「ドル体制」崩壊もあり得る? 「基軸通貨ドル」不要論は間違い…本当に恩恵を受けてきたのは誰なのか?
NEWSWEEK日本版
2025年5月20日(火)14時48分
アンドレス・ベラスコ(元チリ財務相)
<「偉大なアメリカ」にふさわしい強大なドルを望むトランプと、ドルの強さこそがアメリカに貿易赤字をもたらすと指摘するMAGA派エコノミストたち。一体どちらが正しいのか>
アメリカはアメリカ人だけのものだが、米ドルは世界みんなもの──トランプ米大統領はそう考えている。
トランプは、BRICS諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの5か国)が新たな通貨を創設したり、国際決済において「強大なドルに代わる通貨を支持したりすれば」100%の関税を課すとSNSで牽制している。
だが、大統領経済諮問委員会(CEA)のスティーブン・ミラン委員長の考えは異なる。

ミランは4月の講演で、ドルが支配通貨となっていることが「不公正な貿易障壁とともに、持続不可能な貿易赤字をアメリカにもたらしている」と述べた。
こうした考えを持つMAGA(アメリカを再び偉大に)派のエコノミストは彼だけではない。
トランプは強い国の通貨は強くあるべきだと考えているが、彼を取り囲む面々は強いドルが米産業の競争力を奪っていると懸念する。さて、正しいのはどちらなのか。
フランスのジスカール・デスタン元財務相の表現を借りれば、世界中がドルで貯蓄や投資を行うことで、アメリカは「法外な特権」を享受している。

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政府が通貨を発行し、国民はその通貨を使ってモノやサービスを得る。
政府は「シニョリッジ(通貨を発行することで得られる利益)」を得るというのが通貨の仕組みだが、盤石ではない。
国民が自国通貨への信頼を失って手放そうとすると、ジンバブエのように「ハイパーインフレ」が起きる。

世界中の人が所有したがるドルは特別だ。FRB(米連邦準備理事会)の試算によれば、国外で保有されるドルは1兆ドル超。
アメリカは世界からシニョリッジを得ており、低コストで資金を調達できるのだ。
アメリカ人が外国でホテル代をドルで支払ったとしよう。1年後にホテル経営者がそのドルを使ってアメリカを訪れたとき、アメリカの物価が上昇していれば、アメリカはマイナス金利の融資を受けたことになる。
たとえ米国債の利回りが低くても、外国人は喜んで米国債を保有し続ける。今年3月時点で外国人が保有する米国債は約9兆ドル。担保としての役割があることで米国債の金利が0.5%低くなるとしたら、アメリカは年間450億ドルも節約していることになる。
利回りが経済成長率を下回っていれば、アメリカは借金をせずに「ただ飯」を食べられるようなものだ。
ではアメリカの利益は他国の損失になるのか。そんなことはない。外国人は、安全なドル建て資産で貯蓄や投資を行うことで利益を得ている。同じサービスを提供できる経済はほかにない。
欧州が候補ではあるが、EU(欧州連合)が「共同名義の債権」を発行し始めたのは最近のことだ。中国も経済規模は大きいものの、人民元建ての資産に人気が出ることはないだろう。
「ドルが基軸通貨」なのは、歴史的にアメリカの政治や政策が他のほとんどの国より信頼できるからだが、この状況を覆したいならトランプがすぐにも解決してくれるだろう。
国際条約に反する高関税を課し、カナダを併合すると示唆し、3期目を目指すと脅すことで、トランプはアメリカを「通貨安で高インフレ」の国に近づけている。
トランプが「解放の日」を掲げて発表した相互関税に対する世界の反応は明らかだ。
※「解放の日」とは、トランプ米大統領が2025年4月2日を「米国解放の日」と宣言したことを指します。この日は、大規模な相互関税の発表が予定されており、トランプ政権の経済政策の実現に向けた一環となります。
ドルはユーロに対し7%値下がりし、「10年ものの米国債」の利回りは0.5%近く上昇。世界経済の減速によって経済成長の悪化が見込まれる新興国の通貨も軒並み下落した。
世界中に打撃を与える政策を打ち出すのは難しいが、MAGA派のエコノミストたちはそれを実現した。その結果ドル体制が崩壊するようなことになれば、世界が悲しむだろう。
アンドレス・ベラスコ
ANDRES VELASCO
経済学者。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス公共政策大学院学部長。コロンビア大学、ハーバード大学教授を歴任。2013年にはチリ大統領選に立候補している。
※MAGAとは?(Make America Great Again)Wikipedia

Make America Great Again(メイク アメリカ グレート アゲイン、MAGA、日本語訳:アメリカ合衆国を再び偉大な国にする)は、アメリカ合衆国の政治において用いられる選挙スローガン。
1980年の大統領選挙においてロナルド・レーガンが使用したのが最初で、近年では、2016年の大統領選挙と2020年の大統領選挙、および2024年の大統領選挙においてドナルド・トランプが使用した。
近年(主には2021年以降)は単なる選挙スローガンを越え、広くトランプを支持する勢力や人々を「MAGA」と呼ぶことがある。
歴史


この標語は1979年、アメリカ合衆国が高い失業率とインフレーションを特徴とする深刻な経済状況悪化に悩まされていた頃に作られ、1980年大統領選挙におけるレーガン陣営のピンバッジやポスターで使われた。
この標語は2016年大統領選挙においてドナルド・トランプが選挙運動にて使うまでは、レーガン政権を象徴する用語として使われていた。
レーガンが大統領を辞した後、この標語はドナルド・トランプによって使用されている。トランプは、2016年大統領選挙の活動のために商標出願し、選挙運動の初期の頃に、この標語を載せた帽子をかぶることで世に広めた。
大衆文化
2013年にコナミより発売されたアクションゲーム「メタルギア ライジング リベンジェンス」に登場するアームストロング上院議員は、ゲーム内のカットシーンでこのスローガンを口にしている。

強烈な社会風刺で知られるアニメ『サウスパーク』では「Where My Country Gone?」の回で、トランプと思しき人物の選挙運動に加わったギャリソン先生の支持者が、このスローガンを身に着けている。

プロレス団体WWEのスター選手であるダレン・ヤングと、かつてのスター選手であったボブ・バックランドは、2016年5月よりWWE TVにてバックランドがヤングのライフ・コーチを引き受けるという役どころで登場するという映像の放送が開始され、その中でバックランドは「make Darren Young great again(ダレン・ヤングを再び偉大に)」と公約している。

なおドナルド・トランプは、2007年に当時のWWEオーナーで伴にハゲ疑惑があったビンス・マクマホンと、お互いの頭髪をかけ対決し勝利したことがある(バトル・オブ・ザ・ビリオネアーズ)。

アメリカのロックバンド、フォール・アウト・ボーイが2015年に出したリミックスアルバム『Make America Psycho Again』や、コメディアンのデヴィッド・クロスの単独ツアー「Making America Great Again」、ロックコンサートツアー「Make America Rock Again」などは全て標語にちなんだものである。

トランプと2016年大統領選共和党候補の座を争ったテッド・クルーズは、トランプが2016年1月28日にアイオワ州で開かれた討論会をボイコットしたことを引き合いに「Make Trump Debate Again(トランプを再び討論させよう)」と書かれた帽子を売りだした。
コメディアンのジョン・オリバーは自身のHBOの番組「Last Week Tonight with John Oliver」の中でこの標語を茶化し、トランプの祖先の名前がDrumpfであったとして、視聴者に「Make Donald Drumpf Again(ドナルドを再びドルンプにしよう)」と提案した。この番組は8,500万人に視聴され、HBOの視聴者数記録を塗替えた。

イギリスの女優、モデルのエリザベス・ハーレイは、アメリカ合衆国がイギリス帝国の植民地だった歴史を踏まえ「Make America Great Britain again(アメリカを再びイギリスにしよう)」とトランプを茶化した。

2020年2月、トランプはこの略語について、時価総額が1兆ドルを超える4つの巨大IT企業、Microsoft、Apple、Google、およびAmazonの略語であると冗談を飛ばした(これについては既に「GAFA」がある)。これは2018年8月のフィナンシャルタイムズの記事からかもしれないといわれている。
トランプは日本を簡単な交渉相手だと思っているが…米メディアが指摘する日本の「したたかさ」
2025年5月20日(火)14時20分
1990年代の日米貿易摩擦の真っただ中、ミッキー・カンター米通商代表に竹刀の使い方を説く橋本龍太郎通産相(1995年、ジュネーブ) REUTERS
<日本をなめているトランプだが、日本は1980~90年代の関税バトルを乗り越えてきている。日本を思うがままにするのは簡単ではないだろう>
世界中の国に対する法外な関税を宣言した上で、2国間交渉で自分たちに有利な合意を引き出そうとするトランプ米政権。
その中で日本を真っ先に交渉する相手の1つに選んでいるのには、十分な理由がある。
言いなりになりやすい(ように見える)日本と早い段階で話をまとめて、より手ごわい相手との交渉に弾みをつけようというのだ。
だが、1980〜90年代の日米貿易摩擦を組織として記憶する日本の官僚機構は、そう簡単には思いどおりにならないだろう。
(私がバリバリ官僚の仕事をしていた時代です。)
ドナルド・トランプ大統領が日本に突き付けた追加関税は24%。自動車部品は25%だ。ただ、実務的な詳細はまだはっきりしない。
日本の石破茂首相は4月初旬、トランプ関税を「国難」と位置付け、「与党のみならず野党も含めた超党派で対応する必要がある」と危機感を示した。
これはまさにトランプが望んでいた反応だ。
実際、50カ国以上がアメリカと貿易合意を結びたくて必死だと、当初は自慢していた。
日本は必死でアメリカのご機嫌を取ってくるはずだと、アメリカが予想するのには理由がある。
まず日本は長年、莫大な対米貿易黒字を抱えてきた(2024年は685億ドルに上る)。それに日本の輸出産業は、20年以降で25%も進行した円安の恩恵を受けてきた。だから関税コストの一部または全部を吸収する余裕が十分あるというのだ。
少なくともこの点では、関税はアメリカの消費者ではなく外国のサプライヤーに対する課税だというトランプの主張にも、一理ある。
なにより日本は、「アメリカの核の傘」を必要としている。中国の軍事力が拡大するなかでは、なおさらだ。
自動車業界がターゲットになっていることも日本にとっては問題だ。日本の自動車メーカーはよく、「われわれは既にアメリカのよき企業市民だ」と主張する。
実際、616億ドル以上を投じてアメリカに工場を建設した結果、アメリカで生産される自動車の3分の1以上が日本のブランドになった。
米有権者に分かりやすい標的
だが、日本の自動車メーカーの北米における売り上げのかなりの割合を、今も輸入した部品や車が占める。
日本の対米輸出の約30%は自動車や自動車部品だ。これには年間150万台の自動車が含まれる。
それだけに25%の追加関税なんてあり得ないと、日本側は考えてきた。だが、自動車業界は米政府にとっても重要分野だ。日本車は1970年代以降、米市場で圧倒的な成功を収めてきたから、有権者にとって分かりやすいターゲットでもある。
トランプ政権には、「チキンタックス」という前例もある。
63年にヨーロッパが安いアメリカ産鶏肉に関税をかけたところ、米政府が小型トラックなど4品目に25%の関税を課した。
世界中で大人気のトヨタ自動車のピックアップトラックを、アメリカでほとんど見かけることがないのは、このためだ。

だが、日本には強力な切り札がある。
外貨準備の大部分を占めるとされる1兆1260億ドルの米国債だ。
※海外勢の米国債保有額は8兆8170億ドル。2025年1月は8兆5270億ドルだった。前年比では8180億ドル(10.2%)増加した。昨年9月には過去最高となる約8兆6880億ドルに達していた。

「世界のアメリカ国債の保有額の割合」を見ればわかるように、「マーゴの英国9%とスイス4%」と「その他18%」を抜けば、69%の国がアメリカ国債を持っていると言うことだ。
自民党の小野寺五典政務調査会長は4月13日、「同盟国なので、アメリカの国債を意図的にどうするかを政府として考えることはない」と語った。
だが、加藤勝信財務相は、米国債の売却は「(交渉の)カードとしてはある」と述べたことがある(後日、「米国債の売却を日米交渉の手段とは考えていない」と改めて強調したが)。
日本政府は過去にも、米国債の売却をちらつかせたことがある。
アメリカで日本製の自動車やテレビが売れまくり、日米貿易摩擦が悪化していた1997年6月、当時の橋本龍太郎首相は米コロンビア大学での講演で、「われわれが財務省証券を売って金に切り替える誘惑に負けないよう」、アメリカも協力的な姿勢を示してほしいと発言し、市場を仰天させた。
今回の日米交渉で、どちらにとっても恩恵になる合意がまとまる可能性はある。例えば、現在の円安が行きすぎである点では、日米の認識は一致している。
円安については共通認識
確かに大幅な円安は、日本の多国籍企業が利益を確保するのを助けてきたが、同時に急激な物価上昇を引き起こしてきた。
4月の消費者物価は、日本銀行の2%目標を大きく上回る3.4%の上昇だった。約30年にもわたり安定した物価(それどころか一部下落)に慣れ親しんできた消費者にとっては、大きな不満の種になっている。
では、日本はトランプ政権との交渉で、何を譲歩すればいいのか。容易に考えつくのは、輸入米の拡大だ。
日本ではこの1年、米の小売価格が2倍に跳ね上がっているため、輸入米の拡大は消費者にも理解されやすい。トランプ政権にとっても、日本の伝統的な聖域を打ち崩した大勝利としてアピールできる。
一方で、日本でアメリカ車(アメ車)の販売が振るわないことが問題になれば、厄介なことになるかもしれない。この問題はアメリカの歴代大統領も取り上げてきた。
故安倍晋三元首相の『安倍晋三 回顧録』によると、バラク・オバマ元米大統領は2014年の訪日時に、「アメリカの車を(街中で)1台も見ていない。何とかしてもらわないと困る」と安倍に迫ったという。

安倍は「アメ車に関税などかけていない」と反論したが、オバマは「非関税障壁があるから、アメ車が走っていないのだ」と詰め寄ったとされる。
日本でアメ車が走っていない理由はたくさんある。日本の自動車販売台数は年間440万台と世界第4位だが、このうち35%は狭い通りを走るのに適した低出力の小型車や小型トラックであることもその1つだ。
いずれにしろ、日米交渉の結果、なんらかの合意がまとまるのは間違いない。交渉決裂という選択肢は、アメリカにも日本にもあり得ないからだ。
そして日本の官僚が関与するときの典型的な発表がなされる。すなわち、アメリカが勝ったような印象を与える報道が飛び交い、大規模投資計画が発表される。ただ、最終文書をよく読むと、日本経済や輸出業者にほとんど影響はない……。
一部の日本の経済学者は既に、貿易合意は見かけ倒しに終わるとの予想を示している。
「日本に対する関税措置の影響は限定的に抑えられる可能性がある」と、千葉大学の伊藤恵子教授は最近、記者団に向けて語った。
従って、コロコロ変わる「アメリカの関税政策に振り回される」べきではないというのだ。
それよりも大きな問題は、世界的な景気後退リスクだと伊藤は考えている。
「もっと心配なのは、世界的な貿易の縮小だ。そうなれば世界経済の停滞につながる恐れがある。

略歴: 一橋大学にて博士(経済学)取得後、専修大学経済学部講師、コロンビア大学日本経済経営研究所客員研究員、経済協力開発機構(OECD)出向、中央大学商学部教授などを経て、2022年より現職。