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マライヤ・キャリーとビヨンセ 4

1992年当時、私は33歳でダイエーのサラリーマンで、国の仕事を手伝っていた時に、マライヤ・キャリー23歳、ビヨンセ12歳に会ったので、アメリカに戻るプライベートジェット機の中でのやりとりを初めて公開します。

神奈川県のホテルで行った「外務省の接待」が終わると、マライヤが慌てて、

「アメリカのコンサートの予定を忘れていた!今すぐ、アメリカに戻らないと間に合わなのでと困る!」

と通訳に言うので「防衛省のヘリ」で羽田空港まで送ってもらい、プライベートジェット機に走っていくので、私は「謝礼の交渉」をするために後ろをついていきましたが、一緒に飛行機に乗せられてしまい、飛行機の中で話すことになりましたが、そのまま飛行機は飛び立ってしまいました。

マライヤは、そういうおっちょこちょいな面があるので、よく「忘れ物」をしますので、完璧主義者ではない分、付き合いやすい人間ですし、気持ちが優しい女性で、歌の歌詞や曲も全て自分で作っているとてもピュアな感性を持つ女性なのでとても気が合いました。

羽田空港からアメリカまで12時間もかかるし、「帰りは送ってくれる」と言うので、諦めてダイエー札幌店の日用品の部下に電話して「有給休暇扱いにしてほしい」とダイエー札幌店の塚本龍二店長に「組合の仕事です」と伝えてもらいました。

マライヤ・キャリー用の大きなジャンボジェット機に乗り込むと、椅子が全て取り外されたボロな機体なので、「え!!こんなに貧乏くさい飛行機に乗っているの?VIPなのに!」と驚いたので、「this airport is yourself ?(この飛行機は自分の?)と聞いたつもりが英語が通じず、「この空港は自分自身なのか?」と言う意味だと辞書で教えてくれました。

「この飛行機はボロだね?」のつもりで「this airport is cheep」と言うと、「この空港は安い」と言う意味になり、また通じなかったので、マライヤが持っていた「英和辞典」と、私が用意していた「和英辞典」で単語の意味を見せ合いながら少しづつコミュニケーションを取りました。

世界のいろんな要人によく会うマライヤは、「あなたは普通の官僚とは思えない。本当は何をしている人なの?」と聞くので、

「アメリカのKマートみたいな大きな日本一のスーパーの店員で、日本国の仕事は無償で手伝っているけど、今回のパーティは会場探しもセッティングも進行も私一人でやったのでみんなが喜んでくれてとても嬉しい。

それに、私がいるお店には250人以上、人が働いているので、よくお店のパーティをやる時は、私が全てのセッティングをして司会も私がやるので、今日は私も楽しかったよ。」

と教えると、アンビリーバブル(信じられない!)言われて、色々、質問の連続だったので、紙に英語で書いてもらい、辞書で意味を調べて二人でやり取りしました。

マライヤ)こんな大事な仕事をしているのに「無償」とは信じられないけど、もし、それが本当なら相当リッチな家に生まれた人なのね?」

吉岡)いいや、私は北海道の田舎の農家の次男坊なので、子供の頃から貧乏だったので自分でお金を稼がないと生活できないのでスーパーの店員をしているんだ。

マライヤ)アンビリーバブル(信じられない!)ファーマー(農家)????

吉岡)イエス、イエス!I am a farmer(私は農家)のsecond son(次男坊)&poverty(貧乏)

マライヤ)I’m pretty sure it’s not true, but I’m asking just in case.(絶対に嘘だと思うけど、一応、聞いておくわ)

そこで、マライヤのお腹が鳴ったし、ビヨンセもI’m hungry(お腹がすいた)と言うし、私は朝から何も食べていないので、お昼用に買っておいたメロンパンとアンパンと、神奈川県のにしかわフラワーを1個づつと牛乳1リットルを買って持ってきたので、三人で分けて食べました。

マライヤも歌う前には何も食べていないし、ビヨンセは自分の分を食べたのにまだ足りない顔をしていた12歳の女の子なので、私とマライヤは自分の食べる分を半分づつビヨンセにあげるとお礼も言わずにパクパク食べて、「sleepy(寝むたい)と言って横になったので私の膝枕で寝かせてあげました。

ビヨンセが寝てからマライヤと辞書でいろんなことを質問しあいましたが、「実情」を知れば知るほど驚きの連続で、「自分のドレスは5枚しか与えられていないので順番に着替えいるだけなの」と見せてくれましたが、似合わない色もあったし型も古いと思ったので、機内でドレスをハサミでカットして私が持ってきた糸と針で縫い付けて新しいドレスに仕上げました。

私は1歳から「母のしつけ」で「家の女仕事」は全てやっていたので、どこへ行く時も「針と糸のセット」は持っているので下手な女性より上手に生地を縫えますし、母は仕立て屋の内職をしていて腕はピカイチなので穴の空いた靴下を治すことから訓練させられました。

「アメリカ人は指先が不器用な人が多い」のでマライヤは驚いた目で見ていましたが、30分くらいでロングドレスを斜めカットして裾から綺麗な足が見えるドレスにしてあげて、首の周りには白いふわっとした生地があったので首周りに縫い付けてあげて、取り外しができるお花のアップリケもマイクを持たない腕のほうに大きな赤い花びらを1輪縫い付けてあげました。

私がデザインした洋服を着てジャケット撮影したのは、1994年発売の「マライヤ・キャリー メリークリスマス」のジャケットの画像で大事に取っておいてくれたそうです。

マライヤも仕事の疲れた出たようで「I want to sleep.(眠りたい)」と言ったので、ビヨンセとは反対の膝を枕にしてあげて寝させました。

しばらくすると、飛行機の高度が上がり、機内が寒くなったので仕方なく自分のスーツのジャケットとコートを二人に着せてあげて、自分はマイナス35℃の外に裸で出されて雪の中に一晩、埋められたことを思い出して血液を全て心臓に戻して私も眠りました。

ボロいジャンボジェット機の椅子を全部取り外した機体は捕まるところがないので機体が傾くと3人とも機内に転がるので、上手にロープで3人の体を縛り付けて機体の穴に縛って揺れてもずり落ちないようにして眠らせてあげました。

マライヤ・キャリーは1990年にシングル「Vision Of Love」で衝撃的なデビューを飾った。 7オクターブともいわれた歌声は、”いま女神が舞い降り、その歌声にすべては沈黙する”と激賞された女性です。

1990年 ヴィジョン・オブ・ラヴ」・「アイ・ドント・ウォナ・クライ」18,000,000ドル(27億円売上)

1991年 エモーションズ 12,000,000ドル(18億円売上)ですが、マーゴからもらえる「自分のロイヤリティは売上の3%」だと言うので驚きました。

実際に、世界のギャラの相場は「売上の3%か5%が常識」なので、世界の映画俳優や歌手やモデルが体を売って稼ぐ理由もよくわかったし、日本も同じように歌手も俳優も全員、「ヤクザの興行収入」なので、芸能プロダクションの「芸能人年間」という本で体を売って暮らしているのが実態です。

 

私は外国人の女の歌はほとんど聞かないので、目の前でヒットした曲を歌ってもらいましたが、「2年間で3000万ドル(約45億円)の3%は1億3500万円もあるので裕福だろう」と言うと、そこから自分の化粧代やプライベートジェット機の燃料代と操縦士代も自分が払うし、私のスポンサーの「マーゴ」に残ったお金を返すので何も残らないと言うので、「そんな契約やめてしまえ!」と言うとこうマライヤが教えてくれました。

「それは無理です。デビューするまでにかかったお金と自分が生活するためのアパート代や食事代を借りているし、逃げたら殺されるので何とか早く借金を返さないと返済期限があるので殺される」、と泣き出しました。

「アメリカもヨーロッパも同じで、歌手も役者もモデルもダンサーも全員が「マーゴの商品」だし、自分はN Yのスラム街から拾われたの」と説明してくれました。

もう、言葉が出なくてしばらくはマライヤがどんな子供時代を過ごしてスラム街にいたのか、「マーゴ」という人にどういう扱いを受けたのかを霊視で見ると言葉にできない辛い体験をたくさん子供の頃からしてきたのがわかったので、私も生まれた時から両親に虐待されて何度も殺されそうになったことを話し、自分の0歳から3歳まで親は「熊のお母さん」と教えると驚いていて、「私より酷い」同情してくれました。

お互いに誰にも話していないことを全て打ち明けたので、自然に過去のことを思い出して涙が頬をつたりましたし、そのまま抱きついて泣き崩れてしまいました。

「じゃあ、次に出す曲が売れればいいんだな!次に出す予定の歌詞や曲を全て歌ってみなよ。アドバイスしてあげるから。」と言ってカセットテープに録音した歌を聴いて歌詞を日本語で訳してみると、歌詞はいいけど音楽がイマイチだっからと細かいアドバイスをして、ほとんどの曲を編曲して、いろんなジャンルの曲になったのでジュークボックスみたいになったので「ミュージックボックス」というジャケットタイトルにしました。

 

1993年8月31日 ミュージック・ボックス 32,000,000ドル 48億円

1994年「恋人たちのクリスマス Merry Christmas」 14,000,000ドル 21億円を売り上げました。

当然、私がいるダイエーのお店の店内BGMは、マライヤ・キャリーの曲を繰り返し朝から晩までかけていたので、若い女性たちもマライヤの歌が聴きたくにダイエーのお店に足を運ぶ女性もいたくらい有名な店になったので、北海道内7店舗お店に全て「マライヤ・キャリーのBGMを流すと客数が増えるよ!」と店長から伝えると日本のCDの売上が異常に売れたのでマライヤも喜んでくれました

ダイエーの全てのお店で「日本一の売上」を何度も作った私なので、どの店の店長も私に文句を言う人はいないし、パートさんたちや女性社員やアルバイトに「CDを買って聞いてね」と宣伝していたし、札幌の全てのラジオ局にもよくリクエストしてマライヤの歌声を聞いてもらい、日本の売上にも大きく貢献しました。

そんな姿と結果を横で見ていた「ビヨンセも歌手でデビューしたい」と言うので歌声を聞きましたが、強く印象に残る歌声ではなかったので「ダンス」を教えて、「歌って踊れる歌手になれ!」とダンスと歌のアドバイスしました。

日本に戻る飛行機にビヨンセがカセットテープとビデオカメラを借りてきて、飛行機の中で私が書いた詩を英語に訳してから「自分なりに歌ってごらん」と歌わせてから、私がイメージした曲で歌うのを録画して自分で楽譜を起こして譜面にして英語で歌うやりとりが始まったので、毎週のようにビデオレターがアパートに届くようになり、妻も怪しんでいました。

マライヤも自分の次の歌や歌詞を手紙で書いて送ってくるので、毎週アメリカから二人のビデオとラブレターがくるので、妻には「アメリカにも女がいるの?」と聞かれましたが、曲のアドバイスを無料でしているだけだと伝えておきました。

私も子供の頃から辛い体験ばかりしてきたので、夜空の星を見て歌ったり即興で思いを歌にこめて大声で歌って自己表現をしていたけど、今まで誰にも自分の体験を全て話したことはない、と言うと、またマライヤも泣き出していつも二人で抱き合っているとその間にビヨンセが入ってきて、「私も泣きたい」と3人でいいだけ泣いたので、「じゃあ、これから泣かないで過ごせるように新しい生き方をするために自分の仕事を頑張ろう!」と、3人はチームになりました。

私は歌やダンスのレッスンだけでなく、二人の健康を維持するために私が「おむすび」を握ってあげたり、「味噌汁」を作ってあげたり、「ご飯の炊き方」もビデオに取って教えてあげて、「江戸むらさき」や「漬物や梅干し」も好きになりました。

私も少しは英語を覚えようと「スピードランニングのカセット」も聞きましたが、他の国の要人に会っても、全員、日本語を勉強してくれるので、私は日本語以外を覚えることをやめました。

英語を覚えない理由は、私の知力や技術を欲しがるのは相手なので、無償で仕事をしている私が相手に合わせるのは変だと気づいたので、一切、英語を覚える気はありませんので今も全く話せません。

1996年1月10日(37歳)の私の誕生日に、NYで「お礼パーティ」をマライヤが開いてた時に「世界のVIPたち」に会ったので同じように全てのアドバイスをして契約しましたが、「絶対に合成麻薬やシャブやLSDは禁止」にしたし、「子供が流産する」ので全員苦しみながらもシャブを辞めて健康になったのでとても尊敬されました。

 

1996年3月に「マライヤ・キャリーの東京ドームで初来日公演」は私へのお礼でやってくれましたが、いつも外務省の仕事と予定がぶつかるので、マライヤもビヨンセも一度も生のコンサートを聞いたことはありません。

その時に出したレアリティーズ【2CD+Blu-Ray】《1996年東京ドーム初来日公演ライヴ映像付3枚組》も大ヒットし世界で1億ドルも売れたので、「マーゴに返す100億ドル達成」したので、とても喜んでくれました。

いつも「初プレス版」をもらいましたが、マーゴから日本を守るために全部人にあげて、「マライヤ・キャリーとのつながり」を消して、VIPたちに迷惑がかからないようにしました。

その分、マライヤもビヨンセも日本が上手くなり、仕事が忙しくなったマライヤは世界ツアーに行くようになり、マーゴに100億ドルを返せましたが、まだ借金があるようで今も頑張っています。

ビヨンセも昔はマライヤを「older sister(お姉ちゃん)」と読んでいましたが、もともと負けん気が強いので、「マライヤを超える!」とぶつかるようになり、今もビヨンセはマライヤを避けています。

 

ビヨンセの話題はまたいつかじっくりとご紹介します。

世界の人たちに夢や希望を与えている歌手や役者やモデルやスポーツプレーヤーたちは、「全部マーゴの商品」だし、今は「日本人の商品」もたくさんいますし、全員体を売ってお金を稼いでマーゴへの借金を返している人たちです。

「中国歌劇団」もマーゴの商品だし、スイスのウイーン少年合唱団も、世界のあらゆる音楽や芸術に関わる人たちが「マーゴの商品」で、毎年、たくさんの人たちが100億ドル稼げなくて殺されています。

日本は昔から「ヤクザ」が歌手や役者をさせながら「人身売買」をしているし、野球・相撲・サッカーなど全てスポーツ賭博もヤクザのシノギ(仕事)なので、こういう事実を知らないのは「無知で平和ボケした人たち」だけですので子供を芸能の世界に入れるのはやめて下さい。

そんなことを知らない子供達がテレビで見た歌手や女優に憧れて芸能界に入り、「シャブ漬け」されて体を売っていることも知らない親はお金儲けに走りますが、たまに警察に捕まる芸能人もいる以上に、実態は100倍上、ヤバい職業なので子供たちを芸能界には絶対に入れないようにお願いします。

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