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今の「学校教育」は間違いだから、行かなくていいのさ!

本日は、1945年8月6日午前8時15分、米軍のB-29爆撃機「エノラ・ゲイ」が、人類史上初めて広島市へ原子爆弾「リトルボーイ」を投下した日です。

原爆は地上約600メートルで炸裂し、同年12月末までに約14万人が亡くなる甚大な被害をもたらしたので、家族のご冥福を祈って下さい。

 

 

私が幼稚園の同級生が小学校に通うのに、母に言われて「学校へ行かせてもらえなかった」ことで泣いた時、祖父の岩渕安治陸軍中佐に相談すると、こう言われました。

 

そうか、まなぶ、辛いなあ。

でも俺は「吉岡総本家のあや婆さん」に頭を下げて、「気が強い栄子を嫁にもらってくれ」と頼んだので、吉岡家には何も言えん立場なのさ。

 

でもな、俺も学校は全く行かずに田畑を耕したし親の手伝いをしたし、父親も兄貴たちに体が弱かったので「3人分働いた」ので、学校に行かずとも「先輩の教科書」を見て自分で勉強したものさ。

 

学校はみんな同じことを教えるが、やる気がない奴は勉強しないので、義務教育の国のお金がもったいないと俺は思うな。

金を払ってでも勉強したい奴らだけ学校に行くようにしても俺はいいと思うぞ。

 

社会に出て一番大事なことは「算数と一般常識」だから、テレビのニュースは全部見るし、新聞も端から端まで読めば大体のことはわかるものだぞ。

 

学校に行かなくていいということは、「24時間すべてお前の自由に使っていい時間」なので、いつ働いて、いつ寝て、いつ食べ物を食べるかも自分で考えて過ごしなさい。

 

俺がお前に教えてやれることはこれくらいだが、すまんな、頭が悪い爺ちゃんで。

 

 

「爺ちゃんが頭が悪い」なら街のみんなは、「馬鹿」か「うつけ者」しかいないことになるので、それは間違いだと思います。

老人会でも敬老会で「会計」を任されている爺ちゃんだし、野花南小中学校の校長に頼まれて「授業を教えて下さい」と頼まれた人が、頭が悪いわけないでしょ。

だからどうか、僕の前ではそんな言葉は使わないで下さい。

 

僕の唯一信用できる人だし、両親みたいに僕を殺そうとしないだけでもとてもありがたい存在です。

 

 

そんな会話をしたあと家に戻ると、父と母がこう教えてくれました。

 

 

⚫︎小学1年生の時の父の教え(昭和4年生まれ)

 

おれは、どんなことがあっても、アメリカは許さない!

兄弟も親戚も、「元武士の家柄」の人間は、真っ先に戦争に行かされて、たくさん殺されたのさ。

 

あの「大東亜戦争」はアジアの植民地を解放するために仕方なく始めた戦争なのに、「南朝の裏切り者の長州藩」の奴らが「侵略目的で始めた戦争」だと学校で「嘘」を教えていたので、俺も小学校も中学校も「義務教育」だから「学校に行っていい義務」と、「行かなくてもいい義務があるはずだ!」と校長先生と喧嘩して学校にも行かんくなったぞ!

 

俺たちの時代は、中学校も2年までしかなかったので、誰も学校へ行く奴なんていない時代さ。(尋常中学校)

当時、学校へ行けた奴は、親が金持ちの家か、自分でお金を貯めてから学校へ行った奴もいたけど、結局、そいつも、「学校で教えていることはおかしい!」とわかって行くのをやめたさ。

 

芦別市常盤小中学校は、俺の親父が建てた学校だから、お前の4つ上の兄貴も「義務教育の9年間」は一切学校には行かせてやらなかったんだぞ。

だってな、まずは飯が食えるようになるためには、親子3人で一緒に朝から晩まで「コメ農家」を頑張って働かないと、食える飯ができなかった時代なのさ。

 

学校というものは、「家で教えられないこと」を大学を出た賢い先生が教える場所だけど、「貧乏人の苦労も知らない先生」が多いから、お前も学校が嫌になったらいつでも農家になって家を継げよ!

 

それくらいの金は、お前のために取ってあるから、心配するな!

だから、俺たちは、お前も学校に行かせるつもりはないからな!

 

 

⚫︎小学1年生の頃の母の教え(昭和8年生まれ)

 

いいかい、私も親に学校には行かせてもらえなかったけど、何も困ることがないくらい自分で毎日、親が寝たあとに一人で勉強したのさ。

 

だってね、私のお父さんは、「女に教育はいらん!」と怒る人だったので、兄貴の教科書を見て勉強していると怒られるのさ。

 

だから、晩御飯を食べたら後片付けをして早く寝て、夜遅くに一人でそっと起きて懐中電灯で勉強したものさ。

私のお母さんも同じように学校に行かせてもらえなかったから、誰にも何も教わっていないけど、私と兄貴を産んで育ててくれたし、「美味しい漬物の作り方」や、「自分で味噌や納豆を作る方法」も自分で覚えたので、お母さんの手料理は美味しいから、ご飯を食べる時が一番、楽しかったのさ。

 

でもね、私は「料理」をするより、田んぼに出て父のお手伝いをしている時が最も楽しい時間だったので、いつもお父さんの後ろにくっついていたのさ。

そしたらね、お前、ネズミのうんこみたいに俺の後ろにくっつくのはやめろ!」と怒られたのさ。

 

それとね、女の子は、大切なことをおばあちゃんに習いなさい。

男の子は、おじいちゃんに習いなさい。

そして、「セックス」については、数を経験している人から習いなさい。

 

私のお母さんが女として大事なことをたくさん教えてくれたけど、まだ小学生だったのでおっぱいも大きくならないから、毎日、「オッパイが大きくなる方法」を考えて、野菜の煮物に「いろんな豆」を入れてみたらオッパイが急に大きくなったのさ。

 

やっぱり、男の精子も、女の卵子も、「豆」でできているから、周りの女の子に教えてあげて豆を分けてあげると、みんな、オッパイは大きくなったよ!

 

お前は男だから、オチンチンが大きい方がいいと思うので、私は妊娠した時に男の子だとわかったので、たくさん豆を食べながらご先祖にお前のオチンチンが大きくなりますように!」って毎日、祈っていたんだよ!

 

だからほら、見せてご覧よ!

父さんと同じに、立派なオチンチンになってきたじゃないか!

これも、母親の仕事なのさ!

 

勉強したいなら自分一人で夜中に勉強しなさい。

 

小作の農家さんから教科書は借りてきたので、一人で懐中電灯で夜中に勉強しなさい。

懐中電灯は、つけっぱなしだと熱くなって早く電池がなくなるから、一瞬で教科書を見て覚えて、懐中電灯を消して、頭の中で繰り返して覚えなさい。

私もそうやって教科書を全部、覚えたので、お前もできるさ!

 

注)自分で夜中に勉強したというのは嘘だとあとでわかりました。

 

私たち夫婦はね、「お前に勉強しなさい!」とは一切、言わないので、自分で夜中に好きなだけ勉強しなさい

でも、朝も誰よりも早く起きて、ご飯支度も手伝ってね!

 

「ムダ寝と贅沢は、罪だからね!」

 

じゃあ、頑張って一人で生きなさいよ!

 

 

これが「武士の教育」なので、真剣に「集中力を高める訓練」を毎日した結果、うちの家族は誰も小学校と中学校に行っていませんが、何も問題なく現実をここまで生きてこれました。

 

4つ上の兄は、「電気もの」が好きだったので「芦別工業高校」へ行かせてもらい、私は「数字」が好きだったので「岡山理科大学」まで行かせてもらいました。

 

私が大学へ行けた理由は、中学時代から一気に「お米の買い上げ単価が1俵18000円」と高い時代だったし、両親が田んぼをたくさん買って広げて「六町歩(6ha)の米農家」だったので、「500俵」以上出荷して「年収900万円の米農家」だったおかげです。

 

1971年(昭和46年)の900万円は、当時の消費者物価指数に基づくと、現代の貨幣価値では約2,500万〜2,700万円相当になります。

 

あとで父親から「お米の買い上げ単価を上げたのは俺だ」とこっそり教えてくれました。

さすが、前頭領!

日本の総理大臣や国会議員に直接文句を言える人なので助かりました。

 

1970年から裏切り者の長州藩が「減反政策」をやりやがったので、「生産する米を減らすのは仕方がないが、米を作る農家の収入が減ると農業が続けられないので、お前たちを日本刀で殺しにいくぞ!」と電話で脅して「コメの買い上げ単価」を上げさせました。

 

 

日本の減反政策(生産調整)は、1970年頃から政府が主食用米の過剰生産を抑え、価格を安定させるために導入した農業政策です。

約50年続いたのち2018年に廃止されましたが、近年の米価高騰や需給の変化に伴い、現在もその影響や方針が議論されています。 

 
減反政策の概要と歴史
  • 導入の背景: 高度経済成長による食生活の変化やパン食の普及、生産技術の向上により、1960年代後半から米が余り始めたため。
  • 仕組み: 国が都道府県や農家に生産目標量や作付面積の削減を割り当て、麦や大豆、飼料用米などへの「転作」や休耕を促すために補助金を交付した。
  • 廃止: 2018年に行政による生産数量目標の配分が廃止され、市場原理に委ねられる形となった

私が「キャリア官僚」になった1990年代から一気にお米の値段が下がったので、農林水産大臣にボロクソ文句を言ってやりました。

 

  • 山本富雄(鈴木山本馬のクソのエタ非人)
    • 就任:1990年2月28日(第2次海部内閣) 
  •  
  • 近藤元次
    • 就任:1990年12月29日(第2次海部改造内閣

 

しかし、国会議員は口だけ上手いことを言う割に「何もしないで金が入る職業」なので、結果的にお米の買い上げ単価は大きく下がり結果的に大きな赤字を抱えている農家がたくさん増えました。

 

日本は「TPP(環太平洋パートナーシップ)」を巡る議論や問題が大きくクローズアップされたのは、日本が交渉参加を表明した2013年3月から、米国が離脱し米国抜きのCPTPP(TPP11)が発効した2018年12月にかけての時期です。

 

国内では「農業への影響」などを巡り激しい論争となりました。

TPP問題とは、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)をめぐる議論であり、主な争点は「農業への打撃」「食の安全や医療制度への懸念」「アメリカの離脱と中国などの加盟申請による国際関係の変化」です
 
 
詳細な内容については外務省の環太平洋パートナーシップ協定ページも参照できます。 
 
 
 
国内産業と農業への影響
 
  • 安価な外国産農産物の流入による、国内の米や畜産業などの衰退不安
  • コメや乳製品などの重要品目を守る例外措置がどこまで認められるかの交渉課題
  • 地方の雇用や地域経済への悪影響を心配する声

 

1990年代から「全てのキャリア官僚」になったので、TPP問題に賛成している国会議員の自宅を部下の官僚たちに調べさせて家族の前で文句をいいに行ったし、「農家の生活」を守るためにアメリカ主導の「TPP問題の交渉の邪魔」をし続けてやりました。

 

「米農家が米を作らなくなった土地」は長い間、放置するとお米ができない田んぼになることも知らない国会議員たちに、「日本の主食をお米」にした吉岡一門頭領としてボロクソ文句を言いに行きましたし、「もし、アメリカの言うとおりにするならお前の家にだけ農たっぷりの米を届けさせて子供達を病気にしてやるぞ!」と脅しに行きました。

 

TPP問題(環太平洋経済連携協定)の結末は、主導国だったアメリカが離脱したものの、日本が中心となって残る11カ国をまとめ上げ、2018年12月30日に「CPTPP(TPP11)」として発効させた。さらにその後も参加国を広げ、自由貿易の枠組みとして存続・拡大している。

 

私は小学中学時代をまともに学校に行きませんでしたし、小学4年から共産党がストを始めたせいで義務教育の学校の授業が無くなったので、「子供先生の授業」を同級生に教えに行き、やっと高校時代になって毎日高校に行きましたが、家に帰ると「動物の世話」と「農家のお手伝い」は私の仕事だったので、親よりよく働く元気な高校生でした。

▶️小学4年生の時に体験した「子供先生」の授業

 

 

大学時代を岡山県で5年間も謳歌させてもらったし、

母親に大学を卒業する前に「お前に800万円もかかったんだよ!このお金をどうやって貸すつもりだい!」

と怒鳴られたからこそ「800万円は親にお返ししよう」と思いました。

 

大学時代のアルバイトで貯めた「貯金」に、ダイエーのサラリーマンのボーナスを一切、使わないでお金を貯めて「800万円」になった時に、母親に大学時代の仕送り代と授業料のお金をお返しします」と800万円の通帳を渡すと、母にビンタを一発されて、こう怒られました。

 

あなたねえ、「親の気持ち」を無視するようなことはするんじゃないよ!!

お前にお金を返してもらいたくて大学へ行かせてわけじゃないので、その金をもっと増やして自分が結婚した時や、自分の子供のしたいことをさせてあげるために貯めておきなさい!

 

「お金に汚い母」だし、「父親の財布から金を盗む女」ですが、「吉岡一門は借金禁止」なので「貯金」をして家も車を買うことが大前提の理由は、「士農工商の最低の商人」からお金を借りることは恥だ」と教わっている「武士のトップの家柄」だから当然です。

 

 

 

母)でも、よく頑張って800万円も貯めたもんだねえ!

お前、悪いことはしてないよね?

 

 

に恥をかかせるようなことはひとつもしてませんし、警察沙汰になりそうになっても、何とか切り抜けて生きてきました。

結局、「警察に捕まる奴はバカ」だと、警察の人にも教えてもらいましたので、これからもそうします。

 

ここまで育ててくれて、本当にありがとうございます。

あと、俺はきっと結婚はしても、「自分の子供は残さない」と思いますので、孫は諦めて下さい。

 

だって、あまりに「我が家のルール」は厳しいので、俺、自分の子供が男でも女でも同じように殴りそうだし、きっと、俺の子供は俺よりも「強い霊力」を持って生まれそうなので、親にも社会にもご迷惑をかけると思いますので、「孫は兄貴」に期待してもらって、俺の子供は諦めて下さい。

 

もしあり得るとしたら、他の家に嫁いだ女のお腹に俺の子供がいる場合もありますが、俺が付き合った女たちは「吉岡家に迷惑をかけるような女とはエッチしない」ので、多分大丈夫だと思います。

 

自分に子供がいない分、きっと、「足りない人間」になると思うので、その分、他の家の子供達にできることを教えてあげて、自分の子供と同じように教えることを学んで生きながら、「親の恩」を他の子供達に返していこうと思っています。

親不孝な息子で、本当にすいません。

 

 

これが、私が大学を卒業して、母と父に報告したことですが、父は笑顔でうなづきながら、「それでいいそれでいい」と笑っていました。

 

どうぞ、「あなたの家の教育方針」がどうかは知りませんが、良い学校を出てもとんでもない悪いことをする人間が増えているので、子育てで悩んでいるお母さんたちは、自信を持って、「親の価値観」で子供を育てて下さい。

 

「子育てに正解はない!」と、父母も祖父母も同じ意見でした。

 

ここまで大事なことを教えてくれた全ての親族や出会った大人たちに心から感謝いたします。ありがとうございます。

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