸能人もたくさん出したので、「超真面目で真剣で面白い政治経済番組」として日本中でとても有名な番組になったので、インドもモディ首相も「録画テープ」を見ていたので、「スターリンク」を契約してくれたお礼に「生ライブ配信」を見れるようにしてあげました。

 

札幌には「やしきたかじんの女」がいたので、女の札幌のマンションで、私と「やしきたかじん」と女の3人でいろんなことを話し合った結果、「やしきたかじんの全ての財産」を彼女に渡してもらう契約にして、知り合いの弁護士を通して収まりました。

 

私が本気で関わる人間は家族ごと相談に乗るので、良いも悪いも全て知っている情報通の私は、タダでたくさんの人たちの裏のサポートを担当したので、「首相専用裏番頭」と決めて余計な人からの電話は受けないことにしました。

「安倍晋三首相のお礼」が、北海道白老にできた「国立アイヌ民族博物館ウポポイ」ですが、白老アイヌの山丸郁夫エカシと安倍晋三首相をを殺したは「財務省の鈴木友康」なので、もういろんな部署から処分命令が出ているそうです。

白老アイヌ 山丸邦夫エカシ

2022年7月8日 安倍晋三首相暗殺

 

2001年からは、「私の分身」が日本のいろんなジャンルをサポートしているので、「そこまで言って委員会」は今も大人気で勉強になって楽しい番組です。

 

ここまで「そこまで言って委員会」に関わると全ての出演者やスタッフも知り合いになったので、司会者だった「辛坊治郎」に変わる男はいなかったので、今は「女の司会者」に番組のリードを任せて盛り上げてくれています。

以前の司会者だった「辛坊治郎の太平洋横断失敗」は、私の部下の自衛隊に命をかけさせるほど「危険な任務」をさせたのでこう言ってやりました。

「国のお金を使ってお前を助けたお礼もできない人間は、二度と、テレビに出るな!出たら殺すぞ!」

と私が言ったのでホームページとYOUTUBEでまた金儲けをしています。

 

いくら金を持っている人間でも、調子に乗った人間は限度がないので、「ある基準」を超えたら自動的に処分されると思って下さい。

「角川 春樹」も助けたし、「西武の堤義明」も助けたし、いろんな有名人も裏から上手に助けたのに、日本は1990年代から何も良くなっていませんのでもう諦めました。

角川文庫 角川春樹

西武グループ 堤義明

 

法律がどうのこうの言えるのは「平和ボケの日本人」くらいで、今、世界で起きていることが自分の身の回りに起きたら誰があなたを助けてくれるのですか?

自衛隊は人手不足なので自分のことは自分で守って下さい。

 

今、日本政府が「東南海地震」「南海トラフ地震」と言葉を変えて伝えている理由は、東の人間に移住されると東の地価が下がる」ので、「関東の4365万人の命と引き換えに金儲け」を考えている奴らが、日本を動かしているのです。

「東南海地震」は必ず、起きますので自己対策して下さい。

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