マイケル・ジャクソンは親友です 1 ネバーランド・ランチ
2001年1月10日に「解脱」したあと、ビヨンセから電話があったので、「マイケル・ジャクソンに会えるなら会いたいなあ」と言うと、マイケル・ジャクソンの妹の「ジャネット・ジャクソン」に電話をしてくれて、すぐにマイケルジャクソンからOKの電話がきました。

ジャネット・ジャクソンは、「ビヨンセ」と友達だったので、トントン拍子に会えることになり、カリフォルニア州サンタバーバラ郡にある自宅兼プライベート遊園地の「ネバーランド・ランチ」で会うことが決まりましたが、私が「解脱の3年間は働けなかったのでお金が無いんだ。」と言うと、「大丈夫だよ、僕のジェットで迎えに行くよ。」と言ってくれた優しい男でした。
解脱後、体がフラフラだったのでビヨンセに頼んで迎えに来てくれました。
「ネバーランド・ランチ」の近くの専用プライベート空港に降りると、ロングリムジンのロールスロイスの車が迎えにきました。

マイケル・ジャクソンは、「アメリカのように、WHITE ONLY(白人のみ)を口にしない差別がない日本人は大好きだ」と、最初に日本語で教えてくれました。
マイケル)どうして、吉岡は僕に会いたかったの?
吉岡)私はあなたのずっとファンですが、それ以上に、あなたは親を殺された難民の子供達をたくさん家族として育てていることを「ビヨンセ」から聞いて感動したので、「一度、会って話をしてみたい」と言うと、「妹と友達だから聞いてみる」と言ってくれて、ジャネット・ジャクソンの紹介でここに来ました。
本当に、素晴らしい活動を世界でしてくれてありがとうございます。
マイケル)僕も、妹から吉岡のことは聞いていたけど、日本人のサラリーマンなのに、いくつもの「国の仕事」を無償でしながら世界を飛び回っている人間がいると聞いて興味があったので会うことにしました。
僕が妹から聞いたことは、全て事実ですか?
吉岡)はい、多分、全て事実です。
でも、生まれつきの「霊能者」だと言うことは聞いてないかもね・・・。
マイケル)霊能者?スピリチュアル?
吉岡)そうです、今はサラリーマンも国の仕事も辞めて、「スピリチュアルな業界」で自営業をしています。
マイケル)面白い!興味が湧いたので、お酒を一緒に飲みましょう?何が飲みたいですか?
吉岡)日本酒なんて、無いですよね?
マイケル)日本のファンからもらった「久保田」というお酒がありますが、飲めるかな?古いかも?
吉岡)まあ、飲んでみましょう。日本酒は古くなると「お酢」と同じ酸っぱくなるので、酸っぱくないなら飲めますよ!味見して、何とか二人で飲めました・・・。
マイケル)ところで吉岡は、何年生まれのいつが誕生日?
吉岡)1959年1月10日だよ、マイケルは?
マイケル)僕は1958年8月29日だよ!
吉岡)じゃあ、同級生だ!「ドンパ」だ!
「ドンパ」って言うのは、日本の北にある「北海道の同級生同士」が口にする言葉で「同じ年に学校へ行っていた同じ世代」という意味さ。
マイケル)日本は春が入学式だけど、アメリカは9月が入学式なので、僕のほうが1学年上になると思うよ!
吉岡)そんな細かいことはいいからのさ、「ドンパ同士」で飲もうよ!飲も!飲も!
お互いに片言の日本語と英語だけど、いろんなことを話して世界のお酒を飲みまくっているところに「ジャネット・ジャクソン」が来たので、上手に通訳をしてくれたので、さらに深い話しがたくさんできました。
マイケルは、自分が貧乏な家に生まれだったので、教会で歌った声が褒められたので、兄弟だけで作った「ジャクソン・ファイブ」のリードボーカルになり、両親からも近所の人からも兄弟からも最初は褒められたのに、すぐに上手すぎると虐められたので、「今は、親や兄弟とは一切、交流していない」と教えてくれました。
私は、「ジャクソン・ファイブ」も大好きだったのでマイケルの歌声も全て聴いていました。
私)俺も子供の頃から同じくらい「両親からの虐待」の辛い経験をたくさんしたけど、いつかは「親や兄弟の死」があるので、最低の付き合いくらいはしておきなさい。「手紙だけでもいいから」と教えておきました。

マイケルが世界の国々でコンサートをする理由は、世界中にいる自分と同じ体験をした「戦争孤児や虐待にあっている子供たちを助けたい」と本気で思ったからこそ、コンサートは1日だけにして、最低1週間は現地の孤児や難民を探して自分の家に連れて帰る活動を続けていると教えてくれました。

しかし、この子供たちを救済する活動が世界中に広まったので、「人身売買」をビジネスにしている「マーゴ」から相当な圧力があったそうです。
それでも辞めなかった理由は、「自分が生きている間に一人でも孤児を無くしたい」と歌手の仲間たちに訴え続けた結果、同じ体験をした「ビヨンセ」も同じような孤児救済活動をするようになりました。

あまりに話しが盛り上がってマイケルも酔っ払って、いろんな注文を私にするようになり、腹を抱えて大笑いしながら話は夜中までつきませんでした。

ジャネット・ジャクソン1966年生まれ
マイケル・ジャクソンの家の裏には飛行場があり、いろんな大きさのプライベートジェット機が並んでいました。
お迎えにきたロングリムジンに乗り込むと、大きく回ってゲートで止まると、自動的にゲートが開き、そこからゆっくり山を登るように右へ左へ移動してやっと大きなマイケル・ジャクソンの家に着くと、マイケル・ジャクソン本人が迎えてくれました。
家の中を案内してくれてから連れてから、いろんな話をしましたが、マイケルとお酒を飲みながら一晩中、歌って踊りましたし、一緒にハモった私の声を聴いたマイケルが、「吉岡、僕のレーベルで歌手デビューしてよ!」と言われましたが有名になるのが嫌だったので断りました。

マイケル・ジャクソン1958年8月29日の同級生(ドンパ)
マイケル)吉岡は、歌は歌えるの?
吉岡)まあ、下手じゃないし、父親やカラオケであちこちの賞を取りまくった人だし、俺のサラリーマン時代は、必死にお酒とカラオケで先輩たちを喜ばせる「持ち歌」をいくつも持っているよ。
マイケル)じゃあ、カラオケがあるので歌ってみて!!
吉岡)アリスか谷村新司さんの歌か、松山千春を歌うかな?
・・・・数曲披露・・・
俺は実は「ダンス」も得意で、中学生の頃から夜中に放送していた「SOUL TRAIN」のテレビで「フリーダンス」を見て練習して、一人でいつもディスコで踊っていたので、それを「ビヨンセ」に教えて売れたので、彼女も相当、努力して上手くなったよね。

マイケル)ねえ、吉岡、踊れて、歌も上手だから「歌手」にならないかい?
僕が全部、プロヂュースしてあげるからデビューしようよ?
絶対、売れると思うな!!!
プロの僕が言うんだから絶対に売れるって!ねえ、ジャネット!!(^^)
吉岡)そんなこと、言われてもねえ・・・、41歳でデビューするプロなんているのかい?
マイケル)世界にはもっと年をとった人たちがデビューしているし、僕がプロデュースして売れないわけがないじゃない!!
「僕のレーベル」から出してあげるから、すぐにミリオンセラーになると思うよ!!
君の声とダンスは、世界に同じ人はいないので、絶対に売れるから、やろうよ!!
盛り上がったせいか、マイケルがステージで来ていたジャケットやパンツを何枚も着せ替えられるし、酔っ払いながら踊って酒を飲むのでベロベロに酔い、結局、とんでもない大きな部屋に一人で泊めてくれることになりました。
その部屋はお城かと思うほど広い部屋だし、トイレがどこあるかを探すだけでも大変だったので、ジャネット・ジャクソンが介抱してくれました。
最後は、マイケルが身につけていた指輪やネックレスや、コンサートで着ていた洋服もプレゼントしてくれましたが、全て我が妻に盗まれて「ヤクザの大黒屋」に売られてしまい、洋服は全て燃やされてしまいました。