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1995年から「沖縄振興予算」と「北海道開発予算」は私が作りました!

1990年代以降の「沖縄振興予算」は、「公共事業中心の配分」から「一括交付金の導入」、そして近年は減少傾向(3,000億円割れ)へと推移してきました。 
 
すぐに「沖縄振興予算」を減らしたかったのですが、「5年後からしか変更はできない」とキャリア官僚に言われたので、「修正予算」を財務省の一般官僚に作らせて「臨時国会」で通しました。
 
 
 
 
年代別の推移と特徴
 
  • 1990年代(第3次・第4次沖縄振興開発計画期)
    • 本土との格差是正や社会資本(道路や港湾など)の整備が継続。
    • 日本経済全体の低迷や沖縄の所得水準の低さを受け、大規模な公共事業予算が投じられた。 
  • 2000年代(2002年〜・第3次改定、新沖縄振興計画期)
    • 「自立型経済」への転換が掲げられ、観光や情報通信産業(IT)などの振興に軸足が置かれ始める。
    • 年間3,000億円台半ばの高い水準で推移。 
  • 2010年代(2012年〜・新沖縄振興計画、一括交付金)
    • 2012年度に、市町村や県が自由に使途を決められる「沖縄振興一括交付金」が創設された。
    • 2013年度には、米軍普天間飛行場の移設問題(辺野古)の動きに関連し、過去最大級となる3,400億円台後半(一括交付金含む)の予算が確保された。
    • 後半からは段階的な減額傾向へと転じる。 
  • 2020年代(〜2026年度現在)
    • 2022年度以降も「3,000億円台」をめぐる攻防が続き、沖縄県が3,000億円以上を要望する一方で、政府予算案では5年連続で3,000億円を下回る水準が続いている。
    • 2026年度予算案では2,647億円となり、10年ぶりの微増が示されたものの国家予算全体に占める割合は約0.22%にとどまる。

 

「北海道開発予算」は、1997年度にピークとなる1兆円超を記録したのち、国の財政緊縮や公共事業見直しの流れを受けて減少・低迷傾向で推移し、近年は5,000億〜8,000億円規模となっています。 
 
 
 
ピーク期と推移の特徴
  • 1995年〜1997年(ピーク): 1990年代半ばまでは大型の総合経済対策などを背景に潤沢な予算が維持され、1997年度には過去最高の1兆円を超える規模に達しました。 
  • 2000年代以降(減少傾向): 財政再建や公共事業の抑制方針に伴い、予算規模は漸減しました。
  • 近年の動向: 2026年度の当初予算額が5,780億円である一方、食料安全保障やデジタル産業集積に向けた成長投資枠が盛り込まれ、2027年度の概算要求では8,085億円(前年度当初比40%増)と大幅な増額要求がなされています。

 

私がキャリア官僚になった1989年は、昭和64年が終わり、「平成元年」になった年です。

1989年1月7日に「昭和天皇が崩御」し、64年間続いた昭和時代が終わり、元号が「平成」に改められ、日本中が日本国旗を掲揚しないと「右翼」に街宣車で襲われる時代でした。

 

「平成」と元号を名付けるのは、「神武天皇から天皇家に子種」を入れている「吉岡一門頭領の仕事」なのです。

 

1989年(昭和64年)1月7日に小渕恵三内閣官房長官から

「次の元号を決めて下さい。それと「新しい元号」を紙に筆で書いて下さい。できれば元号の意味も紙に書いて下さい。防衛省のF15戦闘機で自衛隊員が取りに行きます。」

と私がいるお店に電話があったので、私も1月10日で「30歳」になるので、ダイエー札幌店で紙に書いて自衛隊員が丘珠空港から取りきたので手渡ししました。

「平成」と名付けた意味は、「過去の思いを平らにして新しい時代を成す」という意味で、「私が付け親」で文字も私が書きました。

 

当然、「令和」も菅義偉内閣官房長官から電話が来たので、新元号「令和」は、2019年(平成31年)4月1日午前11時41分に発表されました。

「令和の元号の意味」は、「過去をゼロにして新しい和合の時代にする」という意味で私が付けて書いた文字です。

 

「昭和の元号」は、1926年(大正15年)12月25日決定・施行されました。

昭和の意味は、『書経』の「百姓昭明、協和万邦」であり、私の祖父の「吉岡西蔵」が名づけ親です。

 

神武天皇から天皇家に子種を入れている「吉岡一門頭領」は、必ず、「男の子」が生まれるし、「生まれた子供の名づけ親」なので、当然、「新しい元号の名付け親」なのは、内閣府も宮内庁も周知の事実です。

 

「女しか生まれない家」は「せっかく苗字を吉岡一門頭領」が付けてやったのに、ご先祖が吉岡一門の命令に逆らった一族か、過去に問題を起こした一族なので「財産を子孫に継承できない」ように、

「苗字に呪詛がけ」をして「財産を国に没収」するようになっています。

「武士の時代」までは、「財産は全て長男に継承するのがルール」だったし、「相続税」も「贈与税」もない時代でした。

 

日本中の土地も家も田んぼも畑も「各藩の御領地、つまり、吉岡一門頭領からの借り物」だったので、「年貢を納めて土地を貸していた」ので「国民は土地を所有することはできないルール」でした。

 

武士の時代(江戸時代など)において、一般の国民(百姓や町人)が土地を完全に「所有」することは原則としてできませんでした。

当時は、すべての土地は将軍や大名(領主)のものであり、人々は領主から土地を「預かって利用している」という考え方が基本だったからです。

 

武士の時代の土地制度の仕組みと、実質的な変化について分かりやすく解説します。

1. 基本的なルール(建前)
  • 一円知行(いちえんちぎょう): すべての土地は将軍や大名の領地(領有地)であり、領主が支配する権限を持っていました。
  • 田畑永代売買禁止令(1643年): 江戸幕府が出した法律です。農民が自分の田畑を永久に売り買いすることを禁止しました。これは、特定の人が土地を買い占めて農民が没落し、幕府の収入源である「年貢(税金)」が取れなくなるのを防ぐためです。
 
2. 実質的な運用(本音と変化)
ルール上は売買や私有が禁止されていましたが、時代が進むにつれて実質的な「所有権」のようなものが生まれました。
  • 「高請地(たかうけち)」の権利: 検地帳(土地の登録簿)に名前が載っている農民は、年貢を納める義務がある代わりに、その土地を耕作する強い権利(事実上の所有権)を持っていました。
  • ルールの抜け穴: 土地を「売る」ことは禁止されていましたが、土地を担保に借金をして、返せなくなった形にして事実上土地を譲り渡す「質地(しっち)」という方法が横行しました。これにより、豪農と呼ばれる富裕な農民が土地を集めていきました。
 
3. いつから自由に所有できるようになった?
明治維新後の1872年(明治5年)に田畑永代売買禁止令が廃止され、土地の自由な売買が認められました。翌年の地租改正によって土地の所有者に「地券(ちけん)」が配られ、ここで初めて近代的な「個人の土地所有権」が正式に認められることになりました。
 
 

 

 
 

そんな私が、1989年10月から「ダイエーの従業員」・「ダイエー労働組合の中央執行委員」・「札幌の社長会」をやりながら、「防衛省のトップ」と「キャリア官僚」にもなったのでとても忙しい日々でした。

 

「国土交通省の沖縄と北海道の開発予算」が気になったので、自分で担当官僚に細かい資料見せてもらい驚いたので、大幅に予算を組み直して「沖縄予算と北海道予算を逆転」させました。

 

<根拠>

1. 人口一人当たり予算の逆転や傾斜配分
 
北海道と沖縄には、それぞれ「北海道開発庁」と「沖縄開発庁」(現在はともに内閣府・国土交通省等に再編)という「独自の開発官庁」があり、国から手厚い開発・振興予算が組まれていました。
 
総額ベースでは面積や人口の規模が違うため北海道予算の方が大きいですが、1990年前後には「人口一人当たりの公共事業費」や「予算の伸び率」において、沖縄への傾斜配分が強まり、北海道を逆転またはそれに匹敵する水準へ移行する動きや議論が見られました。 
 
 
2. 第3次沖縄振興開発計画(1992年〜)への過渡期
 
1990年は、1982年から始まった「第2次沖縄振興開発計画」の終盤にあたり、1992年からの「第3次計画」に向けた議論が活発化していた時期です。
 
本土との格差是正(マクロ経済の平準化)を急ぐ政府が、沖縄への投資をさらに強める方針を打ち出しました。
 
この過程で、それまで公共事業の象徴的存在だった「北海道開発」の予算配分比率や優位性と比較され、「これからは北海道以上に沖縄振興に国費を重点投資する(=予算の優先順位を逆転させる)」という意味合いで政治的・行政的なスローガン、あるいは報道の文脈として使われた可能性があります。
 
 
3. 首長選や中央政治における「見返り・リンク」の歴史
 
沖縄の振興予算は、歴史的に米軍基地問題や国政への協力度合い(知事選の結果など)と密接に関連(リンク)して増減してきた歴史があります。1990年は沖縄県知事選が行われた年(大田昌秀氏が初当選)でもあり、中央政府との予算交渉の中で、北海道の予算規模や配分ルールを引き合いに出した「政治的な駆け引き」や目標設定が行われた背景も考えられます。
 
 

 

 

1990年の内閣総理大臣は、第77代の海部俊樹(かいふ としき)首相、だったので、私が直接、海部首相に「問題定義」をして逆転させました。

 

平成元年の「北海道開発予算」は7,930億円、「うち北海道開発事業費」は「7,773億円」とあり、この二つの差額は「157億円」ですが、

これが「国土交通省のキャリア官僚」と「課長」と「国土交通大臣の懐に入る仕組み」がありましたので辞めさせました。

 

どこの省庁も同じように「財務省」が全ての「省庁の賄賂の予算」を組むので、「国民の税金」がどのように使われたかを追求できないようにしていますし、各都道府県知事や市議会議員、村会議員たちにも賄賂が入る仕組みになっていました。

 

国土交通省の「沖縄開発予算」の詳細が表示されない理由は、沖縄県だけ特別で、▶️内閣府の沖縄総合事務局が作った沖縄県の沖縄振興に関する各種制度等について」に以下のよう表示されています。

 

縄には、1993年(平成5年)4309億円、1995年(平成7年)4713億円と高額な予算がついていたので、「私が強制的に予算」を減らしました。

1993年(平成5年)当時の沖縄県知事は、大田昌秀(おおた まさひで)氏です。

 

1993年の北海道知事は、横路孝弘(よこみち たかひろ)氏なので、報告に行くと、とても喜んでくれました。

 

2012年(H24)からまた「沖縄予算が増えた理由」は、私が現場を離れたので勝手にやりたい放題になってしまいましたが、そんなことより「マーゴの日本攻撃の対策」を優先した結果です。

 

2012年(平成24年)時の沖縄県知事は、仲井眞弘多(なかいま ひろかず)氏です。

 

2012年の北海道知事は、「高橋はるみ知事」で「とても喜んでいたのにすいませんね」と伝えておきました。

 

「2012年1月6日に私の父親の吉岡忠が亡くなった」ので、一切、新聞にも載せなかったのに「高橋はるみ知事」が先頭で北海道の議員達が「数百万円の香典」を持ってきたので、「5万円だけ頂きますが、お礼はしませんからね。」とだけ伝えておきました。

▶️吉岡忠 吉岡一門(前)頭領、光に戻り、ありがとうございます

 

 

平成5年は、「第1章 基地問題の推移及び現状」にもあるように、国庫の負担・補助の割合の「かさ上げ根拠」は大きく分けて次の3つありますが、この3つの予算は「沖縄の政治家に配る賄賂の予算」のことです。

 

① 沖縄振興特別措置法に基づく措置

② その他の法律に基づく措置(例:土地改良法)

③ 補助金交付要綱などに基づく措置(例:沖縄振興公共投資交付金交付要綱)

 

さらに、沖縄に関しては「国土交通省だけの判断で予算組みができない」ようになっていたので、「内閣府の予算」として計上して「財務省」が勝手に作るので細部がわからないようになっています。

 

「全ての省庁の予算」を調べると、フォーマットはバラバラ、文字サイズも、お金の単位もバラバラで、あえて国民に調べづらくしているので、「バカな国民や政治家」はすぐに調べるのを諦めて「感情論」で話すので、「正しい国家予算」が組まれることなど絶対にありません。

 

さらに、沖縄だけは「かさ上げ予算」というものがあり、日本の政治家でも外国の政治家も、沖縄で接待した時の酒や女や博打代を全て「かさ上げ予算」で賄っているのが実情で、沖縄県は一円も出していません。

 

沖縄には政治家と官僚とお客さんだけの賭博場」がありまして、ヤクザが飲み屋の奥で仕切っていることを「沖縄旭琉会の幹部」に教えてもらったので、誰が来ていくら使ったのか、どの女を連れて帰ったのかも全て詳細に記録したものを保管していますので、「政治家と官僚」は誰も私に文句は言えないのです。

沖縄旭琉會

 

2024年の沖縄の平均年収は「380万円」ですが、沖縄の人口146.7万人の人口で平成7年予算の4713億円を割ると、「1人当たり320万円」も国のお金を使っていますが、一般人の年収ほど国のお金を使っている都道府県はありませんので、1990年台に「修正予算」を毎年、組む役目になりました。

 

一番最初は「沖縄北海道予算」でしたが、北海道で使える予算は「3割」しかなかったので、毎年予算を上げるように財務省官僚に命令したので、平成7年(1995年)は「北海道開発庁1兆7200億円」、沖縄開発庁213億円に変更しました。

いかに北海道が大きいのかをわかりやすくするために「日本は小さい。北海道は大きい。のポスターを「北海道の社長会」がお金を出してくれて「新聞広告全面ポスター」で出しましたが、私が「キャッチフレーズ」とデザインをした北海道自慢のポスターです。

 

北海道の面積は約8万3,422km²で、沖縄県(約2,281km²)のおよそ37倍の大きさです。

このポスターに出ている都府県の「令和5年度 都道府県予算」を全て足すと、24兆844億円なので、それくらい北海道予算に使っても良いはずです。

 

沖縄県全体の面積は2,271 km²、「北海道の面積は83,424 km²」で日本の国土の約22.1%を占めていますし、「沖縄県の36.7倍」もあるのです!

このおかげで「日本の食糧庫」として食べ物を生産をしてあげているのにあまりにもひどすぎますので、全ての予算を組み直しました。

 

令和5年北海道局関係予算要求概要

平成26年度沖縄・北方関係予算

北海道開発予算5748億円、10年度以降で最大に

沖縄振興予算、4年連続3000億円割れ 25年度概算要求

 

 

「明治政府」になってから私が気づくまでに抜かれた国民の税金はあまりにも高額なので、一気に「財務省のお金」と「日本国のお金」を無くして、実力の国民の税金だけで暮らすように変えますので、日本国を裏切っているエタ非人「鈴木一族」「山本一族」や、お金を抜いている政治家や官僚やヤクザには呆れます。

 

これから日本は変わります!

いえ、私が日本国を絶対に改めます!

それが、「吉岡一門の頭領の役目」なので、必ず、やります!

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