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  4. イタリアの人口の60%が税金を納めていない驚愕事実

イタリアの人口の60%が税金を納めていない驚愕事実

1989年からダイエー労働組合の仕事をしながら、「外務省官僚」の仕事をするようになり、日本によく似た「イタリア」に興味があったのでいろいろ調べたことがあります。

イタリアと日本の国土面積はほぼ同じくらいですが、人口はイタリアの方が約半分です。
 
 
国土面積:
イタリア: 約30万平方キロメートル、 日本: 約38万平方キロメートル。

 
 
人口:
  • イタリア: 約5885万人 (2023年, IMF)
  • 日本: 約1億2586万人 (2023年, 推計)
     
比較:
  • 国土面積はイタリアの方がやや小さいものの、ほぼ同規模と言えます.
  • 人口はイタリアの方が日本よりも少ないです.
  • 人口密度はイタリアの方が日本よりも高くなります.
     
その他:
  • イタリアは、ヨーロッパではドイツ、フランス、イギリスに次いで4番目に人口が多い国です
  • 日本は、国土の約70%が山地で、平野部が少ないのが特徴です.
  • イタリアは、南北に長く、地形や気候が多様な国です.
     

 

イタリアの食料自給率が30年前から低下した主な原因は、「食生活の変化」と、それに対応する「国内農業の生産能力の不足」です。

具体的には、小麦や肉など輸入に頼る食品の消費が増加し、国産の米や野菜の消費が減少したことが挙げられます。

隠された真実が語る国家の危機

皮肉なことに、「ポピュリズム」の根底にあるのは「国民の声を聞け」という民意の尊重を掲げて主張しているが、その実態は、選挙ごとに国民を「顧客」と見なし、人気取りの公約を繰り返す「マーケティング政治」に堕している。

注)「ポピュリズム」とは、既成のエリート層や既存の政治システムを批判し、一般大衆に直接訴えかけることで支持を獲得しようとする政治運動やイデオロギーのことです。しばしば、社会の分断や民主主義の危機を招く危険性も指摘されますが、一方で、大衆の意見を政治に反映させる役割も担うとされます。

今のイタリアと日本に求められているのは、「耳障りの良い約束」ではなく、厳しい現実を共有し、持続可能な社会保障・税制・産業政策を築くための誠実な政治なのではないだろうか。

しかし、イタリアの政治家たちがしばしば国民の名において行ってきた過去25年にわたる数々の失策は、合意形成が現実的な対話ではなく、「減税」や「無料サービス」といった耳障りの良い約束に依存する、ポピュリズム的手法へと変質した結果、三つの深刻な影響をもたらしていると、政治学者や経済学者が警鐘を鳴らし続けている。

過去のポピュリズム的統治スタイルの失策により、イタリア社会の状況は悪化の一途を辿っている。

 

第一に、公的債務の爆発的増加である。

2024年、世界全体の公的債務は100兆ドル(約1京5000兆円)を突破し、これは「世界の1年間のGDP(国内総生産)の約100%」に相当する驚愕的な数字となった。

イタリアはこの不名誉な競争において上位に位置し、債務対GDP比は135%近くに達している。

フランスやドイツといった近隣諸国と比較しても、その深刻さは際立っているが、日本のほうが偉く「政府債務残高」が多いことに驚くと思う。

他国と決定的に異なるのは、イタリアには改善の見通しが極めて限定的だという点である。経済成長率の低迷、人口減少、そして後述する税収構造の歪みが、この状況を更に悪化させている。

 

第二の問題は、真実を語らず、時として意図的に誤った情報を流布することで政治的支持を獲得しようとする手法が、市民の認識を根本的に歪めていることである。

 

多くの国民が「すべてを無料で受け取る権利がある」と信じ込むようになったイタリアは、我々は完全に権利社会となり、「権利の基盤である義務」という概念が辞書から消え去ったかのようだ。

 

しかし、国民が義務を果たされなければ、医療制度は機能せず、鉄道は遅延し、教育は人生の指針を示すことができなくなる。社会は悪化し、怒りに満ちたものとなる。

この怒りを鎮めるために登場するのが、各種のボーナス制度、社会保険料の減免措置(保険料を支払わなくても年金は受け取れるという矛盾した政策)、家族手当(事実上の国家からの小遣い)といった短期的な懐柔策である。

 

光熱費が高騰すれば、国家が介入する。住宅費が上昇すれば、補助金を支給する。こうして市民は考え始める。

「政治家たちが言うように、我々は税金で苦しめられ、多くの権利を持っているのだ」と。それが真実なのか、単にそう信じたいだけなのかは定かではないが、この認識こそが問題の核心にある。

 

第三の結果は悲劇的かつ深刻である。

イタリアに限らず、ヨーロッパ全体で政治的不安定、極端主義の台頭、そして反EU・国家主義的運動の拡大が見られる。民主的制度への信頼失墜、既存政党への不信、そして扇動的な政治家への支持増大は、すべてこの「甘い嘘」の政治文化と密接に関連している。

 

イタリアの人口の60%が実質的に税金を納めていない

コロナ後の一時的な経済回復を除けば、20年以上にわたって極めて低い成長率に甘んじているイタリア。真面目に生きてきた人が、理不尽な思いをする。イタリアの社会には、そんな悲しい側面がある。

最も衝撃的な真実と根本的な問題は、人口の60%が実質的に税金を納めておらず、24%がかろうじて自分が利用する基本的なサービスの対価を支払っているに過ぎない状況で、イタリアが国家としてどれほど持続可能なのかということである。

 

「誠実に税金を納める人がバカを見る」

そんな言葉が冗談では済まされない国、それが今のイタリアである。統計によれば、国民の実に60%が実質的に納税していない現実があり、「逃げ得」がまかり通る構造は、努力や誠実さという価値をむしろ滑稽なものにしてしまった。

税を負担しているのはごく一部の中産階級や企業であり、彼らが国家を支える支柱であるにもかかわらず、その負担感は重くなる一方である。逆に、現金経済や不透明な収入構造の中で「うまくやる」者が生活の余裕を得ているのが実態だ。

 

希望はあるか? あえて言えば、それは「破綻」そのものだ。

制度が崩れ、立て直しが不可避となったとき、ようやく本当の意味での社会的リセットが起きうる。だがその時には、誠実な納税者はすでにこの国を見限っているかもしれない。

国家運営に必要な税負担の全重量は、年収35,000ユーロ(約567万円)以上を申告する人口のわずか17%の肩にかかっている。この構造的歪みは先進国の中でも極めて異例であると言える。

 

具体的な数字で見ると、この60%の非納税者に医療サービス(憲法で保障された不可侵の権利とされる)を提供するためだけで、毎年約600億ユーロ(約9兆7200億円)が必要となる。これは他の誰かが負担しなければならない。

「教育システム」を維持するには更に66億ユーロ(約1兆700億円)が必要で、これらもすべて少数の納税者と借金に依存しており、道路インフラの整備、社会保障制度(再分配だけで830億ユーロ、約13兆4500億円)、中央・地方行政の運営費など、他にも山積する財政負担がある。

この構造では、納税者一人当たりの負担は継続的に増加し、やがて限界点に達するのは明らかだと、イタリアの税制と社会保障制度に関する詳細な分析を提供しているイティネラリ・プレヴィデンツィアーリという研究機関が報告している。

 

二番目の真実は、政治家たちが少子化を嘆き、労働力不足を憂慮しながらも、労働可能年齢の3,800万人のイタリア人のうち、実際に働いているのは2,400万人を見つけるのがやっとという皮肉な現実である。

イタリアの女性の就業率、若者の雇用率、55歳以上の継続就業率(わずか57%)、そして全体的な就業率において、我々はユーロスタットとOECDのすべての統計で最下位グループに位置している。これは単なる統計上の問題ではなく、社会保障制度の根幹を揺るがす深刻な構造的問題である。

 

興味深いことに、外国人労働者がいなければ、観光・ホテル業、バー、レストラン、建物のメンテナンス、造園業、農業、宅配サービスの半分以上が立ち行かなくなるだろう。

イタリア系住民の多くが、これらの職種を「低賃金」「社会的地位が低い」として敬遠する傾向にある。しかし、同時に高い失業率と就業率の低さを問題視するという矛盾した状況が続いている。

 

イタリア人は確かに善良な国民として国際的に認知されているが、残念ながら脱税と社会保険料逃れの分野では欧州首位を誇っている。組織犯罪の影響力においても欧州一位で数万人のマフィアがいます。

 
 
イタリアには、シチリア島の「コーザ・ノストラ」、ナポリの「カモッラ」、カラブリア州の「ンドランゲタ」、プーリア州の「サークラ・コローナ・ウニータ」という4つの主要な犯罪組織(マフィア)が存在します。これらの組織は、それぞれ異なる地域を拠点とし、薬物密売、恐喝、殺人など、様々な犯罪活動を行っています。

 
 
イタリアのマフィア組織

 
    • コーザ・ノストラ (Cosa Nostra):
      シチリア島を拠点とする組織で、かつてはイタリア最大の勢力を誇りましたが、近年は幹部の逮捕により衰退傾向にあります。一般的にマフィアと呼ばれる組織の代表格です。数千人規模。

       
    • カモッラ (Camorra):
      ナポリとその周辺地域を拠点とする組織で約6300人。統一された組織ではなく、複数のファミリーが独自の活動を行っています。

       
  • ンドランゲタ (Ndrangheta):
    カラブリア州を拠点とする組織で、現在ではイタリアで最も強力なマフィア組織とされていて約5200人。ヨーロッパ全体にも影響力を持っています。

     
  • サークラ・コローナ・ウニータ (Sacra Corona Unita):
    プーリア州を拠点とする組織で約1800人

 

彼らが生み出す地下経済のGDPや雇用への影響を考慮すれば、構成員とその関係者は100万人を優に超える可能性がある。この「見えない経済」が正規の税制システムに与える影響は計り知れない。

 

南北で異なる納税意識

崩れゆく福祉と年金制度の持続可能性

イタリアにおける脱税の実態は、地域ごとに著しい格差を見せている。これは、国全体の経済構造の違いをそのまま反映している現象である。

脱税率が最も高いのはカラブリア州であり、納税義務の18.4%が実際には支払われていない。次いでカンパニア州が17.2%、プーリア州が16.8%、シチリア州が16.5%となっており、南部諸州における平均脱税率は16.5%に達した。一方で、全国平均は11.2%である。

対照的に、北部でははるかに低い脱税率が確認されている。トレンティーノ=アルト・アディジェ州(トレント自治県)は8.6%、ロンバルディア州は8%、ボルツァーノ自治県ではわずか7.7%である。

「脱税」によって失われた税収の総額は、経済活動が集中するロンバルディア州で136億ユーロ、ラツィオ州で91億ユーロに上る。

このような脱税の広がりは、税の公平性だけでなく、国家の福祉制度の持続可能性にも深刻な影響を与えている。

| 医療サービスと負担のバランス

イタリアではなぜ、「誰も費用を負担しなければ、質の高い医療や教育は成り立たない」という当たり前の事実を、誰も正面から国民に伝えないのだろうか。

国民保健サービス(SSN)は、国家予算に依存する割合が55〜60%と高く、その財源が脱税によって著しく損なわれている。

 

年金制度においても、現役世代と受給者の比率は1.4636にすぎず、1,620万人を超える年金受給者の存在が、限られた財源を圧迫している。

正規雇用者に課せられる負担は増す一方であり、非公式経済に従事する者たちは本来支払うべき社会保障費を免れている。この構造は、将来の年金資金を危機にさらし、世代間の公平性を根本から揺るがしている。

制度の持続には、広範な納税意識の共有と、地域間の不平等の是正が不可欠である。さもなくば、真面目な納税者が制度崩壊のコストをすべて背負うことになる。

医師や看護師、教師や研究者には適正な給料を支払う必要があるし、施設や機器の整備にも継続的な投資が欠かせない。

もし本当に困窮している人が国民の4〜6%程度であれば、社会全体で支え合うことも現実的だろう。だが、実際には約60%の人が税金をほとんど負担しておらず、社会保障を「当然の権利」として受けている。これでは制度そのものが長く持つはずがない。

 

事実、イタリアでは約3,000万人もの国民がISEE(経済状況証明)を提出し、医療や学費などの公共サービスを無料または割引で受けている。

しかし、その一方で、限られた財源の中からそれらを支えているのは、たった15%の「納税者」たちだ。彼らには増税と負担が集中し、もはや生活すら脅かされている。

なのに、政治はこうした現実を直視せず、むしろ逆のメッセージを送っている。「所得の申告を少なくすれば、支援が受けられる」「たくさん稼げばその分重税がのしかかる」という構図が放置されているのだ。このゆがんだ制度こそが、今のイタリア社会に蔓延する不信と分断の温床となっている。

貧困対策の逆説、支出は増えたのに貧困は拡大している

貧困に苦しむ人々は確かに存在する。しかし、彼らに必要なのはお金や特権ではなく、医療や働く機会の提供だ。

実際、2008年の貧困対策への国家支出は約730億ユーロ(約11兆8,300億円)だったが、現在は1,650億ユーロ(約26兆7,300億円)を超えている。しかし、その間に絶対的な貧困者は210万人から580万人に、相対的貧困者は560万人から870万人に増えてしまった。

つまり、支援のための予算が倍以上に増えたにもかかわらず、貧困層も倍以上に増えているのだ。この矛盾は、今の支援政策が効果的でないか、別の原因があることを示している。

 

さらに注目すべきは、同じ期間の消費行動だ。2008年にはほとんどなかったギャンブルの支出は、現在約1,590億ユーロ(約25兆7,600億円)にまで膨れ上がっている。これは国家の医療費総額を上回る額だ。

また、携帯電話や音楽配信、有料テレビなどデジタルサービスへの支出も増え続けており、イタリアはヨーロッパでもトップクラスの消費をしている。食料や水の消費量も多い。

この消費パターンは、「貧困」の定義そのものに疑問を投げかける。真に生活に困っている人と、生活水準や欲求の高まりからくる相対的な不満を混同してはいけないのではないだろうか。

生活水準に対する期待値の上昇による相対的な不満足感とを区別する必要があるのではないかと思える。

イタリア政治の構造的問題と教育の欠如が招く危機

イタリアの政治システムは、短期的な支持率向上を目的とした政策立案に特化している。

選挙サイクルが4〜5年という短いスパンであるため、政治家たちは長期的な国家戦略よりも、即座に効果が見える「バラマキ政策」を選択する傾向が強かった。

この傾向は、民主制度の根本的な欠陥を露呈している。有権者の多数が短期的な利益を優先し、長期的な持続可能性を軽視する場合、政治家はその要求に応える以外に選択肢がない。結果として、国家の将来を抵当に入れた政策が継続され、問題は次世代に先送りされ続ける。

 

さらに深刻なのは、メディアと政治の関係だ。

複雑な財政問題や社会保障制度の構造的問題を説明するには時間と努力が必要だが、単純で感情的なメッセージの方がはるかに伝わりやすい。「税金を下げます」「サービスを充実させます」という矛盾した約束が、有権者に受け入れられやすいのは当然の帰結である。

 

この問題の根底には、イタリア国民の「教育の不足」がある。

経済学や政治学、社会保障制度の基本的な仕組みについて、多くの市民が十分な知識を持たず、政治家の非現実的な約束を見抜けない。その結果、短期的な利益に惑わされやすく、持続可能な政策を支持できなくなっている。

 

「教育制度」は本来、批判的思考力を育み、複雑な社会問題を論理的に分析する力を養うべきだ。

しかしイタリアの教育は暗記中心の旧態依然とした体制から脱却できず、実社会で必要な判断力や分析力の育成に失敗している。このことは民主主義の質に直結している。つまり、「無料でサービスを拡充し、同時に税金を下げる」という矛盾した約束の実現可能性を理解できない市民が増えれば、政治はますます現実離れしたものになってしまう。

 

特に問題なのは、過去に台頭した左派ポピュリズムだ。彼らは「富裕層から税金を取り、貧困層に再分配すれば解決する」という単純な図式を掲げるが、これは経済の基本原理を無視している。

過度な富裕層課税は投資や起業意欲を削ぎ、経済成長を妨げる。その結果、税収が減少し、社会保障制度の財源不足を招く悪循環に陥るのだ。

さらに、左派ポピュリズムは「働かなくても国家が面倒を見てくれる」という依存心を助長し、イタリアでは人口の約60%が実質的に税負担を免れている状況が続く。

なぜ苦労して働き、税金を納めるのか?国家から給付を受ける方が合理的ではないか?こうした発想が蔓延すれば、社会全体の勤労意欲も生産性も急速に低下する。

 

⭕️日本でも同様の課題が見られる

「義務教育」をはじめとする教育現場では、知識詰め込み型の授業が依然として主流で、経済や政治の仕組みを理解させる教育が十分に浸透していない。

これにより、市民が政治的な判断を下す際に必要な批判的思考力が育ちにくく、短期的な人気取りの政策や分かりやすいキャッチコピーに流されやすい傾向が強まっている。

結果として、社会の持続可能性を見据えた議論が希薄となり、政治の質の低下を招いている。

結局、情報に基づいた理性的な判断ができる市民なしには、健全な民主主義は成り立たない。

イタリアでの過去の左派ポピュリズムの台頭は、教育の失敗がもたらした必然的な結果と言えるが、日本も同じ道を辿る危険性を孕んでいる。

両国に共通する教訓は、教育改革を通じて市民の政治的リテラシーを高めることが、健全な社会と持続可能な政治を築くための不可欠な条件であるということだ。

国際比較からのイタリアの教訓

イタリアの問題は決して例外的ではない。

イタリアだけでなく、多くの先進国が共通の課題に直面している。

フランスでは「黄色いベスト運動」が税負担と公共サービスの不均衡への不満を示し、ドイツでは移民問題と社会保障費の増大が政治的対立を深めている。

アメリカは医療費の高騰と格差の拡大が社会の分断を加速させている。一方で、北欧諸国は高い税負担を受け入れる代わりに、質の高い公共サービスを提供し、政治の透明性と教育の充実を通じて国民の信頼を築いてきた。

 

日本にとっても他人事ではない。

興味深いことに、イタリアが直面している社会問題の多くは、日本にも共通しており類似点がある。

「高齢化の進行」による社会保障費の増大、若年層の就業率低下、そして税負担の偏在という構造的課題である。

日本でも、高齢者への年金・医療給付が膨張し続ける一方で、それを支える現役世代の負担は限界に近づいている。

両国とも「中間層の空洞化」が進行していることだ。

イタリアでは人口の17%が重税を負担しているが、日本でも所得税納税者の上位20%が全体の税収の約80%を担っている状況にある。この構造では、少数の納税者に過度な負担が集中し、社会の持続可能性が危ぶまれる。

 

また、両国とも政治の短期主義に陥りがちだ。

選挙のたびに減税や給付の拡充が約束され、財政健全化は先送りされる。日本の場合、1000兆円を超える政府債務(GDP比約260%)は、イタリアをも上回る深刻な水準に達している。

しかし、国民の多くはこの現実を十分に理解しておらず、「誰かが何とかしてくれるだろう」という楽観主義が蔓延している。

 

さらに、日本もイタリアも労働市場の二重構造が問題となっている。

イタリアでは正規雇用者と非正規雇用者の格差が拡大し、日本でも正社員と非正規雇用者の待遇格差が社会問題化している。この構造は、社会保険料や税収の減少を招き、制度の持続可能性を脅かしている。

今求められているのは、短期的な人気取りを超えた長期的な政策の構築であろう。

政治家には勇気をもって現実に向き合い、持続可能な国家戦略を打ち出す責任がある。メディアも、複雑な問題を単純化して煽るのではなく、正確で分かりやすい情報を提供し、市民が冷静に判断できる環境を整える必要がある。

国民自身もまた、政治や社会問題に関心を持ち、学び、批判的に考える姿勢が不可欠だ。民主主義は受け身で成立するものではなく、市民の積極的な参加によって成り立つ仕組みだからだ。政治家、メディア、市民がそれぞれの役割を果たしながら協力しなければ、持続可能な社会は築けない。

 

真実を伝え、誠実な対話を重ねることが、今のイタリアに必要な変革の第一歩だろう。

新たな政治勢力の誕生だけでなく、政治文化そのものの刷新が求められている。時間は限られている。もし現状のまま進めば、経済的な破綻だけでなく、社会の根幹が揺らぐ危険も増すだろう。

社会契約の再定義を避けては通れない今、透明性、公正な負担、そして何よりも真実に基づく対話こそが、持続可能な未来への鍵なのではないだろうか。

 

Profile

著者プロフィール ヴィズマーラ恵子

イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie

 

 

2022.06.29

意外と多い?日本とイタリアの共通点5選

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Ciao こんにちは、皆さん!

イタリア留学に際し、これまで何度かイタリアと日本の違いについてお話ししてきました。今回は、逆に日本とイタリアの共通点を5選、ご紹介したいと思います。

① 南北に長く、豊かな四季がある

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イタリアは長靴型の半島で、南北に長いです。
北は日本と同じように寒く、南は暖かい気候をしています。
また、気候は温暖で四季がしっかりあるため、日本の気候ととてもよく似ています。
首都のローマは、日本の東京とほぼ同じ平均気温です。

② 食文化の豊かさ

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旬の食材を使用し、土地ごとに豊かな食文化を誇るのは、日本もイタリアも共通ですね。
世界中で、イタリアン、和食が支持されるのも、納得という訳です。

③ 職人技の素晴らしさ

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日本の伝統工芸、そして日本人の手先の器用さは、世界中に知られており、日本の工芸品は世界中から愛されています。

同様に、イタリアにも鞄、靴、ジュエリーなどイタリアならではの産業を支えているのは、職人の人々。師から弟子へ、伝統を受け継ぐスタイルは両国とも共通です。

④ 少子高齢化

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残念ながら、日本もイタリアも、少子高齢化が社会の大きな問題となっています。年々出生率は、どちらの国でも下がってきており、高齢化が進むという事態に陥っています。

⑤ 世界に誇るお国ブランド

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イタリアに「メイド・イン・イタリー」、日本に「メイド・イン・ジャパン」とあるように、どちらの国も、国としてのブランド力が高いのが特徴。イタリア製、日本製と聞くと、安心と品質が担保されていると、世界の共通認識になっていることは誇らしいですね。

日本人が「貧しい」理由

日本人が貧しいのは、皆さんの賃金が増えないからでしょうか? 

1989年に株価が最高額をつけて以来、そして、土地のバブルが本格的にはじけて以来、日本人の所得は、ほとんど増えていません([図表1]参照)。

 

[図表1]日米の家計所得の推移

 

安倍政権で持ち直したかに見えた所得もコロナ禍の影響もあって、残念なことに2020年はマイナス成長になってしまいました。

今後2023年、2024年と所得がどんどん増えてくれれば良いと思っていますが、世界的なインフレと資源高によってコロナ禍・ウクライナ戦争などが原因の不況が見込まれています。このあたり心配なところがあります。

 

「収入」の面については上記の通りですが、「支出」の面を考えると、実は「住宅」というのは家計の大きなウエイトを占めます。

賃貸に住むとしても、ご自分で住宅を取得していくとしても、「住宅費用」という側面では同じことです。

たとえば、3LDKのマンションを購入する場合も、住宅ローンで35年のローンを組みます。その場合は月々の支払いと、マンションの場合は管理費と修繕積立金と固定資産税がかかります。

住宅購入の場合は、「住宅ローンと固定資産税」だけでいいのですが、住宅は定期的にメンテナンスが必要なので、マンションよりは安いものの、メンテナンス費用の準備が必要です。

賃貸住宅の場合はマンションでも戸建てでも同じですが、「家賃と駐車場代」がかかります。

 

よく「賃貸が良いか、持ち家が良いか」という議論がなされます。

住宅建築を生業にしている筆者の意見としては、賃貸と持ち家にはそれぞれメリット・デメリットがありますが、長期的に見ると自分の住宅を持つほうがトータルのコストは安くなると思います。

そして、今後人生100年時代という高齢化社会を予想すると、賃貸物件に入居させてもらえないことも考えられます。

さらにおすすめする理由は、自宅の場合は、住宅ローンさえ払い終えてしまえば家賃がかからないからです。

 

そして、最近の日本の場合は、自分で家を建てるとその住宅に死ぬ直前まで住みつづけるケースが多いようです。

住宅ローンが支払い終わったあとのことを考えると、もちろん固定資産税やメンテナンスのための費用はかかるものの、トータルの住居費用を抑えることができるため可処分所得も増えて、暮らしが豊かになると思うのです。

人生全体、あるいはお子さんやお孫さんの時代も含めた家計の住居費をどうにかして安くすることで皆さんのファミリーが豊かになる可能性が高くなります。

そのためには、長持ちする住宅を建てることが大切です。

 

イタリアと日本の違い

実は日本とよく似ている国がヨーロッパにあります。イタリアです。イタリアの何が日本と似ているかというと、イタリアの経済状況が日本に似ているのです。[図表2]のグラフを見てもらうと、成長の形が似ているのがおわかりになると思います。

 

[図表2]日本とイタリアのGDPの推移

 

イタリアは日本と同じように、この20年あまりまったく経済成長していません。

そのため国民の収入もほとんど上がらなくなってしまいました。ところが、可処分所得を比べると日本よりも多いのです。つまり、それだけ豊かに暮らしていることになります。

 

イタリアは観光立国であるとともに工業国でもあります。

失業率は日本よりもかなり高いですが、国民全体としては豊かに暮らしています。これには、住宅の寿命に関係があるのではないでしょうか?

イタリア単独での住宅の寿命の統計は見あたりませんが、欧州全体では平均して200年程度です。

つまり、イタリアでは住宅を建築して200年はメンテナンスしながら住みつづけているのです。

一方、日本は、所得が上がらないのに、住宅ローンを一世代で支払うライフスタイルを続けています。団塊世代のように、景気が良くて子どもが多いときは、子育て世帯が新しい家を建てればよいとは思うのですが、今の日本ではほとんどが一人っ子です。

「一人っ子が多い」ということは、一人っ子同士が結婚するとご夫婦どちらかの実家が1つ余ることになります。

もちろん、さまざまなパターンがありますから一概に決めつけられませんが、引き継いだ実家が、ご夫婦が子育てを終えるまで、小規模なリフォームで住みつづけることができれば、それだけ自由に使えるお金が増えます。

その結果として、住宅費用が安くなって、しっかり蓄財できるのではないでしょうか。 このスタイルなら政府が提唱する副業などしなくてもいいのです。

実家の1つが空き家になれば貸すことができるかもしれません。さらに家賃収入が入ってくればどんなに豊かなライフスタイルを実現できるか考えてみて下さい。

ヨーロッパやアメリカでは、住宅のリセールバリュー(再販価値)もしっかりあるので、これが民間に富をもたらします。建物の寿命が長いということは、最終的にその家族が長い間豊かに暮らしていけることを意味するのです。

その点、日本の住宅の寿命は30年程度です。30年程度で建て替える国と、200年もたせる国ではどちらが住居費用が安くなるかはわかるでしょう。

 

私の体験)札幌市内の知り合いのプロの大工に「100年持つ家を建てることはできますか?」と聞くと、「簡単にできますよ。少し建築費が高いけど、100年持つ家を建てると「家が売れなくなる」ので、どこの建築メーカーも30年でガタが来る家しか立てません」と教えてくれました。

 

イタリアと日本の家の寿命

[図表3]日本とイタリアの比較
 
 

 

日米の「国富」比較

リセールバリューという話をしました。最近では、海外の不動産を購入して、節税をしようとか、実際に収益物件として、海外の住宅を購入するということが、富裕層ではブームになっています。そして、その売り文句に必ずあるのは、日本の中古住宅との価格差です。

 

日本の場合は税制上の決まりとして、建物が無価値になるまでの期間が大まかに言うと「木造住宅は20年」、「鉄骨住宅は30年程度」、「鉄筋コンクリート住宅は50年程度」となっています

これはあくまで「固定資産税」の算出のための計算式なのですが、この計算式が実勢価格にも影響を与えています。つまり、日本の中古住宅の販売価格はとても安くなっています。税制上の価値を販売価格にも反映させてしまっているのです。

 

これに対してアメリカやヨーロッパでは、中古住宅の市場があります。

たとえば、ドイツは人口8,000万人と「日本の3分の2程度」なのですが、年間の新築の棟数は20万戸前後と日本の4分の1程度です。

人口比では日本の4割以下になります。そして不動産情報では、築20年前後の物件は新しい物件という扱いになっていて、築50年、80年、100年の物件も多数あります。それぞれ建物の価値としては認定されています。

 

アメリカはさすがに独立から間もないので築100年の物件は少ないのですが、築10年の物件と、築30年の物件ではそれほど価値は変わりません。

築50年くらいの物件までは普通に売られています。その結果どうなるかというと、30年間で住宅が富として蓄積される国と、30年経つと建物の価値がゼロになってしまう国とでは、国富といわれる国民全体の資産の合計が大きく異なることになってしまいます。

これでは、われわれがいくらお金を稼いでも、建物に消費されてしまって、自分たちの資産にはなりません。ましてや子々孫々に残る資産としての価値は存在しないことになってしまいます。

アメリカやヨーロッパではいったん自宅を建てると、それは万が一のときに売却できるうえに、きちんと子の家族、孫の家族を守る代々の住まいになるわけです。 この差は、[図表4]のグラフのようにとても大きな差になって現れます。

 

[図表4]住宅投資と資産額の差分

飯村 真樹 株式会社ファーストステージ代表取締役 一級建築士

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