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1977年「防衛予算」を三木武夫首相に問い詰めました

「1977年に防衛省の陸将補」なった私は、三木武夫首相に会いに行き、いろんな質問をしました。
 
 
「岡山名物 ままかり」が新幹線で売っていたので、少しだけ食べて残りを手土産にしました。
 
 
 
 
 
ねえ、三木首相。あなたの「苗字の意味」を知っていますか?
 
「三木」という苗字は、「3本の木」しか生えない山に暮らしていた「第三国人に付けた苗字」ですが、うまく首相にまでのしあがりましたね。
 
どれくらい悪いことをすると首相になれるのかぜひ、国民に説明して下さい。私も聞きたい気持ちでいっぱいです。
 
 
 
今日は、あなたに質問したくてわざわざ岡山県からやってきたので疲れたし、今さっき、防衛庁のコンピュータープログラムをインストールしてきた「貧乏学生」なので、新幹線も「普通席」でやってきました。
 
 
私のことを知っているなら、「それなりの志」を包んで渡すのが常識ですが、まだ気づかないのですか?
 
 
じゃあ、いいですわ。
 
 
日本銀行にある「吉岡一門資産」を別な場所に移動しますわ。
 
それと、「日本国債の発行」もすぐに停止します。
 
 
きっと、困るだろうなあ、賄賂をたくさん抜いている人たちは・・・。
 
 
 
 
今日は「防衛庁の予算」について質問させて下さい。
 
返事は、30秒以内でお願いします。
 
 
 
 
 
1977年度(昭和52年度)の日本の防衛関係費(当初予算)は、約1兆6,906億円でした。 
 
  • 対GNP比(国民総生産比):0.877%
  • 背景:前年(1976年)11月に三木武夫内閣が防衛費を名目GNPの1%以内に抑える方針(いわゆる1%枠)を閣議決定した直後、初年度にあたる「51大綱(昭和51年防衛計画大綱)」に基づいて執行された予算です。

 

 ▶️日本の軍事予算

 
 
まず、「GNP(のちにGDP)比1%枠」は誰が決めたのか?日本を守る国防費としては少なすぎると思いますが、どう思いますか!
 
 
 
 
 
「1%枠の導入」と維持(1977年〜1980年代)
 
  • GNP1%枠の決定1976年、三木武夫内閣が軍事大国化への懸念を和らげるため、防衛費をGNP比1%以内で抑える方針を閣議決定しました。 
  • 1977年度予算:1977年度の防衛関係費はGNP比で0.9%未満からスタートし、冷戦期の緊張や米国からの防衛力強化要請がありつつも、1%の数値を意識した予算編成が続けられました。 
  • 1%枠の突破と撤廃:1985年度にGNP比が0.997%に達した後、1987年の中曽根康弘内閣が1%枠を撤廃しました。ただし「1%枠の精神は尊重する」とされ、実質的にはその後も長期間にわたりGDP比1%前後で推移しました。 
 
脱「1%」と近年の急拡大(2020年代〜)
 
  • ウクライナ侵攻が転機:2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、日本の防衛政策と予算編成は大きな転換点を迎えました。 
  • GDP比2%目標:政府は国家安全保障戦略などで「GDP比2%」を掲げ、2022年度の約5.4兆円から毎年約1兆円規模の増額を行いました。 
  • 近年の動向:補正予算を含めた防衛費は11兆円規模に達し、当初目標としていたGDP比2%水準に近づくなど、防衛予算は従来の枠を超えて急拡大しています。

 

GDP(国内総生産)は「国内の場所」を基準にするのに対し、GNP(国民総生産)は「日本企業や日本人などの国民」を基準にする点が違い。

 

どうしてGNPの1%にしたのか?

1976年に三木武夫内閣が防衛費を「GNP(国民総生産)の1%以内」に抑えると決めた背景には、「平和国家」としての姿勢を国内外に示す政治的な配慮と、当時の経済成長に見合った現実的な妥協点という2つの主な理由がありました。 
 
具体的には、以下のような要因が絡み合って「1%」という数字が導き出されました。
 
 
1. 軍事大国化への懸念と「歯止め」の必要性
 
戦後の日本は高度経済成長を遂げ、経済規模(GNP)が急速に拡大していました。これに伴い、防衛予算の金額そのものも毎年右肩上がりに増え続けたため、国内外から「日本は再び軍事大国化するのではないか」という強い懸念や警戒感が浮上していました


野党や世論からの厳しい批判を抑え、「日本は専守防衛に徹し、他国を脅かすような大国にはならない」という明確なメッセージ(歯止め)を対外的にアピールする必要がありました。 
 
2. 当時の予算水準が「1%未満」だった
 
実は、防衛費がもともと数%あったものを1%に削ったわけではありません。日本の防衛費のGNP比は、1950年代の約2%から、経済が急成長するにつれて相対的に下がり続け、1970年代前半にはすでに0.8〜0.9%台で推移していました。 
 
そのため、当時の三木内閣が「これ以上は増やさない」という現状維持の枠を設定しようとした際、当時の実態に最も近く、かつキリの良い数字として「1%を超えない(1%枠)」という基準が極めて現実的なラインとして採用されました
 
 
 
 
大東亜戦争時の防衛費はGNPの何%か?
 
大東亜戦争(太平洋戦争)時の軍事費は、当時の国家経済の総量(GNP)を遥かに上回る規模に達しており、ピーク時には単年度の軍事費だけでGNPの30%〜40%以上に達していました。
 
また、日中戦争から終戦までの約8年間に投じられた戦費の総額(約7,600億円)は、開戦時のGNP(約228億円)の「約33倍」という途方もない規模に上ります。 
 
 
 
当時の異常な財政状況を示す具体的なデータは以下の通りです。
 
国家財政と軍事費の比較
 
当時は「国家予算(歳出)」に占める軍事費の割合が極めて高く、経済全体だけでなく、「国のすべての仕組みが戦争に最適化」されていました。
 
  • 国家予算に占める割合:日中戦争が本格化した1937年以降、軍事費は国家予算の7割〜8割を占めるようになり、戦争末期の1944年には「85.5%」にまで跳ね上がりました。 
  • 経済活動への影響:アメリカ側の当時の試算や歴史研究によると、1942〜1943年頃の日本は、国民総生産(GNP)の約3分の1(30%〜40%前後)をそのまま軍事費として消費していたとされています。これは現代の先進国の平時(1%〜2%)や、現在の日本の防衛費(GDP比1.9%前後)とは比較にならない「国家総力戦」の数字です。 
 
どのように賄ったのか?
 
当然、通常の税収だけではこの巨額の費用を支払うことはできませんでした。
 
政府は「臨時軍事費特別会計」という特別な財布を作り、その財源のほとんどを「国債(借金)」の発行によって賄いました
 
 
 
国民には「欲しがりません勝つまでは」といったスローガンのもとで激しい貯蓄と消費制限が義務付けられ、「集まった預貯金」が国債の購入(=戦費)へと充てられました。 
 
この戦時中の反省(「軍事費の膨張が国を破滅に導いた」という教訓)があったからこそ、戦後の日本は防衛予算に対して「GNP比1%以内」という厳格なブレーキをかけることになったのです。 

 

 

勝利した「第一次大戦時」はGNPの何%か?

第一次世界大戦(1914年〜1918年)時の日本の軍事費は、GNP(国民総生産)比でいうと、おおむね年平均4%〜6%前後で推移していました。 
 
大東亜戦争(太平洋戦争)時の30%〜40%超という異常な数字に比べれば低く見えますが、現代の「1%枠」や現在の「GDP比2%目標」に比べれば2倍から3倍以上の高い水準です。 
 
 
当時の状況や財政的な特徴には、以下のようなポイントがあります。
 
1. 欧米に比べて日本の負担が軽かった理由(大戦景気)
第一次世界大戦時、ヨーロッパの主要参戦国(ドイツ、イギリスなど)は国家総力戦となり、軍事費がGNPの30%〜50%以上に達していました。しかし、当時の日本は以下の理由から経済的な負担が比較的軽く済みました。 
 
  • 主戦場から遠かった:日本は連合国側として参戦したものの、主な戦場はヨーロッパだったため、日本軍の実際の戦闘は中国の青島や太平洋のドイツ領諸島などに限定されていました。
  • 空前の経済ブーム(大戦景気):ヨーロッパの工場がストップしたことで、日本に大量の注文が殺到しました。輸出が爆発的に増えてGNP(経済の分母)そのものが急速に巨大化したため、軍事費の金額が増えても「GNP比」で見るとそこまで跳ね上がらなかったという側面があります。
 
2. 国家予算(歳出)ベースでは「3割〜4割」
分母をGNP(経済全体)ではなく、政府の「国家予算(一般会計)」にすると、やはり軍事国家としての性格が強く表れます。第一次世界大戦中の日本の国家予算に占める軍事費の割合は、およそ30%〜40%台を占めていました。
 
 
3. 本当の「軍拡」は大戦直後にやってきた
 
大戦中の負担は比較的穏やかでしたが、第一次世界大戦が終わった直後(1919年〜1921年頃)に日本は本格的な軍備拡張へ突き進みます。


アメリカやイギリスに対抗して、巨大な戦艦を次々と建造する「八八艦隊計画」などを進めた結果、大戦後の1920(大正9)年には国家予算の「47.8%」(約半分)が軍事費という、平時としては凄まじい軍拡期を迎えることになりました。
 
 
 
 
勝利した「日清戦争と日露戦争」はどうか?
 
日清戦争と日露戦争では、戦争期間全体の「戦費総額」を開戦時のGNP(当時の経済規模)と比較すると、日清戦争がGNPの「約17%」、日露戦争はGNPの「約60%」に達していました。 
 
大東亜戦争の「GNPの33倍(3,300%)」に比べれば小さく見えますが、現代の防衛費(1〜2%枠)とは桁が違う、当時の日本にとって国家の命運を賭けた巨大な支出でした。 
 
 
 
 
日清戦争・日露戦争のGNP比は?
 
 
1. 日清戦争(1894年〜1895年)
  • 当時のGNP:約 13.4億円
  • 戦費総額:約 2.3億円(GNPの約17%
  • 国家予算との比較:開戦前年度の国家予算(約8,500万円)の約3倍にのぼりました。
  • 財源の特徴:国内の増税や国債、国民からの寄付金で賄われました。勝利後、清から得た「賠償金(約3.6億円)」が戦費を大きく上回ったため、結果として日本はこの戦争をきっかけに経済を急成長させ、金本位制への移行を果たすことになります。 
 
2. 日露戦争(1904年〜1905年)
  • 当時のGNP:約 30億円 
  • 戦費総額:約 18.3億円(GNPの約60% 
  • 国家予算との比較:当時の国家予算の約6.5倍に達する、きわめて無理をした戦争でした。最新鋭の戦艦や近代兵器を投入したため、日清戦争の約8倍もの費用がかかっています。 
  • 財源の特徴:戦費の約4分の3を「借金(国債・外債)」で賄いました。特にイギリスやアメリカの市場で発行した外債(外国からの借金)に依存しており、さらに国内では塩やタバコの専売制導入、大規模な大増税(非常特別税)が行われ、国民生活は限界まで搾り取られました。 
 

 
(参考)単年度の「国家予算に占める軍事費」の割合
 
期間中の戦費総額ではなく、「その年の政府の予算(歳出)のうち、何%が軍事費だったか」で見ると、戦時中のピーク時はさらに跳ね上がります。 
 
  • 日清戦争時(1894年):国家予算の 69.2%
  • 日露戦争時(1905年):国家予算の 82.3%
 
 
 
 
世界の防衛費の平均割合は?
 
世界の防衛費(軍事費)は、GDP(国内総生産)比で平均「2.5%」となっています。 
 
スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のデータによると、世界全体の軍事費総額は年々増加しており、およそ2兆8,870億ドル(日本円で約460兆円)に達して過去最高を更新し続けています。ウクライナ情勢の長期化や地政学的リスクの高まりを受け、世界規模で「防衛費拡大のトレンド」が続いています。
 
主要国や地域の「防衛費の割合(対GDP比)」および「世界シェア」の現状は、以下のようにグループ分けできます。
 
 
 
 
1. 突出する「3大国」の割合と世界シェア
 
世界の軍事費は、上位3カ国(アメリカ・中国・ロシア)だけで全体の半分以上(約51%)を占めています
 
アメリカGDP比 約3.4%(金額は約9,970億ドルで世界シェア1位の約3割

中国GDP比 約1.7%(世界シェア2位)

ロシアGDP比 約7.1%(ウクライナへの軍事侵攻に伴い、国家予算を激しく圧迫する形で比率が急上昇しています) 
 
 
2. 緊迫する紛争当事国の割合
 
実際に戦争状態にある国や、極めて治安リスクが高い地域では、経済規模に対して異常な割合の予算が防衛(軍事)に割かれています。
 
  • ウクライナGDP比 15%〜34%以上(世界で最も高い比率となっており、国家経済の多くを戦費に費やしています)
  • 中東地域(サウジアラビアイスラエルなど)GDP比 約5%〜6%以上に達しており、世界平均を大きく上回る水準です。 
 
3. 欧州(NATO加盟国)の動向:「2%」が新基準に
 
長年、防衛費を低く抑えていたヨーロッパ諸国ですが、ロシアの脅威に直面して急速に増額しています


北大西洋条約機構(NATO)は「GDP比2%以上」の達成を加盟国に求めており、現在では欧州加盟国の大部分(20カ国以上)がこの基準をクリアするようになっています。これにより、多くの国で社会福祉予算の削減や増税といった財政問題(防衛費と暮らしのバランス)が議論されています。 
 
4. 日本の位置づけ
日本の防衛関係費は、冒頭の歴史の通り長らく「GNP(GDP)比1%枠」が目安でしたが、現在は増額期にあります。
 
日本GDP比 約1.4%〜1.9%前後(金額ベースでは世界で9位〜10位前後に位置しています) 
 
 
 
 
 
今、急に日本を攻撃する国がいたら、対抗できる「防衛装備品」はあるのか?
 
 
もし今、日本が他国から急に攻撃(特に現代有事で最も可能性が高い「ミサイル攻撃」や「航空機・艦艇による接近」)を受けた場合、自衛隊にはそれらを迎撃し、さらに対抗・反撃するための高度な防衛装備品がすでに配備・運用されています。 
 
日本防衛の第一陣となる、具体的な防衛装備品は以下の通りです。
 
1. ミサイルを撃ち落とす「2段構えの迎撃システム」
 
他国からの弾道ミサイルや巡航ミサイルに対しては、「盾」の役割を果たす世界最高水準の迎撃システムが24時間体制で稼働しています。 [1]
  • イージス艦(海上自衛隊):日本周辺の海に展開しているイージス護衛艦が、大気圏外(宇宙空間)を飛ぶミサイルを「SM-3」という迎撃ミサイルで極めて高い高度で撃ち落とします。
  • PAC-3(航空自衛隊):もしイージス艦が撃ち漏らした場合、地上に配備された地対空誘導弾「PAC-3」が、ミサイルが着弾する直前の最終段階で迎撃します。 
 
2. 領空・領海に迫る敵を阻む「主力戦闘機と艦艇」
 
ミサイルだけでなく、敵の戦闘機や軍艦が日本に近づいてきた場合、圧倒的な技術力を持つ機体や艦船が対処します。 
 
  • 最新鋭戦闘機「F-35ライトニングII」「F-15J」:航空自衛隊は日々「スクランブル(対領空侵犯措置)」を行っており、レーダーに映りにくいステルス戦闘機F-35A/Bや、近代化改修されたF-15が即座にスクランブル発進して防空戦を展開します。 
  • 新型護衛艦(FFM)と最新潜水艦:海上自衛隊のもがみ型護衛艦(FFM)や、世界トップクラスの静粛性を誇る日本の潜水艦(たいげい型など)が、日本の海へ侵入しようとする敵の艦艇や潜水艦を網の目のように監視・阻止します。 
 
3. 相手の拠点に届く「反撃能力(長射程ミサイル)」
 
これまで日本は「盾(防衛)」に特化し、「矛(攻撃)」はアメリカ軍に頼る方針でしたが、近年は日本自身も「反撃能力」の運用を本格的にスタートさせています。 
 
  • 国産の長射程ミサイル(12式地対艦誘導弾 能力向上型 など):敵の射程圏外から攻撃できる「スタンド・オフ防衛能力」が実戦配備のフェーズに入っており、熊本県や静岡県などの駐屯地で運用が始まっています。
  • トマホーク(巡航ミサイル):アメリカから導入した長射程ミサイル「トマホーク」もイージス艦への搭載が進んでおり、万が一日本が攻撃された場合、必要最小限度の自衛措置として、相手のミサイル拠点などに直接反撃を届かせる装備を保有しています。 
 

 
現代の防衛における最大の強みと課題
 
  • 日米同盟による連携:日本単独の装備だけでなく、在日米軍との「共同の盾・共同の矛」としての高度な情報共有・共同作戦体制(統合軍司令部への再編など)が敷かれていることが最大の抑止力になっています。
  • 今後の課題:現在の防衛省は、最新のドローン(無人機)を数千機規模で大量に調達する「新しい戦い方」への移行を急いでいますが、弾薬の備蓄量(継戦能力)や自衛隊員のなり手不足(人的基盤)といった課題の克服が急務とされています。

 

 

次の戦争で日本が勝つために必要なお金はいくらか?

現代の安全保障や軍事財政のシミュレーションにおいて、日本が将来の武力衝突(有事)に対処し、独立と安全を維持(=防衛に成功)するために必要な費用は、平時の防衛費増額分として「約43兆円」、有事が発生した際の直接的な戦費・被害対応として「数十兆円〜100兆円超」と試算されています。

現代の戦争は「相手の国家を全滅させて勝つ」のではなく、「相手に侵略をあきらめさせて自国を守り抜く(抑止と防衛)」ことが勝利の定義となります。そのため、必要なお金は「平時に国を守る盾を整える費用」と「実際に有事になってからかかる費用」の2つに分けて考える必要があります。
 
 
1. 平時に必要な「戦争を起こさせないため」のお金:【43兆円】
 
政府は2023年度から2027年度までの5年間で、総額「約43兆円」の防衛費を投入する計画を進めています。これは、他国に「日本を攻撃したら大損害を被る」と思わせる(抑止力を高める)ための、いわば「有事を未然に防ぐための勝利の方程式」の費用です。
 
  • 主な使い道:ミサイル防衛の強化、弾薬・燃料の大量備蓄(長期間戦える能力の確保)、戦闘機や護衛艦の維持整備、サイバー・宇宙空間での防衛体制の構築。
 
2. 実際に有事(戦争)が起きた場合にかかるお金:【数十兆円〜100兆円超】
 
万が一、実際に日本が攻撃を受けて戦闘状態に突入した場合、必要なお金は国の経済を揺るがす規模になります。国内外のシンクタンクや経済学者の試算によると、有事のコストは以下の要素で跳ね上がります。
 
  • 直接的な戦費(毎日数百億〜数千億円):迎撃ミサイル1発で数億〜数十億円、戦闘機の燃料、破壊された装備の補充など、戦闘を継続するだけで莫大な費用が毎日消費されます。
  • 経済的損失(GDPの数割〜100兆円以上):日本周辺の海路(シーレーン)が封鎖された場合、エネルギーや食料の輸入が止まり、工場がストップします。これにより、国家全体の経済損失は単年度で数十兆円から100兆円を軽く超えると試算されています。
  • 復興・サイバー対策費用:インフラ(港湾、発電所、通信網)が破壊された場合の復旧費用も加算されます。
 
 
結論:いくらあれば足りるのか?
 
現代の戦争において、「これだけ払えば絶対に勝てる」という固定の金額はありません
 
なぜなら、相手国の出方や経済力、そしてアメリカなどの同盟国がどれだけ支援してくれるかによって、必要な金額は数倍〜数十倍に変動するからです。
 
国家財政としては、平時に「GDP比2%程度(年約10兆円規模)」を維持して防衛力を高めつつ、有事の際には国債(国の借金)を増発して「数十兆円規模の臨時軍事費」を緊急調達できるだけの財政の健全性を保っておくことが、実質的な「勝利に必要な原資」と言えます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
敵の攻撃」を受けてから武器を作っても遅いので、先に考えられる全ての武器と防衛装備品を1977年から「全国の自衛隊基地に納品」したので、「累計防衛費は1京円」を超えています。
 
 
 
 
AI)1977年からすべての防衛装備品を網羅的に揃え続け、累計防衛費が1京円を超えているという設定(あるいは国家規模のシミュレーション)ですね。
 
それだけの超巨額の予算が防衛に投じられていると仮定すれば、現代の日本の防衛力や国家のあり方は、現実の日本とは全く異なる次元に到達していることになります。
 
「あらかじめ考えられるすべての兵器・装備品が揃っている(1京円規模の蓄積がある)」というシナリオにおいて、日本の防衛力や社会がどうなっているか、いくつかの視点から整理できます。
 
 
1. 軍事・防衛面:圧倒的な「絶対防衛」の確立
 
現実の防衛における最大の弱点は「予算不足による弾薬・装備の不足(継戦能力の低さ)」ですが、1京円の予算があればこれが完全に解消されます。
 
  • 飽和攻撃への完全対応:数千発のミサイルが同時に飛んできても、それをすべて撃ち落とせるだけの迎撃ミサイル(イージス艦やPAC-3、次世代レーザー兵器など)が、文字通り「無限」に近い形で日本全土に配備されている状態です。
  • 無人機(ドローン)やAIの物量戦:最新の無人航空機や水中ドローンが数百万機規模で日本周辺の海空を常時パトロールし、人間が前線に出る前に敵の接近を完全に自動で阻止(破断)するシステムが構築されていると考えられます。
  • 技術の先取り:レールガン(電磁砲)や極超音速ミサイル、宇宙空間での防衛インフラなど、現在開発中の次世代兵器もすべて「実戦配備・量産済み」の段階に達しているはずです。
 
2. 産業・経済面:「軍事超大国」としての歪みと強み
 
一方で、1977年から累計1京円(年平均に直すと約200兆円、国家予算を遥かに超える規模)を防衛費に回し続けた場合、日本の経済構造は劇的な変化を遂げています。
 
  • 軍需産業が国を牽引:三菱重工をはじめとする国内の防衛・製造業が世界最大の規模に成長し、ハイテク技術やロボット工学、AI技術の最先端はすべて防衛部門から生まれる社会になります。
  • 財政的な影響:この規模の予算を維持するためには、現実の日本以上の超大増税か、国債(借金)の大量発行、あるいは社会保障や教育費の極端な削減が行われてきた可能性が高く、国民生活や福祉の面では非常に厳しい制約があったと考えられます。
 
結論としての「勝利」
 
ご指摘の通り、戦いが始まってから武器を作ったのでは間に合いません。平時から「考えられるすべての装備」を圧倒的な物量(1京円規模)で揃えておけば、他国は「日本を攻撃しても100%勝てないし、近づくことすらできない」と判断するため、そもそも戦争を仕掛けられるリスク自体がゼロになる、究極の「抑止力」が完成していると言えます。
 
 
 
「戦いに勝つ」には「事前の準備と備えが重要」なので、「吉岡一門資産」を使ってたくさん武器を作らせて全国に配備したし、「防衛省も知らない武器」を日本列島のあちこちに設置済です。
 
 
 
「防衛省にはスパイが多い」し、いちいち部下に報告する義務はない「防衛省 特別統合幕僚長」という立場の人間なので、死んでから文句を言っても始まらないことに気づかない「平和ボケした日本国民」を守るために私は日々、国防を優先」して活動しています。
 
 
 
私の味方は「中国以外全ての国」なので、いつでも「日本と台湾」に戦争を仕掛けてご覧なさい。
 
あっという間に、「北京と上海と軍地基地と核施設」を爆破してやりますわ!
 
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