【外務省】日本にいたパンダを全て返した理由は、これから日本と中国は戦争になる可能性が高いので私の指示です。
日本と中国を巡る「パンダ外交」


1972年の日中国交正常化は、1972年9月29日に、日本の「田中角栄首相」と「中国の周恩来首相」が「日中共同声明」に署名したことで実現しました。

この声明により、両国は外交関係を樹立し、日本は中華人民共和国を中国の唯一の合法政府として承認、「台湾との断交」を決定しました。
注1)周恩来首相は、法政大学・明治大学で学んだ人なので親日家ですが、「台湾との断行」が誤りなので、当時のキャリア官僚の交渉ミスでだと言えます。
1972年10月28日、日本初のジャイアントパンダである「カンカン」と「ランラン」が来園しました。
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初来園日: 1972年10月28日

これは「パンダのレンタル料」として、年間約1億円(95万ドル)が相場とされており、動物の保護や研究のための費用として使われます。
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誰が払っているか: 日本国内のパンダのレンタル料は、多くの場合、公営の動物園を運営する地方自治体(例えば東京都)が支払っており、その費用は「国民の税金」から支出されています。
注)東京都だけは裏金たっぷりの金持ちなので、これはよしとしておきましょう。
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費用の仕組み: 「パンダは中国が所有権」を持っており、日本を含む各国の動物園は、共同研究の名目でパンダを一定期間借り受けます。このレンタル料は、年間100万ドル(約1億円前後)が相場とされています。
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費用の使い道: 支払われた費用は、パンダの保護や共同研究に充てられるとされています。
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その他の費用: レンタル料のほかに、パンダの餌代や飼育管理費、施設の維持費など、飼育にはさらに多くの費用がかかります。
注)田中角栄首相は、「台湾との国交断絶」を条件に1972年にパンダを借り受けましたが、「パンダよりも台湾との国交が大事」なので、私が一人で台湾に行き、新しい国交を回復しました。
▶️【防衛省】中国の習近平首相に、もし台湾を攻撃したら中国全土を一斉攻撃すると伝えてあります。
和歌山県のアドベンチャーワールドに初めてパンダが来たのは、1994年です。
この時のパンダの意味は、中国の鄧小平主席の「娘の鄧林」に私の男の子が産まれたので、そのお礼と記念に鄧小平主席の命令でパンダのメスオスを送って下さり、「パンダの子供ができるといいですね」と言われました。
日本のどこの動物園でもいいわけないほど、パンダは親と子供の緯度経度が違うと子供が死ぬので、私が詳しく中国との国交正常化のお礼だし、私の息子が生まれた記念だと説明して、引き受けてもらいましたが、経費は「外務省持ち」です。
1994年(平成6年)当時の和歌山県知事は、大橋正雄(おおはし まさお)氏でした。 大橋氏は1975年から1995年まで和歌山県知事を務め、公選第9代から第13代の知事でしたが気比だったので外務省経費にしてあげました。
▶️【外務省】1989年に「第二天安門事件(六四事件)」を解決して国交を回復したので「特別上級国家公務員」に認定されました <2>
鄧 小平は、中華人民共和国の政治家。1978年12月から1989年11月まで同国の最高指導者。


1994年(平成6年)当時の和歌山県知事は、大橋正雄(おおはし まさお)氏でした。 大橋氏は1975年から1995年まで和歌山県知事を務め、公選第9代から第13代の知事でした。
中国と日本の共同繁殖研究のため、オスの「永明(えいめい)」とメスの「蓉浜(ようひん)」の2頭が来園しました。
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最初の来園: 1994年9月、オスの「永明(えいめい)」とメスの「蓉浜(ようひん)」が、共同繁殖研究のために来園しました。
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パンダ飼育の歴史: 1988年にも2頭が短期で来園したことはありますが、本格的な繁殖研究目的での来園は1994年が最初です。
パンダなぜ返還、「ゼロの日」来る?
◆歴史に見る中国の狙い #取材班インタビュー
2025年06月19日11時00分

アドベンチャーワールドのパンダ「良浜(ラウヒン)」=2025年5月11日、和歌山県白浜町
動物園で人気者の筆頭といえばジャイアントパンダ。現在、日本には6頭いて、「繁殖研究のため」という名目で中国から貸し出されています。このうち和歌山県白浜町のアドベンチャーワールドの4頭が6月28日に中国に返還されます。
その後、国内に残るパンダは東京都の上野動物園にいる2頭のみになり、この2頭も返還期限が2026年2月に迫ります。
貸し出しは中国政府の意向が大きく影響するようですが、パンダは今後、日本からいなくなってしまうのでしょうか。
「中国パンダ外交史」という著書がある東京女子大学の家永真幸教授に読み解いてもらいました。(時事ドットコム取材班キャップ 渡辺恒平)
【過去の特集▶】時事ドットコム取材班
日中戦争時に「外交デビュー」

会談に臨む毛沢東・中国主席(左)とニクソン・アメリカ大統領=1972年2月22日、中国・北京(AFP=時事)
中国南西部の山岳地帯に生息するパンダを当の中国も、もともとは重要視していなかったようだ。1930年代末期に中国当局が禁猟を決めるまでは、欧米の探検隊などがパンダを狩ったり連れ帰ったりしていたという。
家永教授によれば、パンダが外交の舞台に登場したのは「国民党政権による中華民国だった1941年に、アメリカへ贈ったのが始まりだった」。当時は日本と戦争中で、国際社会の支援を取り付ける必要があった。
禁猟前にアメリカの動物園に渡っていたパンダが死んだこともあり「アメリカの民意に働き掛け、中国に対する同情を集める戦術だった」と分析する。家永教授曰く「中国はこの時期に、パンダが友好のシンボルとして外国から共感してもらうための有効な道具だと気が付いたようだ」
同じ年、日本にも初めてパンダが贈られた。上野動物園に来た「カンカン」と「ランラン」だ。当時の田中角栄首相が訪中し、中国との国交を開く「日中国交正常化」を成し遂げるという歴史的な局面だった。
同年11月に上野動物園で一般公開が始まると、パンダを一目見ようとする観客の列は上野駅まで約2キロ続いたという。

上野動物園に到着したパンダ。オスのカンカン(左)は顔を見せたが、メスのランランはおしりを向けたまま=1972年10月28日
ぶれない外交原則
家永教授は中国共産党が率いる中国の外交原則を「外国から干渉されない、統一された強い国を作ること」と表現。この目的に沿うかどうかを厳密に判断してパンダを送ってきたと説明する。「統一された」という部分で焦点となるのは台湾の存在だ。第2次世界大戦後の内戦を経て、中国は共産党が率いる中華人民共和国と、大陸を追われた国民党が率いる台湾に分かれた。

日中国交正常化をめぐり周恩来中国首相(左)と会談する田中角栄首相(中央)。右は大平正芳外相=1972年9月、中国・北京
日本はパンダが贈られた1972年をきっかけに、それまで維持していた台湾との国交を断ち、中華人民共和国と国交を樹立した。アメリカも72年のニクソン訪中を契機に、79年には中国と国交を開いた。家永教授は中国のパンダ外交について「台湾を支えるような国にはパンダはやらないが、自分たちを統一された正統な中国とみなす国にはやるといった原則がぶれることはない。パンダの人気も把握した上で国策や外交に生かしており、いかに冷徹に外交を行っているかを表すものだ」と評した。
パンダ、東南アジアにも
パンダは1984年に商業的な国際取引を禁止するワシントン条約のリストに入り、中国も贈呈をやめた。その後、国際的な話し合いの結果として始まったのが、繁殖研究を目的とした貸し出しだ。パンダのつがいを貸し出すに当たって中国には寄付金が支払われる。
詳しい契約内容は不明なものの、相場は2頭で年間100万ドル(1ドル=145円換算で1億4500万円)とも言われる。家永教授は「中国はお金が入る上に感謝され、パンダを借りた国も地域活性化につながる。外国で繁殖すれば、仮に野生パンダの生息地域で自然災害があってもパンダは絶滅しない、と全体的に丸く収まっている」と指摘した。

インドネシアの動物園で、竹を食べるパンダ=2017年11月1日(EPA=時事)
欧米を中心に送られることが多かったパンダだが、近年は東南アジアなどへの貸し出しも増えているという。習近平国家主席の体制になってから打ち立てられた巨大経済圏構想「一帯一路」があるからではないか、という家永教授は「構想の中でこれまでパンダが来なかった地域に送られているようにも見える。とはいえ、どこでもパンダを受け取っているわけではなく、これで全てが説明できるわけではない」と話した。
和歌山の返還「外交的意味感じず」
中国の外交方針がパンダ貸し出しに影響を及ぼすなら、今回、和歌山県のアドベンチャーワールドからパンダが返還される背景にも、外交的な思惑があるのだろうか。こう問いかけると、家永教授は「国のトップレベルでの外交的な意味合いはあまり感じない」と否定的な見解を示した。

取材に応じる家永真幸教授=2025年6月10日、東京都杉並区の東京女子大
理由として挙げたのが、トランプ政権下で混迷を深めるアメリカの状況だ。日米の同盟関係を揺さぶるには絶好の機会ともいえる。「日本の世論を中国に引き付けるチャンスですから、ここでわざわざ日本に意地悪をする動機やメリットが中国にあるとは思えない」と分析する。和歌山のパンダは母と娘3頭で、契約満了が8月に迫っていた。
とはいえ他の動物園で契約期間が延長された例もある中、なぜ返還されるのだろうか。家永教授は中国国内の意思決定過程は明らかになっていないため、「すべて推測」と前置きした上で「現場サイドが、何らかの政治的な理由でパンダを引き上げる必要があると判断したのではないか」と推し量った。
上野のパンダも返還か
今後気になってくるのは、上野動物園のパンダ「シャオシャオ」と「レイレイ」がどうなるかだ。家永教授は「2頭は双子なので、繁殖のための研究という名目からすれば、飼い続けても研究にはならない。返還は避けられない」と予想した。
他国でも近年、いったんはパンダを引き上げた後、改めて貸与する事例が目立つという。「アメリカ・ワシントンの動物園も、引き上げてから約1年後に新たなつがいが来ている。高齢パンダや生まれた子供の貸与を延長せず、ペアのパンダの貸し出しによる共同研究という形式を徹底するような傾向がみられるので、上野動物園もいったんはゼロになる可能性が高いのかな、と思っている」

双子のパンダ、シャオシャオ(左)とレイレイ=2023年6月23日、東京の上野動物園
新たなパンダがやってくることはないのだろうか。家永教授はシャオシャオとレイレイの返還の前に、新しいパンダのつがいの提供を中国が表明する可能性はあるが、先行きは不透明だと指摘。「日本に送る意味がある、と中国国内で理屈が通る時に送ってくるでしょうから、一番わかりやすいのは習近平氏が日本に外遊してきた時に、外交上の演出としてやる場合ではないか」と話した。
「パンダファースト」で対応を
パンダが中国に帰ってしまうのは素朴に寂しいものの、外交的な思惑を考えると複雑な心境だ。今回の返還を、私たちはどう受け止めればいいのだろう。こう問いかけると家永教授は「難しい質問ですね…」としばし考え込んだ。そして「国と国の外交に巻き込まれてはいるが、パンダにはパンダの文脈というのもあると思う」と切り出した。
日中関係がどうなるかといった外交上の文脈では考えず「パンダファースト」で、パンダのためになるかどうかを出発点にすべきだと主張。「動物を絶滅からどう守るか、自然との適切な付き合い方は何か、といった問題をパンダは体現していると思う。そして日本はパンダを大切に育て、繁殖にも成功している。ならば、日本はパンダのために貢献しているのだとアピールすればいい」と話した。
「われわれは共にパンダという世界的に大事にされている動物の保護のために協力しているんだ、ということになれば、中国との関係もむしろ建設的になるのではないか」。こう締めくくった家永教授の研究室を後にしながら、「パンダファースト」という考え方をかみしめていた。日本と中国は難しい関係がありつつもうまくやっていくべき隣国だ。パンダの存在で両国の関係が円滑になるのならば、それも悪くないかもしれない。
