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ドイツが絶対に日本を攻めることができないように国連に「国交議決条約」を提出しました!

1989年10月11日(30歳)に、北海道ダイエー労働組合に入ってすぐ「外務省」の仕事を無償で手伝った最初の仕事は、「日中国交問題」が大きかったので、私の判断で古い備蓄米とアメリカの医薬品を送る指示を出したお礼に、中国鄧小平主席から「会いたい」と言われたので中国に行くと、鄧小平主席本人から「中国共産党の胸のバッチ」を頂けたことで無事に中国との国交は回復しました。

▶️【外務省】中国との国交を回復!正式に、特別上級国家公務員認定

 

日本に帰ってくると官僚たちに私の噂が広がったのか、すぐに「外務省のドイツ担当の二人の官僚」から電話があり、「ヨーロッパで一番問題がある国はドイツです」と言われたので調べてみました。

高級車のベンツやBMWやアウディは全て「ドイツのマイスター職人」が作った技術だし、「ドイツ軍のティーガー戦車」もマイスターたちの技術を応用しているので「優秀な戦車軍団」を持っていから大東亜戦争も強かったと祖父から聞いていたからです。

ドイツ担当の官僚の二人が口にしたのは「ネオ◯チ」という言葉ですが、この言葉をネットに書くと、即、記事が削除されるほど世界で「最も危険フレーズ」として扱われています。

 

「ヒトラーの世界統一危険思想」の人たちがまだいることに驚きましたし、日本国内はあえてテレビでもマスコミでも「放送禁止」にしている理由は、世界中のどこの国にも重要な企業にもドイツ人は入り込んでいるので、しょっちゅう、ドイツ本国に帰る人間は普段は優しくても「ネオ◯チ」だと思ってご注意下さい。「両親に会いにいく」と言って本国の集会に出るそうです。

 

ネオ◯チ(英語: neo-Nazism、ドイツ語: Neonazismus)とは、極右民族主義を源流とする第二次世界大戦後の政治運動・組織の総称である。 ネオ◯チは、極右政治と右翼過激主義の特定の形態と見なされている。

 

「東西ドイツがどれくらい酷い状況なのかを知るために、駐日ドイツ大使に会わせろ!」と官僚に言うと、「行きたいなら電話しておくので自分で行って下さい。」と言われたので、組合の出張を兼ねて、東京都港区南麻布4丁目5−10にある「駐日ドイツ大使館」へ行き、応接室で待っていると誰も出てきませんでした。

なんでこんなに待たせるのかとイラついていると、やっと、ドイツ駐在大使のクレーメンス・フォン・ゲッツェ大使が出てきて、こう言われました。

大使)先ほど、あなたは待っている時に置いてあった「水」をガブ飲みましたが、普通は誰も信用していない国の人間と付き合うので水を飲む人はいません。

私は迷わず水を飲んだあなたを見たので、「信用できる人間だ」と思ってやってきました。

もし、水を飲まずにいたら「私は留守」と言って出ていかないつもりでした。

それくらい日本の官僚は信用できないので、今日はあなたを信用できる人間だと思ったので何でも話して下さい。

 

吉岡)では、あのドイツで有名な「ネオ◯チ」について詳しく教えて下さい。東西ドイツになってから、とても困っていると二人の担当官僚に聞いたので、どこに問題があるのかを知りたいので、詳しく状況を教えて下さい。

 

大使)そうですが、あのことですか・・・。これは私が言ったというと問題になるので、ちょっと耳を貸してもらえますか?

 

お互いに盗聴を避けてヒソヒソ話をしたあと、大声でこう言われました。

 

大使)では、一緒に今からドイツに行きましょう!さあ、このまますぐに飛行機は飛び立てますので羽田空港まで一緒に行きましょう!

 

迷っていると怪しまれるので、素直に大使のベンツに乗って羽田空港へ行き、ドイツ製のプライベートジェット機でドイツへ行きました。

 

プライベートジェット機は、大使個人の持ち物だから盗聴器はないので、「ここで本気で話しましょう」と言われ、ある極秘作戦を決定しました。

 

「東京とドイツは7時間も時間が戻るので、ちょっと行って戻ってくるだけなので、そんなに問題はないですよ」と言われたのに、一緒にドイツへ行ってビールとソーセージが美味しいと有名な「ホフブロイハウス」で「前祝い」だと言って一緒にドイツ人と盛り上がってお酒を飲んでから家族にも合わせてもらって日本に戻ってきました。 

クレーメンス・フォン・ゲッツェ(Dr. Clemens von Goetze) 1962年3月29日ベルリン生まれ、既婚、2子

ドイツの世界一有名なビアホール「ホフブロイハウス」

そのあと、世界中にこんな情報が流れましたが、クレーメンス・フォン・ゲッツェ大使はドイツにいなかったので怪しまれませんでした。

 

ベルリンの壁崩壊(ベルリンのかべほうかい)は、1989年11月9日https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%81%AE%E5%A3%81%E5%B4%A9%E5%A3%8A

 

 

まあ、「私がベルリンの壁を壊す計画をしたこと」を認める人は日本人もドイツ人も誰もいませんし、ドイツ担当の両国の官僚だけが「隠しファイル」に記録しただけだし、お礼のお金は1円ももらっていないので、私の勝手な妄想かもしれません・・・(^^)

 

無事に、ドイツの壁崩壊になったニュースを日本で見ていると、ドイツ大使館の駐在大使のクレーメンス・フォン・ゲッツェ大使から電話が来て、「今からドイツにお祝いで行くのでまた一緒にドイツに来て欲しい」と言われ、千歳空港まで迎えに来てくれて、また彼のプライベートジェット機で「東西ドイツ融合のお祝い」でビールとソーセージが美味しいと有名な「ホフブロイハウス」でビールをご馳走してくれましたし、そのあとドイツの自宅まで連れて行ってくれて家族と一緒に食事をしたこともあるほど仲良しでした。

日本に戻ってきてから誰かがチクったようで、クレーメンス・フォン・ゲッツェ大使はその責任を取らされてドイツへ強制送還されてしまい、二人のご縁も終わってしまいましたが、ドイツのメルセデス・ベンツとの繋がりは大使だけだったので、最後に電話して社長の電話番号だけは聞き出してくれました。

 

2024年現在、私が裏で動いてまとめあげたヨーロッパの共通貨幣通貨の「ユーロ」を脱退する国が増えていますが、ヨーロッパの国々が最も恐れているのは「ドイツの出方」なので、安倍晋三首相にドイツのメルケン首相と仲良くなるようお願いしたので、安倍晋三首相が生きている間は良い関係でした。

2019年2月、ドイツのメルケル首相が4日、約3年ぶりに来日し、安倍晋三首相と約50分間会談した。

 

2022年7月8日、安倍晋三首相暗殺

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2022年4月11年、シュタインマイヤー・ドイツ連邦共和国大統領と対談

2023年3月18日。日本とドイツは首相と外務、財務、防衛など双方の6閣僚による政府間協議を初めて開いた。

 

岸田文雄首相もドイツとの国交を継続できるように動いていますが、お金に関わる全ての計画を作っているのは「小指チンチン鈴木友康」がいる「財務省」なので、話しあった内容次第で今後の関係は変わりますので、今、ドイツが敵か味方かはわかりません。

世界情勢を勉強しようとしない「平和ボケした日本国民」はバカなドラマやお笑いばかりを見て笑っていますが、

世界のどの国の国民もみんな「第三次大戦」を恐れているので、毎日、学校で「CNNニュース」は流れていますし、中学生でも世界状況について答えることは誰でもできます。

 

こんな平和ボケした日本人を救う意味があるのかと、とても悩みました。

 

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