1. HOME
  2. ブログ
  3. ◯2025年〜New World Japan 21 Project
  4. 印パのむなしい停戦…インド・パキスタンどちらの政府でもない「本当の敗者」とは?

印パのむなしい停戦…インド・パキスタンどちらの政府でもない「本当の敗者」とは?

Newsweek 2025年5月21日(水)14時40分 ジャファー・A・ミルザ

インドでは、アメリカの介入に抗議してトランプ人形を燃やす場面も 

<「無敵のインド」幻想に囚われっぱなしのモディに、自国民に苦難を与えるパキスタン軍、地域全体を脅かす核戦争の危機は脱したが──>

全面戦争の瀬戸際だった。武力衝突を深刻化させていた核保有国同士のインドとパキスタンが、一転して停戦に合意したのは表向き、アメリカの仲介のおかげとされている。

両国の最近の対立は、核兵器の使用が検討されているとの見方が出るほどだった。アメリカが即座に介入したのが、緊迫度のいい証拠だ。

5月10日に停戦合意が即時発効して以来、インドもパキスタンも勝利を主張し、自国に都合のいい話をしている。

実際の勝者の判断は難しいが、確かなことが1つある。真の「敗者」は両国の国民だ。

 

今回の衝突は、インドが実効支配するジャム・カシミールの町パハルガムで、4月22日に起きた「銃撃テロ事件」がきっかけだった。事件に直接関与したかはともかく、領有権を争うカシミールで、パキスタンが代理勢力である武装組織を支援してきたのは事実だ。

パキスタンはおそらく理解していないが、こうした支援は効果ゼロだ。むしろ、パキスタンの国際的評判を傷つけているばかりか、先住民(カシミール人)の自決権問題という紛争の本質を深刻にむしばんでいる。

 

「イスラム過激派のテロ」というレッテルは、主要国に警戒心を抱かせ、その支持を取り付ける上で利用しやすい。

カシミールのパキスタン代理勢力の存在は、多くの意味でインド側の役に立つ。宗教的過激主義だとして、カシミールの自治権運動の正当性を奪うのに好都合だからだ。

その結果、今や国際社会はカシミール解放運動を、宗教的闘争と見なしている。

最近の武力衝突は、インドのナレンドラ・モディ首相のようなポピュリスト指導者は自国民だけでなく、地域全体にとって重大なリスクだと思い知らせる出来事でもあった。

南アジアを核戦争の危機にさらしたのは、隣国を武力で支配する「無敵のインド」というモディの幻想だ。

モディの幻想と軍の抑圧

残念なことに、対立する国家が国外の代理勢力を支援するのは、非正規戦の厳しい現実の1つだ。それでも、ほかの主権国家への軍事的な直接攻撃は正当化できない。同等の防衛能力を持つ国家が相手の場合は特にそうだ。

 
 

植民地インドの支配は「無計画で場当たり的」だった…知られざるイギリス統治の歴史

2023年06月21日(水)11時10分
稲垣春樹(青山学院大学文学部准教授)

890年代のムンバイ(ボンベイ)の様子 ZU_09-iStock

<政治的決断を独占するのが主権者であるならば、植民地政府は主権者ではなかった…。現代における、法の論理と緊急事態の論理の対立を再考する>


近年の研究により、イギリスによる植民地支配は従来考えられてきたよりもはるかに場当たり的で無計画なものであったことが明らかになってきている。

拙著『英領インドにおける法の支配と緊急事態――19世紀初頭の司法政治』(The Rule of Law and Emergency in Colonial India: Judicial Politics in the Early Nineteenth Century)の主たる事例は現在のインド西部マハーラーシュトラ州で、当時ボンベイ管区と呼ばれた地域である。

イギリスは数次にわたる「マラーター戦争」の結果、ボンベイ(現ムンバイ)を中心とする広大な領土を征服した。

征服後の領土にどのような統治制度を敷くかは、インド統治を担っていた「東インド会社」にとって喫緊の課題であった。東インド会社は独自の軍隊を有するのみならず、会社員であるイギリス人の官僚組織を通じて立法・行政・司法の運用を担っていたからである。

しかしイギリスは、インドにおける支配領域を順調に拡大していったわけではなかった。なにより、統治者たるイギリス人が一枚岩ではなかったのだ。

18世紀後半以来、東インド会社と私商人との商業上の争いを仲裁するため、インドには東インド会社から独立した国王裁判所(King’s Court)が設置されていた。

当時の史料には、この国王裁判所が、法の支配を掲げて、東インド会社とたびたび論争となったことが記録されている。

例えば国王裁判所は、マラーター戦争中のコメの供給価格をめぐって東インド会社を訴えたインド人商人を勝訴とし、判決文の中で東インド会社の圧政を批判している。

このような行政・司法対立において前景化したのが、法と治安維持の対立、あるいは、法の論理と緊急事態の論理の対立であった。

東インド会社は、現地のインド人による暴動や反乱といった危機に対処するために、行政官には超法規的な措置をも含む大きな裁量権が与えられるべきだと考えていた。

例えば1820年代には、ビルマ戦争の余波がインド全土に及び、イギリスのインドからの完全撤退が噂されるような大規模な治安の悪化がみられた。そのように非常事態が常態であるような植民地では例外的な対応もやむなし、とされたのである。

 

これに対して、国王裁判所は、インド人にもイギリス人と同じ法の保護が与えられるべきだと主張した。

判事は法廷で、緊急事態かどうかを決定する権限は政府ではなく裁判所にあるとして、政府による緊急事態への対応を違法としたのだ。

国王裁判所において東インド会社の政策に反する決定が下されることは、イギリス人行政官にとって脅威であった。彼らは、東インド会社の政治的な権威が弱まり、国王裁判所がインド人による反政府運動の結節点となることを恐れていた。

当時のボンベイ知事は、やがて大きな反乱につながる懸念があるとして、インドにおける会社と裁判所との二重権力状態を解消すべきことをイギリスの政府・議会に繰り返し進言している。

最終的に、イギリスの政府・議会は、インドにおける司法の独立性を減じて行政の権限を大幅に強化する法案を成立させ、事態の収束を図った。インド植民地の政治体制はより専制的になっていく。

様々な統治機構改革を統治の現場で実行することは困難であった。ボンベイの例に典型的なように、現場のイギリス人行政官は、反乱の恐怖におびえつつ、その場しのぎの対応を繰り返すしかなかった。

そのようなイギリス人行政官の危機感と恐怖心が、強権的な植民地統治の一因となっていた。

 

このような行政・司法対立は、カナダ、オーストラリア、ジャマイカなど、他の植民地でも頻繁に生じていた。

もちろん、反対に、行政と司法が一体となって現地住民の権利を制限した例も多数存在している。

いずれにせよ、個々の裁判事例において政府が勝訴するかどうか、あるいは、行政と司法の関係が一時的に良好であるかどうかは、根本的な問題ではなかった。

むしろ植民地政府は、緊急事態の認定のような政治的決定を裁判所が下しうる状況、すなわち政府が政治的な問題についての決定権を独占できていない状況を問題視したのである。

カール・シュミットに倣って、政治的決断を独占するのが主権者であるとするなら、植民地において植民地政府は主権者ではなかった。

カール・シュミット(ドイツ語: Carl Schmitt, 1888年7月11日 – 1985年4月7日[1])は、ドイツの思想家、法学者、政治学者、哲学者である。法哲学や政治哲学の分野に大きな功績を残している。

 

現代においても、法の論理と緊急事態の論理の対立は存在している。

2005年、イラク戦争が続く中、アメリカ国防総省は「国家安全保障戦略」において次のような警戒感を示した。

「今後も国民国家としてのわれわれの力は、国際的な対話の場や司法手続きやテロリズムといった弱者の戦略を用いる者たちによって脅かされつづけるであろう」。

法をテロリズムと並列して国家の脅威として認識する姿勢は、法が政治を抑制する強力な手段であるという認識の裏返しである。帝国と法の複雑な歴史は、現代世界における政治権力の脆弱さや、司法の政治的性格について考える手がかりを与えている。

稲垣春樹(Haruki Inagaki)
1983年秋田県生まれ。ロンドン大学キングズ・カレッジにて博士号(PhD in History)を取得。首都大学東京(現東京都立大学)助教を経て、現職。専門はイギリス帝国史。主な論文に、「19世紀前半のイギリス帝国における人道主義と法―英領ジャマイカを事例として―」『西洋史学』270号(2020年)、「令状、騒擾、税金滞納者―19世紀前半英領インドにおける現地人の司法利用と行政官の危機意識―」『歴史学研究』973号(2018年)など。「植民地インドにおける法の支配の比較研究」にて、サントリー文化財団2016年度「若手研究者のためのチャレンジ研究助成」に採択。

 

 

 

 

インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するかも…日本人が知らない印パ間の深すぎる「確執」

2025年4月28日(月)18時55分
ジョーダン・キング、エリー・クック
 

インド各地では、22日に発生したテロ事件に対する抗議が行われている

<カシミール地方で起こったテロで印パ関係が急速に悪化。事態がここまで悪化した背景には、長きにわたる、想像以上に根深い確執があった>

インド北部で起こった「虐殺」が核保有国同士の全面戦争に発展するかもしれない。

4月22日、イスラム過激派が、インドが実効支配する係争地ジャム・カシミール州の丘陵地帯の町パハルガムで、ヒンドゥー教巡礼者や観光客に向けて発砲、26人が死亡した。その後、パキスタン関連とされる武装勢力ラシュカレ・トイバの分派組織である「抵抗戦線」が犯行声明を発出した。

インド政府はこの攻撃についてパキスタンの責任を指摘し、「越境テロ」と非難。両国間の主要な陸路国境を閉鎖し、パキスタン人に対するビザ発給を停止、さらに外交官を除くすべてのパキスタン国民にインドからの国外退去を命じるなどの措置を講じた。

 

インドのナレンドラ・モディ首相は、今回のテロ事件の首謀者に対し「地の果てまで追い詰めて罰する」と宣言した。

一方、パキスタン側は関与を否定。同国のカワジャ・アーシフ国防相は英スカイニュースの取材に対し、インドが「偽旗作戦」で今回のテロ事件を「自作自演」したと主張した。

アーシフはインタビューで「インドによるいかなる行動にも、われわれはそれに応じた対応を取る」とインドに警告した。「もし全面攻撃などがあれば、当然全面戦争となるだろう。事態が悪化すれば、この対立は悲劇的な結果を招きかねない」

加えて、アーシフは世界、中でも「世界の大国を率いる存在」であるドナルド・トランプ米大統領に対し、事態を「理性的に収拾させる」よう介入を求めた。インドとパキスタンは両国とも核兵器を保有しているからだ。

 

「アメリカが介入しなければ、インドが動いた際、われわれも同様の行動をとらざるを得なくなる」

インドのラジナート・シン国防相は、23日の「空軍元帥追悼式」で「この事件の実行犯だけでなく、その背後でこのような邪悪な行為を首謀した者たちにも責任を取らせる。首謀者には、近いうちに相応の報復が待っている」と語った。

英王立防衛安全保障研究所(RUSI)の准研究員であり、キングス・カレッジ・ロンドンの上級講師でもあるウォルター・ラドウィグは本誌に対し、「両国ともに核兵器を保有している。核保有国同士が衝突するとなれば、事態は深刻だ。われわれはこの問題を懸念すべきだ」と語った。

そして、両国の核戦力を管轄する高官たちは有能だが、「何かの拍子に誤解をしてしまう可能性は常にある」とラドウィグは付け加えた。

フセイン・ハッカニ元駐米パキスタン大使は本誌に対し、「現時点でインドは外交的な対応に留めているが、いずれ懲罰的な行動に出る可能性が高い」と懸念を示した上で「インドの報復行為や、それに対するパキスタンの報復によって緊張が高まる可能性はある。しかし、核兵器を保有する国同士の全面戦争を望む者はいないだろう」とした。

そして、「現在の大きな問題は、両国を戦争寸前の状態から引き戻すための十分な関与をアメリカなどの強国がしていないことだ」とアメリカなどの国を批判した。

キングス・カレッジ・ロンドンのインド研究所のスリナート・ラガバン上級研究員はBBCに対して、「インドの国内世論やパキスタンに向け、インド政府は決意を示す強力な対応をするだろう」との予測を語った。

そして、「2016年以降、特に2019年からは、報復の基準は越境攻撃または空爆に設定されてきた。今さらそれより手緩い対応で済ませることは困難だ。パキスタンも報復に出るだろう」との見通しを示した。「インドとパキスタン、それぞれに見通しを誤るというリスクが常に付きまとっている」

ラガバンの挙げた2016年と2019年にはカシミールで両国間の衝突が起こっている。

2016年、インドはパキスタン支配地域にあるとされる武装勢力の発射拠点を攻撃した。これは、カシミールのウリ地区で29人のインド兵が殺害された事件に対する報復だった。

2019年には、インドはパキスタンのバラコットにあるとされる武装勢力の訓練キャンプへの空爆を実施した。これは、カシミールのパルワマ地区で少なくとも40人の準軍事部隊員が殺害されたことへの報復だった。

インドとパキスタンは、1947年の独立以来、カシミール地方を巡って対立を続けてきた。両国ともカシミール全域の領有権を主張しているが、実際には異なる地域をそれぞれ支配している。

 

この領有権争いは、1947年、1965年、1999年の三度にわたる戦争と、数多くの小規模な衝突、そして現在も続く国境での緊張を引き起こしてきた。

数十年にわたり、インド支配地域では分離独立を求める武装反乱も発生し、数万人が命を落とした。

パキスタンはカシミール人の「自決権」を支持していると主張する一方、インドはパキスタンが武装勢力を支援して越境攻撃を行わせていると非難している。パキスタンはこれを否定している。

現在、インド支配地域とパキスタン支配地域を分断する「管理ライン」は、両国側とも重武装化されている。

 

 

 

カテゴリー
アーカイブ