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世界で売れたゲーム「テトリスの開発者」は私で「特許使用料」は世界中にいづれ請求します!

1977年4月(18歳)、岡山理科大学の「応用数学課 数学課程」に入ってすぐに、「防衛省のホストコンピューター(001大型汎用機)」に触れる機会がありました。

「数学課 情報処理課程の教授」に頼まれてホストコンピューターの夜中の監視をする「アルバイト」を頼まれた時、1台が火を吹いたので「電源」を引き抜いて原因を調べました。

壊れた1台の電源をコンセントから抜くと、壊れた1台につながっている「001大型汎用機」が全てズラっと止まったので、「電源の接続方法が直列」だとすぐにわかりました。

「直列と並列」は小学校の授業で習うので、誰でも知っていることですが、私は母に今よりも賢くなっては困ると言われて小学校には行かせてもらえなかったので、「兄の教科書」で自分一人で勉強しました。

 

え!!まさか、「直列と並列」の違いを知らないのですか???どこまでバカなんですか?小学校に行ってないのですか?

ホストコンピューターの「001大型汎用機」の大きな箱の中のどの部品が焼けたのかを見るために、ドライバーで蓋を外して中身を見て、「できれば直してやろう」と思ったので焼けこげていた部品を「予備部品」と交換して自分で修理しました。

しばらくすると、また別の「001大型汎用機」が火を吹いたので、また電源を引き抜いて蓋を開けると「同じ箇所」だったので、コードをたどってみると壁にある「メイン電源のブレーカー」から全て「直列」に繋いでいたので、「そりゃあ、火をふくさ!」と思ったので、ここの装置を作った奴は馬鹿だと思いました。

こうなると、自分で1台づつ「直列電源」を「並列電源」にするしかないので、ドラム式の電源コードリールをカッターで2mづつに切り刻んで、ニッパで皮を剥いて予備の電源タップでオスメスを作り、「並列」に繋ぎかえてメイン電源を入れると「電源部品の爆発」は無くなりました。

しかし、またしばらくすると、最初の「001大型汎用機」から煙が出たので、蓋を開けて焼けている部品を見ると、「電源」とは別な「黒いBOX」が焼けていました。この黒いBOXを「ブラックボックス」と呼ぶことにしましょう。

 

煙が出た「001大型汎用機」を停止させて「ブラックボックス」を予備部品と交換しましたが、電源の時と同じように次々に煙が上がるので、また全てのメイン電源を落として考えました。

これは、全てのスパコンの中の「ブラックブックス」も「直列」に繋いでると思ったので、全ての「ブラックボックス」を新品に交換しようとしましたが、部品が足りませんでした。

夜中なので、教授は朝まで来ないので、一人で考えました。

「電源」も「ブラックボックス」も「直列」に繋いだバカは誰かを考えてもわからないので、スパコンの裏を見て「製造メーカー」を調べると「NEC」でしたが、NECも朝まで電話できないので対策を考えました。

 

教授に頼まれた仕事は、「朝まで送られてくる重要なデータの監視だが、もし爆発しそうなら電源を引き抜いていいぞ。でも大事なデータなので、1日分溜まると翌日はもっと大量のデータになるので無事に朝まで動いていることを願う。」

と教授に言われたので「仕事は結果」なので、朝まで動いていないとアルバイト代はもらえないと思ったので必死に考えました。

 

え!まさか!皆さんはそのまま放置して言いわけするタイプですか?そんなバカな大人は「親」にどんな教育をされたのか「親の顔」を見たいものです。社会人としては失格なので、小学校からやり直して下さい。

 

「ブラックボックス」は黒い線が壁から繋がっていたので、壁の中の線を辿っていくと、外の電信柱に「電気の線」ではない「太い通信用ケーブル」につながっていました。

つまり、どこからか「大量のデータ」を送っているとわかったので、「001大型汎用機」の前に座って紙に全体図を書いて考えました。

電源の「直列」を「並列」にするのは小学校で習ったので簡単ですが、「通信」に使っている「配線の仕組み」がわからなかったので、1台だけ「001大型汎用機」を独立させて、太い配線をむしり、色な色のコードを「テスター」で「電圧測定」しました。

私の4つ上の兄は「工業高校の電気科」なので家に「テスター」が置いてあったのでよくいろんな電化製品を測定して遊びましたので、使い方は知っています。

「赤黒のテスター端子」をバラした線に1本づつ繋いでメイン電源から順番に測定すると、「ある線」の時にテスターが壊れました。

「これだけ電圧が掛かれば「001大型汎用機」も壊れるは当然だ。本当に頭の悪い人間が作った機会だと思いましたが、朝まで時間があるので考えよう。」と買っておいたメロンパンと牛乳を食べてからしばらく横になりました。

朝まで暇だったので、先生のデスクトップパソコンを触っていると、「ゲーム」があったので遊びましたが、すぐに飽きました。

だって、「ゲームの展開」が1パターンしかない単純なゲームだからです。

ゲームは、想像もつかない展開になるからこそ面白いのに、すぐに結果が出るのは面白くないと思って、自分で「109日本語キーボード」の上下右左のボタンを使って情報処理課の授業で習った「FORTLANのプログラム」を打ち込んで遊んでいました。

1977年なので、OSは入っていない「MS ーDOS」だったので、「FORTLAN入門書」を読みながら、英語で書いてある教授の本を辞書で調べて、「コマンドプロンプト画面」に自分でプログラムを書いて打ち込みました。

横に1本の線を引き、画面の一番下に小さい横棒で「四角」を作り、キーボードで上下左右に動くようプログラムを打ち込んで遊んでいました。

[ fmt-output.f90 ] – 書式指定出力のサンプル

program fmt_output
  implicit none
  integer :: i = 1234
  real :: a = 1.234
  double precision :: d = 9.87654321d0
  complex :: c = (1.5,2.345)
  character(len=4) :: s = "abcd"
  print '(i10)', i         ! 幅 10、右寄せ
  print '(i0)', i          ! 左寄せ
  print '(1x,i0)', i       ! 1 文字空けて左寄せ
  print '(i1)', i          ! 幅が足りない場合はアスタリスクが出力される
  print '("x = ", f5.2)', 99999.0  ! 幅が足りない場合のもう1つの例
  write (*,'(i10.7)') i    ! 幅 10、右寄せ、最低出力桁数 7 (満たない場合は 0 を出力)
  print '(f10.2)', a       ! 幅 10、右寄せ、小数点以下 2 桁
  print '(f0.2)', a        ! 左寄せ、小数点以下 2 桁
  write (*,'(e10.3, f15.5)') a, d   ! 複数の書式指定をカンマで区切る例
  write (*,'(e10.3e1)') a           ! 指数部の桁数まで指定する例
  write (*,'(e10.4, f10.4)') c      ! 複素数は2つの実数の書式を指定する
  write (*,'(2f10.4)') c            ! 複素数を反復数 2 で指定する
  print '("(real=",f0.2," imag=",f0.2,")")', c ! 文字定数表現を書式指定に含める例
  print '(a)', s           ! 幅を指定しないと、宣言時の長さ(ここでは 4)が使われる例
  print '(a2)', s          ! 幅が足りない場合は切り捨てられる
end program fmt_output

出力例:
      1234
1234
 1234
*
 x = *****
   0001234
      1.23
1.23
 0.123E+01        9.87654
  0.123E+1
0.1500E+01    2.3450
    1.5000    2.3450
(real=1.50 imag=2.35)
abcd
ab

 

その時に完成したプログラムが、「テトリス」です。

「テトリス」と名付けた理由は、山のリスが食べ物を食べる時に、手と手で挟んで食べる姿に「ゲームの動き」が似ていたので、「テトリス」と名付けて「国際特許に登録」してもらいました。

ウイキペディアで「テトリス」を調べると、「テトリス(ロシア語: Тетрис、英語: Tetris)は、ソビエト連邦のコンピュータ科学者アレクセイ・パジトノフが 「1984年に考案したコンピュータ・ゲームの商品名」とありますが、私のほうが7年早く先に開発したので、防衛省の栗栖弘臣陸将統合幕僚会議議長に伝えて「アメリカの国際特許」を取ってもらいました。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%B9

 

ロシアの1984年よりも早く「1977年に特許登録」したのですが、今まで黙って世界の売れ行きを見ていたので、11月11日に以降に世界に「テトリスの特許使用料」を国際弁護団を組んで請求します!

アメリカ人はどんな人でも「テトリス」はしているので、莫大な請求額になるので一括返済してもらいましょう。

 

1990年にロシアのプーチンに会うまでは忘れていましたが、仲良くなってからこの話を切り出すと、世界中で「テトリス」は売れているので「特許使用料を請求するぞ!」と言うとプーチンは土下座して謝りましたが、拳銃を抜いた部下が私を撃ったので、撃った女兵士はプーチンに撃ち殺されました。

 

「私は世界で最初のテトリス開発者」なので、日本の任天堂に販売する「使用許可」を与えたおかげで任天堂は大成功して、トランプの会社が「ゲームの会社」に成長しましたが、使用料はまだもらってないのでこれも一括請求させてもらいます。

任天堂の売上は正規版だけでパッケージ1億7000万本以上、ダウンロード4億2500万回以上を販売した世界で最も売れているゲームです。

1本のゲームを5000円と計算したら、いくらになりますか?その15%が私に入る特許使用料なので、任天堂に預けていますので請求します。

「ロシア」は名前を変えて「マインドゲーム」としましたが、任天堂に使用料を請求されて国際弁護団が交渉したので、以下のようになりました。

 

 

テトリス 世界を席巻したソ連の「マインドゲーム」

歴史上の多くの偉大なアイデアと同様、「テトリス」も全く意図せずに生まれたものだった。

アレクセイ・パジトノフさんは当時、モスクワのソ連科学アカデミーでソフトウエア技術者を務めており、新型コンピューター「エレクトロニカ60」の試験を任されていた。

そこで、子どものころ遊んだパズルを基に単純なゲームを作成。エレクトロニカ60の性能評価に役立てつつ、ちょっとした楽しみにもなれば、と考えた。

出来上がったゲームが史上有数の中毒性を持つゲームとして成功するとは思いもよらなかった。

時は1984年6月6日。「テトリス」による鉄のカーテンの向こう側からの旅は始まったばかりだった。

オリジナル版のテトリス
オリジナル版のテトリス

テトリスはパズルゲームの一種で、プレーヤーは落下してきた「テトロミノ」と呼ばれる幾何学形状を隙間なく並べてラインを作る。

パジトノフさんが着想源としたのは、「ペントミノ」と呼ばれる古典的なボードゲーム。五つの正方形の組み合わせによってできる計12種類の形状を扱う。目標はこれらを木製の箱の中にジグソーパズルのように並べることだ。

パジトノフさんは単純化のために正方形の数を四つとし、組み合わせによってできる形状の数を12から7種類に減らした。そしてギリシャ語の数詞「テトラ」(4を意味する)と趣味のテニスを掛け合わせ、「テトリス」と命名した。

パジトノフさん自身もすぐに夢中になった。現在住むシアトルからインタビューに応じたパジトノフさんは、「形を組み合わせるのにやみつきになり、試作プログラムで遊ぶのをやめられなかった」と振り返る。

テトリスは古典的なボードゲーム「ペントミノ」に触発されて誕生した/Shutterstock
テトリスは古典的なボードゲーム「ペントミノ」に触発されて誕生した/Shutterstock

だが、冷戦最盛期のソ連でビデオゲームを開発するのは簡単な作業ではなかった。テトリスが一風変わった試験プログラムから世界的な現象になったのは、ひとえにデザインの秀逸さによる。

口コミ

テトリスはエレクトロニカ60を利用できるプログラマーの間で即人気になったものの、このマシンには描画能力がなく、記録容量は今日の電卓以下だった。

より描画能力に優れるコンピューター「IBM PC」向けのバージョンを作ってほしいとの要請を受け、パジトノフさんは夏休みのアルバイトに来ていた当時16歳の学生、ワジム・ゲラシモフさんに白羽の矢を立てた。出来上がったゲームはすぐに広まった。「山火事のようだった。ソ連でパソコンを持つ人は全員テトリスを入れていた」(パジトノフさん)

パジトノフさんにテトリスからの収入は一切入らず、本人にもその気はなかった。テトリスのアイデアは国が所有していたうえ、ソフトウエアを製品として売るという発想自体、パジトノフさんにはなじみがないものだった。テトリスはもっぱら口コミで広がり、利用者はフロッピーディスクにコピーしていた。

やがてパジトノフさんの耳に、テトリスが国境を越えて他の東側諸国でもプレーされているらしい、とのうわさが舞い込んできた。

1986年にはロンドンを拠点とするソフトウエア企業アンドロメダの営業マン、ロバート・スタイン氏からテレックスを通じてメッセージを受け取った。ハンガリーでテトリスを目にしたスタイン氏は、西側での販売権を取得したいと考え、相当な額の前払金を提示した。

パジトノフさんは前向きな返事をしつつ、西側企業と直接取引すれば刑務所行きになる可能性もあると分かっていたため、国を通じた権利売却の方法を調べ始めた。

だが、スタイン氏はこの返事をゴーサインと解釈し、直ちにゲーム制作を始めた。しかし発売準備を進めていたところ、ソフトやハードの輸出を監督するソ連の団体「Elorg」から別のテレックスを受け取った。

 

権利付与の正式承認が下りておらず、発売は違法との内容だった。

最終的にスタイン氏は権利関係を解決、1988年に米英でPCソフトとしての発売にこぎ着けた。ゲーム内ではクレムリン(大統領府)をテーマとする背景画像やキリル文字を通じ、ソ連由来であることが強調されていた。それでもパジトノフさんとスタイン氏の間で生じた誤解は、ソ連から西側諸国へのゲーム輸出がいかに難しいかを物語っていた。

パジトノフさんと息子。英国と米国で発売されたPC版テトリスを手にしている=1989年/Wojtek Laski/Hulton Archive/Getty Images
パジトノフさんと息子。英国と米国で発売されたPC版テトリスを手にしている=1989年/Wojtek Laski/Hulton Archive/Getty Images

ゲームボーイ

テトリスのコンピューターゲームとしての売れ行きは好調だったが、ゲーム業界の主な収益源は家庭用ゲーム機だった。そこに目を付けたのが日本在住のオランダ人ゲーム開発者、ヘンク・ロジャースさんで、テトリスが携帯用ゲーム機「ゲームボーイ」にぴったりだと真っ先に見抜いた。

ロジャースさんは必要な許可の取得に動いたものの、間もなく大変な挑戦であることに気付いた。同氏は既に日本でファミコン版テトリスを発売しており、その際、権利を主張する会社が複数存在することを知ったのである。

ロジャースさんは飛行機に飛び乗りモスクワ入り。最初こそ進展がなかったものの、国家保安委員会(KGB)の要員らしき通訳の女性を雇ったところ、すぐにElorg関係者との面会を取り付けてくれた。

面会の席にはパジトノフさんもいた。2人はたちどころに意気投合。「その場にいた中で、ゲームのことをまともに理解していたのはアレクセイだけだった」「テトリスによるビジネスについて説明するうちに、私たちは友達になっていた」と、ロジャースさんは振り返る。

その1週間後、ロジャースさんはゲームボーイ版テトリスの契約書を携えてモスクワを離れた。

ヘンク・ロジャースさんとパジトノフさん=モスクワの赤の広場
ヘンク・ロジャースさんとパジトノフさん=モスクワの赤の広場

ゲームボーイ版テトリスの売り上げは3500万本に上り、ゲームボーイ躍進の原動力となった。今でもパジトノフさんを含め多くのユーザーから最高のテトリスと評価されており、ハードとソフトのかつてない相乗効果も生み出した。

 

遅れて支払われた権利使用料

テトリスの成功にもかかわらず、パジトノフさんに収入は入ってこなかった。「法的な問題が山積みだった。所有権やソースの問題が持ち上がった際、私は全てを円滑に進めたいと思って、ソ連科学アカデミーのコンピューターセンターに10年分の権利を譲渡した」

こうした法的問題は、ホームコンソールの権利を巡る任天堂と米アタリ社の紛争で頂点に達した。裁判所は1989年後半、任天堂の主張を支持する判断を示し、アタリにとって大打撃となった。

アタリは既に「テトリス ソ連のマインドゲーム」のキャッチコピーで数十万本を制作していたものの、水の泡となった。任天堂はこれとは異なる戦略を採り、「ロシアより楽しみを込めて」とのスローガンを選んだ。

パジトノフさんは91年、友人であるヘンク・ロジャースさんの助けを借りてモスクワからシアトルに移住。95年に権利をめぐる合意が失効したのに伴い、ついに使用料を受け取り始めた。

パジトノフさんとロジャースさん=2018年
パジトノフさんとロジャースさん=2018年

パジトノフさんとロジャースさんは96年、テトリスや関連商品のライセンス供与を扱う企業「ザ・テトリス・カンパニー」を設立。2005年にはソ連崩壊後に民営化していたElorgを買収し、世界全体でテトリス関係の権利を掌握した。同社はまた、一般的に「テトロミノ」と呼ばれるテトリス中の幾何学形状のブロックを「テトリミノ」と公式に呼び変え、商標登録もしている。

ザ・テトリス・カンパニーによると、今日に至るまでテトリスは世界記録となる65超のプラットフォームで発売され、モバイル端末では5億回以上のダウンロードを記録している。

最新作は2019年のゲーム誕生35周年に合わせてリリースされた多人数対戦型オンラインゲーム「テトリス99」で、最大99人が同時にプレーできる。

そんな根強いテトリス人気について、ヘンク・ロジャースさんは「プレーの価値は全く失われておらず、テトリスに取って代わるゲームは現れていない」と説明する。

「いわば誕生日に歌う『ハッピーバースデー』のようなもの。これまで多くの歌が生まれては消えてきたが、『ハッピーバースデー』はいつも同じように歌われている。テトリスはコンピューターゲームの『ハッピーバースデー』になった」

 

以上のことを読めば、私がマイクロソフト社に請求できるし、世界のゲームメーカー全てに請求できるので、11月11日以降に「私の国際弁護団」に特許使用料を請求しなさいと指示しておきました。

 

ちなみに、岡山理科大学に防衛省の「001大型汎用機」があることは「防衛秘密」だったので全ての中身は「ある場所」に移したし、「吉岡セキュリティプログラム」で守っているのでご安心下さい。

世界のどのハッカーでも絶対に入れないプログラムを1から全て自分一人で組んだので、日本の重要な武器配置システムや、防衛装備庁の研究内容は絶対に盗めません。

今までチャレンジしたハッカーは、全員、逮捕されて刑務所送りになっているし、ペンタゴンのホストコンピューターの最後の壁まで入った世界一のハッカーはアメリカの刑務所にいますが、直接、本人と話した結果、

Unbelievable. It’s a program that can never be broken.

アンビリーバブル!それは絶対に破れないプログラムだ!』

と言ってくれたので、世界一のハッカーの補償付きの「吉岡セキュリティプログラム」です。

このことを世界の国王や大統領たちに教えると当然、自分の国の防衛システムにも「吉岡セキュリティプログラム」を組み込んで欲しいと言われたので、アメリカのペンタゴンを始め、「世界中の防衛システム」に無償で組み込んだので、「私の別班チーム」からは「世界の防衛プログラム」が全て丸見えで、アメリカや中国やロシアの核爆弾の発射装置もこちらから押せますし、世界が隠している全ての「核爆弾やICBM爆弾」も爆発させることができます。

もし、日本に一発でも爆弾を打ち込んだ国は、「自国の核爆弾を全て爆発」させますので、日本に向けた戦争はしない方がいいですよ!

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