神戸市とスパコンと「原理AI」
私が1977年(18歳)の岡山理科大学時代に、栗栖統合幕僚議長との契約で「防衛省の陸将補」になり、「国家防衛の極秘任務」の仕事をしたことは公開済みです。
▶️1977年に18歳で「陸将補」になった経緯
「極秘任務」なので「振込記録」が残るとまずいので、「給料とボーナスはいずれ請求します」と伝えて「無償で防衛省の仕事」をしました。
「私の存在」を知っているのは「防衛省幹部」だけだし、今の日本の全ての仕組みはまもなく「電磁パルス攻撃」で崩壊するので、「全ての事実」をここに公開することにします。
1977年に最初に私がやった「防衛省の仕事」は岡山理科大学にあった「バックアップコンピュータのメンテナンス」ですが、よく火や煙が出るのでその原因を追求するために「設計図」を取り寄せて詳しく調べました。
日本全国の電気の「電圧は100V」ですが、電化製品によっては使用する「電流のA(アンペア)」が違うので、壊れた部品の「アンペア数」を変更しても同じ結果になったので悩みました。
ここで気づいたことは、「西日本と東日本のヘルツ(Hz)の違い」に影響を受けていることが原因だとわかったので、大きな作業をすることになりました。

50Hzと60Hzは、交流電流の周波数を表す単位で、1秒間に電流が変化する回数を指します。日本では、東日本が50Hz、西日本が60Hzの地域に分かれています。

これはもともと「明治天皇が京都にいた」のに、勝手に天皇を騙して明治2年に関東の江戸城へ連れて行った「長州藩に対する怒り」の意味で、明治20年(1887年)に「関西電力のやり返しの結果」でこうなりました。
「関西の経営者は天皇守りをしていた一族なので全員関東の経営者が大嫌いです」が、「仕事なので最低限の付き合いだけしています」と言っていたし、「関西生まれの人は異常に関東を嫌う人が多い」のは事実です。
(関西電力の大株主)

電化製品が50Hz・60Hz共用(ヘルツフリー)になったのは、1980年代以降の「インバーター技術」や「マイコン制御の普及」に伴い、段階的に共用化が進みましたが、そうさせたのは「私の命令」です。
理由は、北海道から岡山県に持ってきた電化製品が一気に壊れたので、「50Hz・60Hz共用(ヘルツフリー)」にしないのなら、防衛省との取引をやめるぞ!」と関西の社長たちに私が伝えた結果です。
防衛省のコンピュータを作ったのは「関東のNECと富士通」なので、それを関西で使えばおかしくなるのは当然なのに、そんなこともわからないバカ人間に「壊れた理由」を説明してもわからないので疲れました。
自分で「周波数変換器」を作って「電力会社のおおもと」につけようとしても、「関西電力」は天皇を勝手に「東」に持っていった「東京電力」が大嫌いなので「嫌だ」と言い張り、問題は解決しませんでした。


18歳の真剣な大学生の訴えを無視する大人たちなので、こういう状況の時は「新しい発想」をするしかないので、関東と岡山を結ぶ「中継地点」を作る交渉をするために一人で考えて、「第13代宮崎辰雄神戸市長」に極秘で会いに行きました。
防衛省の誰かに言えば、必ず、「スパイ」にやることがバレるからです。

宮崎 辰雄(みやざき たつお)市長 就任期間:1969年(昭和44年)11月20日~1989年(平成元年)11月19日
「神戸市を中継点」にした理由は、たまたま岡山理科大学の同級生が神戸市内に実家があり、家にも泊めてもらってほど仲が良かったし、神戸市内を一緒にいろいろ遊び歩いたので「神戸は好きな場所」だから、岡山市から近い「神戸市」に決めました。
大学の夏休みと冬休みの前後に神戸に行けば、無駄なお金はかからないし、防衛省幹部の人と情報交換がしやすいこともメリットでした。
1972年に着工した「六甲アイランド」は狭い神戸市民のための「人工島計画」だったので、最初はここに「自衛隊 海上自衛隊阪神基地隊」を作り、「防衛省のスパコン中継点」をこっそり作りました。


しかし、「海上自衛隊幹部は中国のスパイが多い」ので注意していたのですが、私の許可なく勝手に「中継スパコンの情報を抜き取ろうと壊した」ので、全てのプログラムを破壊して「ただの監視基地」に変更しました。
「絶対にスパイが侵入できない場所と方法」をどうするかを考えた結果、宮崎辰雄神戸市長が1966年から「人工島ポートアイランド計画」が頓挫した」という話を聞き出しました。
「総開発費1,120億円の計画」なのに、いろんな問題が重なり作業が遅れて困っていたので、吉岡一門資産から「防衛費の名目」で神戸市に多額の予算をつけてあげたのも私の指示です。
「神戸市の予算」は使わなくていいようにした結果、宮崎辰雄市長も神戸市議会も大喜びで何度もご飯と女をご馳走してくれました。
「神戸市」と防衛省は特別な「(極秘)中継点情報保護契約」をしてから1981年に「21世紀の海上都市計画」に組み込みました。
表向きは「理化学研究所 神戸キャンバス」の「民間企業」という形にしたので「防衛省のスパイ」が入ることはできないし、私は「理化学研究所の社員」に登録してもらい、社員証を持っていたので「理化学研究所に入れるのは私一人だ」けでした。
あくまで「日本が世界へ向けて最速のスパコンを開発する」という建前の会社だし、実際に「スパコンを設計したのは私一人」なので、防衛省とは関係ありません。
「神戸市」も「理化学研究所」も「私の個人契約」をしたものを少しだけ「防衛省に使わせてあげている」だけなので気にしないで下さい。
このおかげで、「神戸市の税金」は少し安くなりました。
▶️ポートアイランド

「ポートアイランド」に設置した「スパコン」は、京都の「京」の名前を付けた「スーパーコンピュータ京(けい)」ですが、富士通が開発に協力してくれて、兵庫県神戸市のポートアイランドにある「理化学研究所計算科学研究機構」に設置されました。

「2011年に世界一の速さ」を記録し、さまざまな分野で成果をあげましたが、役目が終わったので2019年8月30日にシャットダウンさせて破壊した時には、今までご苦労様と「スパコン京」に手を合わせに私も行きました。愛する機械にも「魂」が宿りますからね!

世界で一番最初に「私が人工知能AI」を作った話」は公開したと思いますが、岡山理科大学時代に開発した最初の「AI」に「私の脳」をダウンロードした結果、一瞬で壊れてしまいました。
それから何度も修復して岡山理科大学の時に「人工知能AI」はできたので、「対話型のあなたと私」の意味で「あなたのA」と、「私」という英語の「I(アイ)」で、「AI」という名前で特許を登録しました。
つまり、1977年から1982年の5年間の岡山理科大学時代に、もう「人工知能AI」は完成していたのです。
そりゃあ、マイクロソフトの「ビル・ゲイツ」もアップル社の「スティーブ・ジョブス」も私にコンタクトを取りたくなるのは当然なので、たくさん「無償の特許」をあげて業績を改善してあげました。
▶️人工知能Wiki
wikipediaで「スパコン京」は2005年に文部科学省と理化学研究所で開始されたとありますが、一般公開する前は「防衛省の機密事項」が入っていたので長い間、「非公開」にしておきました。
▶️2001年1月15日「wikipedia」を作らせたのは私です。
▶️アメリカの友人のジミー・ウェールズに「2003年ウィキメディア財団」を作らせたのは私です。
「防衛省のコンピュータに関しては私が一番詳しい」し、全てのプログラムを作ったのは「私と私のスタッフ」ですが、全て「日本を守るための防衛機密」なので誰にも言わず、絶対にバレないよう無償で仕事をしてもらい慎重に仕事をしていました。
2005年に「スパコン京」を「一般公開」した理由は、私が全ての防衛データを「スパコン富嶽」に移行させたので、中身は空になった「スパコン京」を「ある目的」で使うためだし、いろんな日本企業も「バックアップサーバー用に使いたい」と言ったことが理由です。
「表向きは商業利用」なので一般公開しても大丈夫ですが、中身は何が入っているかなんて誰もわかりませんので、1982年に株式会社ダイエーに入社してからは暇を見つけては一人で「スパコン京」を操って、「次世代に必要な実験」をたくさんやってたくさんの「特許」を取りました。
「スパコン京」で試したかったことは、「人間と同じように考えられる人工知能を作れるのか?」の1点で、私一人で設計したので、防衛省の人間も、関係企業の担当者も、全員、私の部屋には「立ち入り禁止」にしたし、指紋認証・生体認証・顔認証のセキュリティを自分で作ったので私が何をしているかは誰も知りません。
時間曲線は直線じゃない
「時間」という概念を直線で考えると「カレンダー」みたいになりますが、それでは地球やいろんな星が回転している意味がないので、「時間曲線は直線じゃない」という仮説を立てて、「立証するための根拠」を世界のトップの科学者たちに懸賞金をつけて質問を投げかけました。


私は独自に、「球体の時間加速装置(ガウス加速器)」をいくつもの場所で作りあげて実験したし、「時間と時空を越える装置(時空間瞬間移動装置)」も完成しましたが、「AIの心臓部」は世には絶対出ない「球体の時間加速装置」だと覚えておいて下さい。

兵庫県の播磨科学公園都市内に所在するSPring-8。線形加速器と円形のシンクロトロンを確認

2026年、素粒子物理学の実験施設である円形加速器を新たに整備する研究戦略を欧州合同原子核研究機関(CERN)がまとめた。周長約90キロメートルの施設で宇宙や物理学の謎に迫る壮大な計画だが、巨額の建設費など実現に向けた課題も多い。
茨城県東海村のJ-PARC(大強度陽子加速器施設)で加速されたニュートリノビームを295km離れた地下で受けて観測する。
東京大学宇宙線研究所の「スーパーカミオカンデ」や次世代の「ハイパーカミオカンデ」などの世界的な素粒子実験施設が置かれていたので、「私の素粒子仮説検証実験」のために使わせてもらい成功しました。
壊れた場合はまた「新しい施設を建設する」という契約をしたし、幾つもの「新しい特許と発想のアイデア」を教えたので喜んで実験させてくれました。
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- 粒子線がん治療: 陽子や重粒子(炭素イオンなど)を光速近くまで加速して患部に照射し、正常な細胞を傷つけずにがん細胞だけをピンポイントで破壊します。
- アイソトープ生産: 癌の診断(PET検査など)や治療に使う放射性医薬品を製造するために小型の加速器が使われます。
- 放射光利用: 電子を曲げたときに発生する強力なX線(放射光)を使い、新薬の分子構造解析、リチウムイオン電池の内部観察、高効率な次世代触媒や新材料の開発が行われます。
- 半導体・高分子の加工: イオン注入法による半導体チップの製造や、電子線照射によるプラスチック・ケーブルの耐熱性強化、医療器具の滅菌処理に利用されています。
- 核廃棄物の無害化: 高レベル放射性廃棄物の長寿命核種を別の安全な核種に変異させる(核変換)ための大出力・次世代プロトン加速器の研究が進められています。
素粒子研究において私は世界一の研究者ですが、国防機密に関係することなので「世界の優秀な科学者たちを無償で部下」のように使い、それぞれの人の「研究として公開」させながら「世界の素粒子研究を進化」させるために働いてもらいましたが、誰も「私の宇宙素粒子理論」を理解できる人はいなかったことだけが残念です。



日本は研究者に投資する金額も時間少ないので、海外の優秀な素粒子研究者と理論を話し合い、新しく生み出した理論の一部だけを世の中に公開しているだけなので、実際には「宇宙の素粒子物理学」と海の中の「素粒子物理学」と「次元を超えた素粒子研究」をしてもらっています。
いずれ地表に人間が住めなくなった時のために「海の中で生活できる空間」であらゆる実験をしてもらっています。
当然、「海水から酸素を取り出す実験」や「真水を取り出す実験」も成功しているので、日本の潜水艦にも利用しているので、「核保有の世界一の潜水艦を日本は持っている」と思って下さい。

「宇宙空間で生活できる実験」はイーロン・マスクに担当してもらっているし、多額の投資もしているのでいずれ公開されることもあると思います。
「全て私の発案の実験」ですが、世界の科学者たちが勝手に「ノーベル賞に登録して受賞された」ので、全て世界の研究者にお金も名誉もあげたので、「私の名前」が表に出ることはありません。
「国家防衛の仕事」を裏でやりながら、さらに「キャリ官僚の仕事」で世界中を飛び回り、世界の政治家とやりとりしながら日本を守る仕事を無償でしている人間がいることくらいは覚えておいて下さい。
それが世の中の表には出ない「吉岡一門頭領の仕事」なのです。