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【上川郡比布町】小説 「塩狩峠」

昨日、車で小樽方面へ走っていると、突然、SL(蒸気機関車)の汽笛の音がブオーーと聞こえました。
ラジオからかなと思いましたが、音があまりにクリアだったので辺りをよく見まわすと、なんとC11型のSLが車の横を走っているではありませんか!?

子どもの頃、おばあちゃんの家に行く時に必ず、乗らなければいけないのがSLでした。

乗りたくなかった理由は、駅から出発する際のあの大きな汽笛の音が怖かったからです。

誰よりも早く汽車を降りて一目散に駅の外まで走った記憶があります。

キラキラモールに飾られたSLは、クリスマス期間だけ走るJR北海道の特別列車(札幌小樽間)でしたが、走る車の真横にSLが走っているという偶然のタイミングの意味を考えました。

 

「これは私に何を伝えたいのですか?」と天に聞いてみると、高校時代に読んだ「塩狩峠」のことを想い出しました。

この実話は・・・

1909年(明治42年)2月28日、ここ塩狩峠の区間に差し掛かった旅客列車の客車最後尾の連結器が外れて客車が暴走しかけたところ、当時鉄道院(国鉄の前身)職員でありキリスト教徒であった長野政雄という人物が列車に身を投げ、客車の下敷きとなり乗客の命が救われたという事故が起こった。

現在、塩狩峠の頂上付近にある塩狩駅近くには、この事に対する顕彰碑が立てられている。

1947年(昭和22年)9月1日、類似した事故が長崎県で起こっている。(Wikipedia)

高校生の頃に自転車で一人旅をしていて偶然、泊まった塩狩峠のユースホステルのオーナーに「読んでみなさい」と言われて目を通したこの本は、本が苦手はずなのに眠らずに読み切った記憶があります。

それほど、鮮明に当時の映像が見えてくる事実小説でした。

今、このタイミングでSL,塩狩峠と気付かせる理由は?とまた天に尋ねると、

「人間はいつかは、死ぬ。だかこそ、死に方が大切なのだ。」

と心に聞こえてきます。

生きる意味や死ぬ意味に悩んだあの頃の残像が、まだ心の中に残っていたのかと思いましたが、それよりもこれからどう生きるかを考える大切な時期だからこそ、「どう死ぬか」の意味に気づきなさいと感じました。

当時、この汽車の車輪に身を投げた人はキリスト教徒だからできたのだろうと勝手に思いこもうとしましたが、同じ状況で自分は何ができるか?と自問自答し続けたことを思い出します。

平和の中にいて誰かを評論するのは簡単な事ですが、いざ、自分はどうする?と問われた時に、実際、何ができるかが、その人間としての本質ではないかと私は思います。

人間は生かされているからこそ、あらゆる存在に感謝しますが、どう死ぬかを考えることで大人としての責任を果たせるのではないかと思います。

本来、人間の価値は、その人が死んだ後から決まるものなのかもしれません。

 

 

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