テレビの対談・性について

久しぶりに、ふと朝の政治家が出ている TV 番組を見ていると、小学生のため性教育の話が問題になっていました。

何が問題かというと、今の小学校教育は、地域主体になったおかげで、教える内容や、教え方に、ものすごく差が出ているということと、その一部の内容の赤裸々さに、大人でも驚くような内容を教えている学校があるとの報告でした。

具体的には、外国で10年ほど前に話題になった、男女の人形を使って、性交渉の仕方を具体的に教えたり、コンドームの使い方やナプキンの使い方などを、男女一緒の教室で、小学校3∼4年生を対象に、教えているということです。

なかには、このことを親にはナイショと言っている学校もあるようです。

現在、国が実態調査をしているようですが、現状把握が難しいと言っていました。

 

私はこの問題をつねづね考えています。それは、性は、大切な命の根源であり、愛の表現であり、また、動物としての種族保存や、本能としての欲の大切な表現だからです。

でもそこに「倫理観」が伴わないと、まったく違う意味になったりします。

いつか、私にその機会が与えられたら、小学生や中学生という一番大切な時期に、スピリチュアルな世界からのお話できればいいなと思っています。

 

数億年という歳月の人間社会でも、この性の文化に対しては、さほど進化していません。その理由は、裏というか、「陰の世界」においてあることなので、その扱い方が人によって違うからです。

みなさんも、社会的にとか、一般的には、こう言っておいたほうがいいだろうということは十分知っているでしょうが、こと、自分の今までの性体験を全て人に話すことはできるでしょうか?

まして、自分の子供に一番いいたくないことを話すことができるでしょうか?

まずほとんどの方が、無理だと思います。
それは、今まで性は、「陰の世界」の奥底に隠してあったものだからです。

でも、それでは、突然、陽の表社会のみんなの前で話したりしたら、また、とても大きな混乱になるでしょうね。

 

この陰にある人に言えない自分の部分と、一般論という陽の狭間においてあるおかげで、ギャップが生まれて、ある意味、自分勝手なことがたくさんできるようになっているのも、事実です。

私が考える性の概念や倫理には、「これでなければいけない」ということは、ありません。その人の魂のレベルと、欲のレベルによって、意味がものすごく違うからです。

それに性は、命に直接つながりますから、本当は、分け隔てをしてはいけないものですが、実際は、ものすごく屈折した概念や思想が個人個人にあります。



私自身のことを振り返ってみても、動物のさかりともいえるあの中学や高校生の頃には、女性のことを、ものすごく自分勝手に考えていたように思います。

それは、本当の意味でちゃんと話し合える大人がいなかったからです。

現在の子供たちは、大人と同じような欲求を持ち、大人と同じ経済観念を持っていますが、実際の社会での責任の取り方や、将来のことなどそれほど真剣に考えてはいません。

私はそういう人に出会うと、それは無責任だとハッキリいいます。

そういう人に共通しているのが、みんな「自由」を欲しがるのに、その相棒の「責任」を受けとらない人が、大人でもたくさんいるからです。

私の善悪は、少し、社会からかけ離れているかもしれませんが、それでも自己責任だけは、理解しているつもりです。

人生をうまく生きるための対処法なんて、実は、ありません。

ただ、どんな人生でも、楽しく生きるためのコツが、あるだけなのです。

一人でも多くの大人が、そのことを子供たちや、未来を探している若者に伝えてあげられる人になって欲しいと願っています。

いつまでたっても、煩悩という人間らしさが抜けない吉岡の一人ごとでした・・(笑)

 

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