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ローマ教皇、ベネディクト16世との対話

私は2001年1月10日の解脱後、無償相談を始めた時に札幌で出会ったある主婦は5人の子供がいるバリバリの「カトリック教徒」の女性で必要に迫られて私に相談をしに来ました。
 
 
(相談内容)
私はセックスは嫌じゃないし、夫も愛していますが、「二人とも洗礼を受けたカトリック教徒はコンドームの使用を認めていない」ため避妊ができず、もう5人も子供を授かってしまいました。
 
夫は稼ぎが悪いので4人までは何とか親の援助もありましたが、5人目を妊娠した時にさすがに両方の親たちも子供を堕ろすように言われました。
 
 
でも、私は堕胎はしたくないので産むと決めましたが、今日、相談したいことは子供のことではなく、「カトリックとプリテスタントと東方正教会の問題」です。
 

 

お互いに子供の頃から「カトリック教徒」なので、すぐに結婚しましたが、いつも集会では「カトリックとプロテスタントと東方正教会の問題」が出るし、入信者の他の教会に入会させようとする動きもいつもあります。

今のままでは「実際の戦争」になりかねない状態なので、どうにかしてもらえませんか?

 

ローマ法王(教皇)は、ローマ・カトリック教会の最高指導者です。
 

▶️歴代ローマ教皇

 
霊視をしながらこの主婦の言うことが本当かどうかを確認した結果、確かに宗教戦争が起きる可能性は高いし、実際に3つの宗教がいろんな国に武器の資金を出していることがわかっので、三日三晩、寝ないように三人に「念」を送り続けて「俺は日本の吉岡学だ!!戦争にならないようにすぐに和合をしろ!!そうじゃないとお前は死ぬぞ!」と寝られないようにしてやりました。
 
 

 

2001年のローマ教皇は、「ヨハネパウロ2世」です。

避妊・女性の役割

教皇は避妊、中絶、安楽死に反対し、女性の司祭叙階を明確に拒否した。女性の尊厳を強調する一方で、意思決定機関からは女性を排除し続けた。この姿勢は「女性差別的で時代に逆行する」と批判されている[20]

AIDSとコンドーム

HIV/AIDS流行期において、ヨハネ・パウロ2世はコンドーム使用を認めず、「禁欲」を唯一の予防策と主張した。この立場は感染拡大を助長したと専門家から強く批判され、多くの人命を危険にさらしたとされる[21]

中央集権化と自身の列聖

ヨハネ・パウロ2世は司教任命権をバチカンに集中させ、地方司教団の裁量を制限したことが「多様性の抑圧」と批判された。さらに彼自身の列聖は死後わずか9年で行われ、通常の規定を大幅に短縮した。性的虐待問題への関与が十分に検証されないまま列聖された点は「歴史修正的」との指摘がある[22]

 

私とローマ教皇はこういう関係なので、2004年に「PEPSIのCM」でビヨンセがローマで撮影できたのも私のご縁ですし、聴衆は全てローマ市長や市民が自分で洋服を揃えて参加してくれましたし、こっそりローマ教皇も変装して参加したそうです。

 

 

2005年から2013年までは、ベネディクト16世です。

産児制限、同性愛について

避妊人工妊娠中絶同性愛など社会的問題に対してはいずれも断固反対という立場をとっている。 2009年3月にはHIVによる被害が深刻化しているアフリカ訪問中に、感染予防に用いられるコンドームの使用に反対すると述べた。この声明は世界保健機関およびアフリカ各国政府、カトリック教会の一部から強く批判されたため、教皇庁は釈明に追われた[25]。12月24日、クリスマスミサ中に女性に飛びかかられ転倒する[26]

 

また、ベネディクト16世の脳みその中に入り、「絶対に戦争はするな!!戦争にお金を投資するな!」と一晩中、眠れなくなるほど強い念を送り続けて、敵との和合をさせました。

ヨハネ・パウロ二世とヨハネ二十三世、列聖へ アルバロ・デル・ポルティーリョ師、列福へ 教皇庁、教令発布

 

二人とも、誰が自分に念を送っているかがわかったようなので「あなたの名前を教えて下さい」と私の霊体に質問したので、「日本の武士の吉岡一門頭領の吉岡学だ。エリザベス女王陛下に聞いてみろ!!俺の恐ろしさを詳しく教えてくれるぞ!」と繰り返し念を送り続けて絶対に戦争に加担しないようにさせました。

世界の支配者マーゴは自分から「War Gameビジネス」のことを説明されたし、「昭和天皇が日本が負ける方に賭けた」と教えてくれたあと、ローマ教皇に会わせてもらった時に「私はローマ教皇とお友達なの」と自慢していましたが、私を紹介した時のローマ教皇の顔が青ざめたことをマーゴは気づいていません。

 

世界の支配者マーゴの商品のトム・クルーズがよく「バチカン宮殿で映画撮影」をする理由もこれでわかったでしょう。

 

ローマ教皇と別れる時に、「何かあれば日本語で電話下さい」と私の携帯番号を教えておきましたので、ローマ教皇が変わるたびに挨拶の電話が来るようになったし、「絶対に戦争にお金は出しません」と言い切らせたのでひとまずは安心です。

 

2013年3月13日- 2025年4月21日は、フランシスコ教皇ですが、連絡が来てバチカンに来て欲しいと言われたので、イタリアのローマ市内にあるバチカン市国のバチカン宮殿行き中を全て案内してくれました。

 

彼は別れる最後に「コンクラーベの衣装」を私に渡し、「私が亡くなった時にあなたを迎えに行くので住所を教えて下さい」と言われましたが、「日時を決めてくれれてば自分のプライベートジェット機で行きます」と答え、実際に2025年5月7日のコンクラーベに「私の分身」が参加しました。

 

 

聖職者の児童虐待について

 

前任者のベネディクト16世の退位の原因のもう一つの理由と言われているのが、聖職者による児童への性的虐待である。

これに関してフランシスコはベネディクト16世が公に認め公に謝罪した路線を継承し、2013年3月に教理省のゲルハルト・ミュラー長官に「断固たる対応」を要請した。

教理省は2011年から性的虐待の疑いのある聖職者の存在を通報する指示を司教らに出す一方で、それらを見つけた場合は未成年者と接触させないようにする通達を出している[211]

同年12月には調査委員会を設置し、実態の把握に乗り出した。翌年1月にはバチカンはベネディクト16世在任中の2011年から2012年に400人以上の聖職者が性的虐待で聖職を失ったことを公表した[212]

これに関しては教会内部では前例のない試みと評価する声がある一方で、被害者団体は「結果が出せなければ新たな組織の設置も無意味」であり、調査は外部の第三者団体がすべきと批判的である。

また被害者団体は、性的虐待をした聖職者のみならず、その隠蔽に加担した聖職者も排除すべきだと主張している[213]

2014年、国連の子どもの権利委員会はバチカンに対して「ゼロトレランス」を評価する一方で、カトリック教会は被害者の保護より教会の名誉と加害者の保護を優先していると非難し、疑いのある聖職者は直ちに捜査当局にゆだねるよう勧告した[214]

 

 

教皇選挙会議は5月7日に開始、ヴァチカンが発表

 

結果的に、初めての米国出身者の267代ローマ教皇、レオ14世に決まりましたが、私の分身もコンクラーベに参加していたのでどうなったでしょう?

私は「分身」とは連絡を取り合わないことにしているので、これからの展開が楽しみです。

新ローマ教皇「もう戦争やめよう」、初講話で世界の紛争に言及

 

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