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生きてるうちに恩返し・JAL再建

 
 
 
「生きてるうちに恩返し」とは、

親や世話になった人に感謝し、感謝の気持ちを行動で示すこと、特に親が元気なうちに親孝行をすることが重要だという考え方です。

「石に布団は着せられず」のように「亡くなってからでは遅い」という戒めが込められています。

具体的な恩返しは、プレゼントだけでなく、「元気で幸せに生きること」「話を聞くこと」「手伝いをすること」など、相手が本当に喜ぶ姿を見せることが大切とされています

 

「生きてるうちに恩返し」の具体的な行動例
 
  • 感謝の気持ちを伝える: 「ありがとう」と素直に言う、感謝の手紙を書く。
  • 一緒に時間を過ごす: 一緒に食事をする、旅行に行く、話し相手になる。
  • 手伝いをする: 家事や庭の手入れなどを手伝う。
  • 元気で幸せに生きる: 親が最も願う「子どもが幸せになること」が最高の恩返し。
  • 孫の顔を見せる: 孫を可愛がってもらうことも喜びとなる。
  • 生活をサポートする: 困っていること、必要なことを把握し、手を差し伸べる。
なぜ「生きてるうちに」が重要なのか
  • 「石に布団は着せられず」: 墓石に布団をかけても意味がないように、亡くなってからでは親孝行はできない、という意味のことわざがあります。
  • 「孝行のしたい時分に親はなし」: 親が亡くなってから「親孝行したい」と思っても、その時は親がもうこの世にいない、という切ない真理を表します。
恩返しは「恩送り」へ
  • 恩返しは受けた恩に報いることですが、恩返しできない相手には、次の世代や他の誰かに感謝の気持ちを「恩送り(おくり)」という形で繋げていくことも、人生を豊かにする考え方です。
「生きてるうちに恩返し」は、感謝の気持ちを行動に移し、相手を大切にすること、そして自分自身も幸せに生きることが、結果的に最大の恩返しになる、という人生の教えと言えるでしょう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今日の写真に使った「京都の京セラの創業者の稲盛和夫さん」とは、1989年10月から毎週2時間150回開催した「札幌の社長会」に最初に来てくれた社長です。
 
 
毎週札幌のススキノまで来て私にアドバイスを求める全国の社長たちを「ゲンコツ」で殴りまくった人だし、「自分から私に司会をやらせて下さい」と言ってくれた人です。
 
 
江戸時代から京都を守ってくれた「武士の吉岡一門の頭領」の吉岡さんに対して、失礼な発言や態度を取る奴らが多すぎるので「司会くらい」は私がやりらせていただきます。
 
 
たまに眠ってしまうことがあるので、そこは「静岡の鈴与の鈴木与平社長」と二人で失礼な人間をぶん殴るのが楽しみなのでワクワクします。
 
 
 
「自分の会社の京セラの社員」にも殴り飛ばしたい奴は数名いますが、そこはグッと我慢して経営をしているので、こんな時くらいは私が相手をぶん殴り、スカッとさせる役目を頂いて「ストレス発散」させて下さい。
 
高校時代は鹿児島でも有名な悪(ワル)だったので「喧嘩三昧」でしたが、最近はストレスが溜まって胃が痛いし、バブル崩壊の影響で会社もヤバいので、毎週、医者に通いながら「札幌でストレス発散」させてもらえたので病気の数値も下がり最高の時間でした。
 
 
 
ススキノのボロスナックの飲み屋のドアを開けて、開口一番の言葉や態度が「失礼な人間の対処」をお願いした人なので仲良しだったし、京都経済を裏から支える「京都十二人会」のトップ企業でした。
 
 
 
「国土交通省のキャリア官僚」から電話で「JALが潰れそうなので助けて下さい。私たちにできることは何でもやります。」「JALの再建」を依頼されたので私が「再建案」を作って稲盛和夫さんにお願いしました。
 
 
 
 
JAL(日本航空)の再建は、2010年の会社更生法適用後の、稲盛和夫氏(京セラ創業者)による「意識改革」と「フィロソフィ(哲学)」、「アメーバ経営」の導入が中心となり、大規模なリストラ(人員削減、路線撤退、資産整理)と公的支援(企業再生支援機構による出資、金融機関の債権放棄)を経て、わずか2年8ヶ月で再上場を果たした「奇跡」のV字回復です。
 
「現場の社員が当事者意識」を持ち、利益追求と安全運航の両立を目指す経営哲学が浸透したことが成功の鍵でした。
 
 
 
私は株式会社ダイエー札幌店」に勤めながら「ダイエーの利益を出す役目」だったので、ダイエーの経営対策も半年ごとに忙しいし、「防衛省とキャリア官僚のトップの仕事」をしながら「裏家業のアドバイス」も忙しい30歳の若造なので、私が表で有名になるとまずいことばかりなので無理なんです。
 
 
 
稲盛和夫社長は57歳の時からとても親しくなりましたが、「京セラの社長室」に私がアイドバイスして5倍に増やした「特許の額」を全て壁に貼ってある「京セラの社長室」で二人で酒を酌み交わしたこともある良き大先輩でしたが、2022年8月24日に90歳でお亡くなりになられたので葬儀には参加させてもらい、私が「京都十二人会」の社長たちの企業に「タダでアドバイス」したので、「京都十二人会」の社長たちに京都の料亭で接待してくれました。
 
 
 
 
稲盛さんがやるべきことは全て私が書類で作っておいたし、「JAL再生タスクフォース」のとおりにやれば絶対に上手く行きますよ!
 
「国土交通省のキャリア官僚たち」に私の名前を言えば何でもやるし、「日本全国の労働組合のトップも電話1本で力を貸すのでお願いします」と言うと、「そこまで準備ができているなら吉岡さんがやればいいのに」と言われました。
 
 
 
私は「ANAの再建を裏から担当」しますし、「JALの株主」は金儲けしか興味がない政治家やキャリア官僚が多いので、「JALの株式配当や優待券」は全て飛ばしていいので、日本中に顔が売れている稲盛さんしかできないことなので「無報酬」ですがどうかお願いします。
 
 
 
1984年に「アメリカのKDDI」と契約した「お荷物の処理」もタダで私が「アメリカKDDI」と交渉して利益が出るようにした仕事だし、その分の「貸し」もあるのでどうかお願いします、と電話でお願いしました。
 
 
 
 
「キャリア官僚のトップの私」が表に出るのは都合が悪いし、「JALから裏金」をもらっている政治家やキャリア官僚たちは徹底的に締め上げたし、「国土交通省の課長」もバッチリ脅してあるので、もし逆らったら課長をクビにするか、家族を拉致して女を売り飛ばすと脅してあるので文句は言わせないので安心して下さい。
 
 
それに、「京セラの特許を5倍に増やした私のアドバイス」によって京セラは莫大な利益をあとから請求してがっぽり儲けたはずですよね?
 
その「特許の利益」は稲盛さんが亡くなっても「永久に京セラに特許料が入る」ようにしたのに従業員も大喜びでしょう。
 
 
私は「札幌の社長会」もタダでやったし、「京セラの特許のアドバイス料」は一円ももらっていないので、これでお互いの貸し借りはチャラにしましょう。
 
 
私は何も稲盛さんから借りていませんが、稲盛さんはたくさん私に「借り」があるので「生きてるうちに恩返し」ですよ!!
 
と無理を承知でお願いしました。
 
 
 
 
 
京都の京セラを創業した稲盛和夫氏(故人)は、経営破綻した日本航空(JAL)の再建を要請され、2010年に無報酬の会長に就任し、「アメーバ経営」と「京セラフィロソフィ(経営哲学)」を導入してV字回復を達成、わずか2年8ヶ月での再上場に導いたことで知られています
 
京セラ創業(1959年)、KDDI創業(1984年)に次ぐ晩年の大功績であり、京都市を拠点に世界的な企業を築き、JAL再建を通じて経営者育成や社会貢献にも尽力しました。
 
 
稲盛和夫氏とJAL再建の経緯と功績
  • JAL破綻と要請: 2010年1月、巨額の負債を抱え経営破綻したJALの再建を、当時の民主党政権から要請されました。
  • 就任と理念: 当初は固辞しましたが、国民の利便性、雇用維持、経済への影響などを考慮し、無報酬で会長を引き受けました。
  • 「フィロソフィ」と「アメーバ経営」: 京セラで培った「京セラフィロソフィ(『動機善なりや、私心なかりしか』などの哲学)」をJALに浸透させ、組織を小さな単位(アメーバ)に分け、それぞれに経営者意識を持たせる「アメーバ経営」を導入しました。

 

  • V字回復: 全社員の意識改革と主体的な経営努力により、JALは過去最高の営業利益を記録し、2012年9月には2年8ヶ月という短期間で再上場を果たしました。
京セラとの関係
  • 稲盛氏は、1959年に京都で京セラを創業し、ファインセラミックスで世界的な企業に育て上げました。
  • JAL再建においても、京セラで確立された経営手法や理念がJAL再生の原動力となりました。
その後の社会貢献
  • 松下幸之助の政経塾に対抗して作った経営塾「盛和塾」で後進の育成に尽力。
  • 私財を投じて「稲盛財団」を設立し、「京都賞」を創設するなど、科学技術や芸術の発展に貢献しました。
稲盛氏のJAL再建は、京セラで培われた哲学と経営手法が、畑違いの大企業にも適用可能であり、人間的リーダーシップが組織を蘇らせることを証明した、伝説的な事例として語り継がれています。
 
 
 
 
京都の京セラの稲盛和夫氏は、京セラ(旧京都セラミック)の創業者であり、「経営の神様」として知られる実業家です。鹿児島大学卒業後、京都の碍子メーカーに就職し、1959年に資本金300万円で京都セラミック(現京セラ)を設立、世界的な企業に育て上げました
 
 
また、第二電電(現KDDI)の設立や、JALの経営再建にも尽力し、私財を投じて「稲盛財団」や「京都賞」を創設するなど、社会貢献活動でも知られています。
 
 
主な功績と人物像
  • 京セラ創設と成長: 創業当初は困難も多かったものの、「人間として何が正しいか」を軸とした経営哲学で京セラを成長させました。
  • 「経営の神様」: 京セラだけでなく、日本航空(JAL)の経営再建でも手腕を発揮し、その手腕から「経営の神様」と称されました。
  • 稲盛財団と京都賞: 自身の資産を投じて稲盛財団を設立し、科学技術や芸術の発展に貢献する「京都賞」を創設、人類の発展に貢献しました。
  • 盛和塾: ボランティアで「盛和塾」を主宰し、多くの若手経営者の育成にも尽力しました。
  • 晩年: 2022年8月24日に90歳で逝去されました。
稲盛和夫氏の思想や功績は、公益財団法人 稲盛財団や京セラ株式会社のウェブサイトで詳しく知ることができます。
 
 
 
 

【回想録】稲盛和夫が初めてJALにやってきた日 

「稲盛氏に『借金返せ』と言われそう」 JAL植木会長

 

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