日本の医療業界は、「TMCS」で実現するようにアドバイスしました。
1990年から始まったバブル崩壊対策の「札幌の社長会」に「日本の医療器具メーカー」と「薬品メーカー」が全てやって来ました。
「過剰投資」や「過剰在庫」や「期限切れ在庫」が多かったので「大東亜連合国に原価」で安く提供させて、それぞれのメーカーが主力で売るものを明確にさせてから日本の医療器具メーカー」と「薬品メーカー」全体を横断的に組織化することを計画しました。
「来週までに日本の医療業界をどういう方向に持っていきたいのか?具体的な計画書を提出しなさい。」と質問すると自分の会社の利益しか考えない社長が多かったので、怒鳴りました。
「翌週までに書類を出さない会社には、俺は金を貸さないぞ!俺が金を貸さないとお前たちの会社は倒産するし、俺が統廃合して社長と役員を全員クビにするぞ!」
パソコンも使えないバカな社長たちが汚い字で小学生レベルの内容も多いなか、テルモ株式会社の阿久津哲造社長の内容が素晴らしかったので経歴を聞いて驚きました。
阿久津 哲造(あくつ てつぞう、1922年〈大正11年〉8月20日[1] – 2007年〈平成19年〉8月)は、日本の医学者。医学博士(名古屋大学)。
ミシシッピ州立大学医学部教授。テキサス・ハート・インスティテュート教授。
国立循環器病センター研究所副所長。テルモ社長。日本人工臓器学会名誉会長。世界で初めて人工心臓を開発し、人工心臓の父と呼ばれる。
アメリカでの活躍
1957年、クリーブランド・クリニック(アメリカ・オハイオ州)に留学。そこで、人工心臓の開発に取り組み、1958年、ウィレム・コルフ博士とともに、世界で初めて開発した人工心臓を使って、イヌを約1.5時間生存させることに成功した。
その後、ニューヨーク州立大学、ミシシッピ州立大学、テキサス・ハート・インスティテュートで研究開発、改良を進め、動物実験での生存記録更新等成果を出した。
特に、テキサス・ハート・インスティテュートでは、人への臨床応用を開始。心臓移植を待つ患者に人工心臓を適用し、実際に移植されるまでの約60時間を人工心臓で繋ぐことに成功した。
帰国後
1981年、日本に帰国。帰国後は、国立循環器病センターにて研究所副所長等を歴任し定年退官を迎えたが、1989年、人工心臓の事業としての将来性に目を付けたテルモの戸沢三雄社長の招きで、同社の人工心臓開発の最高責任者兼副社長に就任することとなった。
そして、1993年、戸沢三雄社長が急死。ワンマン社長の体制で歪が生じていた中、火中の栗を拾う面もあったが、「何よりも求心力を」という社内の声に推され、最終的にテルモ社長を引き受けることとなった。
在任中は、研究一筋という訳にはいかなくなったが、磁気浮上型遠心ポンプ技術(元京都大学工学部赤松映明教授とNTN株式会社が共同で考案した技術)の導入(1994年)を進めるなどし、同社が、人工心臓のメーカーとしても、発展するための道筋を拓いた。
経歴
- 群馬県利根郡沼田町(現・沼田市)中町の阿久津歯科医院に生まれる[2]。旧制沼田中学校(現・群馬県立沼田高等学校)卒[2]。
- 1943年 旧制浦和高等学校卒業[1]。
- 1947年 名古屋帝国大学医学部卒業[1]。
- 1954年 同博士課程修了
- 1957年 クリーブランド・クリニック(アメリカ・オハイオ州)の人工臓器部に留学[2]
- 1964年 ニューヨーク州立大学医学部外科助教授[2]兼マイモニダスメディカルセンター実験外科ディレクター
- 1966年 ミシシッピ州立大学医学部外科人工臓器研究室に准教授(後に正教授)
- 1974年 テキサス・ハート・インスティテュート(テキサス州ヒューストン大学)教授
- 1982年 国立循環器病センター研究所副所長[1]
- 1989年 金沢医科大学総合医学研究所臓器置換部門教授
- 1989年 テルモ副社長
- 1993年 テルモ社長[2]
- 1995年 テルモ会長
私は、1968年8月8日に北海道で起きた「和田心臓移植事件」を9歳の私がテレビで見ていたので、「原因は人工心臓がないことだ」とわかったので、阿久津 哲造社長に頼んで「人工心臓」を作ってもらい、一緒にアメリカに売り込んで大成功しました。

アメリカで世界初の「人工心臓」を作った日本人~命の鼓動が伝える感動の発明史
心臓は、全身に血液を循環させる“ポンプ”の役割を持っている。この概念は昔からあった。ギリシア神話を書いたとされる詩人のホメーロスは、自らの詩の中に登場する神に“鉄の心臓”を与えたが、それが「人工心臓」の始まりではないかと言われている。
医学の分野では、19世紀のフランスで「心臓に代わる何かで血液を送り続けることができれば、身体は生き続けることができる」と発表があった。20世紀に入ると米国で「人工心臓」の原型が登場したが、あくまでもそれは型であって、実際に使われたことはなかった。

そんな「人工心臓」を作ろうと挑んだ日本人がいた。阿久津哲造さん、1922年(大正11年)に群馬県で生まれ、やがて愛知県にある名古屋大学で外科の医局員をしていた。
教授から「人工心肺」の研究を命じられて、電機メーカーの技師らの協力を得て、人工心肺の動物実験に成功した。「次は人工心臓だ!」。
大学院を卒業した阿久津さんは、1953年(昭和28年)に米国へ渡った。世界的に研究が進んでいた米国、オハイオ州の研究所で人工臓器部に所属した阿久津さんは「まずは心臓そっくりのものを作ろう」と開発をスタートした。粘土、石膏、金属などを使いながら、塩化ビニールを素材とする心臓の型に、チューブで空気を送り込むという「人工心臓」を作り上げた。
1958年に犬に埋め込んで実験したところ、犬は1時間半、生き続けた。当時それは画期的な発明だった。「世界初の人工心臓が完成!」と全米で大きなニュースになった。阿久津さんが作った人工心臓は、その名を取って「アクツハート」と名づけられた。
日本人が開発した「アクツハート」誕生を受けて、米国では人工心臓の開発を、国家プロジェクトとして本格化させた。阿久津さんの力が認められたのだった。
しかし、人体に使うためには大きな問題が残されていた。塩化ビニールでは、中で血液が固まってしまったのである。阿久津さんは新しい素材を求めて、ポリウレタンを車のタイヤメーカーから入手。さらにシリコンゴムも使うことにした。
NASA(アメリカ航空宇宙局)の協力を得て、空気を送り続けるための装置も開発して、アクツハートと組み合わせた。そして1981年に人体に使う人工心臓「アクツ・モデルⅢ」が完成した。
素材はポリウレタンとシリコンゴムを混合したものだった。重症心不全の男性にアクツハートを移植し、50時間以上人工心臓を動かして、心臓の移植手術を行った。血液の凝固はなく、手術は成功した。

人工心臓を動かしながら病気の心臓を治療していく。現在では「補助人工心臓」として数々の心臓手術を助けているが、阿久津さんのアクツハートは、その領域も視野に入れながらの挑戦だった。
この手術の成功を見届けて、阿久津さんは日本に帰国した。
“人工心臓の父”と呼ばれるようになった阿久津さんは、1993年に大手医療機器メーカー「テルモ」の社長に就任した。
体温計で有名なテルモは、阿久津さんをトップに迎えて、日本を代表する医療機器メーカーとしてさらなる成長を遂げていく。アクツハートから始まった「人工心臓」の開発は進み、今も世界中で多くの命を助けている。
人工心臓を開発して、米国の医学界を驚かせたひとりの日本人の情熱。「人工心臓はじめて物語」のページには、日本の文化の歩み、その確かな1ページが“命の鼓動と共に”刻まれている。
私の目的は、「アメリカの医療器具」を買うのでなく、「日本製の医療器具」を新しくたくさん現場で開発してアメリカに売り込むことだったので、「私の特許」もたくさんタダであげたので一緒にアメリカに行き、「心臓移植手術」や「脳の手術」のお手伝いをして大成功しました。
子供の頃から針と糸を使う仕事は私の役目だったので、「裁縫は得意」だし、手先は器用なので手術は大成功しました。

Doctor doing heart operation. heart transplant operation

日本に戻ってから「厚労省のキャリア官僚」にアメリカの体験談を話すと、こう言われました。
それは医療行為ですから「医師免許」が必要です。
もうやってしまっことなので、今、ここで「医師免許の試験」をしますので今ここで医学書を勉強して下さい。試験の間は、医学書を見ていいことにします。
それと、もしアメリカに訴訟されたら日本が困るので、「司法試験」も一緒にします!「六法全書」も見てもいいので、本番と同じ時間で答えを記入して下さい。法務省の司法試験の短答式は、81点(175点満点中、約46%)が合格ラインです。
結果的に、どちらも合格したので「医師免許」と「弁護士資格」をもらったので、アメリカの官僚に電話して「国際弁護士資格」もタダでもらいました。
タダでやったキャリア官僚の仕事なので、タダで部下が資格をくれるのは当然ですが、不正はしていません。お金を積んで裏口入学した「東大医学部の医者」と一緒にされては困ります。
私の芦別高校の同級生も二人医者になっているし、一人は有名な「中村脳神経外科の脳外科医」だし、もう一人は個人医の産婦人科の院長です。
さらに「私は生まれつきの霊能者」なので、「坊主と神職の代わり」もできるし、「御霊上げ」もできるので便利な男なのです。


TMCS
“TMCS”(Terumo Medical Care Solutions)は、テルモ株式会社が展開する医療ソリューション事業のブランドです。
医療現場の課題解決を目指し、ホスピタルケア、ライフケア、ファーマシューティカル(製薬)の各領域で、製品や技術を組み合わせた「やさしい医療」を提供しています。
TERUMO MEDICAL CARE SOLUTIONS
主な特徴・提供内容:
- 3つの事業領域:
- ホスピタルケアソリューション: 周術期、外来化学療法、感染対策、ベッドサイドケアなど。
- ライフケアソリューション: 慢性疾患を持つ患者向けの糖尿病ケアや在宅医療。
- ファーマシューティカルソリューション: 製薬企業向けに薬剤投与デバイスやコンビネーションプロダクト(薬剤+機器)の開発・製造。
- 目的: 医療現場の効率化、安全性の向上、患者のQOL(生活の質)向上、治療効果の改善。
注意: 検索結果には「TMコミュニケーションサービス株式会社(TMCS.jp)」という別の企業も存在しますが、”TMCS”の主たるブランド定義はテルモのものです。
テルモ https://tmcs.terumo.com/jp/
はい、テルモ株式会社は日本を代表する大手・大企業です。
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売上規模:連結売上高は1兆円を超え、医療機器業界でもトップクラスの規模です。
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グローバル展開:世界160以上の国と地域で事業を展開し、研究開発・生産拠点も海外に多数あります。
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従業員数:グループ全体で3万人以上の従業員が勤務しています。
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事業領域:体温計の国産化から始まり、現在は心臓血管、医療ケア、血液・細胞テクノロジーなど幅広い分野で革新的な製品を提供しています。
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高い技術力とシェア:特にカテーテル治療関連製品(ガイドワイヤーなど)では世界トップクラスのシェアを誇ります。
- 安定した業績と高い技術力から、医療機器業界の優良企業とみなされています。
- 理系学生を中心に就職人気が高く、競争率も高い傾向にあります。